宝くじが当たったのでデスゲームを主催しようと思います。
#『宝くじが当たったのでデスゲームを主催しようと思います。』
俺の名前は──いや、どうでもいいか。
どうせ明日にはネットニュースの片隅に「◯◯市の男性、遺体で発見」とでも載るんだろうし。
三十路目前、経理部勤務の社畜生活10年目。
会社じゃ便利屋扱い、飲み会では“いじられキャラ”、元カノには貢ぎまくって捨てられた。
──人生、詰んでた。
だが。
俺の運命は、ある日突然変わった。
【一等:三億円】
震える手で当たりくじを握りしめた瞬間、世界が反転した。
血の気が引く?
いや、逆だ。
頭が真っ白になって、笑いが止まらなかった。
「……勝った……人生に、勝ったァッ!!」
職場のデスクに辞表を叩きつけたその日から、俺は変わった。
高級スーツ?買った。タワマン?内見した。
でも、何より欲しかったのは──復讐だった。
裏切った元カノ。
出世を奪った元同僚。
俺を笑いものにした奴ら、見下した奴ら、全員まとめてぶち込んでやる。
そう思った時には、すでに業者に依頼をかけてた。
廃ホテルを買い取り、監視カメラを仕込み、
電気と水道を引き直す。
その後は自力で窓も扉も鉄板を打ちつけ、
逃げ道をひとつずつ潰した
一度ぶち込めば誰も逃さない。
トラップ?毒?首輪?
3億あれば、何だってできる。
「はは……ははは……っ。
ようこそ、俺様の地獄へ──」
復讐じゃねぇ。
これは芸術だ。
俺の人生を潰したあいつらが、
泣き喚き、殺し合い、
最後には土下座して命乞いする。
その様を眺めながら、コーヒー片手に笑う。
もちろんブラックで──
それが、俺の勝利条件。
金があれば、何だって叶う。
それを証明してやるよ。
この狂った舞台でな──!
---
廃ホテルのロビーには、時間通りに参加者が集まり始めていた。
とはいえ、無理やり拉致った連中だから、皆スーツケースなんて持っていない。
あるのは怯えた目と、汚れた靴だけ。
モニター越しにそれを眺めながら、俺は紅茶をすすっていた。
ブラックコーヒーはさっき飲んだ。今は余裕の紅茶タイム。
「おっと……来た来た」
自動ドアの前で、ひとりの女が立ち尽くす。
――水瀬みゆ。元カノ。
貢いだ金額は、ざっと350万。
最終的に「好きな人ができたの」でフラれた女。
久々に見たけど……うん、腹立つくらい美人。
続いて、建物に入ってきたのは──
「あー……見るだけで腹立つな、くそ。」
早川拓。元同僚。
なぜか常に爽やかスマイル。
営業部で手柄を横取りされ、俺は左遷食らった。
そのくせ、本人はまったく悪びれた様子もなかった。
これで主役は揃った。
さあ、開幕だ。
俺の復讐劇、デスゲーム・オブ・ラブ&ヘイト──
「……ん?」
モニターの中で、二人が顔を見合わせる。
当然、初対面のはずだ。
だが──みゆがぎこちなく、
でも確かに、にこりと微笑んだ。
『……こんにちは。なんか、変な場所ですね。』
一歩、早川に近づいた。
早川は笑って答える。
あのムカつく歯を見せて。
『ほんとだね。まるで、ホラー映画みたいだ』
……え、会話してる?
え、普通に感じ良く挨拶してないか?
思ってたのと、違う。
俺の予定では、みゆは泣き叫んで早川を罵倒し、早川はパニックになって俺の名を叫ぶ。
そういう展開だった。
なのに、なんかいい雰囲気……なんだこれ。
「……え?え?」
もっと泣けよ、叫べよ、醜い本性さらけ出せよ…。
俺が書いた台本は、そんなのじゃねぇ。
俺の手元の紅茶が、カタカタ震え出した。
---
モニターの画面が揺れた。
1階廊下、設置しておいた“お試しトラップ”が作動したようだ。
「……っと、来たな」
廊下を歩いていた3人のうち、モブAが突然崩れた床に飲み込まれた。
バチィン!と派手な音と、モブBとCの悲鳴。
うるさい。
…そういうのが見たかったんだよ、俺は。
「はい、地獄ひとつ目。ごちそうさまでーす」
カメラを切り替えようとしたその瞬間、
端にみゆが駆け寄ってきた。
『拓くん、大丈夫!?足……!』
『…うん、ちょっと擦りむいただけ。
まあ俺、前の職場でもよく背中刺されてたし。
これくらい慣れてるよ。君は大丈夫?』
『……なにそれ…変な人。でも、ありがとう。』
『女の子にはカッコつけさせてよ。』
みゆが笑った。
あの腹立つくらい整った顔で、口元に手を当てて。
早川も笑った。あの清潔感だけで人生得してきた男の顔で。
『ねぇ、早くどっか安全な場所、探そう?』
『了解。じゃあ、あっちの部屋行ってみようか』
『うんっ』
──うんっ……じゃねぇよ!!!
「……っざけんなよ……」
俺の声が、誰にも届かない監視室に虚しく響いた。
こんなはずじゃなかった。
俺のシナリオでは、モブが死んで、空気は最悪になって、
二人は疑心暗鬼になって、お互い罵り合うはずだった。
それがなんだよ。
軽い怪我をきっかけに、距離が縮まって、
──始まってんじゃん、これ。
「って始まらねぇだろ普通!!」
バンッ!と机を叩いて立ち上がる。
紅茶が跳ねて、血のようにモニターに飛び散った。
「は?俺の金で?俺の仕掛けで?デスゲームで??」
そうはならねぇだろ!
いや、なんでなりかけてんだよ!
させてたまるかよ!!
…次の罠、もっと強烈なのいくぞ。
見せてやるよ、本当の地獄を。
そんでさらけ出せよ、お前らの本性を――
震える手で次の“イベント”ボタンを押しながら、
俺の目は、血走ったまま、
まだモニターの二人を追っていた。
---
室内を、赤いライトが染める。
──首輪イベント、発動。
『このフロアの参加者は、今から10分以内に、誰か一人を殺してください。
さもなくば、全員の首輪が爆発します。』
カチッ、という音と共に、赤く点滅を始める首輪。
画面の中で、ざわめく空気。
『え、なんだよこれ!!』
『爆発って、嘘でだろ!?』
パニックになったのは、残っていたモブたちだった。
そして、次の瞬間、1人が叫んだ。
『…女だ、女を狙え!あそこにいるぞ!!』
「……そうだ、それでいい。」
指先を、モニターに押し当てる。
モブの男が狂ったように椅子を振りかざした。
狙いは、──みゆ。
『みゆ、下がって!』
拓が叫ぶ。
椅子が振り下ろされる寸前、彼の腕がみゆを引き寄せる。
ゴッ!
鈍い音。
拓の拳がモブの顎を打ち抜き、さらにもう一発。
『──こっち来ないでッ!』
みゆも、手元の木片で背後の別モブの腕を叩いた。
続けて襲いかかる別の男も、早川とみゆの連携に沈む。
動きが止まる。
倒れる音。息遣い。
静寂。
2人は息を切らせながら、返り血に染まったまま立ち尽くす。
『……お、終わった…?』
『…ありがとう、みゆ。…強いんだね、君って。』
『そんな…。
拓くんがいなくなっちゃうと思ったら…夢中で…。』
顔を見合わせる。
血の滴る頬と、揺れる視線。
乱れた髪、かすれた息、鼓動の高鳴り。
そして。
額と額を、そっと──合わせた。
『……ありがとう、守ってくれて』
『こっちこそ。君がいて、よかった』
笑いあう。
血まみれで。
命がけの空間で。
まるで、世界に2人きりみたいに。
「…………」
監視室。
モニターの前。
椅子がゆっくりと軋んだ。
「いや……いやいやいやいやいや……!?」
叫びが、虚空に響いた。
「なんだよこれ!?今のなに!?めっちゃ連携してんじゃん!!
恋!?血まみれの告白ってアリなの!?
てか額!くっつけたァ!?笑ったァ!?!?」
バンバンバンッ!!と机を叩きながら絶叫する。
「こっちは死ね!潰し合え!命乞いしろ!って舞台なのに!!
なんで!!なんで“出会ってよかった”みたいな空気出してんだよォォォ!!?」
こつん、じゃねぇ!
微笑むなァァァ!!!
紅茶を飲もうとして手が震え、また跳ねた。
もうモニターは、返り血と笑顔しか映していない。
「……はは……ちくしょう……
なんだよ、この舞台用意したの誰だよ……
……あぁ、俺、か……?」
---
──もういい。
俺は立ち上がり、手をかけた。
カバーがかけられた、特製のボタンが、2つ。
そのカバーを押し上げる。
“毒ガス放出”
「消えろ。……もう、見たくもねぇ」
カチリ、とスイッチを押す。
直後、モニターの中、白い霧が吹き出す。
勢いよく、残酷に、無慈悲に。
……だが。
霧の中で、2人は逃げなかった。
みゆが、拓にしがみつく。
『──怖い。でも、一緒なら……』
拓が、彼女を抱きしめ返す。
『大丈夫。最後まで、俺が守る。』
そのまま、崩れ落ちるように床に座り込み、
2人の額が、また重なる。
『出会えてよかった……拓くん』
『俺も。……ありがとう、みゆ』
やがて、視線が動かなくなった。
でも、顔は笑ってた。
──最期まで、幸せそうだった。
「………………ああ、はいはい」
俺の声は、もう擦れてた。
「なんだよ、これ……何、笑ってんだよ……」
バン、と背後の壁に拳を打ちつける。
指が血まみれになっても、痛くなかった。
──もういいよな。
……もう、俺のやることなんて、どこにも残ってないよな。
ふらりと足を引きずって、
その隣のボタンのカバーも、押し上げる。
そこにあった、本当の、最後のスイッチ。
“管理室―ガス放出”
俺のためのガス。
主催者の、エンディング処理。
「……元々、そうするつもりだったしな」
当選金を握ったとき、最初に浮かんだのは“これで死ねる”だった。
だからその前に、誰かに地獄を見せてやろうと思っただけ。
俺を置いていったやつら。
俺を笑ったやつら。
でも。
「結局、最後まで地獄にいたの、……俺だけかよ。」
ボタンに、手を置く。
「ま、いいか。
──俺の人生、これで、完結。」
カチリ。
押した。
部屋は一斉に真っ白になった。
音も、映像も、何もかも。
最後に見えたのは、
血まみれの、恋人たちの穏やかな笑顔。
「……愛も金も、命も、
ぜーんぶ持ってかれて、
“はい、おしまい”──」
倒れながら、薄く笑った。
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こうして、すべては終わった。
誰も幸せにならなかった、はずだった。
けれど最後に残ったのは、
「一緒に死ねてよかった」
そう微笑む2人と──
「誰にも選ばれなかった俺」だった。