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8話

 翌日から、町の中で、少しだけ空気が変わった。

 大きな変化ではない。誰かが倒れたわけでも、作業が止まったわけでもない。ただ、視線の向きが、わずかにずれ始めていた。

 避難所の一角で、主人公が通り過ぎると、会話が一瞬、途切れる。またすぐに再開されるが、その間に挟まる沈黙が、前よりも長い。

「……あの人だ」

 小さな声だった。指さすでもなく、名前を出すでもない。それでも、誰のことかは分かった。

 子どもが見ていて、それが広まったらしい。たった1日足らずの間で、いつの間にか、憶測だけが先に走っている。

 昨日、木陰で話した女性は、今日は少しだけ顔色が良かった。作業に戻ってはいるが、動きは落ち着いている。しかし、他の人とはちがう動きが、一つだけあった。

「よし。続きは、午後から!」

 作業に区切りが見えると、あの時のゲームをして、彼女は休み始める。だが、それを見た別の誰かが、眉をひそめる。

「もう休んでるのか?」

「まだ昼前よ、夕食の炊き出しの用意もあるのに……」

 言葉に、責める響きはない。ただ、戸惑いが混じっていた。

「大丈夫、ちゃんと済ませられるように考えてる。それよりも、今は少し休んだら?」

「そうもいかない。みんな、頑張っているから。」

 主人公は、そのやり取りを、少し離れた場所から見ていた。説明する気にはなれなかった。説明すれば、余計に憶測が広がる気がしたのだ。

 ――昼過ぎ、作業の合間に、誰かがぽつりと言った。

「……そういえばさ、あの女の子を見て、思い出したんだけどよ」

 声を落としたまま、続ける。

「前は、キリが良いところで、『今日はここまで』って言ってたよな」

 別の誰かが、曖昧に頷いた。

 「言ってたな。あの時は……」

 言葉は、そこで止まった。続きを言えば、今と比べることになる。比べれば、何かが壊れる気がした。

 主人公は、胸の奥に、微かな引っかかりを覚える。  区切りは、確かに作れた。作れたはずだ。しかし、人々にとって、それは「思い出すもの」で、止まっている。

 まだ、取り戻せる。だが、誤解も生まれている。

 その両方が同時に存在していることを、主人公は、はっきりと感じていた。

 ――さらに、数週間後。

 その言葉が、最初に口にされた場所を、主人公は知らなかった。

 昼かもしれないし、夕方だったかもしれない。作業の合間の、何気ない会話だった可能性もある。

 ただ、気づいた時には、それは「説明」ではなく、「評価」として存在していた。

 誰が決めたわけでも、広めたわけでも無く、しかし確かにそこにあった。

「最近さ、あの人が来ると、休む人が増えるよな」

 誰かが言った。 強い口調ではない。責める響きもない。事実を並べただけのような言い方だった。

「悪い人じゃないんだけどさ」

 別の誰かが、すぐに続ける。

「真面目な人ほど、流されやすくなるっていうか……」

 言葉は、曖昧だった。だが、その曖昧さが、形を持ち始めている。

「区切りを作る、って言ってたろ?」

「ゲーム、だっけ」

「そうそう。あれで、ちょっと緩むんだよな」

 緩む。その一語が、主人公の胸に、思った以上に強く引っかかった。

 誰も、「怠けている」とは言っていない。誰も、「間違っている」とも言っていない。それでも、その会話は、人々の間に、確実に線を引いていた。

「……俺さ。最近、ユウの奴がやってるゲーム、一緒にやってみたんだ」

「マジかよ」

 輪の中の1人が、自分の経験を語り始める。

「やってる事は簡単だった。瓦礫とか、石とかを使って、それに靴を飛ばして当てるだけ。ほら、子どもの頃やったこと無いか?「靴飛ばし」とか「明日天気になあれ」とか。あれが的を狙うようになった、って考えてくれ。」

「懐かしいな。だけど、それがどうした?」

「やってみるとよ。ゲームが楽しいとかより、なんかこう、少しスッキリするんだよ。で、次取り掛かろうとしたら、どの辺りまでやればキリがいいかってのも、ぼんやりとだけど、見えるんだ。嘘だと思うだろうけど、これ、マジな話だ」

「……試しに、次やる時俺も行ってみるかな……」

「辞めとけ辞めとけ、回りから何を言われるか、分かんねぇぞ」

 主人公は、遠くからその輪を見ていた。近づけば、説明はできる。だが、説明した瞬間に、この言葉は、もっと強い形で固定される気がした。

 だから、今は何も言わなかった。

 その夜。主人公は仲間たちに呼び出された。理由は、あのゲーム以降広がった、遊びについてだった。

「……ねえ、どういう事?」

 早紀が、切り出す。雰囲気は最悪だった。

「疲れた人を、自分なりのやり方で励ました。そのつもりだよ」

「それが、あの遊び?」

 主人公は頷く。それ以外に、答えようが無かった。

「あの遊びを見た人から、苦情が来てる。しかも、広めたのは私たちの中の1人。流石に見逃すことは、できない」

「やっと、町全体に流れが出来たの。しかも、周りの町にも。伝承もおおよそ再現できてきた。完成まで、後少しなの!」

 流美が、語気を強める。それは責めると言うよりは、焦りに近い声色だった。

「それは、見てわかる」

「なら、遊びを広めないでよ。今は、そんなタイミングじゃあ、ない」

「なら、全員、『休みなく働け』と?」

 空気が、重さを持つ。

「流美。この世界に来る前、働き始めた頃に、こう言ってたよな。「休みが休みじゃない」って。それを、忘れたのか?」

 図星を突かれ、流美は言葉を失う。

「確かに、流れは出来ている。だけど、疲れて、ついて行けない人間も出始めている。ついて行けなかったら、流れに置いていかれる。だから、無理をしている。春樹は、気づいているだろう?」

「……うん。辛そうな人は、段々と増えている。結衣子、結依と協力しながら持たせているけど、限界の人は、多い」

 春樹は俯き、答えた。

 それは、仲間たちにとって、残酷な事実だった。

「なら、今の流れを、止めるべき。そういう事?」

「……早紀と流美には悪いけど、私も同意」

「結衣子……」

 同意する意見の増加に、空気が、ずんと重くなった。

「……確かに、ここまで休みなく、よく働いたと思う。町の人も、君たちも。」

 静寂を破ったのは、先生だった。

「ここまで頑張って、どこも崩れていない。みんな、何かしらの力を使って、この流れを保っていたんだろう」

 先生はこれまで、頼まれたことだけをしていただけだった。しかし、その言葉が、常に全体を見続けていた事を、示していた。

「主人公だけは、ここまで、その力を使わず我慢していたんだろう?」

「……はい。でも、なんでそれを?」

「町で見かけるたび、何か思い詰めた表情をしていれば、すぐ分かる」

 先生は、全てお見通しだと言わんばかりに、主人公に目を向けた。

「君のやり方が正解かどうかは、正直分からない。だけど、ただ流れるだけの川に、変化が出来た。真っ直ぐな川に、カーブや、泉、中洲になる元ができたのは確かだ。」

「先生!」

 早紀が遮るように、机を叩いて立ち上がる。

「早紀、気持ちは分かるけど、落ち着いて」

「結衣子?」

「……今の先生の話でやっと気づいた。あの伝承、再現しようとしているうちに、何か違うって思ってたの。だから、私と令奈で、伝承について、改めて調べた。」

「結衣子、その話をするなら、これを使って」

 令奈が、何処からか古風な文章が書かれた紙を出し、結衣子は静かに、それでいて力強く、言葉を続ける。

「いまは、伝承で言う、『川が大河になる』ところって言えると思う。でも、あの時、主人公は『止まりながら』って言ったよね。その部分に当てはまりそうな、こんな話があった。」

結衣子が、指で指し示して読み上げる。

「『その流れは強く進む。されど、外れゆく者あり。細る流れは、いつの日か流れし者と外れし者へと分たれた。流れ消えゆく時、機の知現れ、治癒の知と心の知と共に、心纏め、傷癒し、流れ変える。其れ、川纏まりし泉の如し。』

――あの時は、奈々美が『方針を決める時間』って言って、私もそうかもって思った。でも、本当の意味は違った。この話は、休んだり、遊んだり。それこそ、『変化』を付けるっていう事を示している、と思う。まだ調査中だけど、この部分は、今の私たちに当てはまると思う」

 どうかな。そう締めくくった結衣子の表情は、硬かった。

 主人公は、何も答えない。答える事自体が許されない、そんな雰囲気だった。

 沈黙が、流れる。

「悩んでも、時間が勿体無い。」

 奈々美が、それを破った。

「そうだね。悩むくらいなら、やってみよう」

「確かに、このパートは、主人公達の出番だと思う」

 令奈や晶も、それに続く。

「そんな、勝手に……!」

「早紀、流美。納得できないかもしれないけど、でも、正直に言うね。この世界にきてから、2人はずっと頑張ってた。むしろ、頑張りすぎだった。だから、今まで見えていたものが、見えなくなっているよ。少し休んで、ここは私たちに任せて」

 その言葉に、早紀は何か言いかけて、口を閉じた。流美も、視線を落としたまま、何も返さない。

 否定も、同意もなかった。けれど、その沈黙は、拒絶ではなかった。

 場の空気が、静かに切り替わる。誰かが決めたわけではない。だが、ここから先の流れが、もう別の形になることだけは、全員が感じ取っていた。

 主人公は、自分がこの流れの中心に立ったことを自覚した。

 押し出された、選ばれた、任された、譲られた。

 主人公はこの感覚を何と言い表すか考えたが、どれもしっくり来ず、答えは出なかった。

 『ここからは、君たちの出番だ』

 そう言われた気がして、主人公は目を伏せた。

 流れは、まだ続いている。だが、それは確実に、少しずつ変わり始めていた。

 

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