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悪役令嬢はぼっちになりたい。  作者: いのり。
第3章 高校1年生 2学期

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第49話 選挙公約。

「で、面倒くさいのから、まず片付けちまおう」

「せやな」

「面倒くさいって……」


 公約っていったら、選挙で一番大事なとこだろうに。


「公約って言っても、今の百合ケ丘に不満なんてほとんど聞かないんだよな……」

「まぁ、おおらかな学校やしな」


 そうなのだ。

 校則もそれほど厳しくなく、教師陣もあまりあれこれうるさく言わない。

 例えば、携帯やスマホも禁止されていない。

 SNSのたぐいについては注意はされているものの、結局は各々の自己責任となっている。


 まぁ、もともと良家の子女が通う学園なので、あまりうるさく言わなくても躾が行き届いている、ということもあるのだろう。

 1学期に仁乃さんが引っかかりそうになった詐欺などはどうしようもないが、さすがに出会い系サイトなんぞに引っかかる馬鹿は百合ケ丘にはいない。


「和泉、何か不満はあるか?」


 冬馬が水を向けてきた。


「学費が高いのはもうちょっと何とかならないのでしょうか」

「学費か……難しいところだな……」


 難しいのは私も分かっている。


 百合ケ丘の学費が高いのは、何も特権階級の子女ばかりを集めて選民思想に浸るためではない。

 質の良い学習環境を際限なく追求した結果なのだ。


 例えば教師陣。

 若い教員は少ない。

 それは、厳しい選抜をくぐり抜けた、一流の教師ばかりを揃えているためだ。

 人に教えるには、単に本人の教養が高いだけではダメである。

 能力が高ければ年齢は問われないが、それなりの経験を経ないと、このスキルはなかなか身につかない。


 また、ここの教員のお給料は公立の一般校に比べるとかなり高いらしい。

 もちろん、公立高校の教員の給料が安すぎるというのはあるけれど、それを抜きにしてもべらぼうに高いのだとか。

 優秀な者には相応の待遇を、というのが学園の理念であるようだ。


 他には、例えば保健室。

 通常は養護教諭が在駐しているが、百合ケ丘にいるのは学校医である。

 前者が学生の健康を管理する教員(・・)でありあくまで一般人なのに対して、後者は医師免許を持った正式なお医者さんである。

 1学期に私が野球ボールにヘディングしてしまった時は、外部の専門の医療機関へ搬送されたが、ああいった特殊なケースでなければ、学校医でほとんど対応できてしまう。


 百合ケ丘は全寮制のため、夜間に急病人がでないとも限らない。

 こういうケースも、学校医が常駐していることの強みである。

 ただ、住み込みのお医者さんだから、当然、費用もかかる。


 と、まぁ、学費が高いのには高いなりの理由があるのだ。


「オレたち素人が指摘できるほどに明らかな無駄って、何かあるか?」

「難しいな。ちょい考えさせてーな」

「和泉は?」


 と、再び私に訊いてくる冬馬。


「食費、はどうでしょう?」

「食費?」

「毎年、一定金額を前納ですよね? でも、食べる量は人それぞれでしょう? みんな同額って、考えたらおかしくないですか? それに食堂のメニューはどれもかなり高額ですし」

「なるほどな……」


 少し考え込む様子を見せる冬馬。


「まだ詰める必要がありそうだが、とりあえず1つに挙げておこう。他に何か無いか?」

「ああ、せや。芸術・文化教育が、ちと手薄やな思たわ」

「というと?」

「百合ケ丘は進学校やろ? やっぱり教育内容が受験科目に偏ってんねや」

「それは……。事実上、大学受験が教育の目標になってしまっている現状では、仕方ないのではありませんか?」


 何のために勉強するか、という問いの答えは様々だろう。

 でも、現実を冷酷に見るなら、少なくとも学校教育の目的は受験戦争に勝つことになってしまっている。


 もちろん、学ぶことそのものが楽しいという人もいるだろうし、教員の中には違う意見を持っている人も少なくない。

 しかし、受験がなかったら、一体何割の人間が勉強を続けるだろうか。


「ま、それも一理あるわな」

「教養が不要とは言わんが、ナキのは現実から理想に逃げ込んだ発想じゃないか?」

「ちゃう。断じてちゃうで。それは冬馬の生まれ育った環境が、最低限以上の教養を身につけられるものやったから、不自由したこと無いだけや。むしろ、芸術をやる余裕ないなんてのは、()()()()()()()()()()()()()()や」


 理想から現実に逃げ込む、か。

 なるほど。

 そういう考え方もできるね。


「芸術・文化的な教養って必須やぞ。特に百合ケ丘に通ってるような連中は」

「詳しく聞こうか」


 冬馬が一歩踏み込む。


「なんだかんだ言うても、うちに通ってる連中は上流階級の人間や。海飛び越えて活躍するようになる奴も多いやろ。でも、海外の連中と付き合おう思たら、少なくとも自分の国の芸術・文化について何か一家言ないと舐められるで?」


 それは確かにしばしば指摘されることだ。


 日本人は芸術や文化という単語から、どうしても西欧的なものを連想しがちである。

 けれど、まず自国のそれを知らなければ話にならない。

 ともすると、西欧人の方が日本文化について詳しいなんてことすらある。


 例えば源氏物語は世界20カ国語以上に翻訳されているけれど、肝心の日本人の源氏物語に対する認識は『プレーボーイの女性遍歴』程度だったりすることが多い。

 いや、それも嘘ではないんだけれど、事実全てではない。

 せめて『もののあはれ』の概念くらいは、一度触れておきたいところだ。

 純粋に物語を楽しめればなおよし、である。


 もちろん、自国文化に誇りを持ちすぎて右傾化してしまうのは絶対に避けるべき。

 何事もバランスが大事だよね。


「ふーむ……。なら芸術・文化教育の推進も入れておくか」

「まぁ、和泉ちゃんの学費削減に比べれば、パンチは弱いやろうけどな」

「でも、重要なことだと思います」


 これで2つ。


「冬馬も何か考えや。立候補する当人が何もなしじゃ話にならんで?」

「そうだな。これは博打に近いんだが……」

「博打?」


 何か嫌な予感がする。


「恋愛の積極的奨励、なんていうのはどうだろう?」

「……なんやそれ」


 ほら、やっぱり。


「冬馬くん、真面目に考えて下さい」

「いや、オレは大真面目だ」


 冗談かと思って冬馬を見れば、本当に目が大マジである。


「いいとこの坊っちゃん嬢ちゃんが多いせいか、結婚は家が決めるもの、なんて本気で思っている奴が多すぎないか? もう新世紀になってだいぶ経つんだぞ? いつまで前時代的なことやってんだって話だ」

「わいみたいになれ、ちゅうことか?」


 ナキが冗談めかす。


「お前はもう少し慎みを覚えた方がいいが、百合ケ丘の連中はもう少し肩の力を抜けってことだ。フリーセックスとまでは言わんが、自由恋愛はいい加減覚えてもいい年齢だろ?」

「でも、事実、この学園に通う生徒の大部分は、結局は親が決めた相手と結婚するのでは?」


 また理想と現実の話になっていまうけれど。


「んなもん、自分でどうにかしろよ。ただ、ろくに恋愛も自分の意志で出来ないような奴が、この先も世界を相手にやっていけるとは思わんがな。親の言いつけに従って七光にあぐらをかいていられる時代は、とうの昔に終わってんだよ」


 ずいぶん乱暴な言い草だが、一理なくもない。


「でも、積極的奨励はやり過ぎだと思います」

「ほう?」

「恋愛を他人にとやかく言われたくないですね。せいぜい、選択肢の提示と環境整備くらいに留めるべきでしょう」


 恋愛をしろ、と他人に言われるのも何か違う気がするのだ。


「あと、その路線で行くなら、性教育は絶対に必要です」

「それな。何で小学校のあんなちょろっとで終わるんやろな? しかもわざわざ男女別にして」

「いや、今は男女一緒の所の方が多いぞ? あと、中学校でも保健体育で一応やる」


 この辺りの差は地域によってかなり異なる。


「最低限、性交渉は自分で子どもをきちんと育てられる環境を整えてから。これは問答無用です。愛があれば、とか授かり婚なんて論外です」

「それはそうだな」


 恋愛はともかく、Hは生まれてくる子どもの立場になって考えて欲しい。

 虐待を受けた和泉の記憶がうずいて痛い。


「何でわいの方見るん?」

「いえ別に」

「そういうことはせえへんよ? わい、恋愛は大好物やけど、結婚はしとうないから」

「そうなのか?」

「特定の相手に縛られるなんて嫌やん」

「そこは価値観の相違でしょうね」


 ナキを基準に考えると色々と危険な気がするけれど、自分とは異なる恋愛観・結婚観を持つ人間がいるということはよく分かる。

 私は少し古いかもしれない。


「これで3つだな。他には――」


 こんな感じで、ブレーンストーミングの要領で3人でいくつも候補を挙げては検討を加えるのを繰り返した。

 最終的な公約の決定は冬馬に委ねることにして、この日はお開きとなった。


「恋愛の積極的奨励……ねぇ……?」


 例え冬馬が当選しても、私には縁のない公約だろうな、と思った。

 お読み下さってありがとうございます。

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