戦闘員のお仕事
翌日。
「ヴィーッ!(朝の挨拶) ごはんは大盛りでお願いします」
「ヴィーッ!(朝の挨拶返し) あいよ、朝食だ」
「ヴィーッ!(感謝の気持ちをこめて) あの、もうこれやめていいですか……?」
「なんだい? やめちまうのかい。久々に活きの良い戦闘員が入ったと思ったのに」
「え? 戦闘員197番先輩はここでは『ヴィーッ!』と挨拶しないと朝食をもらえないって言ってたんですけど……」
「ああ、そりゃ嘘だね。団長がいない場所では誰も守ってない規則さ」
「騙された……」
まあ笑える範囲の嘘だから全然かまわないんだけどね。
「それはそうと、ここは本当に待遇がいいですね。ヴィーヴィー言ってるだけで毎食安定して食べれるんですから……」
少なくともギルドでは毎日必死になって魔物を倒さないと日々生きていくのもつらい状況だったのに。
危険すぎる依頼はスルーしてたのもあるけど。
世知辛い世の中だぜ。
「まあ、そこら辺は団長が相当の金持ちだからね。元貴族らしいよ」
「へーそうなんですか」
なるほど。
それじゃあ俺たちは正義の味方と同じように貴族のバックアップを受けているようなものなのか。
なんだか微妙な表情をしていると、食堂のおばちゃんが苦笑いした。
「まあ、確かに団長が元貴族と聞いていい顔をする新人はいないね。でも、少なくともあたいは毎日おいしいご飯が食べられて、帰る場所があることに感謝してるよ。それでいいとは思わないかい?」
「そうですね……」
「ああそれと、残したら悪の組織流の拷問が待っているからね。精神的に死にたくなかったらきちんと残さず食べること」
「怖いっすね。でもさすがにそんなことはしないですよ」
この世界にきてから食料のありがたみが再確認できたしな。
そんな感じで山盛りにしてもらったご飯を乗せたトレイを持って席を探していると、一番端っこの席に、水色の戦闘服を身につけていない少女がいた。
「ここ、いいですか?」
少女は声をかけられて相当驚いたようで、目を丸くしていた。
「あの、もしかして怪人さんですか?」
戦闘服を着ていない人は戦闘員の上位職、怪人だと戦闘員197番先輩が教えてくれた。
さっきの様子だとそれも嘘な可能性もあるが。
「……あ、UFO」
「え? どこどこ……ってそんなのに引っかかるわけ……」
少女の指差した方向には当然何もなかった。
「あれ?」
視線を戻すと、そこにはすでに誰もいなかった。
周囲を見渡しても、それらしい人物は見かけない。
テーブルの下を覗いてみたがそこにもいない。
明らかにどこかに移動できるような時間はなかったのに。
「まあいいか。それよりごはんだ」
そのあと一人でご飯を食べていると、他の戦闘員がやってきて一緒に食べようと誘ってくれた。
戦闘員の極意などを聞きながら、俺は楽しく朝食をとった。
* * *
午後になり、俺たちは町の中へと集まっていた。
「いいか。我々は、我々の目的を邪魔する者から自衛するために存在するのだ。正義の味方から振るわれる暴力にも屈せず、我々の主張を叫び続けなくてはならない」
団長を中心にして、猛々しい風が吹き荒れた気がした。
ごくりと口の中にたまったつばを飲み込む。
これから始まるのだ。
俺の戦闘員としての初めての活動が。
正直不安もある。
だって戦闘員と言えば普通は捨て駒として扱われ、正義の味方にばっさばっさと倒されていく存在だ。
だが、この団長はそんな使い捨ての駒みたいな扱いはしないと信じられた。
入団した瞬間から俺を一人の仲間として扱ってくれたのだ。
たとえ危険な作戦だとしても、必ず生き残って組織に貢献したいと俺は思っていた。
「はい、戦闘員273番。これ、半分がノルマだから」
「は?」
突然先輩から重たい紙の束を渡された。
「我々は、この世界の理不尽に抗うためにここに存在する! 行くぞ、同士よ!」
『ヴィーッ!』
かけ声とともにものすごい勢いで駆け出す戦闘員たち。
その矛先は、正義の味方ではなく一般市民だった。
「あ、アクアブレスって言います。これ、よろしくお願いします!」
「こんにちは、アクアブレスです! もしよろしければお時間をいただけないでしょうか?」
「はい、こちらは四大精霊で有名なウンディーネによる、過去数百年の総魔力量の変化の推移を表したものでして……」
「環境は子孫からの借り物です! 綺麗な世界を後世に託したいとは思いませんか!?」
「我々はアクアブレスです! この世界の環境保全のために日夜努力を続けており、現在活動資金が不足しています!」
「このままではいずれ、深刻な食糧不足や環境破壊が起こる可能性があります! 美しい自然を守りたいとは思いませんか? あ、ありがとうございます! こんなにたくさん……はい、はい! 必ずや期待に応えて見せます! 今後ともアクアブレスをよろしくお願いします!」
一斉にビラを配り、活動内容について丁寧な説明をしていく戦闘員たち。
「……ねえ、戦闘員要素はどこいったの?」
「戦闘員273番! ぼさっとしていないでさっさとビラ配んないと、ノルマ達成できないぞ!」
「は、はい! あの……アクアブレスです。これ、受け取ってもらえませんか?」
「何だい? あんたは元気がないねえ。わたしゃあんたらを応援しているんだからもっと威勢よくやって欲しいよ!」
「すみません……」
おばちゃんに怒られてしまった。
「はい、もっと背筋を伸ばして! 笑顔を忘れちゃダメだよ! そう、それで大きな声でさっきの言ってごらん?」
「アクアブレスです! これ、受け取ってもらえませんか?」
「上出来だね! あ、ビラはもうもらってるからいらないよ」
「そうですか……」
手元には大量に残ったビラが。
今から半分減らすのは相当難しいのではないだろうか?
そんな感じで右往左往していると、突然戦闘員たちの雰囲気に緊張が走った。
「来たぞ! 正義の味方だ! お前ら配置につけ!」
『ヴィーッ!』
「悪の組織め! 民から金をむしり取ろうなど……なんと非道な! 成敗してくれる!」
「これはむしり取ったものではない。我々の理念に賛同してもらい、合意の上でいただいたものだ! 正義の味方どもは引っ込んでいろ!」
「そうはいくか! くらえ、ファイアボール!」
『ヴィーッ!』
複数の戦闘員が固まって叫び声をあげた。
この世界で魔法防御は自身から溢れ出る魔力の量で決まる。
当然、ある程度の人数が固まればたとえ正義の味方の魔法攻撃だろうと防げるんだそうな。
「小賢しい戦闘員どもめ……お前ら、数で押すぞ!」
「ヴィーッ!」
正義の味方もこちらに習って固まろうとするが、棍棒を持った戦闘員がそれを阻む。
生来の魔法防御が高く、一人でもある程度魔法を防げる戦闘員は、前線で戦うことが許される。
彼らは俗に上級戦闘員と呼ばれ、食堂でのデザートおかわり権が優先して与えられるのである!
見事な連携で正義の味方を押していく戦闘員たち。
やっと悪の組織らしき作戦になってきたぜ!
「ヴィーッ!」
俺は叫びながら、正義の味方どもがひしめく中心へと突っ込んだ。
「へっ! 前に出てきちゃあ絶好の的だぜ? ロックアート!」
地面を走る土の塊が俺に向かって襲い掛かってくる。
だが俺は逃げも隠れもしなかった。
「ヴィーッ!」
「なんだと!?」
かけ声とともに、足を取ろうとしていて土魔法を弾き飛ばすと、正義の味方の表情が驚愕に染まる。
それはそうだろう。
左目に垂れた涙は下級戦闘員の証で、その下級戦闘員が独占魔法を防いだのだ。
エグラト語(元の世界の英語に酷似している)っぽいのは大体下級の独占魔法に分類されるらしいが。
「上級戦闘員に、俺はなる!」
そう、食堂のおばちゃんが作ったプリンは超絶品なのだ。
それこそ下級戦闘員にはおかわりが回ってこないほど大人気。
俺が魂の咆哮をあげていると、背後から忍び寄ってくる影が一つあった。
バシッ!
「いったぁ!?」
突然頭を襲った激痛に涙目になりながら、俺は悲鳴をあげた。
一応チート能力である程度防御力の高い俺にここまで痛みを感じさせるなんて……これは最終手段を使うことも視野に入れなければならない。
「アホか! 前に出すぎるな! そんなにプリンが欲しけりゃやるから、自分の命を第一に考えろ!」
「戦闘員197番先輩……すんません」
俺は素直に謝り、後ろに下がっていく。
先輩、プリンの約束覚えといてくださいよ。
* * *
そのあとの戦闘も俺たち悪の組織の優位に進み、正義の味方どもが撤退する雰囲気を見せ始めたときのことだった。
ズンッ!
まるで重力が倍になったかのように空気が重くなり、戦闘員たちの動きが止まった。
大量に存在した敵が二手に分断し、そこから7人の正義の味方が突如現れる。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のスーツを纏い、他の正義の味方どもとは明らかに違うオーラを放っていた。
それぞれがポーズをとる。
『我ら、七色戦隊レインボージャー!』じゃー」
なんでもジャーとつければ許されると思っているのだろうか。
「あ?」
「おい今ずれたぞ」
「打ち合わせ通りやれって言っただろー?」
「お前遅いんだよ」
「あのね、ブルー。遅いのは仕方ないじゃない」
「は? 仕方なくねーよ。てかお前さ、前から思ってたけど何なの?」
「え、えっと、なにか……?」
「いやだからさ、藍ってなによ。被ってんだよ。俺青なわけじゃん? で、なんでわざわざこんな近い色にしたの? いらないじゃん」
「はいはい~お前ら喧嘩はやめような~」
「チッ……」
赤いスーツを纏ったリーダー格らしき男の一言で辺りが静寂に包まれる。
「あ~、そこの怪人。動くなよ~。さもないとお仲間の皆さんが消し炭になりますんで~」
「エース部隊だと? なぜこんなところに……」
団長の声は遠く離れている俺にも容易に分かるほど震えていた。
「そんなのはどうでもいいんだよ。お前らをここで一網打尽にするのは不可能ではないが、さすがに元貴族様に独占魔法を使われちゃたまんねえからな。そこの怪人が無駄な抵抗をしなければ、お前らの仲間は見逃してやんよ」
「誰がそんなこと信じるか!」
団長を連れていくだと?
ふざけるなよ。
正義の味方なんかに引き渡したら、どんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。
俺は盾を構え、断固抗戦する意思を示すため一歩踏み出す。
「……待て、戦闘員273番!」
「なんすか、団長」
「やつらは正義の味方だ。正義の味方は嘘だけはつかない。私が大人しく連行されれば、やつらはお前たちに危害は加えないだろう」
「そんなことできるわけ……」
反論しようとすると、透明な何かに口を塞がれる。
「んぅ!?」
「……今は無理。どうやっても勝てない」
そんなことないと反論しようとしても、口を塞がれているのでうまくいかない。
それに、拘束を解こうと暴れてもびくともしない。
なんて馬鹿力だ。
「さあ、どこへでも連れていけ」
「へっ。聞き分けのいい奴は好きだぜぃ」
そして俺は何もすることができないまま、団長は連れ去られて行ってしまった……。