4話
町へ降りたのは、転移してから四日目だった。
町は、まだ生きていた。それは安心であり、同時に、異様でもあった。
「これじゃあ……生きてはいるけど、死んでもいない」
結衣子が、静かに呟く。
人はいる。だが、ほとんど動きはない。かろうじて動いている者も、疲労の色が濃い。
流れが、止まりかけている。
悠はその光景を見て、自分ならここに区切りを置けると、理解してしまった。
理解してしまったのだ。
そして同時に、ここで終わらせれば、何かが決定的に壊れるということも。
それぞれに分かれて探索をする。
少し歩けば、フラフラになりながら瓦礫を取り除く男がいた。さらに歩けば、終わりが無いような表情で料理を作り続ける女性がいた。
悠には、刺激が強すぎた。
逃げるように歩いてきた町の外れの高台。そこで、悠は一人の老人に声をかけられた。
何かを売っているわけでも、助けを求めているわけでもない。
ただ、街を見下ろすように腰を下ろし、止まりかけた流れを眺めているような目をしていた。
「この辺りの人間じゃないな、旅の人かい」
そう聞かれて、悠は曖昧に頷いた。
「……少し、様子を見に」
老人はそれ以上、詮索しなかった。
代わりに、町のほうへ顎をしゃくる。
「皆、希望を失いかけている。終わらない復興、繰り返す災厄、救いを求める旅人達も、揃って同じ事を言っていた。どの国どの町も、止まりかけている、らしい。」
事実を淡々と述べる調子だった。
「この世界はな、昔も同じ事があった、という伝承がある。」
悠は、何も言わずに聞いていた。
「だが、昔の人はこんな話を残した」
老人は、少しだけ声を落とす。
「世界の流れが止まるとき、同じ時を刻む、別の世界より人来たる」
悠の胸の奥が、わずかに反応した。
「彼ら、老いること無き。されどその姿、我らと違いなし。彼ら、知恵を以て動きを紡ぐ。」
老人は、指で地面に細い線を引いた。
「その流れ、始め小川なり。されど侮るべかず。」
線は、ゆっくりと広がっていく。
「川となり、時に泉を作り、最後は大河となりて、世界は続く。時経ち、彼ら帰還する、されど、彼ら作りしものは残り紡がれた」
そこで老人は肩をすくめた。
「もっと細かい話もあるが、誰も全部は覚えちゃいない。昔話なんて、そんなもんだ。……だが、儂が唯一知る話がある。」
「それは?」
「流れを作る者達の中に、流れを止めるものがいた。今の話で言うなら、泉はその者を示すらしい。」
悠は、引かれた線を見つめる。
流れを作る者。
世界を繋ぐ者。
それは、終わらせる者とは、違う。
老人は、悠を見て、ふっと笑った。
「まあ、あんたが何者かは知らんが……止めるだけじゃ、世界は続かん。続けるだけでも、世界は壊れる。それを伝承は言っておるのかも、しれんな。」
悠は、その言葉を、すぐには理解できなかった。
だが、胸の奥で、何かが静かに繋がる感覚があった。
町から拠点へ戻る道すがら、悠はほとんど口を開かなかった。
誰かが町の様子について簡単に報告し、誰かが「思ったより持ちこたえている」と言い、それで会話は一度途切れた。
家に着く頃には、日が傾き始めていた。
中に入ると、自然と低い卓の周りに人が集まる。会議というほどではない。ただ、外で見たものを、置いておくには重すぎた。
早紀が悠を見る。
「悠が見る限り、町は、どうだった?」
早紀の問いに、悠は、少しだけ言葉を選んだ。
「止まりかけてました」
それだけでは足りないと分かっていても、最初に出てきたのは、その一言だった。
「人はいるけど、動きが鈍い。
復興も、生活も、続いてはいるけど……枯れかけの小川です。かろうじて流れているけど、いつ止まってもおかしくない」
日向が眉をひそめる。
「町全体の目標が無い、ってこと?」
悠は、すぐには頷かなかった。
「……多分。でも、下手には止められない。止めたら、終わってしまう、かも」
曖昧な言い方だった。だが、嘘ではない。
少しの沈黙。晶が、興味深そうに口を開く。
「動かない、って?」
悠は、老人の話を思い出す。
そのまま語れば、余計な想像を呼ぶ。だから、必要な部分だけを切り出し、そして現代の言葉に変え、語った。
「昔からの伝承があるらしい。世界の流れが止まりかけると、外から来た人間が、流れを作る」
何人かが、視線を上げる。
「知恵を使って、繋いで、小さな流れを、大きくしていく……時に止まりながら、あるいは纏まりながら。そういう話でした」
そこまでで、悠は言葉を止めた。考えうる限り、簡単に伝えた。多少欠落はあるが、それでも今は十分だろう。
早紀は、腕を組んで考え込む。
「つまり……動くこと自体が、役割になる、ってこと?」
結衣子が、ゆっくりと頷く。
「流れを作る人がいなければ、世界は続かない。そういう風にも聞こえる」
春樹は、少しだけ視線を落とした。
「……続けることをやめられない。しかし、止まることを許されない世界、か」
それぞれが、それぞれの理解で受け取っている。悠は、その様子を見て、胸の奥が静かに冷えるのを感じた。
自分が、言葉を変えた部分が、さらに形を変え始めている。
奈々美が、現実的に言った。
「町の人たちが疲れてるなら、流れを作るっていうのは……支える、って意味にもなるのかも。あるいは、協力かな。『止まりながら』っていうのは、方針を決めるための時間、なのかもしれない」
誰も否定しなかった。
その解釈は、間違ってはいないのだろう。しかし、伝承を聞いた本人である悠は、それが違うとも、言えなかった。
言えば、話は別の方向へ進む。区切りが、つかなくなる。
早紀が、最後にまとめる。
「……分かった。今は、町の様子も頭に入れておこう。私たちが動く意味は、まだ一つに決めなくていい」
悠は、黙って頷いた。
伝承は、伝えられた。だが、すべてではない。
その差分が、これから先の流れを作ることを。
悠は、もう分かっていた。4話
町へ降りたのは、転移してから四日目だった。
町は、まだ生きていた。それは安心であり、同時に、異様でもあった。
「これじゃあ……生きてはいるけど、死んでもいない」
結衣子が、静かに呟く。
人はいる。だが、ほとんど動きはない。かろうじて動いている者も、疲労の色が濃い。
流れが、止まりかけている。
悠はその光景を見て、自分ならここに区切りを置けると、理解してしまった。
理解してしまったのだ。
そして同時に、ここで終わらせれば、何かが決定的に壊れるということも。
それぞれに分かれて探索をする。
少し歩けば、フラフラになりながら瓦礫を取り除く男がいた。さらに歩けば、終わりが無いような表情で料理を作り続ける女性がいた。
悠には、刺激が強すぎた。
逃げるように歩いてきた町の外れの高台。そこで、悠は一人の老人に声をかけられた。
何かを売っているわけでも、助けを求めているわけでもない。
ただ、街を見下ろすように腰を下ろし、止まりかけた流れを眺めているような目をしていた。
「この辺りの人間じゃないな、旅の人かい」
そう聞かれて、悠は曖昧に頷いた。
「……少し、様子を見に」
老人はそれ以上、詮索しなかった。
代わりに、町のほうへ顎をしゃくる。
「皆、希望を失いかけている。終わらない復興、繰り返す災厄、救いを求める旅人達も、揃って同じ事を言っていた。どの国どの町も、止まりかけている、らしい。」
事実を淡々と述べる調子だった。
「この世界はな、昔も同じ事があった、という伝承がある。」
悠は、何も言わずに聞いていた。
「だが、昔の人はこんな話を残した」
老人は、少しだけ声を落とす。
「世界の流れが止まるとき、同じ時を刻む、別の世界より人来たる」
悠の胸の奥が、わずかに反応した。
「彼ら、老いること無き。されどその姿、我らと違いなし。彼ら、知恵を以て動きを紡ぐ。」
老人は、指で地面に細い線を引いた。
「その流れ、始め小川なり。されど侮るべかず。」
線は、ゆっくりと広がっていく。
「川となり、時に泉を作り、最後は大河となりて、世界は続く。時経ち、彼ら帰還する、されど、彼ら作りしものは残り紡がれた」
そこで老人は肩をすくめた。
「もっと細かい話もあるが、誰も全部は覚えちゃいない。昔話なんて、そんなもんだ。……だが、儂が唯一知る話がある。」
「それは?」
「流れを作る者達の中に、流れを止めるものがいた。今の話で言うなら、泉はその者を示すらしい。」
悠は、引かれた線を見つめる。
流れを作る者。
世界を繋ぐ者。
それは、終わらせる者とは、違う。
老人は、悠を見て、ふっと笑った。
「まあ、あんたが何者かは知らんが……止めるだけじゃ、世界は続かん。続けるだけでも、世界は壊れる。それを伝承は言っておるのかも、しれんな。」
悠は、その言葉を、すぐには理解できなかった。
だが、胸の奥で、何かが静かに繋がる感覚があった。
町から拠点へ戻る道すがら、悠はほとんど口を開かなかった。
誰かが町の様子について簡単に報告し、誰かが「思ったより持ちこたえている」と言い、それで会話は一度途切れた。
家に着く頃には、日が傾き始めていた。
中に入ると、自然と低い卓の周りに人が集まる。会議というほどではない。ただ、外で見たものを、置いておくには重すぎた。
早紀が悠を見る。
「悠が見る限り、町は、どうだった?」
早紀の問いに、悠は、少しだけ言葉を選んだ。
「止まりかけてました」
それだけでは足りないと分かっていても、最初に出てきたのは、その一言だった。
「人はいるけど、動きが鈍い。
復興も、生活も、続いてはいるけど……枯れかけの小川です。かろうじて流れているけど、いつ止まってもおかしくない」
日向が眉をひそめる。
「町全体の目標が無い、ってこと?」
悠は、すぐには頷かなかった。
「……多分。でも、下手には止められない。止めたら、終わってしまう、かも」
曖昧な言い方だった。だが、嘘ではない。
少しの沈黙。晶が、興味深そうに口を開く。
「動かない、って?」
悠は、老人の話を思い出す。
そのまま語れば、余計な想像を呼ぶ。だから、必要な部分だけを切り出し、そして現代の言葉に変え、語った。
「昔からの伝承があるらしい。世界の流れが止まりかけると、外から来た人間が、流れを作る」
何人かが、視線を上げる。
「知恵を使って、繋いで、小さな流れを、大きくしていく……時に止まりながら、あるいは纏まりながら。そういう話でした」
そこまでで、悠は言葉を止めた。考えうる限り、簡単に伝えた。多少欠落はあるが、それでも今は十分だろう。
早紀は、腕を組んで考え込む。
「つまり……動くこと自体が、役割になる、ってこと?」
結衣子が、ゆっくりと頷く。
「流れを作る人がいなければ、世界は続かない。そういう風にも聞こえる」
春樹は、少しだけ視線を落とした。
「……続けることをやめられない。しかし、止まることを許されない世界、か」
それぞれが、それぞれの理解で受け取っている。悠は、その様子を見て、胸の奥が静かに冷えるのを感じた。
自分が、言葉を変えた部分が、さらに形を変え始めている。
奈々美が、現実的に言った。
「町の人たちが疲れてるなら、流れを作るっていうのは……支える、って意味にもなるのかも。あるいは、協力かな。『止まりながら』っていうのは、方針を決めるための時間、なのかもしれない」
誰も否定しなかった。
その解釈は、間違ってはいないのだろう。しかし、伝承を聞いた本人である悠は、それが違うとも、言えなかった。
言えば、話は別の方向へ進む。区切りが、つかなくなる。
早紀が、最後にまとめる。
「……分かった。今は、町の様子も頭に入れておこう。私たちが動く意味は、まだ一つに決めなくていい」
悠は、黙って頷いた。
伝承は、伝えられた。だが、すべてではない。
その差分が、これから先の流れを作ることを。
悠は、もう分かっていた。




