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戦闘員始めました  作者: ねむりくろぬこ
断章 少し先のお話
8/11

悪の組織へようこそ?

「なあ、あんた、これに一旦入ってみる気はねぇか?」

「え、えええええ!」


 女冒険者が持ってきたのは、よりにもよって例の怪しいチラシだった。


「まあそう言うな。こう言っちゃなんだが、俺もその組織の一員なんだ。年に数度帰ればいい方だがな。つまり冒険者との掛け持ちができるってことだ」

「はあ……そうなんですか」

「まず、このクエストを勧める理由はいくつか存在する。その一つが、先程説明された通り初心者クエストの不足だな。当然、クエストがなければ収入はない。そんなのは困るだろ?」

「それはもう仕方ないと思ってます。期日がくるまで宿で大人しくしてい――」

「もちろん上級者と一緒にクエストを受けてもいいんだが、今現在『祭り』でランクの高い冒険者はほとんど出張っている」

「……あの、話を聞い――」

「チンピラ三人も王都に残った数少ないBランク冒険者で、高ランクのクエストが余っている状況で彼らを新人育成に使うのは、冒険者ギルドとしては好ましくない」

「そんな……」

「もちろん奴らは迷惑だとか思ってねえよ。普段なら諸手をあげて賛成するとこなんだが、今は状況が特殊すぎるな。気に病むことはねえよ」

「で、でも……」

「ん? まだなんかあんのか? 言いたいことがあったら遠慮なく言っていいぞ」


 意を決して疑問に思ったことを率直に伝えることにした。


「それをちゃんと伝えれば彼らと争う必要はなかったのでは……?」


 遠慮がちに聞くと、女冒険者は露骨に視線を逸らす。


「まあそれはいいとしてだ。体験入団ってことで、数日間預かってもらうだけだから安心してほしい」

「それはそれで悪いんじゃ……」

「いいんだよ。事情もちゃんと説明しといてやるから。それ含めてあいつらは受け入れてくれるよ。自分たちの存在を知ってもらえるだけでもいいんだ。困ってる人を放っておくようやつでもない」


 さっきまで言動の全てに自信が満ち溢れていたが、この言葉だけは違った。

 ただ淡々と事実だけを述べているような……。

 だからなんとなく信じることができた。


「ま、あともう一つ大きな理由はあそこに行くと強くなれるってところかな」

「? どういうことですか?」

「叫んでるだけで魔力量が増えたりする。食事も栄養価を考えて作られている。初心者のレベル上げもきちんとサポートしてくれる……こんなところかな」

「す、すごいんですね。悪の組織って……」

「まあ、ギルドだと全部が全部面倒見れるってわけじゃないからな。なにせ数が多い。その点向こうは300人ちょっとしかいない」

「それでも十分多いですよ……」

「そうかもな。とりあえずクエストの予約だけしたら出発だ。途中まで送る。これは派遣という名の立派なクエストだからな。向こうで経験を積んで、強くなって帰ってこい」

「わ、分かりました……」



     *    *    *



 指定された待ち合わせ場所は人気のない裏路地だった。

 しばらく待っていると人影が見えてくる。

 全身水色タイツに大きな盾を持った変人だった。


「ぎゃああああ!」

「ええええ!?」


 ボクが悲鳴をあげて逃げ出すと、水色タイツも大声をあげて追ってくる。

 ダメだ、向こうの方が速い!

 僕は臨戦態勢を整えようと背中の槍に手をかけ……。


「ちょっと待って! チラシ見たでしょ? それと同じ! 同じ戦闘服だから!」

「え……?」


 後ろを振り返って水色タイツを見ると、確かにそれは怪しいチラシにのっていたものと同一のものだった。


「す、すみません。あまりに怪しい格好だったもので……」

「ひどいな……怪人を見たわけでもあるまいし。……あれ? この服って一般人からしたらあれと同じレベルで怪しいのか?」

「あれがなんだかは知りませんが、相当怪しいことには変わりないですよ」


 僕がそう言うと、水色タイツはかなり落ち込んでしまったようだ。


「えっと、大丈夫ですか? 戦闘員さん……じゃあれですよね。なんて呼べばいいですか?」

「普通に戦闘員273番でいいよ。長いけど」

「呼び捨てはちょっと……」

「うーん、俺は番号に先輩ってつけて呼んでるけど、先輩ってガラじゃないしなぁ……」

「そうですか? いいじゃないですか273番先輩。カッコいいですよ」

「そ、そうか? ならまあ、それでもいいか。……なんかくすぐったいな」


 273番先輩は盾が取りついた腕で頬をかく。

 どうでもいいけどその盾は相当重量があるんじゃないだろうか。

 背負っていたバッグを降ろし、先輩が着ているものと同じ戦闘服を取り出した。


「えっと、まずはこれに着替えてくれるか?」

「こ、ここでですか!? 困りますよ……」

「だよな」

「へ?」

「それが普通の反応だと思う。俺もそう反応した。けど団長に有無を言わせず着替えさせられた。よくないと思う。体験入団のうちから戦闘服を着させるのも問題だと思う」


 先輩は一人で何度も頷き、神妙な顔つきでそう言う。


「は、はい。そうですね」

「だから、はい、これどうぞ」

「これは……」


 手渡されたのは水色のスカーフだった。


「それを首に巻いといてくれ。これで文句は言えないはず。団長が剥こうとしてきたらすぐ逃げなきゃダメだよ」

「あ、ありがとうございます……。あ、でもそれを着るのが嫌というわけじゃ」

「大丈夫、分かってるから! あとで言ってくれれば着替えも持ってこれる。もちろん部屋の中で。もちろん着なくてもいい。体験入団中だし」

「……それは助かります」


 気の回る先輩だなぁ。


「さて……ちょっと待っててね」


 先輩は何もない壁を睨んで、盾を構えた。


「シールドバッシュ! ……シールドバッシュ! ……シールドバッシュ! シールドバッシュ! シールドバッシュ!」


 ドンドンドドドンという騒音が辺り一帯に響き渡る。

 完全に近所迷惑だった。


「な、何やってるんですか先輩!? 壁壊れちゃいますよ!」

「ああ、これな。大丈夫、この壁はかなり丈夫にできてるんだ。この程度じゃ壊れないよ」

「この程度って……」


 建物ごと揺れて地響きが起きてましたが……。

 ボクが呆れて先輩を見ていると、内側から壁を叩く音が3回聞こえた。

 しばらく待つともう一度音がして、それを聞いた先輩は満足そうに頷いて壁を叩く。


「シールドバッシュ!」


 一際大きい音を響かせて壁を殴ると、その部分がへこんだ。

 とうとう壊れたかと思い中を覗いてみると、そこには地下へと続く階段があった。


「いやー、俺は見えない世界のプロフェッショナルじゃないからさ、ここに入るときも一苦労なんだよね」

「はあ……そうなんですか」


 先輩は照れたように笑い、頭をかく。

 一体何が恥ずかしいのかよく分からない。

 魔術師は基本目に見えている範囲、もしくは見知った場所にしか影響は及ぼせないはずなのですが。

 その台詞を言った人は相当自身の魔術に自身があったに違いない。

 すごいなー。



     *    *    *



「滑らないように気を付けてくれ」

「はい」


 僕たちは暗い通路の中を進む。

 無言だと気まずいので、何か話題を振ることにした。


「最近Fランククエストが少ないらしいんですよね……」

「へー。何かあったのか?」

「ええ。『緑鬼殺し』の二つ名で呼ばれる人物がゴブリンを絶滅寸前にまで追い込んだ結果、他の低級モンスターの数も減少、さらには薬草の乱獲により定番の薬草採取クエストまで禁止なんだそうです」


 空気が凍った。

 先輩は一切動かなくなって、危うく背中にぶつかるところだった。


「え?」


 一体何が起こったのだろうか。


「先輩、どうしたんですか? 汗ダラダラですけど……」

「やめて……」

「え、え?」

「そんな心配そうな目で俺を見ないで!」


 唐突に叫びだす先輩。

 僕が怯えて身を引いているのを見ると、先輩はさらに表情を複雑なものにした。


「あ……すまん。いや、その……」


 言葉に詰まる先輩。

 しばらく気まずい沈黙が流れる。

 本当に、一体どうしてしまったのだろうか。


「えと……とりあえず先に進みませんか?」

「お、おお! そうだな!」


 お互い無言で通路を歩く。


「あの!」


 またも唐突に叫びだす先輩。


「は、はい? なんでしょう……?」

「困ったことがあったらいつでも言ってくれ! できることならなんでもするから!」

「えええ!? そんなこと、いきなり言われても困りますよ……」

「そ、そうか……。でも、本当に困ったことがあったら遠慮なく言ってくれな!」

「はい。ありがとうございます」


 王都は親切な人ばかりだなぁ。

 昔持っていたイメージと全然違う。

 それを笑顔で伝えると、先輩は地面にうずくまって「うああぁぁ……」と変な声をあげた。

 そんなに照れなくてもいいのになぁ。



     *    *    *



「ちなみに本当は団長……あ、うちのリーダーのことね。その人が迎えに来るはずだったんだけど、実はお客さんが来ててちょっと手が離せなかったんだ」

「そうなんですか」

「ごめんね。急な要件ってことらしくて。本当だったらいろいろ説明してくれるはずなんだけど、あとで組織については説明してくれると思う……っと、ついたな」

「へぇ……」


 そこにあったのは地下とは思えない広大な空間。

 外と同じように明るかった。

 光を半永続的につける魔法だろうか?

 興味が尽きない。


「お、新人か?」


 そばにいた一人の戦闘員が話しかけてくる。

 当然のように水色タイツを身に着けていた。


「はい……体験入団ですが、よろしくお願いします」

「よろしく、悪の組織へようこそ!」


 彼はマスクの上からでも分かるにこやかな笑顔で歓迎してくれた。


「どうする? 団長呼んでくるか? まだ話してるみたいだが……」

「その必要はない」


 会話に割り込んできたのはスーツ姿に身を包んだ紳士。

 全身包帯ぐるぐる巻きの。

 驚いて一歩下がろうとするのを、先輩に抑えられてしまう。


「大丈夫だから」

「そ、そうでしょうか……?」

「ああ、すまんな。この格好は少し怪しいかもしれないが、ただの趣味なので気にしないでくれ」


 周囲から「そうだったのか?」という疑問の声がたくさん上がる。


「お前ら静かにしろ。彼女もそろそろ帰りたがっている。道を開けてくれ」


 団長の一言で脇によける戦闘員たち。

 僕も倣おうとして、ちらっと見えた少女の姿に息を飲んだ。

 少女の瞳が真っ赤な血の色をしていたからだ。


 エルトクリル。

 彼らの言葉で赤い瞳を意味し、一族全体の呼称も兼ねる。

 かつて、この大陸全土に災いをもたらしたとされる呪われた一族。


 彼らが使う呪いは一度かかれば一生消えず付き纏う、とか

 その皮膚に触れたあらゆる貴金属は輝きを失い人は腐敗する、とか。

 そして、その赤い瞳を直接見たものには想像を絶するような不幸が訪れる、とも。


 長い間迫害され続け、生き残りはほとんど存在しないと聞いたことがある。

 どこか深い森の中で、亜人と共に息をひそめて暮らしているらしい。

 それをまさか王都で見ることになるとは……。


 赤い瞳が細められる。

 ゆっくりと近づいてくるエルトクリルの少女。

 逃げよう、そう思って足を動かそうとしても、完全に硬直してしまっている。


「こんにちは」


 透き通るような声だった。

 少女が小さく頭を下げ、短めの黒髪がふわりと舞う。


「ご覧の通り、私はエルトクリルです。呪われた一族……そう呼ばれることもあります」


 どこからか現れたのか、全く同じ容姿の少女が突然ふらついた彼女を支える。


「姉さま……」

「大丈夫です。少し疲れただけ……ただ、これだけは言わせてください」


 少女は真っ直ぐと僕の瞳を見る。

 目を逸らさなきゃいけないはずなのに、何故かできなかった。


「私たちは、あなた達と同じ、人間です。肌や、髪や、瞳の色がちょっと違うだけ。だから、もしあなたさえ良ければ、仲良くしてください」


 伸ばされた手を反射的に握ってしまってから、自分の行動に驚く。


 一秒、二秒、三秒……。

 目を閉じ、いくら待っても、自分の腕が腐り落ちるようなことはなかった。

 それどころか、暖かい人間の体温と心臓の確かな鼓動が感じられる。

 唐突に今までのこの少女に向けた態度に恥ずかしさを覚えた。


「それでは、先に失礼します」


 にこりと笑った少女は去り際に言う。


「ジャキンジャキン(また会おうね)」


 意味不明の文字列。

 その中に親しみの声が聞こえた気がした。



     *    *    *



「さて、すまなかったな。本当は私が出迎えるべきだったのだろうが」

「いえ、そんなこと……気にしないでください」

「そうだな。あまり気にしすぎても話は進まないし、まずは悪の組織についての説明をしようか。私のことは団長と呼んでくれ。みんなそう呼ぶ」


 そして団長はどこからか紙芝居を取り出した。

 それを使った丁寧な説明が始まり――。


「はッ!?」


 気がつけば一瞬の出来事だった。


「――だと思わないか? ……っと、どうかしたか?」

「いえ、何でもないです。つまり話を要約すると『かわいいウンディーネが苦しんでいる。だから何とかしよう』ということですね?」

「まあ、間違ってはいないが……なんだろう。私の魂のこもった演説が全て飛ばされたような、そんな理不尽さを感じる……」

「僕も何故かそんな気がします。ただ、内容はきちんと頭に入ってるので大丈夫ですよ」

「そうだといいが……。では、そのスカーフに番号を与えよう」


 肩に乗っていたウンディーネが、スカーフにスプレーのようなものを吹きつけた。

 そこにあるのはNo.342という文字。


「342……それはお前の、お前だけの数字だ」

「僕の、ですか?」

「そうだ。例えどんなことがあっても、その数字に相応しいのはお前しかいない。誇っていいぞ」


 団長はふんぞり返ってあと少しで倒れそうになりながらそう言った。


「僕、あと数日したらここから出ていくと思いますよ……?」

「それでも、だ」

「そうですか……なら、そうさせてもらいます」


 自分だけのものだと言われて、悪い気はしない。

 その日は寝る前にスカーフの数字をニヤニヤとみてから眠りについた。

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