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ゲームをお楽しみください  作者: Lightver


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5/8

偽りの結盟

淡いブルーの通路を抜けた先は、中規模の無機質な金属の部屋キャビンだった。

息が詰まるほど広大で狂気に満ちたあの歯車のホールとは異なり、この部屋は天井が低く、広さも目測で三百平米にも満たない。天井には低出力の蛍光管が規則的に埋め込まれ、白々しい冷光を放っていた。空気中には、病院の消毒液と強烈な鉄錆を混ぜ合わせたような匂いが漂っている。決して良い匂いではないが、あのゲーム盤に充満していた「焦げた肉と強酸の悪臭」に比べれば、天国と呼んで差し支えなかった。

部屋の中央には細長い金属製の作業台が一列に並び、その上には無地のグレーのプラスチック箱がいくつも等間隔で置かれていた。箱の脇には、アルミホイルで密閉された飲料水のパックと、薄汚れたガーゼの束が一つずつ添えられている。

脳の奥底で、システムのアナウンスが響いた。

『暗夜ゲーム・第一フェーズの精算完了。インターバルエリアに到達しました。休憩時間:15分』

『当エリアは非ゲーム区域です。「致死的な暴力に対する報復ペナルティ」が復活します。休憩時間を有効に活用してください』

致死的な暴力ルールの復活。つまり、ここは再び「安全エリア」のルールが適用されるということだ。ここで人を殺せば、千倍のダメージが自身に跳ね返る。

柴田と彼の部下たちは、真っ先にこの部屋へ足を踏み入れたグループだった。彼らは出口から最も遠い奥のスペースを占拠し、屈強な黒服たちが金属の箱をいくつか運んできて即席の椅子を作った。柴田はそこに腰を下ろして足を組み、スーツの内ポケットから綺麗に折り畳まれた真っ白なハンカチを取り出すと、日本刀の刀身を優雅に拭き始めた。

あの刃にこびりついている血は、私のものではない。ゲームエリアの中で、他の肉人にくびとが手にしたチップを強奪しようとした愚か者を、彼自らの手で「見送った」時の血だ。鎖骨から肋骨にかけて、斜めに一刀両断する見事な太刀筋だった。

肉人たちが、散り散りになって部屋へ入ってくる。皆、柴田のいる一角を避けるように壁沿いを歩き、彼の半径五メートル以内には誰一人として近づこうとしなかった。生き残った肉人は二十人強。その中で「チップ」を所持しているのは、私を含めてたった三人だけだ。

アミールは私の腕を掴み、入り口近くの壁際の死角へと引っ張っていった。背後には頑丈な壁、両側には耐力柱と廃棄された金属板の山があり、身を隠すには絶好の半閉鎖空間だ。彼は足でグレーのプラスチック箱を一つ手元に引き寄せ、蓋を開けて中から包帯の束と、どす黒い液体の入った小瓶を取り出した。

「座れ」彼が短く言った。

私は言われるがままに座り込んだ。背中が冷たい金属の壁に触れた瞬間、自分の肉体が極限状態のまま長時間のオーバードライブを続けていたことに初めて気がついた。

痛覚はすでに消去されている。だが、機械的な「摩耗感」は残っていた。左腕は失血と筋肉の断裂によって鉛のように重く、肘を曲げようとするたびに、刺し傷の縁の肉が『濡れた段ボールをこすり合わせる』ような不快な摩擦音を立てた。右手には力が入るが、指先の柔軟性は明らかに落ちており、氷のように冷たくなっている。循環器系が、生命維持のために心臓や脳への血流を優先している証拠だ。

【ライフ:65%】

視界の端の数字は、ゲームエリアを出てから1%も回復していない。自然回復するのかどうかすら、システムは教えてくれなかった。

アミールは私の前にしゃがみ込み、左腕にきつく巻かれていたボロ布を解き始めた。すでに血を吸って重くなった布が剥がれる際、傷口に張り付いていた薄い血栓の膜まで一緒に引き剥がしてしまい、鮮烈な赤い血が再びタラタラと流れ出した。

彼はすぐに新しいガーゼを巻くことはしなかった。まず、あのどす黒い液体を手のひらに少し注いで体温で温めると、三つの深い刺し傷に直接すり込んだのだ。

液体が傷口の奥に触れた瞬間、私自身の皮膚の縁が微細に痙攣し、収縮するのが視覚データとして見て取れた。おそらく極めて刺激の強い消毒剤か凝血剤だ。普通の人間なら、脳天を突き抜けるような灼熱の激痛に絶叫しているはずだ。

私は、微動だにしなかった。

アミールの手が、ピタリと止まった。彼の視線が傷口からゆっくりと上がり、私の顔を射抜く。

「……痛くないのか?」彼が尋ねた。

「痛くない」私は答えた。

「少しも、か?」

「ああ。一ミリも」

アミールの眉間に、深いシワが刻まれた。彼は無言で傷口の処置を再開した。その手つきは素早く、そして極めて正確だった。止血帯を使って上腕の動脈を適切に圧迫し、清潔なガーゼで三つの傷口をそれぞれ二重に強く巻き上げる。その流れるような無駄のない手際を見るに、彼はこういう「戦傷」の処置を何度も経験しているのだろう。

最後の一巻きを終えると、彼は余ったガーゼの端を自分の歯で噛みちぎった。そして不意に手を伸ばし、親指と人差し指で私の左手の人差し指の「爪」を強くつまみ——そのまま力任せに上へと反り返らせたのだ。

メリッ、と。爪が根本の肉(爪床)から数ミリ剥がれる嫌な感覚。爪の縁が白く変色し、隙間から極細の血の糸が滲み出るのが見えた。

それでも、私の表情の筋肉はピクリとも動かなかった。

アミールは手を離し、ゆっくりと座り直した。彼の目が、私を真っ直ぐに見据えている。その視線は極めて鋭く、明るく、まるで稼働中のX線スキャナーのように私の皮膚と骨格を透過し、体内に巣食う「異常な何か」を検知しようとしているようだった。

「異常だ」彼は周囲に聞こえないよう、極限まで声を殺して言った。「完全に痛みがないなどあり得ない。極限の拷問耐久訓練を受けた特殊部隊の兵士でさえ、生爪を剥がされれば反射的な筋肉の収縮をゼロにはできない。だが、お前は瞳孔すら開かず、呼吸のペースも、心拍数も一切乱れていない。痛みを『我慢』しているんじゃない。本当にお前の中には、痛覚が存在していないんだ」

彼は言葉を切り、私に顔を近づけた。

「いつからだ?」

「ゲーム盤の中だ」私は正直に答えた。ここで彼に嘘をつくメリットはない。「最後のあの箱を開ける直前だ」

アミールの瞳孔がわずかに収縮した。「あの、百パーセントの確率でトラップが確定していた箱の時か」

「ああ」

「お前は罠だと知っていて開けに行った。そして生き残った」アミールの早口な言葉が、核心へと迫ってくる。「運だなんて言うなよ。お前が床に伏せたタイミングと角度は異常なほど正確だった。針の射出軌道と死角をあらかじめ知っていなければ、絶対に不可能な芸当だ。どうやって『視た』?」

「脳の中に、流れ込んできたんだ」

アミールの目が細くなった。

「何が、流れ込んできた?」

どこまで話すべきか。

私の脳内に新設された「理性の回路」が、猛烈なスピードで損益計算を弾き出していく。

アミールはただの肉人ではない。第十区の底辺で出会った時から、それは明らかだった。彼は「神経遮断パッチ」という高価な絶対通貨を持ち、他の肉人をはるかに凌駕する格闘能力と状況判断力を備えている。そして何より、私が目を覚ました直後、彼はわざわざ私の檻に近づき、高価な物資を使ってまで私の命を救ってくれた。

彼は私を探していたのだ。私が目を覚ます前から、明確なターゲットとして。

第十区のサバイバルに精通した実力者が、何も知らない新入りの肉人をわざわざ助けに来る。ここには決定的な「情報の非対称性」が存在している。彼は私の正体(あるいは価値)を知っており、私は彼について何も知らない。

もし私が「魂の共鳴」の能力のすべてを馬鹿正直に明かしてしまえば、彼との関係における唯一の交渉カードを失うことになる。だが、何も語らなければ、彼は私を「投資価値なし」と見なし、見捨てるかもしれない。

半分真実、半分嘘。

私に利用価値があると信じ込ませるだけの餌を与えつつ、能力の絶対的なコア・メカニズムは隠蔽し、彼単独では検証不可能な状態にする。

「最初の箱の前に、柴田の刀で首を切られただろう」私は、すでにかさぶたになりかけている首の傷に触れながら言った。「その瞬間、脳の中に何かがフラッシュバックしたんだ。幻覚じゃない。情報だ。柴田の頭の中にあった情報が、俺の中に流れ込んできた」

アミールの呼吸のリズムが、ほんの一瞬だけピタリと止まった。

もし私が痛覚を喪失しておらず、解放された認知リソースで彼の微細な筋肉の動きをモニタリングしていなければ、絶対に気づけなかっただろう。

「どんな情報だ」アミールは尋ねた。疑問形ではなく、確認するようなトーンだった。

「あいつも以前は、俺たちと同じ肉人だった」私はアミールの目を見つめ返した。「最底辺から這い上がってきたんだ。奴の頭の中には、ある男の名前が何度も浮かんでいた。お前も知りたいんじゃないか? 『藤堂』という名前だ」

アミールの体が、わずかに強張った。

ほんのコンマ数秒のことだ。しかし、静止から極度の緊張、そして再び静止へと戻るその三段階の筋肉反射は、私に一つの事実を確信させるには十分だった。「藤堂」という名前は、彼にとって既知の情報だ。

「……他人の脳内をハッキングできるのか」アミールは、一切の感情を排した平坦な声で言った。

「制限はある」私は答えた。「物理的な接触が必要だ。時間も極端に短い。相手が今考えていることをそのまま読めるわけじゃなく、潜在意識の奥底にある記憶の欠片——本人が意識してコントロールできないような深い部分の情報を引き出す。それに、重い代償がある」

私は左手を上げ、自分の視界の左下——彼には見えない、あの絶対に消えない純黒の四角形——を指差した。「深くアクセスするたびに、人間としての『常識』を一つ、永久に失う。俺がさっき失ったのは『痛覚の認知』だ。だから今、刃物で刺されようが鋼鉄の板だろうが、俺の脳にとっては同じなんだよ。危険信号が鳴らない」

アミールは沈黙した。

彼の視線は私の顔から外れ、床にへたり込む肉人たちを舐め、部屋の奥で刀を拭いている柴田の姿を捉え、最後に彼自身の左手首の脈へと落ちた。親指を橈骨動脈に当てている。心拍数を測っているのか、それともそのルーティン動作で己の思考を鎮めようとしているのか。

「お前のその力なら、柴田の頭の中にある『次のステージの情報』も読めるはずだな」やがて、彼は口を開いた。

「奴に触れることができればな」

「難しくはない」アミールは顔を上げた。「あいつはすでに、お前に異常な執着を持ち始めている。最後の箱での一件のせいで、あいつは引き続きお前を手元に置きたがるだろう。地雷探知機としてか、それとも実験動物としてかは分からんがな。どちらにせよ、奴に接触するチャンスは腐るほどある」

彼は立ち上がり、私のすぐ隣にしゃがみ込んだ。顎髭の下にある肌の質感がはっきりと視認できる距離だ。彼の顔には無数の傷跡があり、その大半は白く隆起して完全に癒着している。だが、右耳から顎のラインにかけて伸びる一本の切り傷だけは比較的新しく、抜糸したばかりの微細な針穴の痕がうっすらと残っていた。

「俺が、お前の命を守る」彼は声を極限まで押し殺し、腹の底から響くような声で言った。「お前は奴の脳にダイブし、重要な情報を俺に流せ。インターバルでも、ゲーム盤でも、奴に接触できる機会は絶対に逃すな。ルールの抜け穴、次のトラップの配置、そして——」

彼は「そして」と言った後、不自然なほどの一拍を置いた。その瞬間、彼の視線がほんの一ミリだけ、彼自身の「腰」の方向へとズレた。

私の視線も、反射的にそれを追う。

アミールが着ているのは、他の肉人と同じペラペラの麻布だ。だが、彼の腰のあたり——麻布の裾と帯代わりのロープの間に——不自然な膨らみがあった。大きくはない。握り拳ほどのサイズの、長方形の硬い物体が服の下に隠されている。もし彼が先ほどの視線で誘導しなければ、私は絶対に気づかなかっただろう。

その膨らみの輪郭は、食料や水袋のような柔らかいものではない。角張り、冷たく、重みのある金属の塊——。

アミールは私がそれに気づいたことを察した。

彼の手が素早く腰を掠め、麻布の裾を整える極めて自然な動作で、その膨らみを再び完全に隠蔽した。マジックのような手際だった。彼は言い訳もせず、何も起きなかったように話を続ける。

「藤堂に関する、すべての情報だ」彼は言った。「特に、このリングにおける藤堂の勢力図と、奴の『固有能力』について。柴田の記憶の奥底にそれが眠っているのなら、絶対に引きずり出せ」

藤堂。その名前を口にする時の彼には、柴田について語る時の冷酷な分析官のような響きはなかった。極めて平坦な声の奥底に、ひどく重く、暗い憎悪のようなものが押し殺されているのを感じた。

アミールはすべてを語らない。私もすべてを問いたださない。それが、私と彼の間で結ばれたゲームのルールだ。

「いいだろう」私は言った。「だが、こっちにも条件がある」

アミールが片方の眉を吊り上げる。

「お前、最初から俺を探していたな」私は彼の目を真っ直ぐに見返した。「第十区の底辺で出会った時から、お前はすでに俺をターゲットとして確定していた。なぜ俺を探していた? 俺が『何を持っているか』、本当は知っているんじゃないのか?」

アミールは五秒間、沈黙した。

「……その話をするのは、今じゃない」

「じゃあ、いつだ?」

「お前が、今夜のすべてのゲームを生き延びた後だ」彼は言った。

それは答えではなく、ただの空手形だ。だが、その手形に付与された裏の条件は明確だった。『お前が死ねば語る必要はない。生き残れば、真実を知る資格がある』。

私はそれ以上追及しなかった。納得したからではない。今のパワーバランスでは、彼にすべてを吐かせるだけのカードが私にないからだ。アミールは戦闘力があり、物資を持ち、この世界のルールを知り尽くしている。対する私の「魂の共鳴」には厳しい発動条件と、取り返しのつかない脳の欠損という代償が伴う。これは対等な交渉ではない。少なくとも、今はまだ。

「交渉成立だ」私は右手を差し出した。

アミールは私の右手を見下ろし、鼻からフッと息を吐いた。それは呆れ半分、面白さ半分の反応だった。彼は手を伸ばし、私の手と短く、力強く握手を交わした。

彼の手のひらは紙やすりのようにざらつき、親指の付け根のタコは骨のように硬かった。だが、その握力は完璧にコントロールされている。圧倒的な力を誇示しつつも、私の掌の骨を決して軋ませない絶妙な力加減。この微細なコントロールが、私の推測を裏付けた。こいつはただの難民やゴロツキじゃない。体系的な戦闘訓練を受けたプロフェッショナルだ。

「腕の怪我が初期段階の治癒を始めるまで、最低でも四十八時間はかかる」彼は手を離し、包帯まみれの私の左腕を一瞥した。「15分のインターバルじゃどうにもならん。次のゲームが始まれば、お前のその腕はただの重りだ。腕力が必要なギミックが来たら諦めろ」

「頭では理解している。ただ、体が自己防衛のプロセスを実行しないだけだ」

「いや、お前はまだ痛覚がないことの『本当の恐ろしさ』を理解していない」アミールの声が急激に冷ややかになった。「痛みがないから、お前の体は自動的に身を守ろうとしない。普通の人間なら、大怪我をした腕を無意識に庇い、それ以上の衝撃を絶対に避ける。だがお前は違う。お前の脳は、その傷口を『保護すべき対象』として認識していないんだ。それはつまり、次のゲームの最中に無意識のうちに傷を酷使し、気づいた時には腕の組織が完全に崩壊して修復不可能になる危険性が極めて高いってことだ」

彼の論理的な分析は、反吐が出るほど正確だった。

痛覚の喪失がもたらすのは、「痛みを恐れなくなること」というメリットだけではない。肉体の自己防衛システム(ファイアウォール)の完全な崩壊なのだ。ファイアウォールを失ったシステムは、外部からどれほど攻撃を受けても警告アラートを鳴らさず、システム全体が物理的にメルトダウンするまで沈黙したままダメージを蓄積し続ける。

正常な大人の知能があれば、その危険性は論理的に導き出せる。だが、「推論」はできても「本能」が欠落しているのだ。左腕を保護すべきだとデータとして知ってはいるが、身体はその保護動作をオートマティックには実行してくれない。常にマニュアル操作で意識し続けなければならない。

「わかった。意識的に気を配る」私は言った。

アミールは私を一瞥しただけで、それに対する返答はしなかった。

私たちの会話は、通路から響いてきた異質な金属音によって唐突に遮られた。

部屋の入り口——淡いブルーの通路の奥から——重苦しい足音が近づいてくる。柴田の黒服たちが履いているスマートな革靴の音ではない。もっと重く、ずっしりとした質量の暴力が床を叩く音だ。一歩踏み出すたびに、金属の床から微かな振動が伝わってくる。

アミールの反応は、私よりもコンマ数秒早かった。

足音を聞いた瞬間、彼の全身の筋肉が極限の警戒態勢に移行した。瞳孔が収縮し、肩が沈み、重心がスッと落ちる。両足は音もなく前後の戦闘スタンスに切り替わった。恐怖からの萎縮ではない。純粋な迎撃態勢だ。

私は彼の視線を追って入り口を見た。

一人の男が、部屋に入ってきた。

身長は目測で一七〇センチにも満たないだろう。だが、その体型が常軌を逸していた。アミールのような均整の取れた格闘家の肉体ではない。樽のように太く、岩のように不均等に膨張した異形の筋肉の塊だ。

肩幅があり得ないほど広く、通路の幅を一人で塞いでいる。異常に発達した僧帽筋と三角筋の間に、小さな頭部がめり込んでいるように見えた。両腕は丸太のように太く、前腕には極太の血管がミミズのようにのたうっている。上半身に比べると足は短く見えたが、デニムのズボンを内側からはち切れんばかりに押し上げている大腿筋を見れば、それが錯覚に過ぎないことは明らかだった。

男は暗灰色の厚手な作業用ベストを着ており、胸元には見慣れない言語の文字が赤い糸で刺繍されている。底辺の肉人が着る麻布とも、柴田たちの上等なスーツとも違う。

ベストの左胸には、金属製のバッジが留められていた。柴田のものより一回り大きく、形状も異なる。柴田のバッジが長方形であるのに対し、この男のバッジは六角形だった。

彼の後ろには、同じ作業ベストを着た二人の男が控えていた。体格こそ先頭の男より一回り小さいが、その歩き方には軍隊のような揺るぎない安定感があった。

柴田のグループが、いち早く反応を示した。

柴田が刀を拭く手を止め、チャキッと鞘に収めてゆっくりと立ち上がる。彼は自らは前に出なかったが、周囲の黒服たちが素早く展開し、柴田を護衛するように半円形の陣形を組んだ。特殊警棒は抜かれていない。ここは安全エリアであり、致死的な暴力は自分に跳ね返るからだ。だが、彼らの張り詰めた空気から、入ってきた男たちが「味方ではない」ことだけは明白だった。

「お前たち、このゲームの参加者じゃなかったはずだ。どうやって入り込んだ?」黒服の一人が凄んだ。

ドワーフのようにずんぐりとした先頭の男は、柴田の方を一瞥し、鼻でふんと嗤った。それは挨拶というより、「そこにいることは認識したが、相手にする価値はない」という強烈な意思表示だった。

彼はそのまま柴田たちを完全に無視し、私とアミールが潜む壁際の死角へと真っ直ぐに向かってきた。

アミールが半歩前に出て、私を背中で庇うように立ち塞がった。右腕は自然にだらりと下げられているが、五本の指はわずかに開き、いつでも敵の喉笛を掴み取れる角度を維持している。

ずんぐりとした男は、私たちの二メートル手前でピタリと足をとめた。

隆起した眉骨の奥にある小さな目は深く窪んでいたが、その奥で光る双眸は異常なほどの眼力を放っていた。彼はまずアミールを値踏みするように一秒間見つめ、次にアミールの肩越しに、私へと視線をロックした。

「テメェが、第一フェーズで二回連続ハズレを引かずに、生き残ったっていう肉人か?」

彼の声は、その体格に違わず太く、腹の底に響くような重低音だった。白人のような顔立ちだが、口から出たのは酷く訛った奇妙な日本語だった。いくつもの言語のイントネーションが混ざり合ったような、スラム街特有の独特な響き。

私は無言を貫いた。アミールの広い背中が視界の半分を塞いでいたが、その隙間から、男の胸にある六角形のバッジの文字が読めた。

上段に『ジョニー』。

そしてその下に、やや小さな文字で——『藤堂組』。

藤堂。

この名前を目にするのは、これで二度目だ。最初は柴田の脳内から引きずり出した潜在意識の中で。そして今、藤堂の直属を名乗る男が、物理的な実体を伴って私の目の前に立っている。

「ウチのボスが、さっきのゲームのモニタリングを見てたんだよ」ジョニーの視線はアミールを完全に無視し、私だけを捉えて離さない。薄い唇はほとんど動かず、歯の隙間から言葉を押し出している。「最後の箱、誰もが百パーセント『死のトラップ』だと分かっていた。それでもテメェは開けに行った。顔色一つ変えずにな。ボスが言ってたぜ——」

彼はニヤリと笑い、小さな目を爛々と輝かせた。

「——『面白い。ぜひ会ってみたい』ってな」

「お前らのボスってのは、どこのどいつだ」アミールの声が前方から飛んだ。口調は落ち着いていたが、通常の会話よりも一段階大きなボリュームだった。これは質問ではない。「俺を無視するな」という存在の主張だ。アミールは、ジョニーが自分を飛び越えて私と直接交渉することを許すつもりはなかった。

ジョニーの視線が、チッと舌打ちするようにアミールへと向けられた。彼はアミールを頭のてっぺんから足の先まで、露骨に見下すようにスキャンした。ボロボロの麻布、小汚い髭、そしてその薄汚れた外見の下に隠しきれない、肉人離れした強靭な骨格。

「テメェに教える義理はねェな」ジョニーは吐き捨てるように言った。「俺が用があるのは後ろの小僧だ。邪魔だ、どけ」

「こいつは今、俺の保護下にある」アミールは一歩も引かなかった。「こいつに用があるなら、まず俺を黙らせてからにしろ」

ジョニーの口の端がピクッと引きつった。彼は首をポキリと鳴らしながら背後の部下たちに顎で合図を送ると、再びアミールを睨みつけた。

「どけって言ってんだよ」

アミールは、動かなかった。

事態は、ジョニーの最後の言葉の余韻が消え去るコンマ数秒の間に沸点に達した。

ドンッ!!

ジョニーの右足が、金属の床を爆発的な力で蹴り上げた。

その踏み込みの威力は、見ているこちらの背筋が凍るほどだった。厚い鋼鉄の床板が、彼の足元でひしゃげるような悲鳴を上げたのだ。静止状態からの加速という概念が存在しなかった。初速からトップスピード。樽のように分厚い胴体が、その見た目の質量からは想像もつかない速度で、砲弾のようにアミールの正面へと突進した。

拳も、蹴りもない。己の異常な質量そのものを武器にした、純粋な「体当たり」だ。

アミールの対応は、彼が一流の戦闘者であることを完璧に証明していた。

彼は、その突進を真正面から受け止めるような愚行は犯さなかった。ジョニーのあの異次元の質量と速度をまともに受ければ、小型トラックに轢かれるのと同義だ。

衝突の直前、アミールは無駄を一切削ぎ落とした滑らかな動作で右足を半歩引き、重心を後方にずらした。上半身を左に捻って体当たりの直撃コースをかわしつつ、同時に右手で、信じられない速度でジョニーの突っ込んでくる右腕の外側をピシャリと叩いた。

防御ではない。運動エネルギーを利用した「受け流し」だ。ジョニー自身の凄まじい突進力を利用し、そのベクトルの向きを外側へと逸らそうとしたのだ。

パァンッ! と、アミールの掌底がジョニーの丸太のような腕を叩く鋭い音が響いた。

だが。ジョニーの巨体は、一ミリも逸れなかった。

いや、正確にはアミールの受け流しは完璧に決まり、ジョニーの軌道は確実に数十センチ外側へズレかけた。しかし、ジョニーの反射神経と筋力がそれを上回ったのだ。

軌道が逸らされた瞬間、ジョニーは左足を床に深く突き刺すように踏み込み、強引に急ブレーキをかけた。分厚い靴底が金属の床と激しく摩擦し、火花と耳障りな金属音を撒き散らす。

ブレーキと同時に、ジョニーの右腕——今まさにアミールが弾き飛ばそうとしたその腕——が、まるで意思を持った大蛇のように反転し、アミールの右手首をガッチリと捕縛したのだ。

掴まれた瞬間、ジョニーの異常に膨張した上腕二頭筋と前腕の筋肉が、鋼鉄のワイヤーのように収縮した。

アミールが掴まれた手首から伝わる力は、明らかに人間の出せる握力ではなかった。アミールの屈強な右腕全体が、万力で挟まれたようにジョニーの側へと強引に引きずり込まれ、体勢が大きく崩される。

だが、アミールの左手はすでに動いていた。

引きずり込まれる遠心力を利用し、一切の予備動作なく、ジョニーの顎の先端に向けて左ストレートが一直線に放たれた。教科書通り、最短距離を撃ち抜く完璧な一撃。空気を裂く拳が、シュッという鋭い風切り音を鳴らす。

ドスッ!!

拳は、狙い違わずジョニーの顎を打ち抜いた。

しかし、その打撃音は私の背筋を悪寒で撫で上げた。骨と肉がぶつかり合う乾いた音ではない。水分をたっぷり含んだ重い砂袋を、鉄パイプでフルスイングしたような重濁音。

ジョニーの頭部は確かに衝撃で十五度ほど横に弾かれた。だが、彼の足は床に根を張ったように一歩も後退しなかった。

ゆっくりと。ジョニーは首をギギギと正面に戻し、アミールを見据えた。

口の端から、一筋の血がツァッと流れ落ちる。彼は太い舌でその血を舐めとり、唾液と混ざった赤黒い塊を床にペッと吐き捨てた。

彼の表情に怒りの色はなかった。依然として獲物を品定めし、演算するような、冷徹で薄気味悪い眼差しのままだった。

「……なるほどな」ジョニーは、喉の奥にヘドロが詰まったような濁った声で言った。「ただのザコ肉人じゃねェな」

彼はアミールの手首を締め上げていた右手を、パッと離した。

アミールは即座にバックステップで距離を取り、解放された右手を軽く振る。その手首はすでにドス黒く腫れ上がり、五本の指の形がくっきりと痣になって残っていた。皮膚の下で毛細血管が広範囲に破裂している。

「ここはインターバルエリアだ。致死的な暴力に対するペナルティが適用される」アミールの声は相変わらず低く安定していたが、呼吸のペースが先ほどよりも明らかに上がっている。あのわずか数秒の攻防で、彼が限界近いリソースを消費させられたことは明白だった。「これ以上手出しをするつもりなら、自分がどれだけのダメージを喰らうか、計算してからにしろ」

「ルールなら知ってるさ」ジョニーは首を左右に振り、ボキボキと太い骨の音を鳴らした。「だからこうして『手加減』してやってんだよ。もしペナルティが無くて、俺が本気を出してたら——」

ジョニーの右手が、無造作に傍らにあった金属製の作業台の端を掴んだ。

ギリギリギリッ……!

彼の太い五本の指が、厚さ数ミリはある鋼鉄の天板にメリメリと食い込んでいく。力で押し曲げたのではない。指そのものが金属の板に「貫通」していくのだ。まるで発泡スチロールの板を指で突き破るように、五つの穴が容易く穿たれていく。鋼鉄が強引に変形させられる金属疲労の悲鳴が、キャビン中に響き渡った。

ジョニーが手を離すと、作業台の縁には深さ一センチ以上の五つの指穴が、不気味なほど綺麗な円形を保って残されていた。力任せに引き裂いたのではなく、全方位からの圧倒的な圧力が、金属の分子構造を純粋に「圧縮」した痕跡だった。

アミールの瞳孔が、針の穴のように収縮した。

その動揺はほんの0.5秒で消え去り、すぐに冷静なポーカーフェイスを取り戻したが、その0.5秒がすべてを物語っていた。この男の純粋な膂力は、アミールの想定する「人間の限界」をはるかに超えている。

「ボスは、『用心棒はもう間に合ってる』と言っててな」ジョニーは金属の削りカスを手から払い落とすと、アミール越しに再び私に視線を固定した。「ウチのボスが欲しがってるのは、頭の切れる奴だ。このイカれたゲームの法則を見抜き、ルールの死角バグを突けるような人間だ」

彼は作業用ベストのポケットに手を突っ込み、何かを取り出して指で弾いた。

ピンッ。

くすんだ金色のコインが空中で放物線を描き、アミールの肩越しに私へと飛んでくる。私は無意識に右手を伸ばし、それを空中でキャッチした。

手のひらに伝わる、あの見慣れた金属の冷たさと重み。

生存チップだ。

「ボスからの前払い(ご挨拶)だ」ジョニーはニヤリと笑った。「ボスからの伝言を伝えるぜ。『本当に価値のある情報は、上の階層ステージにある』だそうだ。柴田みたいな三下は、テメェら肉人を使い捨ての盾くらいにしか考えてねェ。あいつに付いて行っても、一生底辺の泥水をすするだけだぞ」

彼の小さな双眸が、私とアミールを交互に射抜く。

「どこの馬の骨とも分からねェデカブツの陰に隠れてるより、ウチのボスと組む方がよっぽど賢明だぜ。ボスがテメェに提供できるモン——チップ、機密情報、そして『階級の引き上げ』——どれをとっても、そいつや柴田なんかとは比べモンにならねェ」

ジョニーは言葉を切り、最後にアミールをジロリと睨みつけた。『テメェがこいつを少しの間守れたとしても、永遠に守り切れるわけがねェ』。その視線が雄弁にそう語っていた。

踵を返し、ジョニーは歩き去った。いや、歩いて去ったというより、周囲の空気に溶け込むように気配をスッと消したように見えた。おそらくそれも、彼や彼の部下たちが持つ「固有能力スキル」の一つなのだろう。

部屋の中は、再び重苦しい静寂に包まれた。

柴田の黒服たちが組んでいた陣形も解かれる。彼らはジョニーたちと一触即発の空気を出しながらも、最後まで手出しはしなかった。柴田自身はプラスチック箱に座り直し、再び刀をハンカチで拭き始めていたが、その冷酷な視線は、私が先ほどキャッチした「新しいチップ」へと不気味なほど正確に向けられていた。

見られていたか。

アミールが私の方へと向き直る。彼の手首にはまだ赤黒い痣がくっきりと残っており、拳を強く握り込むと、パキリという乾いた音が鳴った。ジョニーの顎を殴りつけた衝撃で、彼自身の拳の骨にもヒビが入ったのかもしれない。

「……藤堂の犬どもめ」アミールが吐き捨てるように言った。それは疑問ではなく、確信を持った口調だった。ジョニーの出現によって、彼の中で組み立てていた何らかの推論が完璧に裏付けられたらしい。彼はずっと、藤堂の勢力が接触してくるのを待っていたのだ。

「藤堂のことを、知ってるのか?」私は尋ねた。

「知らない」アミールは先ほどと同じように即座に否定した。だが、今回はそれに言葉を付け足した。ジョニーというジョーカーの出現が彼の中の計算を狂わせ、情報を完全に隠し通すのは得策ではないと判断したのだろう。

「だが、奴が『誰を探しているか』は知っている」

彼は私の手の中にあるチップを見下ろし、それから私の目を見た。

「チップ一枚と、甘い空手形。これが奴らの提示したスカウトの条件だ」アミールの声が一段と低く沈む。「どうするつもりだ?」

私はジョニーから投げ渡されたチップと、元から持っていた自分のチップを合わせ、右手の中で二度ほど転がした。二枚のコインがぶつかり合い、チャリン、と冷たい音を立てる。

「言ったはずだ」私はアミールを見た。「俺とお前の交渉は成立した、とな」

「じゃあ、そのチップはどうする?」

「いただくさ」私は二枚のチップを慎重にポケットの奥深くにしまった。「投資だろうが、試金石だろうが、罠だろうが——チップはチップだ。俺がただの肉人から抜け出すには、これが三枚必要なんだ。誰から巻き上げたものであろうと、こいつの価値は変わらない」

アミールは三秒間、まばたきもせずに私を見つめていた。やがて、彼の口角がほんのわずかに動いた。濃い顎髭に隠れてほとんど見えなかったが、それは確かに「笑み」だった。私を嘲る笑いではなく、「俺の目に狂いはなかった」という確信の笑み。

「……お前、変わったな」彼が言った。

「何がだ?」

「たった数時間前、鉄の檻の中で、他の肉人が殴り合うのを見ただけでゲロを吐きそうになってたのにな」アミールの声はいつもの落ち着きを取り戻していたが、そこには以前にはなかった「畏怖」に近い響きが混じっていた。「今じゃ腕に三つも風穴が空いてるってのに、二つのヤバい組織の間で堂々と天秤に乗り、チップを掠め取っている。外の世界の言葉で言えば、お前は完全に『イカれてる』よ」

彼は少しだけ言葉を切り、核心を突くように目を細めた。

「痛覚を失ったことによる脳のバグか? それとも……元々お前は、そういう人間だったのか?」

私は、答えなかった。

私自身にも、答えは分からない。自分が過去にどんな人間だったのかすら、朧げにしか思い出せないのだから。アニメやゲームばかり消費していた平凡なオタクだったという記憶の欠片はある。だが、その記憶すら他人の人生のダイジェスト映像のように現実感がない。

天井の蛍光管が、ジジッと二度明滅した。

無機質なシステムアナウンスが、脳内に強制割り込みされる。

『インターバル残り時間:3分。第二フェーズへの移行準備を開始してください』

三分。

私は、包帯でぐるぐる巻きにされた自分の左腕を見下ろした。出血はアミールの処置で止まっているが、ガーゼの表面には赤黒い血の染みが広がり続けている。指先は動くが、前腕を回転させる可動域は通常の三分の一以下に落ちていた。

ポケットの中で、二枚のチップがカチャカチャと擦れ合っている。

片方は柴田。この第十区の底辺を暴力で支配し、肉人を使い捨ての罠探知機として消費する冷酷なサディスト。だが、彼の脳内にはこのゲームの設計図に直結する極秘情報が眠っている。

もう片方は藤堂。上の階層を牛耳り、ジョニーのような異次元の化け物を従えるボス。私を積極的に陣営に引き入れようとしており、提示される報酬と環境は柴田の比ではない。

そして私は、その狂気と狂気のちょうど真ん中に立たされている。

自分がなぜここにいるのかも分からないまま、痛覚を失い、脳の機能(常識)を削り取られる代償と引き換えに、他人の潜在意識をハッキングする能力を手に入れた、最下層の肉人。

隣にはアミールがいる。最初から真の目的を隠し持っているこの中東の男は、今や私にとって唯一の「同盟者」だ。互いの利用価値と利益だけをかすがいにした、損得勘定が合わなくなれば一瞬で崩壊する、薄氷のような偽りの同盟。

しかし、誰もが他者を蹴落とす計算をし、一分後には挽肉にされるかもしれないこの地獄においては、偽りの同盟であっても、完全な孤独よりは百万倍マシだ。

蛍光管が、再び激しく明滅した。

『インターバル終了。第二フェーズが間もなく開始されます』

『生存したプレイヤーは全員、次なる通路へ集合してください』

部屋の最奥の壁から鈍い機械音が鳴り響き、新しい通路の入り口がゆっくりと左右に割れて開いた。

その内部は完全な暗闇だった。第一フェーズの時のように淡いブルーの誘導灯すらなく、ただ底なしの漆黒が広がっている。そしてその暗闇の奥深くから、ズルッ、ズルッと、何かを引きずるような微かな音が聞こえた。人間の肺活量から発せられるとは思えない、重く、湿った「巨大な獣の呼吸音」のような響き。

ジョニーと彼の部下たちは、すでに迷うことなくその暗闇へと歩き出していた。

彼らが柴田の前を通り過ぎる瞬間、両者の視線が激しく交錯した。言葉の応酬はない。ただ殺気だけが火花を散らす。双方の肩は厳密な間合いを保ち、挑発もせず、かといって一歩も譲ることはなかった。

柴田はゆっくりと立ち上がり、スーツの袖口のシワを払うと、部下たちに顎で合図をした。黒服たちはスタンガンをチラつかせながら怒鳴り声を上げ、床にへたり込んでいる肉人たちを蹴り飛ばして集合を急がせる。

アミールは私の右腕を掴み、床から強引に引きずり起こした。彼が私の腕から手を離すその一瞬の隙に、彼の人差し指が私の掌を素早くこすり、何かの「記号」を描いた。

横線を一本引き、その下に向かう矢印。その暗号が何を意味するのか、私には分からなかった。

「第二フェーズの始まりだ」アミールは周囲に聞こえない低声で囁いた。「俺のそばから離れるな。開幕は『死んだふり』からだ」

私は黙って頷いた。

視界の左下に居座る純黒の四角形は、定位置から動かない。『「常識」のブラックボックス侵食率:2%』。

そして視界のやや上部、網膜の中央付近で、淡いブルーのシステムテキストが静かに点滅を始めていた。

『魂の共鳴ソウル・レゾナンス・クールダウン完了。再使用が可能です』

『警告:深度接続を行うたびに、「常識」の生贄が要求されます。喪失した常識は不可逆的(元には戻らない)です』

また、使えるようになった。

次なる代償は、私の中に残された「人間としての98%の常識」のどれか一つ。

私は引きずられる肉人たちの群れに紛れ、あの底なしの暗黒の通路へと歩き出した。ポケットの中で二枚のチップが擦れ合い、冷たい金属音を鳴らす。一歩踏み出すたびに、左腕のガーゼから赤黒い血が少しずつ滲み出していた。

暗闇が、再び私を呑み込んだ。

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