6話
町の中心部にある避難施設は、遠目にも分かった。
その施設は、元は体育館だったのだろう。
屋根は一部が崩れ、外壁には応急処置の跡がいくつも残っている。
それでも、人は集まっていた。部分的に足場が組まれ、作業着を着た住民たちが補強作業をしている。割れた窓は木の板で塞ぎ、屋根が剥がれたところはシートで覆う。壁が崩れているところには、簡易的な柱が組まれていた。
「学んだことはないけど、あれじゃあ、危ない。」
足りない資材をやり繰りしながら、手を動かす姿を見て、修子が呟く。
「資材も人も足りて無いみたいだから、手伝うにしても今日全部、は無理だよ」
奈々美がそれを確かめる。
住民の間で指示を出す声はない。それぞれが、それぞれの判断で動いている。
主人公は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
止まりかけた流れ。昨日と一昨日で、町に感じた感覚が、ここにもあった。
「誰だ、ここには何もないぞ」
近づく主人公たちに気づいた男が、敵意をむき出しにして歩み寄る。
「ん?お前ら、最近この辺りを嗅ぎ回っている奴らだな?」
警戒する男の視線を受けて、主人公は、静かに一歩前へ出た。
「はい。この町の状況を知るために、調査をさせていただいていました。」
男が、確かめるように仲間たちを見る。その目に、警戒がないわけではない。
「綺麗すぎる服だ、都心からの人間か?」
「……はい」
後ろで、早紀が驚く気配がしたが、主人公は続ける。
「ですが、この町の外れに、知り合いの家があり、その復旧の手伝いに来ています。それの区切りがついたので、そのまま町の復旧を手伝おうと。何か手伝えることがあれば、言ってください」
少し調べれば、すぐ分かる類の嘘だった。しかし男には、それを指摘する余裕は無かった。
「分かった。手伝ってくれるなら、誰でもいい」
それだけだった。男は、1言「ついて来い」とだけ言い、乱雑に積まれた資材の下へ案内した。
修子が、すぐに現場を見渡す。
「梁は無事、屋根の損傷さえ直せばしばらく持つけど、これ、壁の補強もするとなると、今ある資材で直せる?」
誰かが俯き、誰かが顔をしかめる。
奈々美が、資材の山に目を向ける。
「木材は足りてる。でも、両方だと釘と留め具が足りない」
住民の一人が、思わず言った。
「残っているのはそれだけなんだ。町中、どこも同じで……。だから、雨風を防ぐ程度の修復しか出来ない。」
修子が、確認するように奈々美に聞く。
「屋根だけなら、直せる?」
「それなら、足りると思う」
「だったら、そこからだ」
修子の意図に気づいた幸樹が割り込む。
「私たちは避難民の人数確認をしよう。」
「分かった。」
流美も周りに声を掛ける。
それぞれが、“今出来ること”だけを口にしている。
早紀は、短く頷いた。
「じゃあ、こうしよう」
それは指示というより、状況を繋げる言葉だった。
「幸樹、修子で屋根の状況を確認。分かり次第、資材を回す。今ある分で、屋根の一角、特に補強、修復を必要とするところだけを固めよう。全部は直さない。主人公はここの人たちと一緒にほかの人を集めて、皆来たら、始めよう」
住民の男が、少し驚いた顔をする。
「全員、呼ぶ?……本気か?」
「ええ。それぞれ手分けしても、1日で全部は無理。それなら、今は一カ所、確実に直さないといけないところを、終わらせましょう」
その言い方に、妙な安心が混じった。
「一人でする必要もない。終わるまで、やる必要もない。一つ終わったら、一度休みましょう。皆さん、疲れているようですし」
主人公の言葉に、住民たちは俯き、考える。暫くして、肯定の返事を返した。
動きは、すぐに始まった。
誰かが資材を運び、誰かが支え、誰かが打ち付ける。
その中に、主人公も混じる。特別なことはしない。
運び、支え、渡す。その場の全員が川の流れのようにそれを繰り返す。
日が傾いた頃。崩れかけていた屋根の一角が固定された。
完璧ではないが、今日を越えるには十分だった。
住民の一人が、額の汗を拭って言う。
「……助かった。取り敢えず、これなら暫くは何とかなりそうだ。」
別の誰かが、続けた。
「明日、続きをしよう。今日は――ここまでだ」
主人公は、その言葉を聞いて、胸の奥が静かに温まるのを感じた。
流れは、まだ小さい。
だが――ちゃんと、繋がった。
それから、数日。避難所の空気は、大きく変わっていた。
直った箇所は、まだ一部に過ぎない。崩れた屋根の瓦礫もあちこちに残されたままだ。それでも、人の動き方が違っていた。
作業の合間に、誰かが声をかける。無理をせず、出来るところから手を付けていく。
何処からか来たという若者たちと共に。
そして、一日の終わりに、「今日はここまでだ」と言える。ついこの間まで、そんな余裕すら無かったはずの者たちが。
その変化を、最初に言葉にしたのは、大人ではなかった。
支援物資を運ぶトラックのそばで、子どもたちが立ち止まっていた。作業の邪魔にならないよう、少し離れた場所から眺めている。
「ここ、前より安心なんだよ」
そう言ったのは、年の小さな子だった。
「屋根、昨日直したんだって」
「今日は、ここまでって言ってた」
それは自慢でも、報告でもない。ただの感想だった。
荷を下ろし終えた男が、ふと足を止める。彼は少ない支援物資を運ぶ、運び手だった。
「……ここ、前に来た時より、少し落ち着いたな」
誰に向けたわけでもない呟きだったが、それは、そのまま次の町へ運ばれた。
さらに数日後。この避難所の入口に、見慣れない顔が立っていた。
「ここ……最近、雰囲気が変わったって、聞いて」
疲れ切った声だった。責める調子でも、縋る調子でもない。
「アンタは……北小学校避難所の」
「助けてほしい、って言うのも、違うんだけどさ。こっちも、色々問題があって。対応はしてるけど、まとまらなくて。ここでやってる事、使えないかなと思って。」
言い終わる前に、視線が下がる。
頼みに来たのか、確認に来たのか、自分でも分かっていない顔だった。
「どんな、問題ですか?」
春樹が、目線を合わせる。
「……物資の配分で、争いが起きてる。最低限しか無いから。皆、欲しがってる」
「わかりました。」
主人公は、その様子を見て、胸の奥を確かめた。
流れは、確実に増えている。小川が、別の小川を呼んでいる。
まだ、止める理由はない。むしろ、止める言葉を探す気にならなかった。
「奈々美、結依。春樹と一緒に、確認に行ってもらっていい?」
早紀が後ろの奈々美と結依に声を掛け、2人は頷いた。
「俺も行く。女だけだと危ない場面がないとは言えないからな」
作業をしていた修子も、その後ろから近づいてくる。
「修子、お願い」
「い、良いのか?」
驚いた表情で、男は顔を上げる。
「今なら、この4人が抜けても大丈夫。だよね?」
「うん。4人が抜けても、作業は続けられる」
早紀の問いに流美が肯定し、安心した男は、乗ってきた車を回してくる。
主人公は、何とも言えない違和感に気づく。
「無理そうなら、呼びに来て。」
「そうする、そっちは任せたよ!」
主人公は、走り去る車を見送りつつ、流美の言葉に感じた違和感を胸にしまった。




