12話
それからは、あっという間だった。
会場は、中央部の避難所をそのまま活用。元々学校だったため、校庭や、校舎を用いる事になった。内容には仲間たちも協力し、ゲームから、復興の資料を並べた資料館、更にはステージを作ってのフェスじみた出し物まで。
もちろん、反対意見もあった。しかし誰もが、高台から町を見て、そして主人公と女性の話を聞く中で、協力するようになっていた。
復旧工事をしていた作業員たちも、当日である今日1日は、このイベントを成功させるために全員が集まり、用意を行う。
「これは……すごいな」
組み上げられたステージを見上げ、主人公は言葉を漏らす。
「後は、照明と音響の調整だけだ!それが終わったら、休もう!」
「おう!」
この場のリーダーが号令をかけ、作業員たちが答える。
自然と、止まる時間が生まれている。
その輪の少し外で、あの女性が立ち止まっていた。その手には、いつもの調理器具ではなく、紙コップが一つ。自分で飲むための一杯だけを、握っていた。
「休んでいるんですね」
主人公が声をかけると、彼女は一瞬だけ驚いた顔をしてから、照れたように笑った。
「はい。さっき言われました。『今は大丈夫だから、休んできなさい』って。」
「言われる側、だったんですね」
「そうなんです。ちょっと、不思議な気分です」
2人は無意識のうちに、あの時の、木陰のベンチに歩いていた。気付いた2人は、少し笑って、そのベンチに腰かける。
「前だったら……」
彼女は、言いかけて、言葉を探した。
「前だったら、休む理由を、ずっと考えていました。怒られない理由とか、手を止めていい理由とか。言えるわけがなかったんですけどね!」
コップの縁を、親指でなぞりながら続ける。
「でも、もう、考えなくて良いんですね」
主人公は、言葉を発しない。
「『今日はここまで』って、言って良いんだって。ちゃんと分かるから」
その横顔に、主人公は胸の奥がざわめいた。この前とは、全く違ったざわめきだった。
ただ、こうして、同じ場所で、同じ時間で、一緒に止まっている。
不意に、女性が立ち上がった。そして落ちていた小さな石ころを、数歩先に置く。まるで、あの時の自分のように。
「あの時、こうやってましたよね。ゲームで、小さな“終わり“を作ってくれた」
「覚えていたんですね」
「忘れませんよ。あれがなかったら、私は多分……」
言葉は、そこで途切れた。けれど、続きはいらなかった。
「でも、それは、あなたもだった」
「……え?」
「無理をしていたのは、あなたも。高台に上がる前の日、あなたは、私と同じ顔をしていた」
心臓が、跳ねた。
「でも、あの日、あなたは……」
「あ、休む暇がなかったのは、本当だよ?一緒に炊き出しに入っていた人が、何人か、他の避難所に取られて、手が足りなかったの」
誤解だった。その事実に、主人公は、自分が馬鹿らしくなった。
「え、ど、どうしたの!?」
突然の大笑い。主人公にとっては、いつぶりかの、本気の笑い。
「いや、思い返したら、そうだなって思って」
「笑った顔、初めて見た」
女性は、再び主人公の隣に座る。
「そういえば、名前、聞いてなかった。私は、結城紬。」
「確かに。俺は……」
主人公は、一度だけ息を吸う。ここが、何かの区切りになると、本能的に気づいてしまった。言ってしまえば、この先の何かが変わる。だが、主人公は、その始まりへと、流れをつなげる事を選んだ。
「俺は、悠。間宮悠だ」
名前を交わしただけだった。それだけなのに、世界が少しだけ静かになった気がした。
遠くで、金属を打つ音が止まる。誰かが大きく伸びをして、笑い声が一つ、二つ、増えていく。
「そろそろ、戻りましょうか」
紬が立ち上がる。その言葉に、「急がなきゃ」という響きはなかった。
「そう、だね」
いつの間にか、ステージの前には、人だかりができていた。
お洒落なんてものはない。皆、普段着のままだ。それでも、その雰囲気は、祭りと言っても過言ではなかった。
「みんな、集まってる」
「それだけ、楽しみだったんだよ」
壇上に、年配の男が1人上がる。主人公は、それがこの町の町長だと気づいた。
「長い、長いトンネルでした」
その言葉で、場が静まり返る。
「終わりの見えない、厄災と復旧の日々。壊れ、直し、また壊れ。そのうちに、我々は“終わり”と言うものを失っておりました」
誰も、目を逸らさない。
「ですが、ある時、『次』は『終わり』に変わり……」
町長の視線が、群衆の何処かへ向く。
「その小さな『終わり』が、我々を、最初に救いました」
主人公は、始まりの日のことを思い出す。
「それは、小さな流れの『始まり』にもなりました。『始まり』と『終わり』が繰り返され、人は集まり、様々な力で、それは大河と言えるほど大きな流れになりました。まるで、この町に伝わる、伝承のように」
紬の肩が、わずかに震える。
「今日は――復旧は『ここまで』です!皆さん!大いに喜び、楽しみましょう!」
大歓声と共に、学校のスピーカーからは陽気な音楽が流れ始める。
何処からか持ってきた、酒瓶を片手に談笑を始める作業員たち。
振る舞う側から、振る舞われる側となった、炊き出しの人々。
校庭を駆け回り、騒ぐ子どもたち。
彼らが楽しむ様子を眺める、老人たち。
多種多様な姿がそこにあり――ようやく、この町は息をついた。
主人公は静かに、隣で人目も憚らず泣く紬を、そっと抱き寄せる。拒まれない。その事実が、この祭りの中で、何よりも静かだった。
これは、大きな一区切り。
――また、始められる。




