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Double-edged Sword-剣姫-  作者: 肇川 七二三
家出娘 珠姫
21/25


澄幸はドアベルが鳴るやいなや暉臣や基彦を下がらせて自ら玄関に立った。


「開いている」

「…どうやら、出迎える相手を間違えているようだな」


澄幸は憮然とした顔で「いいや」と訂正する。


「間違えてなどいない、ただ予想外だっただけだ。入りたまえ…レイリエス・フラガ氏」


レイは愛想のかけらもない態度で静かに頭を下げた。





「祝言以来だね、久しぶり」

「澄幸さんあなたはそんな風に余裕ぶっこいてる場合なのか?」

「なっ!親方に何と言う無礼を!!」


声を荒げる暉臣をしり目に更に言葉を続ける。


「シアのところにお宅のお嬢さんが来たよ」


澄幸は声低く暉臣と基彦に下がるように伝えた。


「ふたりきりで話をした方がよさそうだ」


「僕が余裕ぶっこいてるように見えるかい?」

「少なくとも、おれには見える」


急須でお茶を注ぐ手元に視線を向けてレイは肩をすくめた。


「少なくともおれに茶を注いでる場合じゃないはずだ…お宅のお嬢さんは」

「珠姫でいい、珠姫は家出中でね…トリシアのところに着くまでは不安定だったが…」

「今は落ち着いている?シアがついているから?ふざけるな」


礼を欠くような男ではないと澄幸はよく理解している。

この男の言動にすこし眉根を寄せて問う。


「なぜ会いに来た?」

「話すべきことがいくつかある…その必要があったから来た」


レイは深くため息をつき、膝の間に束の間視線を落とす。


「澄幸さん、あなた占いはどうした?」

「必要最低限使わないように心がけている。自身にも僕の眷属達にも決断と迷いはつきものだから」

「じゃあ……予知夢の類いは?シアを誘拐するきっかけになったような…何度も見る夢…感覚と言ってもいい」


澄幸がくつろぐように深く座っていた体を正す。


「なぜそれを?」

「やはりか」


ただの一人にも口にしていない事を言い当てられわずかに狼狽する。


「澄幸さん、あなたの眷属に異変があるのではないですか?あなたもそれに…薄々気づいているはずだ」

「……珠姫か」


ため息のようにこぼれた名前は、自分が妻を呼ぶ声音によく似ていた。


「ただの言い争いで家出をしたわけでもないと…気付いて?」

「いる、いると言わないと君に殴られそうだ」

「安心したよ」


澄幸が冷めかけのお茶を煽る。


「最初は引き裂かれるような、天と地が入れ替わるような目まぐるしさに襲われた…」


その独白をレイは聞く気があるのか、それすら確かめる事もない。


「それから徐々に安らぎに変わった。恒久的な安らぎで僕は満たされるかわりに…珠姫が傾いて行った」

「原因は?」

「……分からない」


これには天を仰ぐしかない。自分も人の事を言えた柄ではないが珠姫が出ていきたくなる気持ちも分かる。


「君は分かっているようだが…?」

「それはおれの口から言うべきではない…シアに殴られるからな」

「なら僕も殴られるかな」


同情の眼差しを注ぐと鬱陶しそうに手を振られた。


「それで、君の本題に入ろう…なぜ会いに来た?」

「シアの事を…正しく話しておこうと思ってな。あいつは絶対にあなたには本当の事を話さないだろうから」

「ふうん」

「澄幸さん、あなたのところに最後に里帰りしたのはいつだ?」

「子どもが生まれる前、君と婚約して祝言を上げた時だ」


ギアの事は耳に入っていた。でもこんなに早く結婚するとは思っていなかった。わずか数カ月で別の男に乗り換えるような娘には見えなかったから。


でも、会って納得した。

あの時のトリシアにはシュト以外の支えが無いと今にも崩れ落ちて塵になって消えてしまいそうだった。

そしてそれはこの男、目の前にいる男でなければなかったのも確かだった。

だから、形だけでもと祝言を無理矢理日本ここで上げさせた。

その記憶は今も鮮明で、でも懐かしい。

少しの時間が経っただけでもいまは惜しいと思ってしまう。


「毎月子どもの写真と一緒に手紙を送ってもらってるから…そのあたりは知っている」


「本当にそれが最後?」

「……君と夫婦喧嘩をした時に一度ダニエルとシュトを連れてきた」

「やっぱりか」


今度は頭痛そうにレイが天を仰ぐ。


「その時…調子が悪そうに見えなかったか?」

「全然、海幸と山幸をしごいてスカッとした顔で帰ってったよ」



「お前はほんと鈍いな!」


澄幸さんでもあなたでもあんたでもなくレイは思わず叫んでしまった。

不愉快そうに顔をしかめる澄幸にもう遠慮はしない。


「いいか、その時点でシアは既に爆弾抱えてんだよ!調子がいいわけないだろう!!」


「君に何が分かる!」


「いいか、シアは…トリシアの体はもうボロボロなんだ。もう無茶は出来ない、心臓はいつ発作が起きてもおかしくない、薬の飲み過ぎで肝臓もガタがきてるし、持病の喘息もぶり返してる!貧血を起こしておれが家に帰ったらキッチンで倒れてるなんて日常茶飯事だ!それのどこがなんともないなんて言えるんだ?!」


澄幸はしばらく唖然として…胸の苦しみが耐えきれなくなって、息を止めていた事に気付いた。


「いったい…何で……」

「言えるわけがないだろう、あいつはお前たちのためなら死んでもいいとさえ思ってる」


馬鹿を言うなと怒鳴りたかった。

トリシアに泣いて怒ってそんなことはしないでくれと懇願したかった。


「いつからだ?」


レイはあらかじめ用意しておいた言葉を説明書を読むように教壇に立って教科書をさらうように口を開く。


「シュトがはじめて襲撃されたとき…魔法を使った」

「それくらいじゃ…」

「殺されかけた時、一時的にとはいえ心的外傷を負って薬を飲んでいた。期間と量は詳しくは知らないが…楽観視出来るものではない」

「でもなんで」

「子どもをふたり産んだ。おれと…シュトのためだ…家の習わしは知っているな?」

「ああ…」

「子どもは諦めろ、とは言えなかった……それはおれの落ち度だ。でも…もう無茶は許しちゃやれない」

「心臓は?」

「少なくとも…家族で遊園地は行けないな…きっとジェットコースターに乗りたがるけど…おれは怖くて乗せられない」


そこでやっと、やっと澄幸は理解した。


「飛行機は?」

「…ぞっとしないな」


トリシアが珠姫を連れてきっと会いに来る。長時間のフライトが体にどう影響するか分からない。まさに爆弾を抱えて彼女はやってくるのだ。


これが最期になってしまったらどうしてくれる。


「無茶を許せるのは…本当に困ったときだけだ。あいつの救済が無ければ龍もドラゴンも成りたちやしない…そういうときだけ許すことにした」

「トリシアは?」

「もちろん承知している、けど今回は無茶の内に入らないと言われてしまったから…あんたに直接説明しに来たって訳だ」

「…僕に釘を差しておけば…暴走はさせないと踏んだわけか」


無言でもって肯定する。


「僕に君から説明があった事を」

「悟らせるな、何が何でも知らせるな」

「不本意なのか?」

「……いや、そうじゃない。ただ…」


澄幸は彼の言葉を待つ。


「……おれよりも近くで長くシアを見ていたのに気付かなかったのか、と責めたい気持ちは収まらないな…!!」


彼の拳は真っ白になるまで強く握られて震えている。


「そんなに腹立たしいなら殴ればいいじゃないか」

「それじゃあおれがあいつより早くここに来た意味がないだろ!!!!」


怒号と共に湯呑が床に叩きつけられて砕け散った。

澄幸はいっそ、湯呑のように砕け散りたい気持だった。

そうだ、誘拐した時も薬を欠かさず飲んでいた…。夫婦喧嘩をして家に来た時も薬を持参していた。

本人は、何でもないように、サプリメントのように扱っていたけど。


「…本当はあいつを龍乗ライダーりの有資格者にしてやりたかったんだけどな」

龍乗ライダーり…たしか肩書きだけが残ったドラゴニスタの資格…だったな?」


レイは微かに笑みを浮かべる。微苦笑のような子どもの無茶をなだめるような顔で。


「シアにはシュトがいる。肩書きだけの資格で終わらせる気はなかったし、終わるだなんて…思わなかった」

「才能があった?」


レイは肩をすくめて首を振る。


「まさか、ドラゴンを見たことさえなかったおれが才能だなんて…でも桂林で……ドラゴニスタ総会のある晩…乗ってる姿を見たんだ」

「それは…?」


彼は目を閉じて思い出す。

酔い覚ましに外に出た総会のオペラ座の外。

漆黒のドラゴンに純白のドレスを翻した彼女が乗って空に瞬く灯りの中を飛んでいた。


「笑顔でな、それはそれは無邪気な顔で…ああ、あれが龍に乗るってことなのかって理屈じゃなく分かった」


澄幸は椅子に深く腰掛けて喉をククッと鳴らして笑った。


「見物だろうな」

「おれの目は釘付けだったさ」

「馬と弓はそのためだったのか」

「ここでもやってたのか?」

「彼女のために弓場を作ったよ」


ふたりして低く声を上げて笑う。今も弓を引く彼女の姿が庭に出れば見えるような気がして。

ひとしきり笑い終えて澄幸が居住まいを正して床に膝をつく。

しかし頭を下げる前にレイの手が遮った。

困ったような苦笑いの顔がどこかトリシアに似ていた。


「あんた方に頭を下げさせるなとうちのかみさんがうるさくってな」

「……信仰のため?」

「知らんが、まあ怒られちゃあ敵わんから謝らないでくれ」


これから顔面蒼白で何度も何度も頭を下げなければならないであろう、この男の未来に憐みの眼差しを向けつつ、レイは澄幸の家をそっと後にしたのだった。




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