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Double-edged Sword-剣姫-  作者: 肇川 七二三
序章-はじまりの前-
2/25

彼女がぱたりと本を閉じた音で目を覚ました。

「トリシア、もう読み終わったの?」

目をこすりながらそう聞くと彼女はゆるゆると首を横に振った。ちがうのよ、と微笑みながら。

「お客様よ、それもとびきり珍しいお客様」

その言葉に体をぶるんと震わせて耳をぴんと立てた。…彼女に見えている体は人間のもので、震わせた体もそばだてた耳も見えてはいないだろうが。

それでも彼女は愛おしげに見つめていた。




トリシアはついこの間子どもを産んだというのに、今度は長男より3つ下の娘を身ごもっていた。トリシアに言わせると私の「ついこのあいだ」という感覚は理解しがたいらしいのだが…まあよくもこんなにはやく子どもを何人も産めるものだと、細く脆く儚げな線に縁取られた体を見るたびに感心と心配が胸に込み上げてくる。

そう、彼女は人並みの幸せをつかみ人生を謳歌しているのだ。

夫を持つ幸せ、子を持つ幸せ、母になる幸せ…。

目を細める私に彼女は言った。

「ごめんねシュト、私こんなだから…ちょっと迎えに行ってあげて」

「うん!」

元気よくイスから飛び降りた体はどうやってもトリシアの体の半分程度の背丈以上にはなってくれないが、まあいい、この体の方がかわいいかわいいと子ども扱いしてくれるしさ。

最近、3つになるダニエルにライバル心を抱くこともあるが、あの子の可愛さにほだされてついつい何でもしてしまう。





迎えに行けと言われて下った山のふもとには、トリシアの言った通りとびきり珍しいお客が来ていた。

こちらから声をかける前に相手の方がおや、と目を見張り手を振ってきた。

「誰か迎えが来ぬかと思うておれば…まさかお前がよこされてくるとは思わなんだ」

「久しぶり、海神。5年ぶりだね」

「うむ、変わりないか?」

「シュトはね、でもトリシアは大忙しだよ」

トリシアの名前を出した瞬間に顔色が変わる。なんと言うか彼に似つかぬ「動揺」のふた文字が浮き彫りになったような、そんな感じ。

けれど決してそれを悟られないように声色は変わらず穏やかだ。

「これでもまめにきてやっておるのだがのう…」

「シュトもそう思うよ」

世界中の海を放浪しているにしてはまめまめしく通っているものだと感心するほかない。

「あ奴は元気か」

「元気も何も、2人目の子どもを身ごもってて身動きが取れないんだ。本当だったら海神だってトリシアが直々に迎えにくるはずだっていうのに」

「2人目?!?!」

驚きを隠さなくなくなったのは、その必要が無いと思ったからだろうか、それともばかばかしくなったからだろうか。

「そう、上の子は男の子で今度は女の子だよ」

トリシアに似てるといいね、などと言ってみると「ううむ」とうなり声がかえってきた。あ、ちょっと困ってるのかな。

そろそろ家が見えてきた。

山の上り下りは人外の力を以てして移動しているので、人間と同じにされては困る。下ればあっという間にふもとで登れば家が待っている。





「おひさしぶりにございます」

「おお」

短い返事は無愛想で、5年ぶりの再会とは思えないそっけなさだ。

トリシアは恥じらうように白髪を撫で整えて目を伏せる。

「このような恰好で海神のお目にかかるなど、お恥ずかしい限りなのですが…」

お腹にそっと手を当て幸せそうに笑った。

花が咲いたような笑みに、海神もシュトも思わず頬を緩めてしまう。

「新しい生命いのちを授かったので、動くに動けなかったのです」

シフォンの白いワンピースにカーディガンを羽織り、ひざかけをかけてゆったりとソファに掛けるすがたもだらしないというより穏やかさが目を惹く。

「聞けば、2人目というではないか」

「ええ」

トリシアがまた笑みを一層ふかく浮かべて、しかたがないなあというような苦笑を浮かべてソファの後ろへ視線を落とす。

そして首を横に振ってシュトへ目配せ。

言葉を発するでもなくシュトがひょいと立ち上がりソファの裏へまわりこんだ。

直後「うやぁあ!」という悲鳴とともにシュトに抱きかかえられた3歳ほどの子どもが姿を現した。

「人見知りをする年頃でして、ずっとここに隠れておりました」

半泣きの顔でシュトにしがみついていっかな海神に顔をみせようとしない。まあ、あんないかつい顔に見つめられたら怖くて隠れちゃいたくなる気持ちもわかるけどね、とシュトはそっとダニエルをあやす腕に力を込めた。


「たった5年、我が顔を見せぬたった5年の間に2人の子どもの母になっておろうとは考えでもおらなんだ」

「5年前というと、大変なご心配をおかけいたしましたね」

ギアがトリシアを置き去りにして行方をくらませた…という話はまたたく間に広がりクジラと共に放浪していた海神の元にはノクテの爺が寒波を率いて泡食った顔で知らせに来た。

その日の怒りと驚きをこの先忘れることは無いだろう。

その時会いに訪れた時は、触れたら壊れてしまうんじゃないかと思うほど脆く見え、たいそう心配したものだ。

「我に報告の一つもよこさぬとはどういうことだ。一応お前の親代わりになったとおもうのだが…」

「身重の体であなたに会いに行くという選択肢はありませんよ。このこだってまだまだ手のかかる年ですし…心配してくださっていたのならもっと早く会いに来てくだされば良かったのです」

もっともな意見に海神も押し黙る。

「…我がその気になればまだまだ伴侶に昇格する機会も……」

「伴侶になるおつもりでしたらもっとまめに顔をみせて口説いてくださりませ」

これには何も言い返せない。

「そんなことより、あなた様の伴侶はこれまでもこの先もたったおひとりのはず…こんなくだらない話の引き合いに奥方を出さないで上げてくださいませ」

むう、と悩ましげな顔でトリシアを見つめる彼のまなざしはどうしてだか、いつもと違って見えた。



「我の妻も…死の間際までそんな幸せそうな顔をしておった」



海神は誰に話すというふうでもなく、かといって独り言を言うふうでもなく静かに口を開いた。





あけましておめでとうございます

本年の更新も不定期になりますがどの作品もどうかご愛好のほどよろしくお願いします

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