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デウステイマーズ~降神戦隊~  作者: 削畑仁吉
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策謀

 先だっての世界戦争は、世界各国がヒエムスの地下資源を狙って共謀して起こした謀略であると言っても過言ではない。

 最初は皇太子暗殺事件に端を発する小国同士の小競り合いだった。だがその一方とヒエムス皇国は同盟関係であり、皇国の軍事支援が始まるとそれを待っていたかのように名だたる国々が介入を開始した。

 敵も味方も、発端である弱小国のいさかいなどどうでもよかった。敵である者達は皇国を侵略しその地下資源を我が物にすることを、味方を名乗る者達は皇国に恩を売って今よりも有利な条件で資源を提供させることばかり考えていた。

 結局、皇国は民衆による革命で滅亡したが、その革命も味方国家による陰謀だと囁かれている。

 皇国の滅亡後、潮が引くように戦争は終わった。無政府状態となったヒエムス大陸は大戦の勝利者達によって切り分けられる。

 

 そこまではよかった。


 裏で糸を操っていた者にとって予想外だったのは、目当ての地下資源がほぼ枯渇しているという事実だった。

 結局、戦勝国の多くは現地民に自治権を売り渡し、その料金を請求していくというかたちで手を引いていった。損切りという面では最良の方法だが、戦争にかかった費用を思えば大損である。

 しかし頑なにヒエムスの領地を維持し続ける国もある。世界地図を一色に塗り潰さなければ気が済まないと揶揄されるほど領土そのものに固執する、大君(タイクーン)商連合と、それに反目するアヴェリア合衆国、そしてヤマト帝国の三国だ。

 ヤマト帝国政府の本心としては、不良債権と化したヒエムスの領地を手放してしまいたい。だがそうできない事情があった。

 ヤマト帝国において、国の未来を左右する重要な決定には緋魅狐帝(ひみこのみかど)による神託を待たねばならないという決まりがある。そして幾度となく提出されたヒエムス売却案に対して、下された託宣は常に“否”であった。




「しかしだね」


 高級料亭の一室で、ヤマト帝国宰相・高柳是清(たかやなぎこれきよ)は自らの杯に自分で酒を注ぎながら言った。空の酒瓶がまた陣地を広げる。


「国政が占いなんぞに左右されるというのは、諸外国に対してあんまりにもみっともない話じゃないか。しかも、それをやるのは何処の馬の骨とも知れない頭のおかしい女ときている」


 緋魅狐とは個人名ではなく役職名だ。ヤマト帝国では定期的に予知能力を持っているとしか思えない狂女が生まれる。年齢も貴賤も――時には性別すら――問わず全国から集められた彼女達の中から、その時代の緋魅狐の託宣によって1人が選ばれ、次代の緋魅狐に任命される。今の緋魅狐は八十代目である。

 科学の発展したこの時代において、政治の心得もない1人の女の占いによって政策を決定するのはナンセンスだ。高柳をはじめとして不満を抱く官僚は多い。しかし国民の多数から信仰対象として敬愛されるこの女王を理由なく引きずり下ろすわけにはいかなかった。強行すれば高柳の首が飛ぶ――物理的な意味で。

 その葛藤が、高柳を悪酔いさせている。


「ですなぁ」


 元々の猿顔が酒に酔ったせいで更に猿じみて見える肥満体の男、海老川寛平(えびがわかんぺい)財務大臣が同調する。


「せめて大エーゲレア帝国のように、歴史と伝統ある一族であれば箔がつくというものですが」

「そういう問題じゃないよ、海老川君」


 海老川の追従は、逆に高柳の不興を買ったようだった。


「王族だの貴族だのなんて過去の遺物だよ。権力の独占か、あるいは貧しさから国民全員に教育を実施していられなかったが故の悪しき慣習だ。科学の発展で生活が豊かになり、全ての子供達に教育を受けさせる生活の余裕が生まれた現代に残すべき文化じゃない。これからの世界は上も下もなく平等に、真に能力ある者が見出され、引っ張っていく世界でなくちゃいけないよ」

「ははあ、仰るとおりで」

「その辺にしておけ高柳、酒が不味くなる」


 国民の前で話す時とは打って変わった陰気な表情でブツブツと演説をブチ始めた高柳を、須藤浩太郎(すどうこうたろう)陸軍中将が制した。片目を閉じ、顎をしゃくってみせる。その先には、こちらに背を向けて月を肴に酒を呑む1人の老人がいた。

 城野(じょうの)鍠炎(こうえん)。宮廷大臣である。齢は六十三、主に三十代から四十代で構成される高柳政権では1人突出して高齢だ。それ故に浮いた存在となっており、この酒宴でも話しかける者はいない。

 だが城野が敬遠されているのは年齢の問題だけではない。高柳達が緋魅狐を政治から切り離そうと画策しているのに対し、城野は緋魅狐がこの国に必要だと考える者達の首魁的立場だったからだ。


「もういい加減酒は控えてくださいよ、高柳さん」


 海老川が高柳から杯を奪った。


「迂闊なこと言ってあの爺さんに聞かれたら、明日から国民の半分はあなたの敵に回りますよ」

「そうだぜ。その為に来てるんだもんな、あの爺さん」


 須藤が鼻で笑う。


「爺さんも俺らみたいな若造の宴会に混じって必死だね。宮廷大臣なんざ、緋魅狐サマがいなくなったら飯の食い上げだもんな」

「須藤、おまえも呑みすぎだぞ」

「俺はまだ呑める」

「俺もだ」


 高柳が杯を奪い返した。


「俺がうわばみなのはおまえらよく知っているだろう。大丈夫、言っていいこととまずいことの分別はついてる。……なに、革命の時に世話になった礼だ。爺さんには隠居生活をプレゼントしようって言ってるんだよ」


 3ヶ月前、高柳はもう何度目かになるヒエムス植民地の売却を緋魅狐に提言し、やはり託宣により却下された。しかし、植民地総督を誰にするかくらいなら、緋魅狐側からの指示がない限り高柳達の裁量で決められる。

 新総督に任じられたのは無能で有名な男だ。平時なら兎も角、現在ヒエムスを取り巻く情勢下では被害を大きくする事はあっても混乱を治める事は出来ないだろう。


「そうだな、あの昼行灯なら、きっと何かでかい不祥事を起こしてくれるぜ。そうなりゃ再三に渡ってヒエムス放棄を訴えた俺達をはねのけた緋魅狐サマの失態になる」

「向こうは随分きな臭くなってるからね。(おおとり)の奴には無理だろ」

「あの人選に何も言わないとは、緋魅狐サマもやっぱりただの……おっと」


 悪巧みをする子供のように、3人は城野をチラリと一瞥し、そっと人差し指を口に当て押し殺した笑いをあげた。

 その悪意に城野は気付いていた。気付いていたが、あえて何も言わない。彼が此処に来たのは彼等の失言を待っていたからではなかった。ただ酒宴に顔を出すだけだが、老人は老人なりに若者に歩み寄ってみせたつもりだったのだ。若い頃から賭事に首を突っ込まず、酒にも手を出さず、遊郭にも足を運ぶこともなく愚直に職務を果たすしか能のなかった老人にはこれが限界だった。だがそんなものは実際のところ何もしていないに等しい。当然、城野の思いは高柳達には全く伝わらない。

 いっそ本当に何もしなければよかったと今は後悔している。


――馬鹿者どもめ。あんな奴等に迎合などするべきではなかった。


 歴史上、緋魅狐帝はこの国に君臨し続けたが、その下の政権は何度も入れ替わってきた。新たな政権が興り、栄え、腐敗し、やがてまた新たな者達によって打倒される。この国の政治史を紐解けばそれの繰り返しだ。そして腐敗の始まりは、いつだって緋魅狐帝を蔑ろにしたことだ。高柳達が打倒した前政府もそうだった。だからこそ自分は高柳達に荷担したのに、彼等は早くも緋魅狐帝を追いやろうとしている。

 今のうちに笑っているがいい。いくら科学が進歩したところで、確かに存在するものがある日突然霞のように消えたりはしないのだから。

 老人は忌々しげに杯を煽った。中に入っているのはただの水だ。

 彼は酒が呑めない。



 * * * * * * * * * * * * * * *



「おつとめご苦労様でした。なんちゃって」


 拘置所から解放された○△□に、身元引受人を名乗る男がそう言った。眼鏡をかけたひょろりとした体躯の貧相な中年男性。面識はない。何者だと問うた○△□に男は『ヤマト帝国陸軍軍曹 田中(たなか)鈴樹(すずき)』と書かれた名刺を寄越した。


「それで童嶋さん、お話ししたいことがあるんですが――」

「俺の、対神獣部隊入隊ですね?」


 田中は驚いた顔をした。


「確かにそうですが……何故それを?」

「俺は神獣を悪用する連中と戦いたい。その為の組織がヒエムスにあるんでしょう。だったらそこに連れて行ってください」

「こちらとしても、そう言ってくださると助かりますよ。まあ、立ち話もなんですから移動しましょう」


 駐車場に停まっていたカーキ色のジープが田中の車だった。○△□は助手席に乗り込む。バックミラーを覗くと、浮かない表情のアシータ・ナーシャがそこにいた。結局このお喋り好きな幽霊は、あの日からずっと○△□につきまとっている。憑きまとっているというべきか。


「どうして、この国に……いや正確には国じゃないな、植民地に、えっと――童嶋さんが仰るところの神獣に対する対策機関があると思ったんですか? ヒエムスにはあんな化物がウヨウヨしてますってニュース、見ましたか?」

「確かに、武装警察の反応はどう見てもあの日神獣を初めて見た様子でした。でもあの黄色いテクターのインナーが言ったんです」


―― 四足ワシのデウステイマーッ!


 デウステイマー。直訳すると神を調教する者、か。おそらくは降神師と同義の言葉だろう。この国にもあるのだ、神獣を使い、その存在を隠匿する組織が。


「……浅間君には釘を刺しておかなきゃなりませんねぇ」


 田中は頭を掻いた。


「田中さん、俺はその人達に協力したい。俺はヤマト帝国の降神師として神獣への知識がある、技術交流が出来る。あんた達にとって損じゃないはずだ」

「ま、まあその話はおいおい……」


「わたしは、反対だけどな」


 後部座席のアシータがぽつりと呟いたが、その声は○△□の耳にも届かなかった。



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