激闘! エースレッド戦!
「戦闘員273番。ギルドに貼り出されたチラシにはなんて書いてあった?」
「あ、ああ……団、長……? どうして……」
「回答が遅い。他の悪の組織とは違い、当社で死者は一切出ていませんと、注意書きに書いてあっただろう? 我が組織に泥を塗るような真似はしてくれるな。必ず生きろ」
「は、はい……すみません」
「あとで帰ったら説教だ。数少ない規約を破るような戦闘員は再教育せねばならん」
「無駄っすよ」
「何?」
「こういうことが起きたら、また俺は出しゃばりますから。説教なんてしても無駄です。仲間を一番に考える。これは俺の、たったひとつ信念ですから」
「……そうか。まあとりあえず、ここから逃げずには何も始まらない。話はそれからにしよう」
「逃げることすらできなさそうな絶望的な状況には変わりないですけどね」
「言うな。まあ何とかなるさ」
行き当たりばったりだな。
でも本当に何とかなるような気がするから不思議だ。
あれだけの大怪我だったのにもう立てるし。
どれだけ高度な魔法使ったんだよ。
俺が盾を構えたのと同時に、正義の味方どもは再び詠唱を始めた。
死へと誘う呪文が頭の中に響き渡り、先程の痛みがフィードバックしてくる。
思わず恐怖で足がすくんでしまった。
「大丈夫だ」
肩に意外と小さな手が置かれた。
「お前は絶対に死なせん」
目深にかぶった帽子から、強い意志を持った瞳が俺を見た。
そうだ、俺も団長を、仲間を絶対に死なせてはならない。
「一度だけ起死回生を狙える手があります」「一度だけ起死回生を狙える手がある」
完全にかぶった。
「それはなんすか?」「それはなんだ?」
……。
「できれば温存しておきたいのですが」「できれば温存しておきたいのだが」
…………。
「じゃあ俺が先に使います」「じゃあ私が先に使う」
………………。
『お先にどうぞ』
何だこれ。
次に何を言っても団長とかぶる未来しか見えないんだが。
そんなことをしている間に詠唱の音が途絶えた。
『あ……』
視線を戻すと、そこには数々の攻性魔法が飛び交う絶望的な光景……ではなく、一部包囲が解けて慌てている正義の味方どもの姿が見えた。
「何が起きた?」
団長の発した疑問の声をかき消すように濁声が響く。
「オラ゛ァッ! 悪の組織舐めてんじゃねーぞ!」
「アクアブレスは俺たちが潰すんだよ。正義の味方どもは引っ込んでろ」
「正義の味方が一か所に集まってるなんて、これは一網打尽にするチャンスじゃないですか! 他の地域でも悪さをし放題ですねえ! まあしないですが。たぶん」
「ジャキンジャキン」
そんな声と共に、様々なカラーの戦闘員たちが押し寄せてきた。
「プレスリリースにワーフィクス、アクノブレイクだと? あの赤い瞳……エルトクリルまでいやがる! おいお前ら、注意しろよ!」
「はっ! 悪の組織になんか俺らが負けるわけ……かはっ」
孤立していた一人の正義の味方がセリフを言い終わる前に地面に倒れ伏した。
「だから舐めんなっつったのによぉ……」
拳を打ち合わせた長身の男がにやりと笑う。
「油断大敵だ! 死ねや!」
混乱した場の中で、本来正義の味方が使うはずのないような言葉を叫びながら、戦闘員を背後から襲う正義の味方。
完全に不意を突かれた戦闘員は思わず目を瞑った。
しかし、全身に走るはずの痛みは一向に訪れない。
恐る恐る目を開けると、そこには縄のようなもので雁字搦めにされている正義の味方の姿があった。
「こいつらは俺たちの獲物だ。手ェ出すなよ。シー……」
白髪に一本の紫色の線が入った青年に巻きついていた蛇が、チロチロと長い舌を動かした。
「はい、そこのあなた! 今そこから一歩でも動きますと……死にますよ?」
性別のよく分からない甲高い声が広場に響いた瞬間、指をさされた方向にいる正義の味方の動きが一瞬止まった。
「悪の組織がそんな強力な呪術を使えるわけな……がっ」
その隙を突いて一気に距離を詰めた男女は、一番近くにいた正義の味方に掌底を打ち込む。
「まあその通りなんですが。どうして分かってるくせに止まるんですかね?」
倒れた正義の味方を踏みつけて、小さく首を傾げた。
「ふざけるなよ、悪の組織のくせに! おい、数はまだこちらの方が多い! 落ちつ……ッ!? ~~~!」
支持を出そうとしたリーダー格らしき正義の味方が、突然首を抑えてうずくまった。
「ジャキンジャキン」
「(訳)大丈夫、死にはしませんから」
地面まで届くような髪の長い少女が、両手で握った大きな鋏を何度も打ち合わせる。
隣に寄り添った、髪の長さ以外は同じ容姿をした少女が抑揚のない声で続けた。
「ジャキンジャキン」
「(訳)次の獲物はどこかな?」
「あ、あいつら……この借りはいずれ返すぞ! 覚えておけ!」
「団長! その言い方は何か悪役っぽくて適切じゃない気がします!」
「我々は悪役だが……」
「あれ? そういえばそうですね。……あれぇ?」
「とにかく逃げるぞ! このチャンスを無駄にするな!」
「ヴィーッ!」
混乱する正義の味方たちを押しのけ脱出を図る。
圧倒的な戦力も統率が取れていなければただの烏合の衆だ。
簡単に囲まれた輪を突破することができた。
これなら逃げ切れる、そう思った瞬間に赤い影が視界の隅に映った。
「くっ!」
団長の首を迷わず跳ね飛ばそうとしてきた一閃をかろうじて盾で弾く。
「ほ~。少しはやるやつもいんじゃん」
真紅のヘルメットに真紅のマント。
極めつけは真紅のスーツと全身真っ赤なエースレッドがにやにやと笑った。
「……他の仲間はどうした?」
「あーあいつらね~。なんかさ~、突然バカンス行くとか言いだしてさ~。見張りは俺一人いれば十分だろ~とか言ってリーダーの俺に全部任せやがってどっかいきやがった。まあその通りなんだけど~」
団長の問いかけに、エースレッドは剣と体をぶらぶらと揺らしながらそう答えた。
ふざけやがって。
完全に舐めていやがる。
そんな適当な雰囲気を醸し出しているエースレッドだが、圧倒的な強者のオーラを纏っている。
恐らく生まれ持った魔力量が多いのだろう。
魔力量の多いやつは、それに比例して強力な独占魔法を与えられると教えられた。
だけど、それがなんだというのか。
「お前一人が怖いわけあるか、ボケ」
そう、それが全てだ。
仲間がそろったとき、その戦力は単純な足し算の何倍にもなる。
それが分からないこいつらなんて怖くない。
現に、動く事すらままならなかった重圧は一切感じない。
「ああ? ふざけるなよ、悪の組織の分際で……。消し炭になれ、グングニル!」
その詠唱と共に巨大な炎の槍が顕現し、ものすごいスピードで俺に向かってくる。
こいつは俺が避けたときに町が消し炭になってしまうことに思い至らないのだろうか。
いや避けないけど。
「ヴィーッ!(ホーリーガード)」
技名を発するのは怪人だけでいい。
だから俺はいつも通りにかけ声をあげた。
向こうからしたらふざけているようにしか見えないだろうが、効果は絶大だった。
自身の目の前に顕現した白く輝くヴェールは、燃え盛る火槍の衝撃にビクともしない。
さらに、拡散しようとした爆発力をヴェールが包んで打ち消した。
「は?」
あまりの事態に呆けているエースレッドに向かって、俺は盾を構えて突っ込んでいく。
「団長、支援お願いします!」
「あ、ああ……」
同じく呆けていた団長も我に返り、どこからか取り出した杖を頭上に高く掲げた。
「アクアブレス!」
怪人は技名を発するのは怪人の証だ。
組織名ともなっているその呪文を唱えた瞬間、俺の体が薄く、そしてどこか温かい水の膜につつまれた。
それだけではない。
世界を構成する『流れ』のような何かを感じることができた。
エースレッドの動きが手に取るように分かる。
一度大きく息を吸う。
呼吸は問題なくできるようだ。
長い時間をかけて息を吐き、心臓を落ち着かせた。
周囲で正義の味方どもと戦っていた仲間たちや、他の悪の組織にも同様にバフがかかったようで、全員動きが見違えている。
みんなの魔力の流れが循環して、一つの大きな魔力となっているのだろう。
敵の魔法の勢いが削がれた気がする。
「戦闘員273番! この魔法は強力だが短時間しか持たない! 一気に決めてくれ!」
「ヴィーッ!」
喉が張り裂けんばかりの勢いで返事をして、エースレッドへと向き直る。
すると、そこには肩で息をしながら剣を振り回しているエースの姿があった。
ブン、とものすごい音を立てて振り下ろされた剣が頬をかすめる。
しかし、自分でも驚くほどの冷静さで次の動作に移ることができた。
どうやら俺は先ほどからほとんど無意識に攻撃を避けていたらしい。
「クソッ! クソッ! 何故当たらない!?」
「それはなぁ……」
一際大きく振られた剣を盾で弾き飛ばしながら、俺は叫んだ。
「ヴィーッ!(力みすぎてるからだよ)」
戦闘員は多くを語らない。
まあ団長からしたら戦闘中は喋らない方がいいのだろうが、こうした方がおちょくれるしな。
だが剣を弾き飛ばされてもエースレッドは怯まなかった。
短い呪文を唱えて炎でできた剣を取り出し、再び斬りかかってくる。
「ヴィーッ!(芸がないぞ。ただ斬りかかるだけじゃ当たらないと何故わからない?)」
「ビービーうるせえんだよ!」
「ビーじゃない。ヴィーッ! だ」
この違いが分からないやつは立派な戦闘員にはなれないぜ……なりたくはないだろうが。
さて、圧倒的優位にみられるこの状況で、俺は内心で焦っていた。
このバフは長くは持たない。
効果が切れた時点で一気に押し返されてしまうことだろう。
ならバフが切れないうちに攻撃して倒せばいいことなのだが、俺にはそれができなかった。
俺は臆病だ。
目に鮮明に焼きつく真っ赤な血の色が苦手だ。
それこそこの世界のモンスターはゴブリンくらいしか狩れないくらいに。
あいつらの血は緑色で、俺にもなんとか耐えられる。
当然、人間の血は赤い。
真っ赤で、ドロドロしてて、鉄の味がする。
血を見ると力が抜けて体が思い通りに動かなくなるし、自分の血であっても鳥肌が立ってしまう。
元々生理的に血を受け付けない性質だというのもあるけど、何よりも人を簡単に傷つけられるような人間にはなりたくなかった。
「でも、やらなくちゃならないんだ……」
ここで俺がこいつを止めなくては、多くの仲間がやられてしまう。
最悪、組織が壊滅してしまう。
団長もまたどこかに連れ去られてしまう。
そんなのは嫌だった。
流れに任せて、エースレッドの首筋に向けて盾を振る。
エースレッドは大げさなくらい距離を取って避けたが、元々の軌道では掠るくらいが精一杯だった。
人に武器を向けたのは初めてのことだった。
敵意を向けられたことは多くとも、全部持ち前のチートステを駆使して逃げてきた俺には、その事実が重くのしかかる。
足がどうしようもないほどに震えた。
「……お前らは、魔法を使わなければ本当に世の中が良くなると思っているのか?」
距離が開いたことで、エースレッドはそう問いかけてきた。
時間稼ぎだ、そう思って無視することもできたし、実際そうなのかもしれない。
でも俺は、ここで初めて自覚した。
こいつらはこいつらの信念の下、正義に従って行動している。
なら、俺も俺の持つ信念で答えなくてはならない。
「そうだ!」
「本当に魔法を使わないことが、お前らの言う環境保全につながるのか?」
まあ確かに、俺たちの行動原理はウンディーネの体調変化が元になっている。
日本でさんざん環境問題やらなんやら教育された俺はすんなり受け入れられたが、何せ魔法だ、何が起こってもおかしくない。
魔法を使わなければ不便だろう。
化学肥料なんてないし、魔法がなくては作物も足りなくなるだろう。
もしかしたら、魔法を使わなくなると天変地異が起こるかもしれない。
そういったことは何も否定できない。
「今うまくいっているんだからそのままでいいじゃないか。狂いだした歯車を元に戻すのは大変なことだ。何より、魔法を使うことで助かる命もたくさんある」
正論だ。
現状問題の根拠はほとんどないに等しい。
正義から見れば、今俺たちが行っていることは本当にただの愚行にしか思えないのだろう。
「それでも俺たちは叫び続ける! 困ってる人が少しでもいたら、手を差し伸べなくちゃならないんだ! 少数だからって切り捨てちゃいけないんだ! 間違ってるって思ったことをそのままにしていちゃダメなんだ! 自分だけ良ければそれでいいわけない! そんなんじゃ、悲しすぎるじゃねーか!」
ここで初めてエースレッドの口元が歪められた。
「綺麗ごとを言うな! 魔法がなくては困る人だってたくさんいる! その人たちはどうするっていうんだ!」
「完全に使わなくしようってわけじゃない! それを考えようって言ってるんだ! できるだけ魔法を使わなくてもいい方法を考えよう! 魔力を節約できるような魔法を開発しよう! 自然の力を信じることも大切なんだ! 今からやれることがたくさんあるはずだ!」
「なら、力でねじ伏せて見せろ! 勝者こそが正義だ! つまり……」
突然エースレッドの体がぶれて、気が付くと髪の毛が一房持っていかれた。
幸い水のヴェールのおかげで髪の毛全部が燃えてしまうようなことはなかったが。
「そんな……」
最初の頃と比べて、明らかに速度が上がっていた。
今まで空中に舞う木の葉のように剣から避けていたのだが、あまりの速度で避けきれなくなってしまった。
エースレッドが剣を振るうたび、俺の体に細かい傷が刻まれる。
水の力で受け流していなければ、また俺の防御力が高くなければ一撃一撃が致命傷になりうる攻撃だった。
「正義は……負けないんだよおおおぉぉッ!」
その言葉と共に、エースレッドの背後に炎が現れた。
それはやがて人の形を取る。
エースレッドの魔力が爆発した。
恐らくそれが、こいつにとって譲れない部分なのだろう。
咆哮と共に攻撃がさらに鋭くなっていく。
もう避けることはできなかった。
血が噴き出て、盾を持つ手の握力がなくなってくる。
だけど、落とすわけにはいかなかった。
滑り落ちる盾を落とさないように両手で必死に握りしめる。
「それは違う!」
「なんだと……何が違うというんだッ!」
別に俺は、そして俺たちアクアブレスのみんなは、たとえ悪として世間から疎まれようとも、絶対に自分たちが敗者になったとは認めないだろう。
俺たちは俺たちの信じるもののために戦っている。
自分たちの信念が劣っているなどとは一度も考えたことはない。
敗者がいないのなら勝者だっていない。
もしかしたら、組織が壊滅したときに俺たちは敗者となるのかもしれない。
前の世界の悪の組織はそうやって敗者となり続けてきた。
だけど、そんなことにはさせない。
だって、悪が負けてばっかじゃつまらないじゃねーか。
「ヴィーッ!(お前ならできる!)」
「ヴィーッ!(正義を倒すんだ!)」
「ヴィーッ!(がんばって!)」
「ヴィーッ!(自分を信じろ!)」
「……きっと、負けない」
「ハロハロー。絶対うまくいくよー」
広場中に響いて割れんばかりの、仲間たちの声援が聞こえる。
「じれってえ奴だな! ぶっ飛ばしてやれよ!」
「シー……俺ら以外に負けるのは許さねえ」
「ははは、随分と愉快ですねえ! その調子でやつを地獄の底に突き落としてやってください!」
「ジャキンジャキン(がんばれ)」
名も知らぬ仲間たちが、それぞれ好き勝手な文句で応援してくる声が聞こえる。
そうだ、俺にはこんなにたくさんの仲間がいる。
けれど、こいつは一人だ。
それに気付いたとき、俺はもう負ける気はしなかった。
「お前の敗因を教えてやろうか……」
「うるさい! 俺はまだ負けていない! 負けるのはお前たちだ!」
未だに剣を振り続けているエースレッドは、汗をだらだらと流しながらも止まることはなかった。
その体力は賞賛に値するが、俺の足を止めるには不十分だった。
「戦闘員273番。お前にはたくさんの仲間がついている。お前は一人じゃない。震えるなら支えてやろう。悲しいなら我も泣いてやろう。楽しいなら一緒に笑ってやろう。全部一緒に分かち合うんだ。だから……」
団長の声が聞こえる。いつの間にか足の震えは止まっていた。
「いっけー!」『ヴィーッ!(いっけー!)』
「ヴィーッ!(シールドバッシュ)」
それは俺が唯一覚えている攻撃技。
盾職なら誰でも覚えてるような最弱の技は、みんなの思いを背負い、どんな攻性魔法よりも重くなる!
ガンッ!
鈍い音が広場響き渡り、エースレッドは膝から崩れ落ちた。
武器の打ち合う音や、魔法の詠唱の声が止まって静まり返る。
「そんな……エースがやられたなんて……」
「嘘だろ……神火槍のレッドが悪の組織の戦闘員になんかに……」
「もう無理だ! このままじゃ全滅するぞ! 全員撤退だ!」
クモの子を散らすように逃げていく正義の味方たち。
それを見て、悔しそうにつばを吐いてから、地面に倒れ伏したエースレッドが言う。
「ちくしょう……やられちまったな。おい、敗因を教えやがれ……」
それは俺に仲間がいて、お前にはいないからだよ。
照れ臭かった俺はそう言いかけた言葉を飲み込んだ。
例えヴィーッ! としか言っていなくても、仲間同士だと何故か伝わってしまうのだ。
「ヴィーッ!(自分で考えろ、バーカ)」