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注※ただただいちゃついてます
彼女が知っている世界の話をきけば、すぐに彼は空から見た世界の話をした。広大な草原や、天を貫く隆起した山、雪の降る寒い湖や、南国の豊かな緑をつたない言葉で彼女に聞かせる、彼女は瞳を閉じて夢を見るように想像を広げた。
彼女の窓辺へエーギルが降りたってから、2年の月日が経とうとしていた。
「ひとも魔法が使えるのか?」
「ええ、使えるわ〝魔法使い〟と呼ばれる人たちはその昔ドラゴンのところへ行って魔法の使い方を教えてもらったんだって」
ソフィリアは窓を指さした。
「大抵の家庭にはめられている窓は魔法使いに頼んで作ってもらうの」
「これを?」
エーギルは不思議そうに水晶がはめ込まれた窓を覗き込んだ。
たいていの魔法が使われたものは見抜くことが出来るのだが、これには「いわれてみればそうかもしれない」程度の魔力しか感じない。
「その魔法使いは窓のほかに作るものはあるのか?」
「そうね…私は見たことが無いけれど…王様のお城の調度品や、良いお家の絨毯や、不思議な事が出来る鏡や水晶、剣や盾、あとは…お人形とか」
「魔法を使えるものは少ないのか?」
「いいえ、使えるだけなら沢山いると思う。でも仕事に出来るほどの人は少ないと思うわ」
それを聞いてこっそりとソフィリアも自分に何か魔法をかけたんだろうと納得した。こんなに夢中にさせて他のものに見向きもさせないほどの引力を持って…いまも自分は彼女しか目に入らない。
首に金で紡いだ糸でお互いを結びあったような、強い力。
エーギルは突然開けていた窓を閉めた。
「え、エーギル?」
「いい事を思いついたんだソフィリア」
エーギルは窓に爪を立ててひっかくように指を動かしたくさんの円を書いた。
きりきり何かが削られる音が窓を震わせて、ソフィリアは心配そうに見守るしかない。
描く円がそれぞれ重なりあい4つ目の円をエーギルの指が形作るころ、じわじわと描いた円に光が浮き上がる。
彼女が目を見張るのを窓越しに見つめて口の端を緩める。
歪んだ水晶がなぞられた円は青、黄、翠、と色を帯び。
「エーギル!?」
赤、橙、そして澄み切った空白、差し込む光が窓を通じて彼女の膝もとへ色を落とした。
そして何事もなかったかのように彼は窓を開けた。
「ソフィリア、どうだ?」
「え、え、えっと、えっと………」
「気にいらなかったか?」
突然悲しそうに、胸が締め付けられるほど悲しげに声を落としたエーギルの頬をソフィリアは両手で挟んだ。
「気にいらないわけがないわ!こんな素敵な窓、きっと王様のお城にもないもの!」
「エーギル!うれしい!あなたがいないとさびしかったの!でも窓を見ればエーギルの事を思い出すわ!」
「ソフィリア、寂しかったのか?」
頬をはさまれたままだといつもよりも彼女の顔が、いや顔だけではなく体温や呼吸や心音まで近くなった気がして、己の心臓も胸を叩くように強くなる。
「あ、あなたが来てからよこんな気持ちになったのは!エーギルのせいでわたし、寂しがり屋になってしまったんだから!」
そんなことを言われてもソフィリアを寂しがり屋で無くなるようにする方法なんて知らないし、そもそもいつ自分が彼女にそうなるようなことをしたのかも分からない。
「我のせいでか…」
「え、ええそうよ」
ぎこちなく頷く彼女の後頭部に腕をそっとまわした。
絹糸のような髪が指の間を流れて少し引き寄せるように手を動かすと頬をはさんでいた彼女がびくっと震えて固まった、その感触さえ手に取るように分かってしまう。
「エーギルっ、あのっ、顔が近いわ」
「ソフィリア、少し黙っていろ」
下された言葉は命令のように絶対的で、彼女の体を支配した、そもそも彼女がはじめから彼の言葉を拒んで逆らおうとするのかが疑問だが。
もう一方の腕が華奢な肩を包む。
窓辺に座っていた彼女はそのままに、彼が身を乗り出して、頭の上に額を乗せた。
額を乗せるというのは、ドラゴンの最大の親愛と献身の意志表示だった。
こうやって彼は時々ソフィリアを腕の中へ閉じ込めて長い時間頭の上に額を乗せるのだが、〝ひと〟であるソフィリアにはいまだにその行為の真意が分からなかった。
「え、エーギル、あのね」
いつもは、彼が額を離すまでは絶対に言い付けを破らずに黙って彼の好きにさせているのだが…今日こそはそうはさせない。
「なんだ」
鼻から抜けるような甘い声が降ってきて、頬がさらに熱くなる。
ぎくしゃくと音が聞こえそうなほど言うことの聞かない腕を伸ばして彼の首に絡める。
「……ソフィリア?」
思い切って自分の顔の高さまで彼を誘導する。
「エーギル、あのね、」
言葉が続かない。
かれが会話が終わったと判断したのか、それとも言葉の続きを待つ間そうしようと思ったのかはわからない。
顔のすぐ下、肩に額を乗せて首筋に吐息がかかる。
ぞわぞわと足元から腰まで訳の分からない感覚が這い上がってきて目をギュッと閉じて息をつめた。
「エーギル!!」
「なんだ」
こんどは唇の動きが伝わってくる、ああ、駄目だ、うまく言えないで今日も終わってしまうの?
切なさが胸を締め付けて、涙まで出てくる。
視線の先には窓があるけれど、窓があれば寂しくなんてなくなるなんて絶対にあり得ない。だってここにいる彼がいっとう愛おしい。
「エーギル、あのね、あのね…、……、てほしいの」
言葉が聞き取れなかったのか、エーギルが額を離す。
「ソフィリア、何をしてほしいんだ?」
絡めた腕をほどかせないように彼女の細い腕に手を添えた。
真っ赤になった顔で彼女は唇を動かす。
「く、」
「く?」
「口づけ…」
「?」
「口づけ、して」
ほしいの、と言う言葉は蚊の鳴くような小さな音になって、返事のないエーギルの顔を見ると聞こえたのかそれすら分からない。
ああやっぱり言わなきゃよかったのかな!頭の中で悲鳴を上げて後悔。
スイと引き寄せられるように彼の顔が近づいて、気がついた時には唇が離れる感触しか残っていなかった。
もちろん、自分の唇に。
「ソフィリア、これでいいのか?」
「こここここ、こ、ここれで?!」
「足りなかったか?いや、そもそも口づけとはこれで合っているのか?」
「エーギル?!」
「すまぬなソフィリアやはり間違っていたか?勉強不足だった、口づけとは何か誰かに確かめてからするべきだった」
そうか!エーギルはひとじゃないから!分かんなかったのか!そうだよね!自分の事でいっぱいいっぱいでうっかりしてたわ!
「あ、あってるよ、あのね、恋しい人に…あい、愛してる人にするんだよ」
ばか、わたし!何を!言ってるの!
「……ふむ、そうか」
いや!納得しないでエーギル!他人にちゃんと教えてもらって!
…だめ、やっぱり私以外の人になんて訊かないで…
胸の中で黒い花が咲き乱れるように、彼の頭の中を自分で埋め尽くしたい、支配してしまいたい、独占したい気持が抑えられない。
だって、いま、はじめて…
唇を花弁を食むように彼の唇がなぞる、さっきよりもずっと長く、でも離れると引き留めたくなる。
額を合わせて見つめ合う。
うるんだソフィリアの瞳に引き込まれそうになるのをこらえて、せいぜい余裕があるように見えるように微笑む。
「ドラゴンは…額を相手の体の一部に押し当てることが…愛を伝える手段で…」
彼女がまた息を飲む。
「……ひとのやり方と違うとは気付かなかった……こうするのも…悪くない」
もう一度口づける。
余裕のあるふりなんてかなぐり捨ててしまいたい。
もっと荒々しく唇を重ねたい、でもきっと彼女が壊れてしまうから…。
今だって、息苦しそうに眉をよせてる、苦しませたくない。ああ、でもそんなふうにうるませた瞳をもっと近くで見たい。
彼女の膝に落ちていた窓の光は気付いた時にはもうとっくに無くなっていた。
驚きの鈍さ!キスまでに2年も!時間を費やしてしまうなんて!
…とお思いの方もいると思いますが、ドラゴンのエーギルにとっては3カ月くらいの感覚なので、あの暖かい目で見てやってください
今話も読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆