第三章 中 仕組みの中に立つ
仕組みの中に立つ
今回は、
着地の感覚が、違った。
落ちる、というより、
戻る。
身体が夜を覚えていて、
土の冷たさに、驚かない。
息も、すぐに整う。
私は、
立ったまま、周囲を見渡した。
都の外れ。
見覚えのある場所。
けれど、
少しだけ、空気が違う。
――もう、
同じ夜じゃない。
それが、
はっきり分かった。
「来たな」
低い声。
振り向く前に、
分かってしまう。
蘆屋道満は、
少し離れた場所に立っていた。
近づかない。
けれど、
背を向けもしない。
前よりも、
私を“状況の一部”として
見ている目だった。
「……分かってて、来たやろ」
問いではない。
確認だ。
私は、
視線を逸らさずに、
頷いた。
「はい」
その返事に、
道満は、
ほんの一瞬だけ、
眉を寄せる。
「……そうか」
それ以上、
何も言わない。
止めない。
責めない。
その沈黙が、
胸に、重くのしかかる。
「なら、
巻き込まれる覚悟はあるな」
「……あります」
答えは、
嘘じゃなかった。
怖い。
でも、
逃げる気は、もうなかった。
道満は、
私から視線を外し、
闇の方を見る。
「今夜は、
前よりも、
歪みが強い」
その言葉に、
胸の奥が、
静かに鳴る。
――来る。
「……玉藻前が、
動いていますか」
私がそう言うと、
道満は、
ゆっくりとこちらを見る。
「ほう」
短い声。
「そこまで、
分かっとるんか」
私は、
息を整える。
「この夜は、
繰り返されている」
言葉を、
選ばない。
「私は、
それを、
知っています」
道満は、
すぐには返事をしない。
風が、
二人のあいだを抜ける。
「……それは」
やがて、
静かに言う。
「聞かんほうが、
ええ話やな」
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、
踏み込まない。
「でも」
道満は、
続ける。
「それでも、
ここに来た」
その事実だけは、
確かだ。
私は、
頷いた。
そのとき。
「さすがですね」
やさしい声が、
夜に混じる。
玉藻前。
闇の向こうから、
音もなく現れる。
前回よりも、
距離が近い。
「今回は、
迷いが、
少ない」
私を見る目が、
少しだけ、
鋭い。
「……分かっています」
私は、
視線を逸らさない。
「これは、
偶然じゃない」
玉藻前は、
満足そうに、
微笑んだ。
「ええ。
ようやく、
同じ場所に立てましたね」
その言葉が、
背筋を冷やす。
「あなたは、
“境”そのものです」
選ばれたのではない。
使われる構造に、
気づいてしまった。
「だから、
あなたが、
どう動くかで」
玉藻前は、
夜を指す。
「結果は、
変わる」
私は、
息を吸う。
「……それでも」
声が、
震えない。
「私は、
全部を壊したいわけじゃない」
玉藻前は、
首を傾ける。
「では?」
私は、
はっきりと言う。
「蘆屋道満を、
“悪”にしないでください」
その瞬間、
夜が、
わずかに、軋んだ。
玉藻前の微笑みが、
ほんの一瞬だけ、
薄くなる。
「それは……
難しい願いです」
「でも、
可能でしょう」
私は、
続ける。
「あなたは、
均衡を語る」
「なら、
彼は、
均衡の外側で、
歪みを引き受けているだけです」
玉藻前は、
何も言わない。
代わりに、
新しい声が、
割って入る。
「……なるほど」
朱の気配。
安倍晴明。
結界の内側から、
現れた。
「君は、
興味深い場所に立っている」
視線は、
私ではなく、
構造を見ている目。
「都の内を守る者と、
外を引き受ける者」
晴明は、
道満を見る。
「役割が、
違うだけだ」
道満は、
鼻で息を吐く。
「今さら、
分かったようなこと言うな」
だが、
否定はしない。
三人が、
それぞれ、
違う側面から、
同じ夜を見ている。
私は、
その中心に、
立っていた。
――仕組みは、
見えた。
あとは、
この夜を、
どう越えるか。
玉藻前が、
静かに言う。
「では、
始めましょう」
その声と同時に、
境が、
大きく揺れる。
百鬼夜行が、
近づいていた。




