承認欲求は群の通貨
放課後の廊下。
靴箱の前で佐伯が腕を組んでいた。
「ねえ、人ってなんで集まりたがるの? 群れとか仲間とか」
またお前か──と思いつつ、俺は窓から外を見た。
「帰属欲求‥そう‥名づけたよ!」
佐伯が即座にツッコミを入れる
「メレブかよ!」
「いにしえの昔から群れに入れば守られる。
単独だと、外敵に襲われる確率が上がるし、繁殖の機会も減る。
昔の人間なら、群れの外で夜を過ごすなんてほぼ自殺行為だった」
あら‥”いにしえの昔”スルーかよ
靴ひもを結びながら、俺は続けた。
「それに、人は群れの成果を自分の成果みたいに感じる。
大谷がホームラン打ったら、自分が打ったわけじゃないのに我が物顔でみんなにしゃべってるやろ。
同じ国ってだけで」
佐伯は笑った。
「あー、それはある!」
「困ってそうな人がいる時、初対面のやつは素通りできるのに、一回でも会話した相手だと、ちょっとした手助けをしたくなったりするんよ。
心理的距離が縮まると、“同じ群れ”扱いになるからな」
俺はさらに付け加えた。
「しかも、この結束エネルギーは外敵を見つけると一気に外に向く。
群れの結びつきが強いほど、“敵を叩く”ことでさらに固まるんよ」
その時、西村が白衣姿でやってきた。
「帰属欲求は物理で言えば“結合エネルギー”だね」
佐伯が目を丸くする。
「けつごうえねるぎー?」
「原子や分子が結びつくと安定する。
一度結合すれば外部からの攻撃に強くなるけど、
外れるのには大きなエネルギーが必要になる。
……握手や会話は、その結合を作る“初期エネルギー”の投入なんだよ」
俺は頷く。
「つまり、群れに入れる“入り口”を作る行為だ」
西村は手帳を開き、さらっと付け足した。
「ただし、結合が強すぎると硬くなって、
ちょっとの衝撃で全体が壊れることもある」
佐伯は「へぇー、じゃあ柔らかい群れがいいんだね」と笑った。
──放課後、帰宅中。
駅前でスーツ姿の選挙の候補者が街頭に立ち、にこやかに手を振っていた。
通りがかりの人、一人ひとりに視線を合わせ、握手を求める。
俺の手も、自然と差し出される。
たった数秒の接触で、「知ってる人」の顔になる。
それだけで、脳は「同じ群れ」と錯覚する。
……帰属欲求。
選挙はもちろん、テレビのCMも、SNSのフォローも、アイドルの笑顔も、
果てはスーパーの「常連さん限定セール」まで、
みんなこのスイッチを押してくる。
──どいつもこいつも、群れに引き込みたくて仕方がないらしい。
俺が扉を開けた覚えなんて、一度もないのに。






