13話
春の匂いが、町に戻っていた。
瓦礫の山は何処にも無い。更地だった場所には、低い家々が並び、通りには小さな店が開いている。窓辺に干された洗濯物が風に揺れ、その下を、子どもたちが走り抜けていく。
祭りのあった避難所は、復興のシンボルとして姿を変え、そこには、避難民はもういない。
「よーし、今日はここまでー!」
遠くで、誰かの声が響いた。それは号令でも、強制でもない。当たり前の終わりの宣言だった。
作業着姿の男たちが笑いながら手を止める。工具を片付け、軽く伸びをする。
その後ろには、骨組みだけの、新たな家が建つ。まだ途中、だが、一つ、区切りがついていた。
――終わりが、ある。
それが、この町のいちばん大きな変化だった。
主人公は、舗装された坂道をゆっくりと登る。高台へ続く、あの道だ。
夕方だが、人の気配が溢れている。ベンチには老夫婦が座り、芝生の端では子どもが転げ回っている。桜の花びらが舞う、その木の下には、小さな石碑が静かに佇む。
「遅いですよ、悠」
振り向くと、紬が立っていた。白いワンピースにエプロン姿。髪は以前よりも少し長い。
「仕事、終わったの?」
「ええ。“今日はここまで”です」
少しだけ、誇らしげに。主人公は、その言葉を聞くたびに、胸の奥が静かに温まる。
紬は、隣に並んで町を見下ろす。
「ここに来ると、思い出しますね」
「うん」
風が、二人の間を抜ける。
季節は3度、巡った。その間も、町は、止まりながら動いている。誰一人として追われてはいない。
流れは、整っていた。主人公は、目を細める。
――崩れる気配は、もう何処にもない。
そう思う。
「復興も終わって、今はもう、日常。ですね」
「ここだけじゃない。ほかの街も……世界も、日常に移っているみたいだ」
だが、その胸の奥に、ほんのわずかな違和感が残っている。止まれる世界になった。流れは、呼吸している。
それでも。自分の役割は、まだ終わっていない気がしていた。
夜。拠点。
中は帰ってきた仲間たちで賑やかだ。
扉を開け、部屋に入る。
「おかえり!悠が帰ってきたぞ!」
生活感が溢れているが、整ってはいる部屋。変わらないのは、あの紙だけ。
「今日は、肉と野菜をもらってきたから、バーベキューだ。用意、手伝ってくれ」
幸樹が箱入りの炭を運ぶ。裏口の先には、バーベキューコンロが3台並び、どれももう、火が入り始めている。
「わかった。どれを運ぶ?」
「キッチンで令奈たちが野菜を切ってくれたから、それを運んでくれ」
主人公は言われるがまま、その野菜を手に取り、外へ運ぶ。机の前を通った時、ふと、積み上がった紙に目が向く。
見るのを止めたあの日から、3年が経ったが、誰もあの続きを見ていない。
再び、あの違和感が胸をかすめる。
いつか、町を見た時のものとは違う。言い表すなら――何かの、期限。
――見なければ、ならない。
「主人公!まだか?」
その声に、主人公は無意識に、紙へと手が伸びていた事に気づく。
――まだ、その時ではない。
頭を振り、主人公は野菜を持って、仲間たちの元へ向かった。
「やっと来た。じゃあ、始めよう!じゃあ、遅れてきた主人公、一言!」
早紀の振りに、主人公は野菜を置いて、渡された飲み物を持つ。
「いきなり無茶振りだな……。まあ、こうして楽しくバーベキューができるくらいまで、みんな余裕ができました。今日はこのバーベキューでおしま」
「かんぱ〜い!」
「いつものかよ!」
元の世界にいた時、何時もしていた「割り込み乾杯」。この仲間だからこそできる冗談に、笑顔が溢れる。
それは、あのお祭りにも負けない、楽しさを持っていた。
炭がはぜる音を聞き、肉や野菜を食べ――気づけば、食材は無くなっていた。
「……ねえ、そういえば、さ」
片付けも佳境を迎えた時、令奈の静かな声が、夜の闇に落ちる。
「みんな、あの紙、覚えている?」
空気が、変わった。
「俺が、無理矢理読むのを止めた、あの紙か」
「急に、どうしたの?」
流美が問いかける。
「ずっと、放っていたけど。今は、みんな落ち着いている。だから――続きを読むべき時が来たんじゃないかな?」
燻っていた炭が、パチリとはぜる。
「そう、だね」
真希が呟く。
「今なら、どんなことが書いていても、みんな、受け入れられると思う」
春樹が、真っ直ぐに言う。
「それに、1人で背負う話じゃない」
早紀も、同意を示す。
「じゃあ、今日の区切りは、あの紙だな」
誰かが、軽く笑った。
いつもの調子、だが空気はもう決まっていた。
片付けを終え、皆が、机を囲む。
あの時のままの、積み上げられた紙。3年越しの、続き。
「読むよ」
令奈の言葉が、『3年間、唯一止まっていた時間』の、その始まりを告げた。




