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1話


 眩しい光に閉じた目を開けたとき、空の色が一拍遅れて追いついてきた。

 青だった。けれど、見慣れた青ではない。

 塗り替えられたあと、まだ乾ききっていない絵の具のような色だった。

 足元は硬い地面で、風がある。湿度も、匂いも、重力も、現実と変わらない。

 それでも、身体のどこかに「仮置き」されたような感触が残っている。

「……全員、いるか?」

 先生の声だった。少し張りがあって、それでいて、どこか落ち着かない。

 一、二、三。

 数える必要はなかった。

 十三人。それと、当時の先生。数は、合っている。

 大学時代、ともに人形劇をし、卒業後も、何かあるたびに集まっていた顔ぶれだった。

 誰が欠けても成立しなかった、妙でいて、面白い集団。全員が、本来の年齢より少しだけ若く見える。持ち物は、最低限の物しか無かった。

 二十歳前後の自分たちと、当時の年齢に近い先生。「もしも」をやり直すために呼ばれた。そんな気がしてならなかった。

「……夢、じゃないよね?」

 声を出したのは、その一人だけだった。あとは、風が木々を揺らす音しかない。

 悠は、ゆっくりと周囲を見回した。彼の知識にあるような、中世の雰囲気や魔法のありそうな街ではない。木々が密に立ち並び、その合間を縫うように、細い道が続いている。

 踏み固められた地面の感触から、人が通っていた痕跡だけは感じ取れた。ただし、生活の気配は薄い。

 往来というより、かつて使われていた道が、そのまま残っている――そんな印象だった。

 道の脇に、小さな家が一軒建っていた。古く、低く、森に溶け込むような佇まい。山小屋に近いが、住居として使われていた形跡がある。石畳だと思っていた足元は、その家の前だけに残されたものだった。境界のように、道と家とを分けている。

 誰も、すぐには近づかなかった。先に触れていいのか、分からなかったからだ。仲間たちも、それぞれ立ち尽くしている。

 視線は家に向いているのに、足が動かない。

 言葉を探しているようで、誰も口を開かなかった。

 悠は、ふと空を見上げた。森の上に広がる青は、まだ乾いていないように見える。

 問いかけに、返事はなかった。答えの代わりに、風が森を抜ける音だけが続く。

 そして、その静けさの中で、はっきりと理解してしまう。

 この場所は、偶然にしては――出来すぎている。

 そう思った瞬間だ。

 先生が、ふと顔を上げる。誰かや何かを見たわけではない。それでも、その視線は何かを確かめているように悠には見えた。しばらくそうしていた先生が、次はゆっくりと周囲を見渡す。一人一人の顔を確かめるように。その表情に、戸惑いはなかった。代わりに浮かんでいたのは、どこか懐かしそうな、静かな笑みだった。こうして十三人を前に立ち、場をまとめる役割に立つこと。その感触そのものを、思い出しているように見えた。

 悠はその様子を見て、理由もなく少しだけ胸の奥が落ち着くのを感じた。少なくとも、この場で誰かが崩れることはないだろう。そんな、根拠のない確信だけがあった。

 風が一瞬だけ止み、彼はただ一言、全員に向けて言う。

「どうやら、呼ばれたらしい。」

 その言葉を合図にしたかのように、空気が変わった。

 その直後だった。胸の奥で、何かが、静かにほどけていく感覚があった。

 その奥に、意味だけが置かれた。

 ――崩れゆくものは、捨て置けばすべて失われる。

 ――力は与えた。繋ぎ止めよ。

 それだけだった。

 意識を向けた瞬間、まるで元からそこにあったかの様に、あるはずの無い1つの理解があった。

 理屈を積み上げたわけではない。説明を受けたわけでもない。最初からそうである――そのようなものであるという表現が正しいのだろう、知っていた形で、ただそこにあった。

 ——時間

 操るとか、戻すとか、そんな大層なものではない。

 区切り、終わり。あるいは――始まり。それらをつくるべきタイミング、そして方法が、ただ感覚として見える。

「……なんだ、それ」

 悠は、小さく呟いた。役に立つ気が、しなかった。

 この世界が崩れかけているという状況に対してどう使えばいいのか、まるで想像がつかない。

 視線を上げると、仲間たちもそれぞれに似た反応を見せていた。誰かは目を閉じ、誰かは手を握り、誰かは息を呑む。全員が、違うものを受け取ったのだと直感する。

 同じ知は、ひとつもない。しかし悠だけは、理由もなく一歩遅れている気がした。自分のそれは、世界に触れるには、あまりにも遠回りに思えた。

 沈黙に耐えきれなかったのだろう。仲間の一人が、家の方へ一歩踏み出した。

「……とりあえず、入ってみない?」

 その声は、妙に現実的だった。

 先生は、家のほうへ視線を向けたまま、静かに言った。

「そうだな。ひとまず、中を確認しよう。立ち話で済む状況じゃなさそうだ」

 誰も、異を唱えなかった。

 それが正しいかどうかは分からない。

 けれど今は、動かない理由のほうが、見つからなかった。

 悠は、最後にもう一度だけ、森の上の青を見上げる。乾ききっていない色は、まだ何も決めていないように見えた。1話

眩しい光に閉じた目を開けたとき、空の色が一拍遅れて追いついてきた。

 青だった。けれど、見慣れた青ではない。

 塗り替えられたあと、まだ乾ききっていない絵の具のような色だった。

 足元は硬い地面で、風がある。湿度も、匂いも、重力も、現実と変わらない。

 それでも、身体のどこかに「仮置き」されたような感触が残っている。

「……全員、いるか?」

 先生の声だった。少し張りがあって、それでいて、どこか落ち着かない。

 一、二、三。

 数える必要はなかった。

 十三人。それと、当時の先生。数は、合っている。

 大学時代、ともに人形劇をし、卒業後も、何かあるたびに集まっていた顔ぶれだった。

 誰が欠けても成立しなかった、妙でいて、面白い集団。全員が、本来の年齢より少しだけ若く見える。持ち物は、最低限の物しか無かった。

 二十歳前後の自分たちと、当時の年齢に近い先生。「もしも」をやり直すために呼ばれた。そんな気がしてならなかった。

「……夢、じゃないよね?」

 声を出したのは、その一人だけだった。あとは、風が木々を揺らす音しかない。

 悠は、ゆっくりと周囲を見回した。彼の知識にあるような、中世の雰囲気や魔法のありそうな街ではない。木々が密に立ち並び、その合間を縫うように、細い道が続いている。

 踏み固められた地面の感触から、人が通っていた痕跡だけは感じ取れた。ただし、生活の気配は薄い。

 往来というより、かつて使われていた道が、そのまま残っている――そんな印象だった。

 道の脇に、小さな家が一軒建っていた。古く、低く、森に溶け込むような佇まい。山小屋に近いが、住居として使われていた形跡がある。石畳だと思っていた足元は、その家の前だけに残されたものだった。境界のように、道と家とを分けている。

 誰も、すぐには近づかなかった。先に触れていいのか、分からなかったからだ。仲間たちも、それぞれ立ち尽くしている。

 視線は家に向いているのに、足が動かない。

 言葉を探しているようで、誰も口を開かなかった。

 悠は、ふと空を見上げた。森の上に広がる青は、まだ乾いていないように見える。

 問いかけに、返事はなかった。答えの代わりに、風が森を抜ける音だけが続く。

 そして、その静けさの中で、はっきりと理解してしまう。

 この場所は、偶然にしては――出来すぎている。

 そう思った瞬間だ。

 先生が、ふと顔を上げる。誰かや何かを見たわけではない。それでも、その視線は何かを確かめているように悠には見えた。しばらくそうしていた先生が、次はゆっくりと周囲を見渡す。一人一人の顔を確かめるように。その表情に、戸惑いはなかった。代わりに浮かんでいたのは、どこか懐かしそうな、静かな笑みだった。こうして十三人を前に立ち、場をまとめる役割に立つこと。その感触そのものを、思い出しているように見えた。

 悠はその様子を見て、理由もなく少しだけ胸の奥が落ち着くのを感じた。少なくとも、この場で誰かが崩れることはないだろう。そんな、根拠のない確信だけがあった。

 風が一瞬だけ止み、彼はただ一言、全員に向けて言う。

「どうやら、呼ばれたらしい。」

 その言葉を合図にしたかのように、空気が変わった。

 その直後だった。胸の奥で、何かが、静かにほどけていく感覚があった。

 その奥に、意味だけが置かれた。

 ――崩れゆくものは、捨て置けばすべて失われる。

 ――力は与えた。繋ぎ止めよ。

 それだけだった。

 意識を向けた瞬間、まるで元からそこにあったかの様に、あるはずの無い1つの理解があった。

 理屈を積み上げたわけではない。説明を受けたわけでもない。最初からそうである――そのようなものであるという表現が正しいのだろう、知っていた形で、ただそこにあった。

 ——時間

 操るとか、戻すとか、そんな大層なものではない。

 区切り、終わり。あるいは――始まり。それらをつくるべきタイミング、そして方法が、ただ感覚として見える。

「……なんだ、それ」

 悠は、小さく呟いた。役に立つ気が、しなかった。

 この世界が崩れかけているという状況に対してどう使えばいいのか、まるで想像がつかない。

 視線を上げると、仲間たちもそれぞれに似た反応を見せていた。誰かは目を閉じ、誰かは手を握り、誰かは息を呑む。全員が、違うものを受け取ったのだと直感する。

 同じ知は、ひとつもない。しかし悠だけは、理由もなく一歩遅れている気がした。自分のそれは、世界に触れるには、あまりにも遠回りに思えた。

 沈黙に耐えきれなかったのだろう。仲間の一人が、家の方へ一歩踏み出した。

「……とりあえず、入ってみない?」

 その声は、妙に現実的だった。

 先生は、家のほうへ視線を向けたまま、静かに言った。

「そうだな。ひとまず、中を確認しよう。立ち話で済む状況じゃなさそうだ」

 誰も、異を唱えなかった。

 それが正しいかどうかは分からない。

 けれど今は、動かない理由のほうが、見つからなかった。

 悠は、最後にもう一度だけ、森の上の青を見上げる。乾ききっていない色は、まだ何も決めていないように見えた。

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