イジメの本質
裏階段。
佐伯が息を切らせて駆けてきた。
「やばい! 山本くんが──!」
行ってみると、山本は壁際で縮こまり、五人の男子に囲まれていた。
床にはカバンの中身が散乱し、プリントがぐしゃぐしゃ。
笑い声は大きいが、笑顔は冷たい。
「……帰属欲求と同調圧力の合わせ技やね」
俺が呟くと、佐伯が首をかしげた。
「え、また出たよ難しい単語……何それ?」
「同調圧力は人間の安全欲求を人質に半ば強制的に結束を求める。
“みんなでやってる”って空気があれば、間違ってても止められない。
しかも誰かが地位欲求で仕切ってると、その方向に力が固定される」
背後から西村の声。ストーカーかよ!
「つまり、五本の矢印ベクトルが全部、山本くん一点に向いてる状態ね」
白衣のポケットからペンを取り出し、空中に図を描くように手を動かす。
佐伯が「じゃあ、どうすれば?」と俺を見る。
俺は一歩前に出て言った。
「向きを変える」
五人の視線が俺に移った瞬間、
「山本、この前の回路図、見てくれや」
そう言って、鞄から紙を取り出し、山本に手渡した。
山本が受け取った瞬間、周りのベクトルが微妙に揺れる。
一人が「何それ?」と覗き込み、別のやつが「難しそう…」と引く。
その間に山本はプリントを拾い、俺の後ろへ下がった。
「……いじめは、グループ内でがむしゃらに地位エネルギーを奪いたい力が内部のいちばん搾取しやすい者に向く」
俺はそう言いながら階段を降りた。
西村が小声で笑う。
「ベクトルは反転できる。攻撃の形も、防御の形も」
佐伯は「なるほど、今日も授業料ゼロで賢くなったわ」と肩をすくめた。
──力は、向きを変えれば武器にも盾にもなる。
それを知ってるかどうかが、けっこう大きい。