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かぶとむし
夏が来ると思い出す。小さい頃、あなたと私で、かぶと虫のつがいを飼っていた。大切に、大切に育てていた。けれどある朝、雄の方だけがいなくなっていた。私が泣いているとあなたは、「きっとあいつには、この虫かごは小さすぎたんだ」と私を慰めてくれた。 それは。今思えば、あなた自身のことだったのかも知れない。時が経ち、大きくなって……あなたはいなくなってしまった。私一人を、置き去りにして……。
「何、書いてるんだ?」
「あっ、見ちゃだめです。出来上がるまで」
「そっか。じゃ、できたら見せて。約束」
「ふふ、わかりましたよ――“あなた”」
……そうそう、かぶと虫の話には続きがある。あの後暫くして、雄は帰ってきた。二匹は子供を産み、安らかに天寿を全うした。
……いつか。君にも、この話を聞かせてあげたいな。私は、大きくなったお腹をさすった。心地よい風が、風鈴を鳴らした。




