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9話

 町の朝は、いつもより早く始まっていた。

 ――早く始めようと、誰かが決めた訳でもないのに。

 誰かが起きたからでも、合図があったからでもない。ただ、気づけば人が動いていた。

 避難所の外では、すでに資材が運ばれている。声を張り上げる者はいない。指示を出す者もいない。それでも、いつものように作業は淀みなく進んでいた。

「次は、あっちだ」

「了解。終わったら、向こうに合流する」

 言葉は短く、確認だけで済む。昨日までと、やっていることは変わらない。あの時から変わったのは、人々から迷いが消えていることだった。

 主人公は、拠点から町の中心部へ歩きながら、その様子を見て回る。目的は、今の町の調査だ。

 人が動き、作業が進み、1日のうちに成果が上がる。

 道は整い、物資は滞らず、避難所は閉じられる場所も現れ始めている。

 ――「復旧」。この一言に限れば、理想的だった。

 誰かが叫ばなくても、作業は始まる。誰かが指示を出さなくても、人は配置につく。誰かが抜けても、止まらない。そして――誰かが迷っても、置いて進む。

 誰が見ても、流れは完成していた。だからこそ、主人公には、消えない違和感が残り続けていた。

 昼。町の中心の避難所に着き、主人公は足を止めた。

 駐車場で遊ぶ子どもの片隅で、数人の男たちが、午後の作業の用意をしていた。

 会話は少ない。笑い声もない。時計を見ても、休憩時間のはずだった。だが、誰も休んではいなかった。

「次は、隣の区画だな」

「うん。今の所が終わったら、すぐ向かおう」

 主人公の胸が、僅かに軋む。

 何が終わるのか。どこまでやれば、終わりなのか。

「時間が来るまで、できるところまでやろう。さあ、行くぞ!」

 車に乗り込み、男たちは走り去る。子どもが手を振るが、窓から見える男に反応はない。

 避難所の側の炊き出しは、相変わらず大忙しだ。中学生か、高校生くらいの子どもも手伝い、次の休憩のグループのために、食事を用意する。

 しかし、人数が多すぎる。休憩のグループも参加しているようだった。

 町も人も、動いている。だが、あの女性のように、迷った者達は、置いて行かれつつある。

 避難所の掲示板に、主人公は目を向ける。真新しい紙が貼られていた。作業内容、担当、交代の時間。誰が作った物なのかは分からない。だが、その書式は、ここまで見て回った、どの避難所でも同じだった。

 主人公は、その前で足を止める。そこには、区切りを示す言葉はなかった。代わりにあるのは、「次」の文字か、次を示す記号。

「おい、あんた。ちょっと避けてくれ」

 続いてはいる。流れは、全く止まっていない。だが――

「この流れは、もう、惰性に近い……」

「……は?」

 思わず漏れた言葉が、主人公の考えを表していた。

 ――この町は、「止まれなくなっている」。


  次の炊き出しの列がひと段落した頃、主人公の裏手で、見覚えのある背中を見つけた。

 鍋を洗い、ふきんで拭き、それを箱に入れる。動きは滑らかで、無駄がない。

 あの女性だった。

 顔色は以前よりも、明らかに良くなっている。疲れ、心が折れかけていた、あの時の面影は、どこにも残っていなかった。

「……調子は、どうですか?」

 声をかけると、彼女は少し驚いたように振り向き、少し笑った。

「大丈夫。あの時より、ずっと良いです」

 嘘ではなかった。少なくとも、体は回復している。

 ――だが。

「これが終わったら、休憩ですか?」

 主人公がそう聞くと、彼女は一瞬、言葉に詰まった。

「え……っと、まだ。次の組が来るから、その準備をして……それが終わったら、夜の分を――」

 言葉が、途切れない。聞く限り、寝るまで、終わりがどこにもなかった。

「や、休む時間は?」

「落ち着いたら、その時に」

 主人公は、言葉を失った。確かに、彼女は回復していた。しかし、休み方を忘れかけていた。

 彼女にとって、あの一瞬は、今やただの「例外」になってしまっていた。

 避難所を離れ、主人公は、町を見渡せる高台を目指す。

 作業の音が絶えることは無い。更地に基礎を作る者、巨大な流木を切る者、声を掛け合う短い言葉すら、整然としている。誰1人として、作業の手を止めようとはしていなかった。

 誰1人として、「休もう」とは言える雰囲気では無い。それは、裏切りと見えてしまう。休む事は、迷惑になる。それが、今のこの町の、裏の姿だ。

 高台に着き、町の全景を眺める。

 更地が目立つが、初めての調査の日に比べ、町は綺麗になり、活気を取り戻している。

「主人公……」

 振り向くと、早紀がいた。その目は、赤かった。

「復旧は、順調だな」

「うん。だから、もうひと押しすれば、『復興』と言えるところまで行ける」

 目を隠すように帽子を深く被り直しながら、早紀は街へと目を向ける。

 ――正しいことを、言っている。止めようとする自分は、この町にとっての悪なのかもしれない。しかし、頭では、それこそ間違いだと考えてしまう。

「でも、あなたが言っていたように、誰も休んでいない。休みなく働くことが、決まっているみたい」

「だからこそ、こうしないといけない」

 主人公は、相反する考えが渦巻く頭を押さえ、決意を固めた。

「この流れを、一度止める。」

 

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