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戦闘員始めました  作者: ねむりくろぬこ
一章 戦闘員のすゝめ
2/11

悪の組織にようこそ!

 そんなわけで待ち合わせ場所の薄暗い裏路地へとやってきた俺は、早速後悔し始めた。

 待ち合わせの時間になっても誰もこなかったのだ。

 そうだよな……あんな好条件のクエストがあるわけなかったんだ。

 衣食住完備で50000ゴルドもらえるとか、この世界では夢のような話をなんで信じてしまったのだろう。

 落胆しながらギルドへと帰ろうとすると、いきなり背後から肩を掴まれた。


「フシューッ」


 布の隙間から空気が漏れる音がした。

 恐る恐る振り返ると、そこにはフロックコートにベストをきっちりと着込み、シルクハットにを目深にかぶったこれぞ英国紳士! といった風貌の男がいた。


 全身に巻かれた包帯が異様な雰囲気を放ってはいたが。


「ぎゃああああ!」

「あっ……」


 俺はチートで授かった身体能力の高さを駆使し全力で逃げる。

 しかし、トップスピードに乗る前に腕を掴まれてしまいあえなく転倒してしまった。


「ごめんなさいごめんなさい! お願いだから食べないで! 俺はおいしくないですむしろ食べたらおなか壊しますから! 誰か助け……むぐぅっ」

「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ! 大丈夫だ、取って食ったりはしない! 私はただの怪人だ!」


 怪人と名乗った紳士は、背後に回って全身を拘束し、口を押えてきた。

 中性的なその声と、背中に密着する硬くも柔らかくもない感触に動きが止まった。

 もしかして女なのか?


 そういえば怪人が迎えに来るとか言ってたっけ。

 せめて普通に声をかけてから近付いてきてほしかった。


「すまない。連絡が急だったので遅れてしまった。本当に申し訳ない」


 俺が大人しくなったのを見計らって、怪人は拘束を解き謝ってきた。

 帽子を取って頭を下げる。

 シルクハットは普通に取っていいんですね。


「あ、いえ大丈夫です。気にしないでください。俺こそ怪人がくると聞いていたのに慌てちゃってすみません」

「いや、非は完全に私にある。君が謝ることはないんだ。つい癖で脅かしてしまったからな……」


 ああ、わざとだったんですね……。

 何度聞いても性別が判断できない中性的な声だ。

 体の輪郭をまじまじと見つめていると、目の数センチ前に杖が突きだされる。


「……何を見ている」

「いえ、何でもないです」

「……まあいいか」


 そういうと紳士(?)は鞄に手を突っ込み、しばらくごそごそと探ってから何かを取り出した。


「まずはそれに着替えてくれ。話はそれからだ」


 渡された水色の戦闘服らしきものをまじまじと見つめる。

 あ、後ろにファスナーがあった。

 ここからはいるのか。


「……ここで着替えるんですか?」

「当たり前だ。早くしてくれ」


 何でこっちをじーっと見つめてくるんだ。

 痴女なのか?

 それともホモなのか?

 後者はできれば勘弁願いたいぜ。


「見られてると着替えにくいんですけど……」

「ああ、すまない。ではしばらく後ろを向いている」


 聞き分けのいい人で良かった。

 俺は急いで戦闘服に着替える。


「もういいか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうか。ではまずは君に問おう。悪とはなんだと思う?」


 くるっと振り返ってこちらを見つめてくる怪人英国紳士。

 なんかいきなり難しい質問だな。


「えっと……悪いことをする人たちのことですか?」

「ふむ。単純だがいい答えだ。では、その『悪いこと』は何を持って判断すると思う?」

「えっと……ええと……」


 俺が言葉に詰まっていると、団長は杖をくるくると回しながら笑った。

 表情は包帯で隠れてほとんど見えないから推測だけど。


「まあ、少し難しい質問だったかな。人によって悪の定義は違う。同じ人でも時間が経てば変わるかもしれない。なら何を基準とするか。それは世間だ」

「世間、ですか……」

「まあこれは我らの持論だがな。世間の一般常識から外れたものは後ろ指をさされ、駆逐すべき悪として認識される。それが必要な場合も多いだろう。例えば殺人や窃盗が悪いことは誰でも分かる。これは世間から悪として認識される。当然のことだ」

「そうですね」

「だが、世間の常識の全てが正しくて、それに外れるものが全て間違っているのかといえば、私はそうは思わない。時代によって世間の常識は変わっていくものだしな。まずはこのグラフを見てくれ」


 そう言って取り出されたのは、綺麗に色分けされたとても見やすいグラフだった。


「え? なんすかこれ……」


 線が上がったり下がったりジグザグだ。

 だが右に行くにつれて、確実にグラフの値は減っている。

 そして一番右まで来たところで、一気に数値が下がっていた。


「うちのウンディーネの、ここ数百年の主な体調変化……つまり魔力総量について記したものだ」

「ハロハロー。ウンディーネだよ」


 怪人の肩の上に乗っていた少し疲れた様子の精霊がひらひらと手を振る。

 耳の部分には胸びれのようなものがあり、瞳は綺麗なブルー。

 魚の下半身は人魚のように足がなく、尾びれがついていた。

 何だこれ、超かわいい。


「ウンディーネ!? なんか突然ファンタジー要素が復活してきた!」

「何を言っている? まあとにかく、これは縦軸は精霊の体調変化に比例する魔力総量について、横軸は経過年数について書かれている。特徴は分かるな?」

「怪人さん! 精霊ってどこにいけば会えるんですか!? あわよくば一緒についてきてくれるようになるんですか!?」

「ええいうるさい! お前のように邪な感情を持っていては一生会えんわ! 真面目に説明を聞け!」

「あ、すんません……」


 はしゃぎすぎてしまった。

 だってウンディーネかわいいし。

 仕方ないよね。


「……さて、説明に戻るが、この最初の方のジグザグと上下に動きながらも緩やかに減少しているのが分かるだろう?」


 俺はそれを良く見た後、首を縦に振る。

 団長も満足そうに頷いた後説明を続けた。


「これは耕作の発達による人口の増加に比例して少なくなっている。そして近年、魔法の効率化による人口の爆発的増加が起こった。それに伴い、食料を供給する高度な魔法が作られた。昔なら禁術レベルだった食糧の直接生産を始め、雨乞い、大地を肥えさせる魔法など、様々な魔法が全世界で大量に使われるようになった」


 そんなに魔法って発達してたのか。


「結果、世界に満ちる魔力の量が少なくなり、ウンディーネの体調が悪くなったと。許せませんね……!」

「飲み込みが早くて助かるな。なら、この状況を改善するためにはどうすればいいか。たとえ世の中の大きな流れに逆らい、悪として排斥されようとも、それを考え、世間に訴えていくのが我々悪の組織の役割なのである!」



     *    *    *



「さて、さらに詳しい話は組織でしようか。情報が漏れてしまうのも怖いしな。ちなみに私のことは団長と読んでくれ。みんなそう呼ぶ」

「団長! カッコいいっすね!」

「だろう?」


 団長は上機嫌で笑った。

 しばらく路地を進み、途中で立ち止まる。

 他の場所と特に違いがみられないその場所で、団長は杖を取り出した。


 トントントトトン。


 そんなリズムで壁を叩くと、今度は壁の内側からトントントンと3回ノックする音が響く。

 団長はそのあとノックを返しはせず、10秒ほど何もせずに待った。

 再び小さくノックする音が響き、団長も同じように返すと、レンガの一つがくぼんでドアが動くようになった。


「おお! なんか秘密基地みたいだ。ワクワクしてきますね!」

「みたいじゃないさ。ここは我々の秘密基地であり、仲間と過ごすホームだ。もちろん、今日からお前にとってのホームにもなる」

「えっと、俺まだ正式に入団するって決めたわけじゃないんですけど……」

「大丈夫だ。未だかつて、待遇の不満からうちの組織を脱退するものは出ていない。もちろん脱退はいつでも可能だが、もしクエストに書いてあったような待遇を受けられるとしたら脱退したいと思うかな?」

「いえ……まあどんな仕事をするかにもよりますが」

「安心してくれ。うちはブラック企業ではない。社員もみんな気のいいやつらばかりだよ。新人にも優しく接してくれるだろう。おっと、暗いから転ばないように気を付けてくれ」


 そうして俺たちは暗い通路の中をしばらく進んでいった。


「へえ……」


 たどり着いた場所は、地下とは思えないほど明るく、広い部屋の中だった。

 テーブルがたくさんあり、奥の方に厨房らしきものが見えるのでたぶん食堂だろう。


 椅子には同じ服を着た戦闘員がうじゃうじゃ座っていて、少しだけ不気味だった。

 まあ俺も同じ服を着ているからひとのことは言えないけど。


 自分が来たときはよく見なかったが、戦闘服は目の下の部分にピエロのような涙の模様が書かれていた。

 悲しそうには感じないが、すごく変なデザインだな。

 団長の趣味だろうか。


「お、新人ですか?」

「ああ。今から歓迎会及び定例会議を行う。自室にこもっているやつらも呼んできてくれ」

「ヴィーッ!」


 数十分後。

 会議の準備が整い、俺は団長の目の前の席に座らされた。

 団長は小さく咳払いし、手に持った杖を掲げる。


「――悪とは何か。それは世間から後ろ指をさされるものだ」


「――正義とは何か。それは世間一般の常識とされるものだ」


「普通、悪とは排斥されてしまうものだ。だが私は思う。全ての悪が間違っているのか? 全ての正義が正しいのか? そんなことはありえない、と。ならどうするか。仕方がないからといってそれで諦めるのか? 喚いても無駄だから黙るのか? それができたら苦労はしない! 我々は悪の組織、アクアブレスだ!」


『ヴィーッ!』


 団長が力説すると、ホーム全体に大喝采が鳴り響いた。


「……さて、いつもの演説が終わったところでだ。まずは新人にナンバーを付けたいと思う。ちょっとこっちにきてくれ」


 招かれるまま壇上にあがる。

 するとウンディーネが出てきて、俺の着ていた戦闘服にスプレーのようなものを吹きつけた。

 俺はNo.273と描かれた戦闘服をまじまじと見つめる。


「みんな! 今は一応体験入団ということになっているが、新しい仲間が増えたことを盛大に祝おうじゃないか!」


『ヴィーッ!』


 先ほどの演説のときと同じかそれ以上の喝采が俺を迎えてくれた。


「なんか……すごいっすね」

「もちろん、うちの自慢の戦闘員たちだからな。元の席に戻っていいぞ。何ならここで説明を聞いてもいいが」

「遠慮しときます!」


 俺は慌てて席に戻った。


「では説明を続けたいと思う。もう少しで終わるので辛抱して聞いてくれ」


 団長は表情に影を落として淡々と言う。


「悪の組織と切っても切れない関係にあるのが正義の味方だ。反社会的な組織……つまり我々を抑え込むために作られた組織が正義の味方どもで、やつらは貴族から大量の資金があり、独占魔法まで使える。独占魔法とはその名の通り、王族や貴族だけに独占されてきた強力な魔法のことだ。彼らはおとぎ話で出てくるような過去の英雄たちの子孫だからな」


 独占魔法か。

 何とも嫌な感じの名称だな。

 昔の英雄たちは自分たちが後世に残した魔法がそんな名前で呼ばれていると知ったらどう思うだろうか?


「一昔前まで、この独占魔法は一部のものだけに独占されてきた。だが近年になり魔法が発達したことで、王族や貴族たちは自分たちの力だけで民を抑えることができなくなってきた。その結果正義の味方が生まれたのだ。それだけ我々悪の組織の勢力が大きくなってきたという証だろう」


 団長は胸を張り、少し自慢げに言った。


「アクアブレスって相当大きな組織だったんですね! 今まで見たことも聞いたこともありませんでしたけど……」


 俺がそう言うと、団長は気まずげに目を逸らす。


「いや……まあ、悪の組織は我々アクアブレスだけではないからな。他の組織も含め、悪の組織は広がり始めている。無論、我々の組織が最も大きく知名度もあり崇高な理念を掲げているがな!」


 今度こそ決まったとばかりに堂々と叫ぶ団長。

 きっと他の組織でも同じように言ってるんだろうなぁ……。


「他の組織はどんなものなんですか?」

「む……そんなのは気にしなくていい。やたらとガラの悪い脳筋野郎が仕切っていたり、我々の組織を潰そうとしてきたり、男だか女だか分からないようなやつがいたり、ジャキンジャキンとしか口に出さないような変なやつしかいない。発想も一々ぶっ飛んでいる。まったく、悪の組織のイメージダウンにつながるような行動は慎んでもらいたいものだ」


 男だか女だか分からないのは団長も同じですよね。


「何だその目は? 何か文句があるのなら直接壇上に立って言いたまえ! さあ早く!」

「いやすんません何でもないです」


 すぐに謝った俺をじとっとした目で見つめてから、団長は説明を続けた。


「それと、戦闘員は戦闘中基本喋らない。ベラベラと余計な口を利くのは怪人だけで、戦闘員に発することが許されているのはかけ声のみだ。それでは、私に続いて復唱してくれ」


 すー、はーと大きく深呼吸した団長。

 肩で同じようにしているウンディーネに全部持っていかれてる。


「ヴィーッ!」


『ヴィーッ!』


「怒られないのかこれ」

「こらっ、戦闘員273番! きちんと声を出さんか! 今度はお前だけで復唱してみろ! さん、はい!」

「び、びー……」

「声が小さい!」

「ビー!」

「ビーではない。ヴィーッ! だ」

「ヴィー!」

「最後の跳ねる感じが足りない!」

「ヴィーッ!」


『ヴィーッ!』


「そう、いいぞ戦闘員273番! その調子だ! もう一度復唱していくぞ!」


 こうして俺の戦闘員初仕事はかけ声の復唱だけで終わった……。

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