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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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え、私って異世界転生をしたのっ!?

作者: 如月 和
掲載日:2026/07/06

 高校に入学してすぐのこと、私は少し、大きな事故に遭遇した。

 その後一ヶ月ほどは意識がなくて、目覚めてから半年ほどはリハビリをして、大事を取って来年度からの登校を目指すことになっていたけど……。


「え、私って異世界転生をしたのっ!?」


 ようやく戻った自宅のベッドで眠りについたところ、夢枕に立った神様からとんでもないことを告げられた。


「も、申し訳ありません。え、えへへ。てっきり死んだと思って魂を異世界に送り出したら、その、何故かあなたの意識が戻りまして」


 え、じゃあ今の私ってなに? だれ? いや、記憶も意識も完全に私のものなのだから、私は私以外にありえないのだけど。


 私の名前は?

 高奈 煌(たかなきら)。初対面の人に名前を教えると、高菜は嫌いですか? と言ったコミュニケーションから入るのが、なんとなく好きで気に入っている名前だ。


 幼少期の思い出は?

 用水路で遊んでいたら靴が片一方だけ流されて、泣きながら追いかけた。


「え、じゃあ私はなに?」

「残留思念です。なので、……あなたはこれ以上、老いることはありません。成長することも、ありません」


 ……現代社会で、それはないんじゃない?


「それと、あなたが異世界へ持ち込んだ能力は、おそらくあなたも使えるかと」


 は?


「待って、私は現代日本で不老になって、変な能力まで手に入れたってことっ!?」

「はい。健闘を祈ります」

「神様が祈るなーっ!?」


 起き上がった時には、既にカーテンの隙間から朝日が漏れていた。


 両親を失って得たものが、これか。私はもう一度布団をかけ直して、夢なら覚めてほしいと目を瞑った。


 ※


「身体的には異常はない。脳波も正常」


 翌日。不安を感じて主治医に相談すると、隅々まで検査をすることとなった。そして一週間が経ってその結果を確認したのだけど……。


「体も、頭も問題ないんですね?」

「うん。問題ない。リハビリも順調だし、まだ体を動かすと痛みはあるだろうけど、それも徐々に消えていくはず」

「手から黒い変なのが出るんですけど」

「それがさっぱり判らん」


 牧野医師は頭を捻るが、検査結果ではそれを明らかにすることができなかったらしい。


 私の手から、シャボン玉のように現れるそれ。シャボン玉と言うのは比喩であって、その正体は真っ黒なスライム状のもの。その出現方法が、手のひらからプクッと膨らんで――と言うものだからシャボン玉みたいなのだ。


「その、にわかには信じがたいけど、夢枕に立った神様が言った発言が事実なのだろうね。そうでなければ、そんなものが現れるはずがない」

「私が異世界へ持ち込んだ能力、ですよね。はぁ、私ってばどんな能力を持ち込んだのよ?」


 この黒いスライム状のものが、果たしてどんな働きをするのか。今晩家を訪ねるから、と牧野医師に告げられ、私は肩を落として帰宅した。


 その途中。


「大人しく金を出せっ!」


 立ち寄ったコンビニで強盗に遭遇するなんて、ある? 珍しくない? 珍しくなかったら困るって。


 おまけに、私が人質になっているまである。


「タバコ、ワンカートンでも良いっ!」


 人質を取る割に要求がショボすぎるだろっ!?


 たまたま私が会計をして、たまたま覆面姿の強盗がやってきて……。うっかり目が合ってしまったのが運の尽き、なのだろう。


 きっと、この強盗の男性も人質を取るような真似をするつもりはなかったのだろう。たまたま。そう、たまたま私の運が悪かっただけ。


 でも、なんだか悔しくて。事故にあって、意識を取り戻したら両親がいなくなっていて、家に戻ったら私は異世界転生をしていて。私にはもう、成長はなくて。それで、今度は強盗の人質なんかになって。


 知らず知らず、涙が溢れてくる。腕で押さえつけられている首が痛い。そこから上は、事故にあっても唯一無事だったんだ。お父さんが、守ってくれたんだ。

 押さえつけられる後頭部が痛い。ようやく元の長さまで伸びてきたのだから、絶対に掴んでほしくない。


 なんでこんな目に遭わなくてはならないんだろう。


 心の中の、何らかのメーターは、そこで振り切ってしまったのだと思う。私は自然と、手の平を強盗に押し付けて、こう叫んでいた。


煌めきの暗黒物質(プリズムダークマター)


 手の平に現れた暗黒物質は、私の意のままに操ることができる。形状も性質も思うがまま。現象、作用、ありとあらゆるものが発現をする。


 強力な衝撃が発生し、強盗はコンビニの外まで弾き飛ばされた。カラカラと店内にナイフが転がり、自分の行動が安易なものだったと冷や汗が流れた。


「あ、あの……」


 目の前の女性店員は、その光景に目を見開いていた。


「か、会計は終わってますよねっ!?」

「は、はい!」

「で、ではっ!」


 防犯カメラに、バッチリ映っているんだろうなぁ。若干顔を青ざめさせながら、私は痛む身体を無理に動かして、自宅まで走って逃げた。


 その夜、牧野医師が買ってきたピザによって慰められていると、インターフォンが鳴った。モニターに映るのは、スーツを着た二人組の男女。女性の顔が大きく映っていた。


「警視庁公安部、不者(しから)対策室のものです」


 聞き慣れない言葉に、牧野医師が応対をする。映し出されている手帳は本物だろうか?


「ドラマで刑事物はよく見るけれど、そんな物は聞いたこともないね」

「公にはされていない部署ですので。この家の方も、公にはされたくないのでは?」


 牧野医師の表情が固くなる。


「要求はなんです?」

「聴取。結果によっては、保護の必要があるかと」


 そっと、広い背中に身を寄せる。振り返った彼の表情は柔らかかった。


 家に招かれた二人に対し、牧野医師はテキパキとインスタントコーヒーを淹れて応対をした。


「先に、『しから』とはなにか。それを教えていただけないでしょうか」

「不者と書きます。まぁ、そのままでは読みづらいので、シカラと呼ぶことが多いのですけど」


 女性が答えた。彼女の方が偉いのだろうか。私は牧野医師にぴったりと寄り添って、その話を聞いていた。


「まぁ、これは当て字みたいなものですけどね。精神の成熟もなく、老いもせず、特殊な能力を扱う者。不者。でも、ふしゃって言われると、なんだか気が抜けません?」


 急なフランクさに、私は思わず噴き出してしまった。


「あなたの行いは、正しいものでした。だから、不安に思ってしまう。シカラの中には得たものを振るい、神に選ばれたものだと誇示をして悪意をばら撒くものもいる。私たちはそうしたものの制圧、もしくは社会生活のサポートを行っているのです」


 私が手にした、この力で、なにか悪いことを?


「スポーツで、結果を残したりとか?」

「……それが、悪意ですか?」


 女の人は、呆気にとられているようだ。


「だって、柔道なんかやってみたら、簡単に相手を倒せるかもしれないじゃないですか! 未経験からのシンデレラストーリーですよ?」

「ふふっ、安心しました。あなたは大丈夫そうです」

「……それ、馬鹿にしてますか? べ、別にっ! 銀行強盗だって、その、できないこともないような、いや、やりたいわけではなくて、その、例えというか」

「悪意を持った人は、例え話もなしにそれを実行しますよ。あの時、あなたはコンビニ強盗に便乗しなかったじゃありませんか」


 暗に、あなたは良い子だと言われているような気がして。私は少し反抗的な気持ちを持ってしまう。

 少しくらい、レールを外れてみたい年頃なのに。


 口を尖らす私の頭を、牧野医師が撫でて落ち着かせる。


「ところで、あなた達の関係は?」

「僕は、この子の父親の教え子です。立派な人でしてね。学生時代に彼の世話になって、医者を志しました」

「……彼女のお父様は、漫画家では?」

「医療漫画の、です。元々は医者だったんですよ」


 急な出来事だったため、そこまでは調べられなかったのだろうね。ざまぁみろ。と言ったように、私はイタズラっぽく笑った。


「須賀さん。そろそろ」


 男の人がコホンと咳払いをして、話を促した。


「そうね。申し遅れました。私の名前は須賀アリス。可愛らしい名前でしょう? 隣の男は佐藤太郎。私はシカラですけど、彼は普通の人で、私のお目付け役、ですかね」

「彼女はいい年齢でシカラになったので、仕事という面には影響はあまりありません」

「いくつに見える?」


 その視線は私を向いていた。


「……十九歳」

「おべんちゃらが過ぎるわね」


 綺麗な顔に青筋が浮いてしまった。


「二十九歳。このくらいの歳なら、色々と仕事ができる道もあったのよ。上手いことサポートしてもらって、転職を繰り返してね。でも、私は対策室のメンバーになった。どうせなら、この力を活用したいと思って」


 あなたはどうする? その言葉に、私はすぐに返せなかった。


「一応、どういう答えを持ったとしても、対策室の用意した寮に入ってもらうことになるのだけど――」

「待ってください。それではこの家を管理するものがいなくなる。この家は、この子に残された唯一のものです。できれば、此処で暮らさせてやりたい」


 私はウンウンと頷く。せっかく戻ることのできたこの家から、また出ていくのは御免被りたい。


「そうなると、対策室からこの家に出向させなくてはならなくなります」


 例えば――。その綺麗な指先は、目の前のそれぞれを指していた。


 ※


「キラー。早く出ないと学校、遅刻するわよー」

「いま行くー」


 鞄に弁当箱を詰め込んで、玄関まで見送ってくれた彼女に手を振って扉を開ける。


 結局、須賀アリスと佐藤太郎は、私と共にこの家に住むこととなった。クリスマスには一緒にケーキを食べて、大晦日にはお蕎麦を食べて。正月には一緒に作ったお節を食べた。


 料理上手な太郎に対し、アリスは専ら食べる専門だったけれど。今日のお弁当も、太郎渾身のキャラクター弁当だ。


「おはよう。すっかり元気になったねー。ホント、アタシ心配したんだよ?」

「真美ちゃん、おはよー。ふふっ、後輩になっちゃったけどね」


 中学の同級生で、同じ高校に進学した友達、真美。新学期の始まった昨日から、一年越しの登下校に付き合ってもらっている。


 中学時代から、引っ込み思案の私をよく遊びに連れて行ってくれた。彼女からの誕生日プレゼントは決まってぬいぐるみで、今でも私の部屋を彩ってくれている。


 入院中も、よく病室に足を運んでくれて。精神的にもしんどかった私は、他の友だちを優先しなよ、なんて突き放したりもしたのに。

 彼女は笑って、自分の友達は、みんな幸せでいてもらいたいって。


 とても明るくて、とても尊敬できる人だ。


「あははっ、じゃあ、先輩の言うことはちゃんと聞くようにね? 怪しい人について行ってはいけません!」


 彼女に遅めの成長期がやってきたのか、私の方が少し背が高かったはずなのに、今では少し見上げなくてはならない。


 それが少し寂しいような。でも、甘えられる人が増えるのは嬉しいような。けれど、それは結局は寂しさの表れ?

 もしも彼女に、秘密にしている私の現状を教えてしまったらどうなるのか。私の不器用な笑顔から、彼女は何も察しませんように。


 何事もなく日常が終わり、帰路に着こうかと玄関で真美を待っていた。しかし一行に姿を見せる気配がない。


 心配して、アリスに買ってもらったスマートフォンを操作する。


「真美? どこにいるの?」

「君、シカラだろ?」


 背筋が凍った。とても冷たい声だった。

 

「シカラはさぁ、そんな楽しげな生活をしちゃぁ駄目なんだよ。神に選ばれ、この地に残された使徒なんだぜ? 人々を導いてやらなきゃさぁ。こいつも、使徒になるのかな? 死ねば、俺らの仲間になるのかな?」

「止めてっ!」


 注目を集めてしまって、私はその場を離れた。


 アリスに、太郎に連絡しなくては。一度、この通話を切って――。


「商店街入口側の空きビルに来い。誰にも言うなよぉ? こいつがどうなるか、判らないようなガキじゃないだろ? あははっ! そこでシカラのなんたるかをご享受してやろうじゃないかっ!」


 一方的に電話を切られる。

 深呼吸をして、私は駆け出した。


 商店街は、思い出の多く残る場所だ。初めて真美と買い食いをした。お肉屋さんのコロッケだ。


 学校帰りに買い食いなんて、バレたら怒られるよ。と腰の引けた私に対し、そのときは一緒に怒られよう、と朗らかに笑って。

 あぁ、確かに普通に食べるコロッケとは、味わいが違っていたと思う。ありきたりな言葉で言えば、青春の味、だろうか。


 どんなときも私を引っ張ってくれる。私の前を走ってくれる。そんな彼女との思い出。


 両親と一緒に、高校入学のために様々な準備をした場所でもある。


 制服の採寸をして、こんなに成長したよとお母さんと笑い合ったり。教科書を見て、しっかり勉強しろよ、判らないことがあったら何でも訊くように。と、お父さんの頼りがいのある笑顔に見惚れたり。


 駆け抜けていく景色の中に、そんな思い出が頭の中でホログラムのように合成されていく。


 空きビルの階段を駆け上がり、唯一開くことの出来るドアを開ける。他のドアは全て鍵がかかっていて、ここは、私と真美の秘密基地だった。


「キラっ!?」

「来たね? 来ちゃったね? あーあ、来ちゃったかっ!」


 地面に伏した真美の背中を、男が踏みつけている。その覆面には、見覚えがあった。


「あの時は油断したけど、同輩って判っているなら油断なんてしないね。さぁ、こいつの命が惜しかったらまずは俺に謝っ――」


 その顔を、私の大きな手の平が包みこんだ。


「許さない」


 そのままの勢いです壁に叩きつける。私の両手は、暗黒物質を纏い、真っ黒なカニのようなフォルムに変容していた。


「がっ、がぁっ!?」


 黒い手の平を押し付ける。長い指がカラカラと壁とこすれ合う。空いている左手を握りしめて、その腹目掛けて打ち据える。


「許さない、許さない、ユルサナイッ! 私の思い出を、これ以上、汚すなッ!」


 こんな奴に出会わなければ、もっと平穏に暮らしていけたかもしれなかったのに! いずれ自分の特異性がバレたとしても、対策室との出会いは、それからでも遅くなかったかもしれないのにっ!


「止めて」


 私はただ、殴り続ける。


「大丈夫だからっ!」


 腰に回った腕に、私はようやく止まった。男は、ぐったりと地に伏せた。


「ごめんね、アタシがうっかり変な奴について行ってしまったから。キラが変な二人組に拐かされているって聞いて、不安になっちゃったから」


 こんな姿を、真美には見せたくなかった。もっといい方法があったんじゃないかと、私はたまらずに、両目から涙が溢れてきた。


 スマートフォンの位置情報を下に、帰宅の遅い私を心配して探しに来たアリスと太郎がやってくるまで、私は背を向けたまま、彼女の啜り泣く声を聞いていた。


 ※


「アタシが、お目付け役になります!」


 家に戻り、事情を聴いた上での真美の発言に、私は零れんばかりに目を剥いた。


「ちょっと待って、また危険な目にあうかもしれないんだよっ!? いい加減、私のことは放っておいてっ!」

「そんなこと、出来るわけないでしょっ! 今回はアタシの失敗。失敗は、自分の手で取り返すもんだよ」

「だからって、それじゃあ、私が不安なんだよ。真美には他にも友達がいるんでしょ? 私なんかいなくても――」

「友達なんかいない。ずっと勘違いしていたようだけど、アタシの友達はキラだけだよ」


 ……こんなに明るい子が?


 自分にとって思いがけない台詞に、私の中の激しい感情が水を打ったように静まり返った。


「友達なんかいない。そもそも、両親も親族もいない。ずっと一人だった。あんたは自分が引っ込み思案だって思って、ずっと勘違いしていたと思うけど、体育の授業、クラスの余り物どうしてペアを組んだ時。最初に話しかけてくれたのはあんたなんだよ? 体柔らかいねって、初めて、初めて人に褒められて、嬉しかったんだから」


 私は、ぽかんと口を空けてその話を聞いていた。


 何にも知らなかった。だから、真美は私に親身になってくれていたの? 自分にされて嬉しかったことを、私に返してくれていたの?


「自分のことばかり黙っていて、あんたの秘密を一方的に知るのは我慢ならなかった。ねぇ、アリスさん。アタシがお目付け役になること、可能なんですよね?」

「ええ。私は対策室にいるから、お目付け役も対策室の人。学校に通うキラのお目付け役は、同じ学校に通っている人だと都合がいいわ」

「なら決まり」

「待ってっ! そ、それにしたって私は留年をしているんだよ? 真美が卒業したら、お目付け役も何も――」

「アタシも留年する」

「なんでっ!?」


 なんかもう、何がなんだか判らなくなってきた。


 私は、私が真美の存在を拠り所にしているつもりでいたのだけど、実はそれは逆だった? そのノリで、真美とはずっと一緒に居られるようになるかもしれない?


 ……それはそれでありがたいけどもっ!


「キラは、アタシと一緒に居るのは嫌?」

「嫌、じゃないけど、さ。でも、危険な目に遭うかもしれないよ? 今回みたいに怖いことになるかもだし、私も暴れちゃうかもしれないし、巻き込んじゃうかもしれないし……」

「キラちゃん」


 珍しく、太郎が発言をした。


「そういう時は、自分が大切な人を護るんだっ! って気概だよ。この人みたいに」

「え? 私はそんな恥ずかしい台詞を言った覚えはないんだけど?」

「言った言った。自己紹介の時に、メンバー全員に向けて、『私は、大切な人すべてを護ってみせますっ!』って」

「あー、あー! 言っていないなー。……ちょっと、私、キラの前ではクールなお姉さんでいたいんだけど?」

「もう、無理じゃないですかね?」

「あぁ?」


 部屋の隅で行われるそんなやりとりに、なんだか私は笑顔になって。真美もまた、同じように笑っていて。


「ただの事故だったら、キラはこんなふうに笑えていなかったと思うよ。これはきっと、神様が。あなたの魂が残してくれた賑やかさだと思うな」


 だから――。


 差し出されたその手を、私はしっかりと握った。

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