プロローグ
ある日俺は異世界に転移した。
何故かある程度のチート能力ももらえた。
ギルドにも入り、クエストをこなしたりして今日まで生きてきた。
回想終わり。
今日もいつも通り、薬草採取と低級な魔物を狩るクエストを受けに俺はギルドへとやってきた。
チート能力もあるにはあるが上位のクエストは受けない。
だってモンスター地味に強いし。血が出るし。
掲示板を見て、薬草採取のクエストを探す。
しかし、いつも貼ってある場所にはそのクエストはなかった。
「あれ?」
上から下まで探せど、薬草採取のクエストは存在していない。
それどころか、ゴブリン討伐のクエストすら見当たらない。
他のチラシを裏返してみても見つからない。
「ああ、あなたですか……」
焦って掲示板の裏を見始めた俺に、受付嬢から声がかかる。
何だか申し訳なさそうな声だった。
「実は、昨日限りで薬草採取クエストは廃止されたんですよ」
「え? ど、どういうことですか? 説明してください!」
錯乱した俺は受付嬢の肩を掴んで揺らす。
「落ち着いてください! セクハラで訴えますよ! あなたが同じクエストばかりしますので、薬草の在庫が半年分たまっておりまして、さらにゴブリンはもう狩りつくされて個体数が多くないのですよ」
「そんな……ゴブリン討伐クエストすらなくなってしまうなんて……これから俺はどうやって生きていけばいいんですか!」
「他のクエストを受ければいいじゃないですか。ほら、このコボルト討伐クエストとかお勧めですよ」
「俺、薬草採取の腕はプロ級なんですよ!? 来る日も来る日も薬草採取に命かけてきたんです! 今更他のクエストに浮気することなんてできません! あと犬こわい」
「我が儘言ってないでさっさとクエストを受けてくださいね。じゃないと今日から食べるものがなくなってしまいますよ」
受付嬢は呆れたようにそう言って去って行った。
何てことだ。世知辛い世の中だぜ。
まあ、いつまでも落ち込んでばっかいられないのでクエスト探してみるけど。
どれも危険な臭いがぷんぷんしてくる。
「んー……やっぱコボルト討伐くらいしかないかなぁ。いや、植物系はちょっと危ないけど血が出ないし……」
そんな風に迷っていると、掲示板の片隅に異様な雰囲気を放つチラシが目に入った。
『戦闘員募集中!』
なんでドラゴン討伐クエストとか賢者の石合成クエストとかある横にこんなクエストがあるのだろう。
一応まともな異世界だと思ってたのに。手酷く裏切られた気分だ。
チラシを手に取る。
水色のスーツに身を包んだ戦闘員から吹き出しが伸び、やけに軽快なフォントでこう書かれていた。
「えっと、なになに……安心安全な戦闘員ライフを送ってみませんか?」
その後にもいかに戦闘員が素晴らしいものか、澄み渡った青空を背景に熱く語られていた。
どうして異世界にきてまで労災という文字を見なくちゃならんのか。
あまりの胡散臭さに、チラシをそっと元の場所に戻そうとしたときだった。視界のすみに赤い文字で書かれた一文が映った。
『※他の悪の組織とは違い、当社で死者は一切出ていません。そもそも敵を攻撃する必要はありません』
「えー……」
敵を攻撃する必要はないとは、何のための戦闘員なのだろうか。
ますます胡散臭さが増したぞ。
そう思いながらも、俺はこの仕事に興味を持ち始めていた。
血が苦手な俺は、ゴブリン討伐のクエストすら放棄しようかと最近考えはじめていたくらいだし。
薬草採取も禁止され、さらに危険なクエストを受ける必要性に迫られた今、この破格の条件で働けるというのはかなり魅力的なことではないだろうか。
月給50000ゴルドで衣食住完備らしいし。
ちなみに薬草採取とゴブリン討伐クエストだけではどんなに頑張っても月30000ゴルドくらいしか稼げなかった。
『体験入団随時受付中! お近くの怪人や戦闘員までお気軽にお問い合わせください!』
極めつけはこの一文だった。
体験入団もできるし、もし考えていた条件と違うようなら、入団した後でも自由に抜けられるらしい。
まあそれ自体が嘘な可能性もあるけど、一応チート能力もあるし、逃げるくらいならできるだろう。
たぶん。
受付嬢にチラシを持っていく。
何だかこれを見た瞬間露骨に嫌な顔をしたように見えたけど、気のせいだろう。
大丈夫、何とかなるさ……きっと。