10話
投稿設定忘れていた
翌朝。主人公は1人で、まだ暗いうちから拠点を出た。町を見下ろす高台に、もう一度、人を連れて来る必要があると感じていたからだ。
作業が始まってしまえば、その日はもう、人を連れてくる事は不可能だろう。だからこその、この時間。今まで、拠点から全ての避難所を回って、中央部の避難所まで歩いた時の所要時間、3時間。これからする事を含め、走れば遅くとも、最初の炊き出しには、間に合うはずだった。
しかし、それでも主人公は不安だった。
これまで、続けることが善だったこの町にとって、主人公がしようとしている事は悪と言ってもいい。
「止めようとする人間」は、「怠けさせる人間」だと、もう誰かが言い始めている。いくら必要だと言っても、受け入れられないかもしれない。
「一箇所目!」
予定表の上から、1枚紙を貼り、また走る。
避難所の時計は、3時10分を示していた。予定より、少し早い。
主人公は、この準備の為に、ほとんど睡眠時間を取る事ができていなかった。徹夜同然で重い体に、もどかしさを感じる。
「二箇所目!」
15分で、2つ目の避難所に到着。また、紙を貼り替える。
紙は全て、手書き。イタズラだと思われないよう、主人公が子ども達に書いて見せていた、丸っこく、独特な動物の絵を、名前と共に書いておいた。
「三箇所目……!」
息も絶え絶えに成りつつも、拠点から1番遠い、外れの避難所に到着。時計は、4時を回っていた。
町の中心にある避難所を除いて、開設されている避難所は、残り2箇所。
「やらなきゃ、いけない!次!」
紙を貼り、普段は言わない「次」を言ったことにも気づかず、彼は再び駆け出した。普段、行き来しているはずの道が、遠く、長く見えてくる。
「四箇所、目……!」
30分で、4つ目の避難所に、紙を貼り出す。
文面は、みんなで考えた物だった。だからこそ、命令でもお願いでもない。
「一度、止まって見るための言葉」だけが、そこに書かれている。
「五、箇所、目……!」
震える手で、紙を貼り出す。
側から見れば、限界と言っても良い。そのくらい、主人公はフラフラだった。
「最後は、あそこに、着けば、いい……」
動かない足を無理やり動かし、主人公は、最後の避難所へ駆け出す。
彼以外は、まだ知らない。この日が、町にとって最初の「止まった時間」になることを。
町の東から光が差し始めた頃、主人公は最後の避難所の前で、ようやく足を止める。
夜明け。なんとか間に合った。胸が痛み、手足は震える。酸欠で、意識が遠のく。
それでも、力を振り絞り、掲示板に紙を貼り付けた。
風に揺れる紙。丸っこい、独特な形の動物と、その下の、たった1行だけの文章。
――今日は、高台に集まりましょう。町を、一度上から見てみませんか。
命令でも、お願いでもない。ただの、なんでもない問いかけ。
主人公は、女性とゲームをした椅子で腰を下ろす。疲労感が襲うが、不思議と、意識ははっきりとしていた。
やがて、遠くで足音がした。
「あれ、あんたが貼ったのか?」
話したこともない、強面の作業員。背後にも、何人かいた。
「そうです」
「どういう、つもりだ?」
「紙に、書いてある通りです。高台に、一緒に、行ってください」
言葉に、力が籠る。
「作業を止めたい訳じゃ、ありません。でも、作業の続きを始める前に、一度だけ、見て欲しいんです」
男たちは、顔を見合わせる。否定も、賛同もない。ただ、決めかねていた。
「行きましょう。……ここにいる、みんなで」
その沈黙を破ったのは、あの女性の声だった。
「この人が、そこまでしているという事は、何か、理由があるはずです。だから、行ってみましょう」
その言葉は、その場の空気を変えるのに、十分な力を持っていた。
「なら、行ってみるか?」
それが、最初の一歩となる。
「そういえば、大災害の後は、行ってなかったな」
「始まる前なら、時間はある。間に合えばいいだろう」
「みんなを起こしてくる。車、用意してくれ」
その一歩は、周りを巻き込み、新たな流れと姿を変え始める。
――止まるための、流れとして。




