7話
気付いた時には、3カ月経っていた。振り返ってみると、あまりにも静かに過ぎていた。
最初の頃は、誰もが日付を意識していた。
今日はどこへ行ったのか、何を終えたのか、何が終わらなかったのか、どういう予定で進めるか、何時までに必要か。
だが、いつからか、その区別は曖昧になった。
始めは、避難所は、それぞれで回っていた。屋根を直し、壁を支え、物資の配分を整え、人の動きを繋ぐ。 同じやり方を、同じように。それがいつの間にか「町のやり方」として受け取られるようになっていた。
1つの避難所から始まった流れは、小川が集まり、集まった川がさらに集まり、今では、大河になっていた。
「始めるぞー!」
朝、誰かの声で作業を始める。それを見て、別の誰かが動く。それぞれに役割はある。あの時と比べ、町の人の表情には希望もある。しかし、 昼を過ぎても誰一人として手は止まらない。 日が傾いても、何処からも「今日はここまでだ」という声は上がらない。
止める理由が、見当たらない。見つからなくなった。
「何だ、この違和感。これで良いはずなのに。」
主人公は、拠点へ戻る途中の道で、町を見渡した。確かに、前よりも整っている。瓦礫は減り、通れる道は増え、避難所以外にも明かりが増えた。それでも、その景色は「終わりに近づいている」ようには見えなかった。
続いている。 良くも、悪くも。
作業の段取りは共有され、人は入れ替わっても回る。誰かが抜けても、別の誰かが補う。以前、安心の言葉として使われていたはずの状態が、当たり前になっていた。
――続けられる。
その言葉が、呪いのような力と、意味を持ち始めていることに、主人公は、まだ誰にも言えずにいた。
さらに一ヶ月が過ぎ、復興は佳境を迎える。
三日三晩の豪雨という災害はあったが、誰一人として欠けることなく乗り越え、町は、少なくとも外から見れば、町としての機能を取り戻していた。
しかし、それでも作業は続いていた。
「これ、そっちに運ぶぞ!」
「ここ水道管がイカれてやがる!水道担当呼んでくれ!」
主人公が、交代の為に避難所へと向かう道中。いつも通り人々は復興作業へ熱心に取り組む。
しかし、主人公はその姿へ強い違和感を感じ続けていた。
「よーし……
――このまま続けるぞ!」
作業をする町の人の、何気ない掛け声。それだけなのに、主人公の胸は強く締め付けられる。
――今日はここまで
脳裏に、言葉が渦巻く。頭を振って、それを振り払おうとするが、それが出来ない。
「――仕上がったら、次は隣の家だ!」
様々なところから聞こえる声に、頭が痛くなる。それは避難所に入っても治らない。
「主人公、遅かったね」
前の当番だった春樹が、声を掛ける。
「ちょっと、見て回りながら来たから」
「……何か、考え事?」
「そんなところ。」
主人公は、隠すように避難所の入り口に顔を向ける。
復興が進んで、避難所から人は減った。しかしまだ残る者はいる。そのために、2か月前から主人公たちは、己の得意なことに合わせて、避難所の支援と復興支援に分かれていた。
しかし、今の避難所は、避難所と言うよりは、作業員達の休憩所と化していた。
「みんな、今は休んでいるけど……」
春樹が同じほうを向いて静かに呟く。
入り口には、作業着のまま寝転ぶ作業員たち。その服は土埃に塗れ、地面は硬いコンクリートだが、それすら気にせず仮眠をとる。その腕には、反射バンドに「夜間担当」の文字が、日にあたって輝いていた。
「みんな心身共に、かなり疲れが溜まっている気がする。復興の為には休めない、って言ってたけど。」
「そうか……」
胸が強く締め付けられる。
「結依曰く、ある程度は回復しているけど、蓄積疲労までは回復できていないって。流美は今取り組んでいる区画が終わったら、次の区画に取り掛かる前に、休み期間を取れるように、ローテーションを組みなおすみたいだけど……それまで持たない人も出てくるかも。取り敢えず、交代、お願いね。」
春樹は自分の荷物を持って、拠点へと帰っていく。
――休み期間
主人公は、その言葉に、言い表せない違和感を覚えた。
枯れかけの小川だった流れは、1つに集まり、既にこの町だけのものではなくなっていた。それは大河と言っても過言ではないほど。
しかし、その流れが、再び小川に戻って行く様な感覚が、主人公を襲い続けていた。
「このままで、良いのか?」
避難所を見回りながら、1人、呟く。
ふと顔を上げると、1人の女性が、屋根の下でうずくまるように座っていた。
「大丈夫ですか?」
その女性が主人公を見る。その顔は、疲れ切っていた。
主人公は、彼女が避難民や作業員の食事を作る担当の1人だと、気付いた。
「あ、あなたは……」
「取り敢えず、あのベンチに行きましょう。」
2人は、木陰のベンチに座る。
「何かあったのですか?」
主人公は問いかける。女性は、俯きながら答えた。
「何時まで、同じ事をすればいいのかって考えてしまって。私は、料理が得意だから、みんなの為に作るだけだけど。でも、毎日同じことの繰り返し。それが、あなた達が来る前の、あの終わらない日々が、また来た気がして……
――もう、休みたい。」
強い頭痛が、主人公を襲う。
「だ、大丈夫?」
「……大丈夫、ちょっと、ね。」
彼女は、区切りが無いことで、疲弊している。
ここで、止めなければ――壊れる。
「少し、ゲームをしましょう。」
「……え?」
主人公は、落ちていたコンクリートの瓦礫を持ち上げ、見せる。
「これに向けて、靴を飛ばす。当たれば、終わり」
おおよそ3メートルの場所に、その瓦礫を置き、主人公は靴を飛ばして見せる。外れたが、良いコースだった。
「次は、あなた。」
「う、うん……」
女性も靴を飛ばす。一発で瓦礫に当たり、転がる靴。
「あ、当たった!」
「あなたの勝ち。これで、一旦終わり」
即興で考えたゲームが終わる。しかし、それは彼女にとっては、明確な「区切り」だった。
「終わって、良いの?」
「そういうもの。今は、終わり。――続きは、また後で」
それは小さな区切りだったが、女性も、主人公も、少し救われた気分になる一時だった。




