プロローグ
ある日、僕の住む村に冒険者が現れた。
彼らは魔物に襲われて壊滅状態だった村を颯爽と救い出し、お礼を言う暇もなく去っていった。
両親の反対を押し切って、僕は王都へと向かう。
故郷から遠く離れたこの地で、一流の冒険者として名を馳せるために。
回想終わり。
え? 長いって? これでもまとめたつもりなんだけどなぁ……。
知り合いのキャラバンにタダ同然の運賃で同乗させてもらい、馬車の中で揺られること早一カ月。
僕たちは石畳で整備された道を快適に進んでいた。
「うわあ……」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「どうだ、王都はすごいだろう? 俺も初めて見たときはお前さんと同じ様な顔して笑われたもんだ。今度は俺が笑ってやる。がははは!」
そう言ってキャラバンの隊長は豪快に笑い、背中をバンバンと叩いてくる。
「や、やめてくださいよ……。背中、痛いですってば」
「おう、すまんな! 村から出てきたっつーことは、冒険者として活躍してくれるんだろう? それこそ、お前んとこの故郷に名が届くくらいに!」
「まあ、そのつもりですけど……」
「がははは! がんばれよ! 早くうちの護衛が務まるくらいに成長してくれ! お前に背中を預ける日を楽しみにしてるぜ!」
隊長に釣られて思わず笑みが漏れる。
大きく息を吸った僕は、隊長に負けないくらいの大声を出した。
「はい!」
* * *
「武器はこれだけですか? 他に刃物など、武器になりうるものは持っていませんか?」
「はい。荷物はこれだけです」
「それでは以上で入都審査は終了になります。王都グランへようこそ!」
「ありがとうございます」
一昨日入国審査があったばかりなのに、大変だなぁ。
丸一日審査に時間を費やされたときは正直気が滅入った。
審査官にお礼を言ってから、巨大なゲートをくぐったあと、王都の大地を踏みしめた。
頭上を見あげれば背の高い建物がそびえ立つ。
まるで異世界だ。
何でできてるんだろう。
少なくとも、石や木とかの自然にあるようなものではない。
物珍しさに視線が泳いでしまう。
しばらくもらった地図通りに歩くと、やっと目的地が見えてきた。
それは今までに見たどんな建造物よりもヘンテコな建物だった。
なんだか途中でくねくね曲がってる。
耐久性とかは大丈夫なのだろうか。
首を傾げながらも、僕は建物の中に入る。
うぃーんという変な音がして、ガラスでできた薄いドアが横にスライドする。
僕はもう驚くことを止めた。
そこに広がるのは途中の町で何度もみた酒場とほとんど同じ光景。
少々面積は広いが、見慣れた光景にやっと一息つく。
これで建物の中まで異世界の様だったらどうしようかと思った。
僕は期待に胸を膨らませて受付へと向かう。
途中で真昼間から酔っぱらっている女性冒険者に絡まれた。
めんどくさかったので詳細は割愛する。
燃えるような赤い髪に、大きてキラキラと輝く薄茶色の瞳。
外見だけはものすごくきれいなのに、もったいないなぁ……。
そんなことを思いながら受付の前に立つと、さっそくトラブルが発生した。
「クエストが受けられない? どういうことですか?」
「実はですね……」
そう僕が問いかけると、受付嬢はとても申し訳なさそうな表情で、現状について説明してくれた。
チュートリアル用クエスト『薬草採取』は在庫が溜まりすぎて数か月前から廃止されていること。
『緑鬼殺し』と呼ばれる人物がホブゴブリンからゴブリンロードに至るまで狩りつくした結果絶滅寸前に追い込んでしまい、現在絶滅危惧モンスターとして狩りが禁止されていること。
それに伴い他の下級モンスターも個体数が減ってきて、現在コボルト討伐クエストですら1週間の予約待ち。
連合国で『祭り』が開催されるため出張っている冒険者が多く、ギルド長もその例に漏れず不在で対応が遅れていること。
まとめるとこんな感じだった。
「なるほど……いろいろ大変なんですね」
「そうなんですよ……連日徹夜続きで、もう労働基準法なんて完全に無視で。あ、すみません。今のは聞かなかったことにしてください」
愚痴が漏れてしまったようだ。
僕は苦笑しながら「気にしないでください」と伝える。
「ありがとね。対応が決まるまでギルド内で適当に暇をつぶしててくれると助かるわ。まだ受けれないけど、どんなクエストがあるのか見てみるのもいいかもしれないわよ」
「そうしてみます」
受付嬢の言葉通りに、掲示板らしきものがある場所へと向かう。
人は少なく、クエストの詳細が書かれた紙が隙間なく貼られている。
そんな中、異様な雰囲気を放つクエストが、賢者の石合成クエストの隣に貼ってあった。
『戦闘員募集中!』
「……? なんだろ、これ」
チラシを手に取る。
条件はかなりいいが、住込みのようだから僕には必要ないかもしれない。
なんだか書いてある内容もところどころ胡散臭いし。
チラシを元の場所に貼り直し、他のクエストに目を通そうとしたところで誰かが声をかけてきた。
「よう、あんた新人だろ?」
「クエストがなくて困ってるんじゃねえか?」
「俺たちでよければ力を貸すぜ?」
強面の冒険者たちだった。
一瞬身を固くするが、彼らが浮かべている笑みを見てほっと息をつく。
どうやら純粋に心配してくれているらしかった。
「大変だよな。クエストの予約待ちとか、マジで笑えない状況になってるし」
「ランクの低い冒険者でも、付き添いが一定以上いれば上位のクエストも受けれるんだよ」
「そうそう。俺たち三人いれば、Eランクくらいなら余裕で許可が出る。どうだ、ついてこねーか?」
「えっと……いいんですか? そんなことをしたらご迷惑をかけてしまうんじゃ……」
僕は遠慮がちにそう聞いた。
FランクのクエストがなければEランクのクエストを受ければいい。
収入0の今の僕には、少しでもお金が手に入るというのはとてもありがたい。
でも、それだとこの冒険者たちは損をするだけじゃないのか?
「なーに、いいってことよ! 後輩を育てるのは先輩の義務だ!」
「俺達にメリットがないと思ったか? そんなことないぜ。俺たちは信頼っていうかけがえのないものを得られるんだ。なんつってな」
「それに、低ランクの冒険者を扶助すると、ドリンクのサービス券がもらえるし」
「バッカ、それは言わねえって約束だったろ?」
「どうせすぐバレる」
「ハハッ! それもそうか! で、どうする? 別にここで断ったからってどうにかなるってわけでもねえから、そこんとこは安心して判断してくれ」
「新人いじめには重い罰が与えられる……」
それまで笑っていた冒険者の一人が表情をくもらせて言った。
「そうそう、ギルド長とか普段はへなちょこなのに怒ると怖いからなー」
「ヘタすりゃ死ぬ。ヘタしなくても死ぬ」
「こ、こわいですね……」
少しの間しか話していないが、この人たちは信頼に値する人物だということが直感的に分かった。
「じゃあ、是非おねが……」
「ちょーっとまったああああ!」
いきなり会話に割り込んできたのはさっきの飲んだくれ女冒険者だった。
それに対し、冒険者3人組は嫌な顔を隠そうともしない。
「おうおうお前ら、寄ってたかって新人いじめか。そういうのはよくないと思うぜぃ」
「どこをどう見ればそう判断できるんだよ」
「酔っ払いは引っ込んでろ」
「アルコールが抜けてから出直してこい」
「ああ、そう。そうやってあくまで話題を逸らそうとするわけか。ギルマスに言いつけちゃうぞー」
「どう考えてもおかしいのはお前の方だろ」
その言葉を聞いた女冒険者は、きょとんと首を傾げて堂々と言い放った。
「俺、美少女。お前ら、チンピラ。どちらが正しいかは火を見るより明らかだろ?」
いや、たしかに謎の女性は綺麗な人だとは思う。思うけど……自分で言うのはどうなんだろう。
隣を見ると、案の定チ……冒険者三人組は抗議の声をあげはじめた。
「いやその理屈はおかしい」
「自分で美少女言ってんじゃねーよ」
「そんなに俺たちを悪役にしたいの?」
「うるせー! ゴタゴタ言ってねーでかかってこいやー! このハゲ! デブ! 素人童貞!」
「は、ははは、ハゲてねーし! なに言ってんのこの酔っ払い、バッカじゃねーの!?」
「デブってなんだよ! ふざけんな!」
「素人童貞ちゃうし! つか童貞でもねえよ!」
慌てる三人を無視してファイティングポーズを取り始める女冒険者。
何かを諦めたかのように俯いた三人は小さく嘆息した。
「まずは俺が」
「いいのか? 一斉にかかってこないと後悔するぜ」
「…………」
冒険者の一人は何も言わずに息を整える。
「独式気功術:掌!」
体の様々な部位に空気が揺らぐような高濃度の魔力が込められており、そっと当てるだけで爆発的に拡散していく。
「甲! 腕! 指!」
驚くほどの手数の多さだ。
当てるだけでいい彼に対して、全力で魔力をこめてどこに来るか分からない攻撃を防御しなければいけない。
何度かその技をくらった女冒険者は、とうとうバランスを崩して倒れてしまう。
これはチャンスだと、さらに追撃を加えようとしたときだった。
女冒険者の目が光り、自身へと伸びてきた腕をがっしりと掴む。
そのまま勢いよく投げ飛ばした。
「悪いな、物理はほとんど無効なんだわ」
女冒険者が笑うと同時、別の冒険者が間髪入れず攻撃を仕掛けた。
「曇天を駆ける気高き雷獣よ、我が身に宿れ、我が身に纏え! 彼のモノの通る軌跡は等しく灰塵と化すだろう!」
空気がはじける。
紫色の閃光が激しい音を立てながら収束していく。
獣の形をとった雷が、バチバチと揺れる咢を限界まで開き、咆哮した。
通常なら感電死必須の攻撃。
女冒険者はそれを避けることもなく堂々と受ける。
「な!?」
「へ……火力が足りねぇぜ? 出直してきな!」
一瞬で距離を詰められ、反応する暇はない。
鳩尾を狙った一撃にノックアウトされた。
「腐蝕の剣」
小さく呟く声が隣から聞こえた。
冒険者が剣を抜き、その刀身からは毒々しい色の液体がしたたり落ちている。
ジュウッ、と床が溶ける音がした。
「この剣、止められるものなら止めてみろ」
男は剣を構えて切りかかった。
体がゆらゆらと揺れ、軸が定まっていないのに流れるように動く。
とらえどころのない剣術だ。
一度でも当たったら毒に侵されてしまうであろう彼の剣との相性は抜群だ。
あろうことか、女冒険者はそれを素手でつかむ。
皮膚が焼ける嫌な音がした。
それでも彼女は顔色一つ変えることなく剣を引っ張り、男はバランスを崩す。
鋭い手刀が冒険者の首を討ち、喉の奥から変な声を出して地面に倒れた。
「肉を裂かれて骨を断つ……ってな。俺に勝とうなんて300年早い」
埋まるはずのない圧倒的力量差。
それを見せつけられても、彼らは一切怯むことはない。
僕にですら分かる。
この状況を覆すのは、どうあがいても無理だっていうことくらい。
直接対峙している彼らからすれば、その差は歴然としたものだろう。
実際彼らは何度も地にひれ伏し、その体に小さくない傷を蓄積していく。
それでも彼らは立ち上がった。
何度も、何度も。
ボロボロになりながらも。
その瞳から闘志が消えることはない。
一体何が彼らをそこまで駆り立てるのだろうか。
彼らの目に宿る確固たる意志は、圧倒的な力を前にしても微塵も揺らぐ気配がない。
「どうして、そこまで……」
僕が疑問の声をあげると、三人が振り返って笑う。
剣や壁を支えにし、フラフラになりながら、それでも懸命に頬をつり上げる。
「それはなぁ……」
「俺たちが『冒険者』だからだよ」
「あんたにもすぐ分かる」
ただそれだけ言って、三人は再び立ち上がった。
「ちぃ……やるな。だがそんなちゃちな攻撃じゃ俺は倒せないぜ?」
女冒険者が楽しそうに笑った、次の瞬間。
床にクレーターができていた。
信じられない光景に目を疑う。
けれど、いくら目を瞬かせても突如ギルド内にできたクレーターを消えることなくそこに存在し続けた。
砂塵が収まる。
するとそのクレーターの中心に、先程親切に説明してくれた受付嬢が堂々と仁王立ちしていた。
「いい加減にしてください。ギルドではお静かに。じゃないと……」
ギルド上はそこで一旦言葉を区切る。
「ミンチにしますよ?」
なんだかこれまでに見たことがないくらい清々しい笑顔だった。
冒険者三人組はもちろんのこと、周囲で野次馬をしていた冒険者や、飲んだくれ女冒険者まで時が止まったかのように固まっていた。
もちろん僕も例外じゃない。
背中を冷や汗がだらだらと伝い、心臓の音がうるさいほどドクドクと鳴り続ける。
やがて小さく息をついた受付嬢は、全身から発したプレッシャーを解き、受付へと戻っていく。
一体彼女は何者なのだろうか。
そんなことを思っていると、硬直から解けた女冒険者が立ち上がる。
「おいコラ、ちょっと待ちやがれ」
命知らずという言葉がこれほど似合う人物は他にいないと思う。
さっきまで固まっていたくせに、何故面倒ごとを引き起こそうとするのか。
そういう星の元に生まれてしまったのだろうか。
かわいそうに。
受付嬢は眉を顰めて言う。
「何か用かしら」
「単刀直入にいうと、新人の面倒をうちで見る許可が欲しい」
「貴女ねぇ……それ、本気で許可が出ると思って聞いてるの?」
「ああ。ギルドのクエストが回ってくるまでの体験入団だ。それに……」
受付嬢に近づいた女冒険者は、こっそりと耳打ちする。
受付嬢は顔を真っ赤にしたり、猛烈に嫌な顔をしたりと忙しそうだ。
しばらく経って、相当渋りながらこう言った。
「……まあいいけど。ちゃんと責任は取りなさいよ」
「さっすが! 話が分かるな!」
冒険者三人組は受付嬢がこわいのか助け舟を出してくれない。
襟首を掴まれた僕は半ば引きずられるようにしてクエスト掲示板まで連れ去られてしまう。
「あ、その……冒険者さん? 僕、彼らと一緒にクエストを受けてみたいかなー、なんて……」
「安心しろ。悪いようにはしないさ」
「…………」
脳内で村に訪れた冒険者に教えてもらった『ドナドナ』という曲が流れた……。