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第四章 中 私のいない世界が

 私のいない世界が


最初は、

ただの違和感だった。


道満の周囲に、

人が集まっている。


それだけなら、

以前にもあった。


けれど、

今回は、

集まり方が違う。


距離が、近い。


怯えながらではない。

試すようでもない。


用事を頼む距離。

世間話をする距離。


「道満さま、この前のことやけどな」


「それは、ああしたほうがええ」


笑い声が、混じる。


私は、

少し離れた場所から、

それを見ていた。


夜の都は、

静かに息をしている。


妖の気配は、

薄い。


完全に消えたわけではない。

けれど、

“抑えられている”。


誰かが、

自然に。


――彼が。


私は、

胸の前で、

手を握った。


嬉しい、

はずだった。


これが、

私の望んだ光景のはずなのに。


胸の奥が、

すうっと、

冷えていく。


「……あ」


気づいてしまった。


私は、

誰にも見られていない。


視線が、

一度も、

こちらに向かない。


道満も、

一度も。


以前は、

必ず、

気づいていた。


人の輪の外に立つ私を、

境の揺れとして、

感覚で捉えていた。


でも、

今は違う。


彼は、

都そのものを見ている。


私という異物を、

必要としていない。


「……そうか」


小さく、

声が漏れる。


私は、

ここにいても、

影響を与えない。


いや。


もっと正確に言えば。


もう、与え終わっている。


この世界は、

私が何度も血を垂らし、

引き金になり、

傷ついた結果として、

組み上がった。


だから、

今は。


私が、

触れる必要がない。


胸の奥が、

ぎゅっと縮む。


それは、

喪失感に似ていた。


――私は、

役目を終えかけている。


この時代に、

私が立てる理由が、

消えつつある。


それでも、

道満は、

何も変わらない。


誰かの不安を聞き、

誰かの怒りを受け止め、

誰かの願いを、

過不足なく返す。


特別扱いを、

しない。


だからこそ、

信じられている。


私は、

一歩、下がる。


誰にも、

止められない。


止められないことが、

こんなにも、

苦しいとは思わなかった。


「……私は」


口に出そうとして、

やめる。


言う必要が、

ない。


この世界は、

私の声を、

もう、待っていない。


それが、

完成というものなのだと、

理解してしまう。


夜風が、

吹く。


その瞬間、

身体の輪郭が、

一瞬、

薄くなる。


錯覚じゃない。


私は、

自分の手を見る。


ちゃんと、

ある。


でも、

“重さ”が違う。


地面に、

少ししか、

影を落とさない。


――消え始めている。


ゆっくりと。

静かに。


抗うことも、

できる。


もう一度、

血を垂らせば。


もっと、

深く介入すれば。


けれど。


その必要は、

もう、ない。


道満は、

一人で立っている。


正史が、

彼を悪と呼ぶ余地を、

失いつつある。


それは、

勝利だった。


私が、

望んだ結末に、

限りなく近い。


なのに。


胸の奥で、

どうしようもなく、

寂しさが広がる。


私は、

彼を、

救いたかった。


でも、

彼の隣に立ちたかったわけじゃない。


――そう、

自分に言い聞かせてきた。


それでも。


人の輪の中で、

自然に笑う彼を見て、

初めて、

分かってしまう。


私は、

彼の未来に、

含まれていない。


含まれる必要も、

ない。


それが、

正しい。


それが、

正史に近づく、

ということだ。


私は、

ゆっくりと、

踵を返す。


背後で、

誰かが、

彼の名を呼ぶ。


私は、

振り返らない。


振り返れば、

きっと、

まだ残ってしまうから。


この世界は、

もう、

私を必要としない。


それでも、

胸の奥にある想いだけは、

消えなかった。


――好きになってしまった、

という事実だけが。


それだけが、

最後まで、

ここに残った。


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