15話
桜が散り、緑の葉が揺れるころ。悠はようやく、自分の答えを言葉にできた。
それを最初に伝える相手も、もう決めていた。
校舎――今は、資料館の、木陰のベンチ。
紬は一人、そこに座っていた。
「紬」
名を呼ぶと、彼女は振り向いた。穏やかな顔だった。
「どうしたんですか?悠の方から呼び出すなんて、珍しいですね」
その顔を見た瞬間、胸の奥で揺れていた迷いが、すっと静まった。
「1つ、知らせたいことがある」
「……悩み事、解決したんですね」
まるで、すべてお見通しといわんばかりに、紬は微笑む。
「うん。」
風が、木の葉を揺らす。
「まず。俺は、この世界の人間じゃ、ない」
「……やっぱり、そうだったんですね」
その風が、止まったような気がした。
「気づいて、いたのか?」
「なんとなく、ですけどね」
微笑みながら、彼女は続ける。
「あなた――いえ、あなたたちと、私たち。最初の区切りができた日、なんだか、見ているところが違っているように思えたの。それが確信に変わったのは、あのお祭りの一件のとき。みんなは『今』だけを見ていたけど、あなただけは『先』を見て、行動していた。あの状況で、余裕なんて無いはずなのに」
その答えは、的を射ていた。
「だから、私はあなたが好きになった」
紬の言葉が、続く。
「終わりが見えなくなっても、あなたがいることでそれが見える。あなたの存在が、私の『区切り』を作ってくれる。そして――同じ時間、同じ場所に、いてくれる」
紬は、空を見上げる。共に見上げたその空は、もう乾ききっていた。
「紬」
主人公は、改めてその名を呼ぶ。
「俺は、元の世界には、帰らない」
「……え?」
その言葉に、紬ははっとした顔で主人公を見つめる。
「元の世界に、悪い思い出があるわけでも、嫌いなわけでもない。元の世界に戻れば、家族や、友達だっている」
「だったら、なんで?」
「……この世界とのつながりに、俺は区切りをつけられない、つけたくない。俺は、区切りを作る側の人間だった。なのに――自分の区切りだけは、つけるのが怖かった。見ないふりをしていた。だけど、この区切りだけは、つけたい。俺は残る。それが、俺にとっての復興の区切りだ」
一際強い風が、二人の間を抜ける。
「ここから先は二人で、『始めよう』」
ポケットから小箱を取り出し、紬にわたす。中身を見た彼女の目には、涙があふれていた。
「ズルいよ」
小さな拳が胸をたたく。
「いなくなると思ってたのに。サヨナラだと思っていたのに。こんなことされたら、送り出せないよ……」
紬の泣き声は、主人公の胸に吸い込まれていく。その胸元が濡れた頃、紬は涙を拭って、まっすぐ悠を見た。
「悠は、残って、一緒に『始める』って、そう言った。だから……」
震える指で、紬は小箱の中身を取り出す。
「私は、隣にいる。いつだって、何処だって。あなたと一緒にいる。一緒に『続き』を生きるよ」
悠は、ようやく息を吐いた。ずっと胸の奥にあった“期限”という言葉の意味が、まずは1つ、静かに溶けていった。
次は、仲間達だ。
翌日。主人公は、初めて自分から、仲間たちを集めた。
拠点の空気は、静かだった。
誰も口にはしないが、全員が同じ日付を意識している。壁に掛けられたカレンダーの赤丸も、もはや冗談ではなかった。
「……みんな、いるな」
先生が、静かに確認する。
「主人公から、話があるそうだ」
主人公は、静かに立ち上がる。
何度も、言葉を考えた。だが、立ち上がった瞬間、それは全て消えた。
「俺は、この世界に残る」
たったこれだけの、短い言葉。
誰も、すぐには反応しない。――出来るわけが無かった。すぐに反応するには、この言葉の持つ意味が、重すぎた。
「決めたんだね」
早紀が、真っ直ぐに問う。
「うん」
「紬さんは?」
薬指のリングを見て、流美が問う。
「一緒に、生きる」
その一言で、十分だった。
春樹が小さく息を吐く。
「やっぱり、そう決めたか」
「後悔は、しない?」
令奈の問いは、優しかった。
「どうだろう」
悠は、少しだけ笑う。
「するかもしれない」
正直な答えだった。
「でも、戻る方を選んだら、この世界であったことの全てを、無かった事にしてしまう気がする」
沈黙。
「みんなが流れを『作る』なら、俺は、それを『止める側』だった。やろうと思えば、世界を崩壊させることだって、出来たかもしれない。だから、怖かった。でも、この『区切り』は、避けられない。逃げようと思っても必ず来るから。でも、俺に与えられたのは『区切り』を作って、『止める』力。だから俺が、その区切りをつける」
その覚悟は、仲間たちから引き留める言葉を奪った。
幸樹が、立ち上がる。
「ずるいな」
「何がだよ」
「お前らしい、ってこと」
それは、最大の肯定だった。
日向は、頷く
「全くもって、その通りだね」
「その通り、じゃないよ」
修子は、目に涙を浮かべていた。
「簡単に決めないでよ……」
「そうだよ、そこまで考えてたんなら仕方がないけど、相談くらいは、して欲しかった」
晶は、落ち着いて言う。しかし、肩が僅かに震えていた。
「何を言っても、変わらないのね」
結衣子が、独り言のように呟く。
「うん。この決断は、何があっても変えない」
結依が、目元を押さえる。
「消えちゃうんだよね、元の世界からは」
「そう、だよ。記録も、記憶も」
主人公は初めて、言葉に詰まった。
「でも、私たちは忘れない」
それは、主人公への誓いだった。
「ここにいる皆は、何処にいたって、たとえ住む世界が違ったって、仲間だから!」
全員が、一度だけ頷く。
最後に、先生が口を開く。
「主人公」
「はい」
「よく、決めたな」
その一言だけだった。
それだけで、十分だった。
悠は、顔を拭って、深く頭を下げる。
「ありがとう、ございました!」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
だが、確かに区切りは、ここにあった。




