見栄と序列と
昼休み。
パンをかじっていると、佐伯が椅子をガタガタ引きずり、俺の机の前に腰を下ろした。
「ねえ、人ってなんで人より上に立ちたがるの?」
またお前か──いや、この唐突さはもう芸だな。
窓の外では、二年生が一年を呼びつけ、用具を運ばせている。
あの顔──“人生の勝者”を演じているつもりなのだろう。
「現代人のいちばんの大好物……地位欲求やね」
佐伯が目を輝かせる。
「それって?」
「むかしから群れの中で高い位置にいれば、安全で楽なんよ。
危険は減るし、食べ物や利益も先に取れる。
だから“高い位置の自分”を見せびらかしたくなる」
「見せびらかす?」
「上から目線で話すやつ、肩書き自慢するやつ、
“俺の知り合いは〜”って謎の人脈アピールするやつ、
あと、必要以上に高い時計や車を欲しがるやつとか、みんなだいたいそんなもんやろ」
佐伯はクスクス笑う。
「でもね、その地位ってやつがほとんどが錯覚だ。
上に立ったつもりでも、なーんもかわっとらん。
“もっと高い場所”を手にしても、景色はほとんど変わらん。
達成感は一瞬で薄れ、残るんは“次の段”を探す焦りだけだ」
父の姿が浮かぶ。
仕事を失っても、近所の飲み仲間の中では威張っていた。
自分より下を作って位置を守ったつもりだったが──
誰もその“地位”に興味なんてなかった。
背後から声がした。
「地位欲求は、物理で言えば“位置エネルギー”だね」
白衣姿の西村が立っていた。
佐伯が「位置エネルギー?」と首をかしげる。
「高い位置にある物体は、それだけエネルギーを持つ。
上から見下ろせば支配できるし、下からは届きにくい。
でも、高く登るにはエネルギーを消費するし、落ちれば一気に失う。
そして、どこまで登っても“もっと高い場所”は必ずある。
……しかも人生は螺旋階段みたいなもの。
一見上に行っているようでも、見える景色は似たようなものばかり。
唯一劇的に変わるのは、足を滑らせて落ちたときだけ」
西村はそこで、口元だけ笑って付け足す。
「そして、その落下エネルギーは──SNSの大好物。
人が落ちる瞬間は、なぜか何千倍にも拡散される」
俺は頷く。
「人の不孝はメシうまやろ?他力で楽に地位エネルギーゲットやし。
位置エネルギーの減り方に、人間はむっちゃビビるようになっとる」
佐伯はケラケラ笑った。
「じゃあ私、エナジードリンク飲みまくるw」
西村が即座に返す。
「エネルギー目当ての人に足引っ張られないようにな」
「はーい」
佐伯は手をひらひら振って去り、
西村は俺をまっすぐ見た。
「……やっぱり、あなたの説明は皮肉が効いてて面白い」
俺は答えず、パンの袋を丸めた。
みんな気付いているんかな。人間のほとんどの普段からの行動が地位エネルギーの奪い合いを平然とやらかしてる事に。
現代こそ地位エネルギー戦国時代やん