お嬢様の行動力
前作「おじいちゃんと白い結婚」の前日譚に
なります
ダイジェスト感がありますが、このお話単品でも読めます
アナベルお嬢様が機嫌よく歌いながら書類を処理している。
鈴を転がすような美声なのに音が外れてる。
「なによ」
「いえなんでも」
笑いをこらえているのは当然バレている。
長い付き合いだ。
「ルーカス、わたくしが下手だと言いたいの?」
「違います」
少し短気なところもとんでもなく愛しい。
気位が高い貴族令嬢の皮をかぶった傷ついた愛情不足の女の子。
本当は可愛いな、と言いたかったのだが、真っ赤になって仕事が進まなくなるから言わない。
半年前13歳になったお嬢様は爵位を継ぎ、リレンザ女伯爵となった。
未成年なので後見人は叔母である侯爵夫人にお願いした。
幼い頃より実父に虐待されてきたお嬢様。
伯爵夫人の浮気を疑い、お嬢様は母親似なので感情をこじらせたらしい。
治癒魔法持ちの私は、その傷を治すために雇われた。
その過程で恋心が芽生えてしまった。
お嬢様の近くにいるため、頑張って執事にまで出世した。
昨年、旦那様は人事不省とのことで隠居された。
隣国から入ってきた新しい麻薬の中毒になり、伯爵であることが難しくなったようだった。
お嬢様と私が、旦那様麻薬中毒者化計画を実行しようとしたのを、伯爵家の誰も止めなかった。
旦那様のお嬢様に対する虐待を止められなかった人達でもある。
家令や執事長は止めるかと思ったんだが。
それだけ旦那様の求心力が下がっていたのだろう。
伯爵夫人によく似た娼婦をあてがい(お嬢様は自分にも似ていて複雑な気持ちだと言った)、油断させ麻薬を菓子と酒に混ぜて与えたら、予想以上に簡単に堕ちた。
その娼婦には専属になってもらった。
伯爵の精神は薬込みで安定、娼婦は仕事が楽になり高給取り、お嬢様は暴力から解放。
三方良し。
最初は毒も考えたが、
「憎いけれど死んでほしいわけでもないの」
とのお嬢様のご希望で引退して頂いた。
執務室で2人、軽口をたたきながら仕事する。
「次はお嬢様の婚約でしょうか。どんな御方にします?」
「ルーカスはわたくしが婚約してもいいの?」
「指をくわえて見てるかもしれません」
「わたくしがルーカスがいいと言ったら?」
今日のお嬢様はすごく攻めてくる
でも。
「残念ですが身分が足りません」
泣きそうな顔しないの。
抱きしめたくなるから。
「ルーカスは貴族の血が入ってるのよね」
「見た目は、ですが。母は間違いなく平民で父は不明です。貴族だと言ってましたが。庶子では女伯爵には釣り合いません。お嬢様がいいと仰っても御親戚のご意向もあります」
「ルーカスがどこかの家に養子に入るのは?無理かしら?」
「お嬢様、国教の家庭教師が泣きます。」
この国で信仰されている国教は、婚姻を重視していて、庶子、つまりは婚外子は蛇蝎のごとく嫌われている。
私のように貴族の庶子は、母親が結婚するとき孤児院に放り込まれる。産まれてすぐのこともある。
跡継ぎがいない場合、庶子がいても他家から養子をとるのが普通だ。
150年前の戦争で、この国の支配者層が代わり王族と貴族は隣国の人間になり、平民とは人種が違うため、ひと目で分かるようになった。
「ルーカスじゃなきゃだめなの」
殺す気ですかお嬢様。
私の理性は私が信用できません。
「でも、方法はあるはず。あんなに怖かったお父様だって隠居させた。ルーカス、覚悟してね」
覚悟って?
私は。
私はお嬢様がお幸せでいてくれればそれで。
…いや、嘘だ 本当は独占したい。
お嬢様の婚約など考えたくもない。無理だ。
なぜか幼い頃の鞭打たれて失神していたお嬢様のお顔を思い出し、鼻の奥がツンとした。
まさかその後私の実父?を探し出しイカサマ賭博で屋敷を巻き上げ、老伯爵と白い結婚して私と、私となんて思いませんでしたお嬢様!!
予定よりお嬢様が元気な御方になりました