暗闇の中
今話は序章 シュトがシャルロッテのお腹の中でかすかに聞いた2人の会話
暗闇の中…やさしい声と水音の…最初の記憶
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お腹を元気よく蹴とばす感触に彼女は目を細めた。
おてんばで、勢いだけは良くて、後先考えない、純粋で、外の世界が気になって仕方が無いこの子はきっとそういう子だ。
リタが生きていれば「あなたにそっくりね」と笑って祝福してくれたはず。
その姿が目に浮かぶようだ。
でも、その彼女も…私との約束を破って…先に逝ってしまった。
不運な事故だった。
久しぶりに出た街で交通事故に遭ってあっけなく。
自分が身重でなければすぐさま駆けつけて病院なんかに搬送される前に魔法を使って…生き延ばせることが出来たのに。
もう何度そう考えただろう。
「ロッテ、また考え事かい?」
穏やかな低い声に聞かれ、閉じていた瞳を開けて声のする方へ少し体を動かす。
「………ええ、そう。最近考え事ばかりね」
「思いだしていたんだろう?」
なぜこの男は何もかも見抜いてしまうのだろうか。
隠す気になれなくなり、おとなしく頷いた。
「本当ならこの役目、あなたではなくリタに任せるつもりだったのに…」
彼の顔を見て一言付け加える。
「ローヴァ、あなたでは嫌だという意味ではないんだけどね」
ローヴァは気にしないでいいという風に首を横に振った。
「彼女の先祖の面影が恋しいのは当たり前だ。君は孤独に慣れていない」
そういった意味で思いだしたと言ったわけじゃないんだが。
「違うのよ、リタとは何度も何度も話し合っていたの…私がこの子を産み落とした後の事を」
ため息をそっと吐く。
「私はじきに死ぬわ、私が死ぬということは一番親しい人間を道連れに歴史から姿を消すということ。リタもローヴァも優秀で…失うのが惜しい人」
「君に褒められると照れてしまうな」
「本当なら…リタが私の死に立ち会ってくれるはずだった、そしてこれを…逆鱗を切り離して〝あの子〟に贈ってくれるはずだった」
辛そうに口元を歪めて言葉をつづけた。
「ローヴァどうすれば、どうすれば〝あの子〟を一人にしなくてもいい未来を選ぶことができるの?リタがこの不条理な仕組みに理解を示して頷いてくれたのは、あなたを遺すことができるからよ?誰よりも人を導くことに長けているあなたが何にも代えがたい財産になるから…だから私も頷いたのに、馬鹿げた風習なんて無視したっていいと言ったのに…でも〝祝福〟は絶対に〝あの子〟に必要になる」
ため息をつく。
彼はその一度のため息で何年分か年老いて見えた。
それほど深いため息。
「つまり…君が心配しているのは…自分の事でももちろん私の事でもなければ…一人にしてしまうトリシアの事というわけかな?」
本来、ここで頷くことは彼に対して失礼にあたるのだが、私たちはもはやそういう仲ではない。
死を共にする家族であり親友であり、体の一部だ。
「ローヴァ、私は罪深い…この手は血で汚れきっているのに、トリシアから肉親を…2人も奪ってしまうことになる」
泣きながら彼女は閉ざしていた胸の内を吐露した。
「トリシア、可愛いトリシア…あの子に私は何も残してあげられない!この子をあの子一人に任せてしまう!二人だけを世界が放っておくはずが無い!彼女一人…たった一人で…」
今後、誰が彼女に会いに行き誰が後ろ盾になるか大まかに指示はしてある。
しかしそれでは足りない。
ひとりぼっちの辛さは知っている。だから、あの泣き虫でひたむきで心の優しい少女が耐えることができるか、それだけが心配だった。
我が子がその腕の中で孵って、あなたに寄り添うけれど、きっとそれだけでは足りない。
私の子は、あなたを頼ることしかできないから。寄り添うことしかできないから。涙を拭ってあげることしかできないから。
これからあなたは何もかもに立ち向かわなければいけない。
しばらく彼女の嗚咽だけが龍の巣にわんわんと反響した。
穏やかで、ハープを奏でるような美しい声。
そして涙は小さな池に溜まっていく。
彼が口を開いた。
「遺すことができないと君は言うが、何も残せないわけではないよ」
「?」
「君の記憶を君の子に、私たちとの思い出をトリシアに遺すことは出来ないのかな」
「き、おく?」
「ああ、」
その時は、そんなか細いものが何の糧になるのかと思ったが。彼女は、シャルロッテは考え直した。
いずれこの逆鱗は様々な困難を跳ね退ける力になるだろう。
ならば、この逆鱗は彼女にとっての希望の象徴であらねばならない。
そうだ、あの夏の事を贈ろう。
私の話した昔話をトリシアに贈れば、もしもお腹の子に話して聞かせてくれたら、私の子どもも〝お母さん(わたし)〟のことを想ってくれるかもしれない。
ほの暗い龍の巣の中でかすかに発光するわが身を震わせた。
私がこの子を産み落とした後、ローヴァは私の逆鱗を切り離す。そのさなか、きっと私は理性を失って彼を殺してしまうだろう。
けれども彼はずっと穏やかに微笑んでいる。不思議なほど穏やかな笑みだ。
彼と彼女は言った
「どうせあなたと死ぬのなら、出来ることをやりつくして死んだ方がいい。ただドラゴンの存在の実証の危険から遠ざけられるためだけに死ぬよりも、あなたから逆鱗をはぎとって八つ裂きにされた方がはるかにマシだ」
実際、そう遠くない未来で私たちはこの暗闇の中で心中するのだ。
愛する我が子と、親愛なる世界で一番愛しい少女の面影を持つ…トリシアを遺して…
鞘姫の番外編を集め、今後ちまちまちまちまと剣姫にて不定期に更新していく予定です
剣姫=シュトラーフという感じで
番外編ではトリシアに変わってシュトラーフが見聞きした話として綴っていこうかなーと
たとえば海神の過去、カタリーナとルツカ、ローリエとアポロン、ブラムスの仕事…おっと書き出すときりが無いですね(笑)
今回も読んでくださってありがとうございます!
では次話も乞うご期待☆