表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

エピローグ

 風は、穏やかだった。

 高台の桜は、すでに葉桜になっている。春は過ぎ、初夏の光が町を包んでいた。

 夫婦は、町を見回るように、子どもと共に歩いていた。

 町は、今日も動いている。何十年も過ぎた。町には、瓦礫と更地が目立った、あの頃の面影はもう何処にもない。

 店が立ち並び、人が行き交い、客を呼ぶ、威勢の良い声が響く。

 町外れのショッピングモールに向かう車、ゲームをして遊ぶ子ども、庭先で一服する老人。

 それぞれの日常が、そこにはあった。

 3人の目的地は、町の中心の資料館。夫婦が、初めて出会った場所。

「久しぶり、だな」

 思い出すように、悠は呟く。

「久しぶり、だね」

 確認するように、紬が言う。

「どうしたのー?」

 子どもは、2人の様子を気にして、声をかけた。

「ここは、父さんと母さんが出会った場所なんだ。それを、思い出していた」

「へー!そうなんだ!」

 納得して、喜ぶ子どもの手を繋ぎ、3人は、資料館の中へ入る。

「ここは、変わらないな」

 避難所として使われていた、旧体育館。半面に当時の避難生活が再現され、もう半面は、当時の瓦礫が積まれている。その中心にある、資料館が避難所だった時のミニチュアは、当時のことを思い出させる。

「ボロボロだ」

「そう、ボロボロだった」

 3人は、順路に沿って、旧校舎へ入る。廊下には、復興までの道のりが、川の流れのように表現され、纏められている。その中には、1()2()()()と、1つの先導者の功績も載せられている。

 悠は、その資料に寂しさを感じた。

 歩いていくと、伝承が記された古い文献が、額縁に入れられ、展示されていた。

 ――世界の流れが止まる時、同じ時を刻む、別の世界より人来たる。

 ――彼ら、老いること無き。されどその姿、我らと違いなし。彼ら、知恵を以て動きを繋ぐ

 ――その流れ、始め小川なり。されど侮るべからず。

 ――時に集いて川となり、時に止まりて泉となる。其れ繰り返し、大河となり、世界は続く。

 ――時経ちて、彼ら消える。されど、彼ら作りし物は残り、紡がれる。

 古風な表現は、悠が聞いた物と、ほとんど同じだった。

「ねえねえ、なんて書いてるの?」

「古い、お話。でも、最近本当にあった、お話」

「もしかして、お家の絵本のお話?」

「そうだよ」

 あの出来事は、記録を残す知を持つ者が、いつの間にか絵本にしていた。仮初の作者は存在する。しかし、真の作者は誰か、この世界の誰も知らない。唯一、この夫婦を除いては。

 また歩みを進め、最後の部屋――祭りの起源を伝える資料の部屋に来た。

 誰かが撮っていた写真、ステージの設計書、屋台や遊び場の配置。そんな資料の中に、夫婦が映る写真が1枚、そこにはあった。

「パパとママだ!」

 その下には、短い説明書きだけがある。

 ――復旧が終わり、涙する女性を抱き寄せる男。復旧の『区切り』を表す写真として、この資料館に、大切に保管されている。

「誰が、撮ったんだろうね」

「多分、あの人だろう」

 写真を撮るのが上手だった、先導者のことを思い出す。

 資料館の展示を見て回った先、そこには、あの木陰のベンチがあった。

 復興の資料として、今は触れることも、座ることもできない。しかし、復旧の最初の区切りとして使われたと言う、ちょっとしたゲームの説明が、そこには書かれていた。

「まだ、残っているんだ」

「ここまで、資料にしなくてもいいと思うけど」

 夫婦は、笑いあった。

 

 資料館を後にした3人は、高台へ向かった。

 珍しく誰もいない、高台。駆けていく子どもを見守りながら、夫婦はその坂を上がっていく。

 変わったことといえば、この高台が、ちょっとした聖地になった事だろうか。6月のある日、夏の正午に婚姻の鐘を鳴らせば、その夫婦は永久に離れる事はない。それが、新たに増えた伝承だった。

「悠、こっち」

 呼ばれて、隣に座る。

 子どもは、少し離れたところで石を集めている。

「なにをしているんだ?」

「遊びだって」

 紬が、クスリと笑う。

「あのゲーム、か」

 悠は懐かしむように、その姿を見守る。

「……ねえ、悠」

「ん?」

「幸せ?」

 少しだけ、意地悪な問い。

 悠は空を見上げ、それから隣を見る。

 紬がいて、子どもがいて、町があって。

「うん」

 その答えに、迷いは無かった。

 紬が微笑む。

 風が吹き、葉が揺れ、町が呼吸する。

「ゲーム、しよ!」

 子どもが、石を数歩先に置く。

「当たったら、お散歩終わり!」

「……そうだな、やろう。3人で」

「じゃあ、僕から!」

 青い空に、小さな靴が舞う。

 また一つ、区切りがつく。けれど、それはただの『終わり』ではない。次への『始まり』でもある。

 今日もどこかで、誰かが言うだろう。

「――今日は、ここまで」

 ――そして、また明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ