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すべて海神の主観です
停滞しっぱなしですみません、本当に反省してますが、再犯はします←
このところずっと浮かれっぱなしだった。
なぜか?なぜって、それはようやく1万年の年月を経て1人前のドラゴンとして扱われ、外に出ることを許されたからだ。
何をするにも兄の背中を追って、雲の下の世界に行くことも許されず、雲よりも高くそびえ立つ山肌で家族と暮らすのは飽き飽きしていた。
はやく「親戚」ではないドラゴンに会いたかったし、雲よりも下に下ってはいけないという掟だって無視してしまいたかった。
ただ、雲の下というのはひどく物騒なところで「ひと」という生物がはびこっているという。
父と母はそれほど気に留める様子もなく嫌ってもいなかったが、それでも雲の下へ下るというのは恐ろしいことなのだと言っていた。
でも、そんな言葉に従わなくたってもう誰も咎めたりしない。
魔法も魔力も肉体も精神も十分に成熟した大人として自分は認められたのだから。
名前を呼ばれて少し振り返った。
「お前、まだドラゴンの癖が抜けてないな」
首を少しかしげると兄は苦笑した。
「おれが名前を呼んだ時すぐに振り返っただろう」
それのどこがおかしいんだ。
顔に出ていたのだろうか、兄は丁寧にゆっくりと言葉をつづけた。
「雲の下では〝名前〟っていうのがあってな、おれたちが使ってる龍の言葉じゃなくてもっとシンプルで、なんていうんだろう…響きが違うっていうのかな…それを使って名前を呼び合ってるんだ」
「で、その〝名前〟っていうのは…兄たちの呼んでる名前と…違うのか?」
「ああ、一文字一文字に…思いや願いが込められた特別なものだ」
「文字…?」
「〝ひと〟の使う意志疎通のための大事なツールだ」
しかしそこで兄はちょっと悪い顔をした。
母や妹や弟たちに隠し事を作るときの子どものような笑みが滲んでいる。
「雲の上では決して使うなよ、母さまが悲しい顔をなさるからな」
「でも…兄や1人前の…雲の下にいる同族たちは名前を持ってるんだろう?」
兄は「そうだ」と笑みを深くした。だから秘密なんだよ、と嬉しそうに。
自分は考え込む。
狩衣に身をつつむ、まだ馴染みのない〝ひと〟の体。布の端からのぞいた滑らかな肌と己の意のままに動く指先、たったの2本の足が支える体と羽のない背中。
兄の顔は見知らぬ生き物の作りをしているのに、それでも兄である。
豊かな表情と、一枚一枚精巧に創られた鱗を剥いでもなお奇跡のようなつくりを感じさせる姿は神のなせる業といえるだろう。
「…我らは、人のまねをしたくてたまらないように見えるのだが?」
兄は思わずというように吹き出した。
「見えるんじゃなくて、事実そうなんだよ、おれたちはあの小さな地にはびこる生き物たちのまねがしたいどころか、そのものに成りたいとさえ思っている」
首をかしげる自分に、兄は「そのうちわかる」とほほ笑んだ。
ほら、と指さされると目下にはひとであふれかえっていた。
わずかに魔法の気配が息づいていることに驚きをおぼえた。
「お前も一人前のドラゴンと呼ばれるようになったんだ、俗世で何をしようとお前の勝手だ、好きにほっつき歩いてこいよ」
「に、兄は?」
兄は苦笑を深めた。
「そこも、だ。まだ癖が抜けてないな、おれの背中を追っ掛けて歩き回るのももうやめる年頃だ」
「あ、はい」
返事を聞くと頭のてっぺんを手のひらで撫でられた。
こんな子どもを甘やかすようなじゃれあいは、久方ぶりだ。
「こういうことが出来るっていうのもひとの体の特権だ」
ひとことそっけなくつけたして兄は風のように人ごみの中へ消えてしまった。
好きなように歩けと言われても、なにしろはじめての〝まち〟だ。
ひととものにあふれてごった返しているのに、そのひとつひとつに目を奪われてしまう。
商い、をしているのだという。
人は一日に3食も食事をとらねばならない不自由な体らしいので、一日の食料とそれから生活に必要なこまごまとしたもの、それらを何に使うのか分からないが、わからないから目を惹かれた。
ふらふらとほっつき歩いていると同族にも出会う。
お互い分かってはいるが目を伏せあいさつをする程度。なぜか彼らもほくほくとした笑顔で商いをしているひとから買った、ものを抱えていた。
それからまた気の向くままに歩いていると人がまばらになっていった。
そこには人の住む家が建っていたが、目を惹いたのはその先の丘の上に建つその他とは明らかに豪奢な建物だった。
正確に言うと、水晶がはめ込まれた窓の中にいるひと。
今にして思えばかなりの距離があったはずだ。
それなのに、その人の視線が気まぐれに揺れる露草のようにこちらを向いた。
吸い寄せられるように、たた、た、と足を踏み出した。
長い髪、自分の体より細い線に縁取られた目で見ただけで分かる軟い体。大きな瞳がはめ込まれた水晶に勝るとも劣らないきらめきを放って……
…その瞳が自分に向けられている。
全身に雷が落ちたような衝撃に体の端々まで痺れて動けない。そのくらい目が惹かれた。だめだ逸らせない。
やはりそれなりの時間互いに見つめ合っていたと思う。
彼女はやはりこちらを向いたときのようについと目を逸らした。
痺れの正体が恋だとも気付かない、若造がひとをはじめてふかく愛することなどしるよしもない、名も知らぬ彼女との出会いだった。
今回も読んでくださってありがとうございます
次話も乞うご期待☆