汚い傷女と罵るのは勝手ですが、そもそもこの傷の原因は貴方方です。
「メリッサ!お前の悪事を暴いてやる!!」
メリッサは子供のころから王女を護衛する騎士を目指していた。
そして晴れて学園で優秀な成績を収め、騎士として内定が決まった。
しかし、卒業パーティーにて彼女が試験で不正をしたと言いがかりをつけられる。
言いがかりをつけて来た双子、カストとピエアは子供のころからの因縁があった。
果たしてメリッサは無事に卒業パーティーを切り抜けられるか、周りはその様子を見守るのだった。
王立学園
ここでは貴族の令息令嬢と才能を認められた平民が通う学園である。
騎士科・商業科・貴族科といくつかに分かれている者の、基本的には生徒は平等に扱われる。
そんな騎士科から、一人の女性騎士が誕生した。
少女の名前はメリッサ・ヴェロッキオ。代々騎士の家系であるヴェロッキオ侯爵家の次女である。
メリッサはヘーゼル色の髪にトパーズのような黄色い瞳の持ち主だ。きっちりと結わいた髪から足元に到るまで、一切スキのない佇まいをしている。
「メリッサ、頑張ったな」
「ありがとうございます」
騎士科の担当教諭は朗らかな顔で彼女に証書を渡した。
それは先日の卒業試験で、メリッサが優秀な成績を収めた事を証明するものだ。メリッサはそれを恭しく受け取る。ヴェールがさらりとこぼれた。
彼女は、花を模したトークハットから零れるヴェールで、顔の半分を覆っていた。教諭は彼女の顔を見てほうと息を吐く。
「これから先、辛いことも厳しいこともあるが。精進するように」
「はい。先生」
淑女の礼をした後、メリッサは部屋を後にした。
これから卒業式の後に行われるパーティーで着るドレスの相談をするべく、友人たちがお茶会を用意していた。
「お、傷女じゃないか」
と、向こうからやってきた男女にメリッサは表情を消す。
華やかな金色の髪にエメラルドのような瞳を持つカスト・チェーザリ侯爵令息、隣には彼の双子の妹であるピエアも立っていた。チェーザリ家もまた代々騎士を輩出している家柄なのだが、この双子は騎士科ではなく貴族科に属していた。
「おまえ、また先生に怒られるようなことしてたのかよ」
「本当に。貴女って駄目な生徒よねー」
大声でメリッサを詰る双子に、彼女は何とも言えない表情をしていた。
二人は、顔だけは良いのだが。顔以外は悉く最悪の双子だ。
人の話も聞かないし、聞いたところで曲解し自分たちの都合のいいように言いふらす。
……自分たちの置かれた立場を全く分かっていないのだ。ゆえに彼らと相対するのは時間の無駄。
「私は証書を貰っただけ」
「証書?」
「ええ。それではごきげんよう」
一礼すると、メリッサはすっと歩き始めた。
……歩いているとは思えない速度で、あっという間に彼女は双子を置いていったのだった。
メリッサは気持ちを切り替えて温室へと赴く。そこにはすでに他の令嬢たちもいた。
「メリッサ」
「すみません。遅くなってしまいました」
「ふふ。良いのよ、先生はなんて?」
彼女たちの中心にいるのはアメリア。この国の第三王女である。
メリッサは証書を見せて教諭から言われたことを伝えた。皆表情が明るくなる。
彼女たちは、メリッサの努力を見ていたからだ、図書館で勉強する姿、鍛錬上で剣を振るう姿。
アメリアはおめでとう、と改めて言葉に出した。
「メリッサ様は、ドレスはいかがなされるのかしら?」
「はい。……婚約者が用立ててくれると手紙が来ました」
「メリッサ様の婚約者は確か、辺境伯の次男の方よね?」
「確か、養子と聞いていましたけれど……」
メリッサの婚約者であるテオドーロはその才能ととある理由で辺境伯の養子になった青年だ。年はメリッサの一つ歳上である。そして、辺境伯の実子である長男のジラルドにアメリアは嫁ぐことになっている。二歳ほど年は離れているが、関係は良好だ。今度の卒業パーティーには彼らもエスコート役として来てくれることになっている。他の令嬢たちは溜息を吐いた。
見かけたことがあるが、二人とも背が高くたくましい体格をしており。メリッサとアメリアが隣に添えば一幅の絵になるだろう。
「ええ。それで今回のご相談というのは」
「ドレスに飾るコサージュの事よ。色が被らないように打ち合わせしましょう」
パーティーに出る貴族令嬢は、胸元にコサージュを付けるのが習わしである。
高位貴族同士では色が被らないようにこうやって打ち合わせをするのだ。メリッサもコサージュかぁと思い描く。
「素敵なものにしましょうね」
「はい」
そうして慌ただしく準備が始まり、卒業式の日を迎えた。
午前中に卒業式を終え、家に戻ったメリッサは侍女たちに念入りに磨かれ、髪を結い上げ、ドレスを纏う。
深い緑色のドレスに、真珠を合わせたアクセサリー。トークハットもそれらに合わせたものになっている。
勿論胸元には令嬢たちと話し合ってできたコサージュが佇んでいた。
そして準備していると家令がやってくる。テオドーロがやってきたのだ。
「テオドーロ様」
「メリッサ……いつも以上に綺麗だよ」
テオドーロは自分の瞳の色を纏う婚約者を抱きしめ、そっと耳たぶに口づけを落とした。
彼女の家族がいる手前、我慢した自分をほめてほしい。そういわんばかりに微笑んでいる。
メリッサは柔らかく笑って、ありがとうと呟いた。
玄関に赴くと両親と使用人たちが待っていた。今回帰国が間に合わなかったが長女夫婦も後でお祝いに駆けつけてくれるという。
「それでは。お父様、お母様。行ってまいります」
「ああ、いってらっしゃい」
「気を付けるのよ」
いつものように両親に挨拶を交わし、二人は馬車に乗り込んだ。
道すがら、テオドーロは外を見ているメリッサに声をかける。
「あいつらはどうだった?」
「……いつもの通りでした」
「そうか。やっぱり父上の言った通りになったな」
舌打ちしそうなほどに、テオドーロは顔をゆがめた。
メリッサは目を閉じて溜息を吐く。この10年――傷を負ったあの日から――を思い出していた。
暫くのち、馬車が止まった。学園に着いたのだ。テオドーロは手をメリッサに手を差し出した。
会場に着くと、すでに何人かの令息令嬢たちが談笑をしていた。
メリッサとテオドーロはとりあえず飲み物を頂こうと歩き出して、動きを止めた。
「お兄さま!!」
テオドーロの背中に何かが抱き着いた。それはピエアだった。後ろにはカストもいる。
二人とも随分と流行遅れの礼服とドレスを纏っていた。
「……俺はもうお前たちの兄ではない。俺達に何の用だ?」
「何って……せっかく可愛い妹と弟が一緒の会場にいるのですよ?挨拶は当然です」
「俺はお前たちの兄ではなくなった。挨拶は不要だ」
「そんな……おい傷女。お前兄上に何を吹き込んだ」
「なにも言ってませんよ。テオドーロ様自身がお決めになられた事です」
「じゃあな」
「待ってください!!その女にお話があります!!」
立ちふさがるように手をのばすピエアにテオドーロは鋭い目を向けた。
「メリッサ!!今日こそお前の悪事をここで暴いてやる!!」
喜色満面の笑みを浮かべている二人とは違い、メリッサとテオドーロは目を細めて睥睨する。
「悪事ですか?」
「お前は学園の成績を不正に上げて卒業し、王女殿下にすり寄り、護衛騎士になった!!
俺の目はごまかせないぞ!!」
「どのような不正ですか?」
「まず座学だ!お前は騎士科の試験でカンニングした!
これがその証拠だ!!」
カストが床にばらまいたのは細かい字が綴られた小さい紙片たち。
メリッサはそれをちらりと見やると、首をかしげて視線を彼らに戻した。
「私はカンニングしていませんが」
「嘘をつくな!!お前がこれを持っていたと他の奴らが証言した!!
言い逃れは許さない!!」
「そうよ!!今までだってずっとカンニングしてたんでしょ!!」
二人の言葉にテオドーロは不愉快そうに顔を歪ませた。
騎士科の座学の試験でカンニングは不可能なことを、普通科の――それも成績が最下位に近い彼ら――には理解できないのだろう。
なぜなら。
「騎士科の座学の試験は先生と記録係の二対一で向き合い、口頭で答えを伝えます」
「はぁ?」
商業科や貴族科は答案用紙を用いての試験だが、生徒数の少ない騎士科では違う。
授業中に行われる小試験は流石に答案用紙を使うが、期末の試験でメリッサの語ったとおり、口頭でのみ試験を行う。口頭で行うにはいくつか理由があるのだが、答えを述べる際に取る態度や声音も点数に入るからだ。騎士たるもの、堂々としなければならないし、小さな声音などもってのほか。なので、騎士科では発声練習や座っても崩れない体勢なども勉学のうちに入る。
……騎士科にいる生徒なら誰もがしる事実だ。そしてそれはあまり他の学科の生徒には伝えられない。
「先ほど、私がそれを使っていると証言した騎士科の生徒がいたと仰っていましたが」
「ああ!皆お前がカンニングしていたと証言していたぞ!!」
「そうですか、なら名前を聞いても良いですか?彼らに尋問しないといけないので」
「……尋問だと?」
メリッサは頭の中でやるべきことを考えていた。
まずは自分がカンニングをしてない事の潔白を示すために学園に連絡を取らなければならない。
そして証言をした皆。というのが一体何人いるのかわからない。騎士科のクラスは2つなので、他のクラスの連中かもしれない。なのでカストから名前を聞き出した生徒たちを尋問しなければならない。
なぜならメリッサは今王女付きの護衛騎士として内定しているから。そんな者を内定した王家の威信に傷がつく。最悪、同期相手に拷問も含めた尋問をしないといけないが、それは仕方がない。
尋問、と聞いて会場にいた令息のうち何人かの顔色が変わる。おそらく同じ騎士科の生徒たちだ。
授業の中には、死刑囚を用いて尋問するという内容もあった。……もちろん、肉体的に痛めつける方法も教わる。メリッサは優秀な成績を修めていた。あまりにも優秀だったため、授業の後拷問吏にスカウトされたくらいなのだが。
「それで。私の不正は座学だけですか?」
「い、いや!それだけではない!お前は実技も不正をしていた」
「どのように?」
メリッサの問いかけに、答えたのはピエラだった。
「貴女は!対戦相手と寝ていたのよ!!対戦相手と寝て不戦勝していたのでしょう!!汚らわしい!!」
瞬間、ピエラは全身を硬直させて、へたり込んだ。荒い息をはき、顔面は蒼白である。
何が起きたのかわからないカストは妹の急変に狼狽える。
周りの生徒たちは一歩引く、テオドーロは隣にいるメリッサの顔を盗み見た。
……殺気で妹を威圧したと思えないほど、彼女の表情は凪いでいる。
淑女としてあるまじきことを口にした女に、メリッサは決して容赦はしない。
ピエアは上位の成績を収めた令嬢を貶める為に常日頃からそういった言動を繰り返していると聞いていたが、ここまでだとは思わなかった。散々先生にも注意され、しまいには学園長から退学をやんわりと進められていた時くらいからは言わなくなったらしいが。
「……今の言葉で。貴女は複数の家を侮辱した」
静かなメリッサの声には、微かに殺気がこもっていた。
騎士科の生徒は念のために目配せをしあっていた。万が一があれば、止めなければならない。だれを、メリッサをだ。
ただし、魔力のブーストによりただの拳で岩も砕くほどの力を得た彼女に勝てるかどうかはわからないが。
「まず、私の生家であるヴェロッキオ家。次に、貴女方の生家であるチェーザリ家。……そして王家よ」
「なんで王家が出てくるんだよ」
「当然でしょ?卒業試験の実技の監視役は王家の人間が務める。……私の場合はアメリア殿下がその任に着いたわ」
騎士科に入った貴族は、卒業すれば王宮勤めになることが多い。
そのため、王家あるいは王立騎士団の団長が実技を監視するのだ。彼らの実力を、正しく見極めるために。
「そもそも、実技の相手は当日対峙するまで非公開よ。貴女方の考えているように、賄賂を贈って不戦勝を勝ち取らないために」
「でも!!相手はこの学園の先生でしょう!!だったら先生と全員寝れば!!」
「実技の相手は騎士団から選ばれるわ。最終実技における私の対戦相手はエラルド・バンデーラ第三騎士団隊長。学園長のご子息よ」
――会場にどよめきが走る。
「馬鹿な……!あのエラルド・バンデーラ殿と試合を?」
誰かの声が聞こえた。エラルド・バンデーラはこの学園を首席で卒業した青年だ。
規律に厳しい高潔な精神と、在学中に山に登って熊相手に素手で対峙したなど常軌を逸した鍛錬の逸話は今でも騎士科の語り草だ。
学園長の息子という事で最初はその成績を疑われることがあったらしいが、熊を素手で退治した辺りで風向きが変わったとは本人の弁である。
……まぁ、そんな彼でも勝てない化物が第一・第二騎士団にいるのだが、それはまた別の機会に語られるだろう。
双子は何も言わずに黙ったまま。メリッサはそれを見つめて口を開いた。
「お前たちが私を貶めようとしたその愚行が、何を意味するか……理解できていないようね」
メリッサの瞳が鋭く細められる。
「この場にいる令息令嬢たち、そして殿下、監視役として御臨席された方々……
誰もが証人となる。私に対するこの侮辱は、ヴェロッキオ家への侮辱であり、
チェーザリ家――ひいては王家の権威をも否定するに等しい」
ピエアの肩が震えた。カストの唇がわなないた。
「私は王女殿下の護衛騎士として内定している。……それを覆すということは、
王家の選択を疑うということ。――お分かりかしら?」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
カストが慌てて手を振る。
「そう……そのつもりじゃなかったの。許して……」
ピエアも地面にひれ伏す。
「許しを請うのなら、まずは貴族としての責任を取ること。
そして、己の無知と愚かさを思い知りなさい」
「話は終わったかい?」
「いえ、まだ。……なんでこんなふざけたことを言い始めたのか聞かないと」
メリッサの言葉にテオドーロもそうだねと頷いてカスト達の方に歩み寄った。
そしてカストの胸ぐらをつかみ引き上げたのだ。弟の体が宙に浮き、苦しむような姿を見せてもテオドーロの表情は変わらなかった。
「彼女の所望だ。なんでこんなことをした」
「な。なんで……と」
「テオ兄さま!おやめください」
「兄と呼ぶな。虫唾が走る」
ピエアはへたり込んだままテオドーロを見上げる。彼の目に家族の情など一切なかった。
どすん!とカストが解放される。息を整えている間もテオドーロは厳しい目線を彼らに向けていた。
「もう一度聞く、なぜ?」
「なぜって……メリッサが王女の護衛騎士にふさわしくないからです!!」
「それで?」
「奴は女です!!女が騎士になんてなれるわけがない!!
それにあの傷!!兄上だってご存じでしょう!!あんな汚い傷の女が!!騎士になんて!!」
メリッサはそこでトークハットを脱いだ。ヴェールがとれて本当の顔が露になる。
彼女の顔には十字の傷があった。額から鼻を通って頬まで伸びた一本と、反対の額から延びた一本。
冒険者でもめったにないだろう顔面に傷のある彼女は、しかしそれを卑下することはない。
しかしその傷を見たカストとピエアは勝ち誇ったような笑みでテオドーロに懇願した。
「見てください兄上!!あの醜くて汚い傷を!!
あんな傷を持った奴が護衛に騎士にふさわしくないんです!!」
「お願いです兄上。兄上も一緒に王家にお願いしてください、醜い傷の女は王女の護衛騎士にふさわしくないと」
「……お前ら。あの傷がどうやってできたのか忘れたのか?」
「はぁ?……何って。兄上何を言ってるんですか?どうせどこかで勝手に怪我でもしたんでしょう?」
「あの傷はお前が付けたものだろうが!!」
テオドーロの言葉にカストとピエアはぽかんとした表情でテオドーロとメリッサに視線を送っている。
周りの生徒たちはひそひそと囁き合っていた。
10年前。王女の誕生パーティーに呼ばれたカストはそこで父が最近買ったという短剣を自慢していた。それには風の魔法が付与されており、見た目もカッコいいからと父にねだっていたのだが、父親であるチェーザリ侯爵はけっして彼に触れさせなかった。
その短剣を持ち出し、他の令息に短剣の切れ味を見せるために庭の木に向かって短剣を振るっていた。
風魔法が遠くにある木の枝を切り落としたのをみてカストは調子に乗って短剣を振り回した。
その短剣から生まれた風が、メリッサの顔を切り裂いたのだった。
会場は阿鼻叫喚。メリッサはすぐに王宮に勤めていた医師の治療を付けた。
しかし魔法の傷は通常の薬では癒すことが出来ず、また当時は癒しの魔法を使えるものが国にいなかったため傷跡が残ってしまった。
メリッサの両親であるヴェロッキオ侯爵夫妻は他国にも癒しの魔法を使えるものを探しに行ったのだが、見つかることはなかった。
チェーザリ侯爵はすべての責任は自分にあると言って、騎士団を辞め領地に帰った。
そして土地の一部と多額の治療費。そしてテオドーロを慰謝料として差し出したのだった。
「……まさか、忘れていたのか」
「いや。えっと。その」
テオドーロは覚えている。メリッサとの婚約を父から告げられたあの日の事を。
カストとピエアは泣き喚いていた。彼女に慰謝料を払うためにあらゆるものが売り払われたからだ。
『父上!!あの剣だけは売り払わないでください!!』
『お母さま!!あのネックレスは嫌!!』
そういって両親に縋り付いていた弟と妹を異物を見るような眼で見ていた自分がいた。
そして、テオドーロとメリッサの婚約を告げた時に弟はびっくりした目で自分を見ていた。
『なんで兄上があいつの婚約者にならないといけないんですか?』
『お前のやったことを清算するためだ。本来ならお前がやるべきことなんだよ』
そういうと弟はあんな女の婚約者は嫌だ!!と床に寝転がってじたばたともがき始めた。
妹もあんな傷の女が義理の姉とか気持ちわるい!!考え直して!!とテオドーロに言い放ったのだ。
二人とも、母親に平手打ちを食らい部屋に押し込められた。父と長兄は重苦しい溜息を吐いていた。
幸運だったのは、メリッサはテオドーロに対して何も悪感情を抱いていなかったことだ。
というよりも、怪我も自分の不注意だと思っていたらしい。
そんな、ある意味真面目過ぎた彼女と自分を守るために、テオドーロはある思惑の元辺境伯に養子となったのだ。
元の家族とは手紙のやり取りをしていたし、年に一度はあっている。
しかし、テオドーロはカストとピエアから金の無心をされるようになった。
理由は両親が欲しいものを買ってくれない、長兄もお小遣いをくれない。
辺境ならお金使うところないから余ってるよね?頂戴。といったような事が書いてあった。
すぐに両親に手紙ごと送り返してからは無心されることはなかったのだが。
テオドーロは怒りと呆れの余り涙が出そうになった。こんなゴミクズどもが血を分けた弟妹だと思いたくなかった。
「俺が辺境伯に養子に入った理由を教えてやろうか?メリッサと婚約するためだ」
「テオドーロ様。もうすぐパーティーが始まります」
「そうだな」
テオドーロは指を鳴らす。
こんなこともあろうかと、会場の外に待機させていたチェーザリ侯爵家の者達が双子を拘束した。
このまま、侯爵家のタウンハウスに叩き込む。テオドーロは引きずられていく二人を眺めていた。
カストとピエアはチェーザリ侯爵家のタウンハウスへと戻された。
彼らの親であるチェーザリ侯爵夫妻は、冷え冷えとした表情のまま二人を玄関で出迎えた。
「カスト、ピエア。お前達を修道院に入れることが決定した」
「修道院なんて行きたくない!!考え直してください!!」
「あなたたち。メリッサ嬢に対して嫌がらせをしていたのでしょう?」
夫人の言葉に二人は言葉を詰まらせる。
学科は別なので教室も受けている教育も違うが、廊下ですれ違ったり食堂で出会う度に大声で傷をなじっていたという。先生や同期達からは怒られたりたしなめられてはいたが、二人はどうしてもメリッサを馬鹿にしたくて仕方がなかった。
ヴェロッキオ侯爵家からメリッサに接見禁止の話が舞い込み、二人にはこんこんと説明した。
にもかかわらず今度は仲間を集めて一生懸命メリッサの風評被害を流していたという。
二人は。傷のついた女が素知らぬ顔で学園を歩き回っているのが心底気持ち悪かった。彼女がそこにいるべきではないと心の底から信じ込んでいた。
「だって、あんな汚い傷女……」
「そうよ。私だったらあんな傷付けられたら自殺しちゃう」
「……お前たちは本当に何も反省してないんだな」
チェーザリ侯爵は溜息を吐いて、棚から水晶のようなものを取り出した。
そこに映し出されていたのは10年前のあの日のパーティーだった。
カストとピエアが何か話し込んでおり、二人は離れる。
短剣を自慢し始めたカストとは離れたと事にいたピエアは他の令嬢と話し込んでいた王女に話しかけた。
するとカストが短剣を振るい、ピエアは足がもつれたような動きをした後に王女を押し出した。
……風魔法が王女に当たる前に、メリッサが彼女をかばい。彼女の顔面から血が流れたのだった。
「……これが何を示すか、分かるか?
お前たちが、王女を狙って短剣を振るい。メリッサ嬢が身を挺して庇われたということだ」
侯爵の言葉に二人は首を横に振るって違うといい始めた。
しかし、これと同じような映像がパーティーのあちこちに仕掛けてあった水晶に映像魔法として記録されている。メリッサが傷をつけられてから数日の後。チェーザリ侯爵家とヴェロッキオ侯爵家、そして高位貴族の当主達と国王がひそかに集められた。チェーザリ侯爵は子供たちのしたことに顔面蒼白になり、夫人と共にいかなる処罰も受けるとその場で誓った。
そして会議の後、メリッサに莫大な慰謝料を払うとともに一つ約束をさせられたのだ。
度し難い犯罪を犯したが彼らはまだ子供。これからチェーザリ侯爵家で教育を行い、心底彼らがメリッサに謝罪をすればこのことは末代まで不問にする。
ただし、彼らがメリッサに謝罪しなかった場合……。
「ゆえに、お前たちには厳しい教育を施した。本来ならば結ぶべき婚約もしなかった。
……お前たちには何も響かなかったがな」
カストもピエアも、家庭教師の勉強から常に逃げ回っていた。そのおかげで彼らはまともなマナーも教養も身に付けなかった。そのくせいっちょ前にパーティーには参加したがっていたが、侯爵夫妻は決して二人を社交の場に連れて行かなかった。
ピエアは侯爵家でお茶会を開きたい。と駄々をこねたことはあったが、そのための計画書を書いてといえばお粗末なものを書いてくる始末。
また、誕生日になればカストは新しい武器を、ピエアはアクセサリーとドレスを欲しがったが最低限の衣服以外は与えなかった。
年頃になり婚約者が欲しいと言い出したのには流石にあきれ返ったが。勿論、与えられない理由はきちんと伝えていた。
本来なら学園にも行かせずに領地で教育をしていく予定だったが、二人はそれだけは嫌だ!!と大暴れした。学園は王都に存在するため、そこでの暮らしにあこがれていたのだろう。暴れに暴れた二人は、最終的にこういったのだ。学園に行けば更生する。きちんとまっとうになる。何度も家族会議を重ねた結果、二人は学園に行くことが許された。夫妻の約束をきちんと守ると誓約書まで書いて。
……その制約が守られたのは、最初の一か月だけだったが。
「それは、父上たちがきちんと教えてくれなかったから……」
「私は何度もお前たちに伝えていた」
「お母さま……」
「あなた達を生んだこと、後悔しているわ。」
チェーザリ侯爵夫人は冷めきった眼で双子たちを見つめていた。
母親のそんな表情を見て、初めて二人はとんでもないことをやらかしたのだと気が付いた。
それはあまりにも遅すぎる自覚ではあったが。
「ねぇ、どうして忘れられたのかしら?
高位貴族の、しかも女の子の顔に傷をつけて。どうして笑っていられるのかしら?」
侯爵も夫人も、長い間贖罪のために働いていた。
それは長兄であるアロルドも同じこと。本来ならば彼は妻を娶りこのチェーザリ家を盛り立てていかないといけないというのに。愚かな双子のやらかしのせいで、彼の婚約話はご破算となった。現在は領地に戻り一生懸命運営を行っている。婚約者であった令嬢は最後まで寄りそうと言ってくれたが、アロルドは断腸の思いで彼女と別れた。彼女を巻き込みたくなかったから。
生涯独身になっても構わない、万が一の時はテオドーロの子か他の親戚から養子をとってほしい。それが長兄の言葉だった。
「……だって、謝ったし」
「なにが?」
「俺もう謝ったじゃん!なんで今更蒸し返すんだよ!!」
カストの言葉に夫妻は絶句した。
双子を連れて謝りに行ったことはある、メリッサが王城から領地に戻り療養を続けていた時だ。
彼女は顔に包帯を巻いた姿ではあったがあってくれた。
その時、カストはなんていったか?
『ごめん!お前がいたなんて気が付かなかった!』
へらへらと笑って、そもそもお前があんなところにいたから大騒ぎになったんじゃんと言い放った。
ピエアも笑いながら包帯お化けになっちゃったね、一生そのままなの?などとのたまったのだ。
ヴェロッキオ侯爵家から叩き出され、二度と双子を謝罪の場に連れてくるなと言われたのは当然である。
「アレを、謝罪だと思っているの?」
「いや、ちゃんとごめんって言ったし。あ!何なら今からでももう一回謝るからさぁ」
「私も今度こそきちんと謝ります。だから修道院なんかに行きたくありません!!」
「……お前たちに二度目はない」
侯爵は外に置いてあった馬車に無理やり二人を乗せた。
最期まで、メリッサに対しての謝罪の言葉を口にすることもなく、双子は修道院に向かって運ばれていくのだった。
「メリッサ」
パーティーも穏やかに始まり、何曲かダンスを踊ったところで二人はバルコニーへと出た。
ここならば、話に聞き耳を立てるものもいないだろうという配慮だ。
「テオ」
「おめでとう」
テオドーロはやっと、やっとここまで来たとメリッサを見つめた。
彼女との出会いは、彼女がまだ5歳の時だ。
そもそも、ヴェロッキオ侯爵家とチェーザリ侯爵家は父親同士が王立騎士団の同期ということもあり仲が良かった。そのためお互いの家族の誕生日には呼ばれることが多かった。
メリッサはそのときから、王女付きの護衛騎士になると言っていた。
キラキラした黄色い瞳で夢を語る彼女はとてもかわいかったのを覚えている。
『女が騎士になれるわけないだろ』
『そうよそうよ、ばっかみたい』
それを、自分の弟と妹が頭ごなしに馬鹿にするのをテオドーロは何度も叱った。
しかし二人は隙を見てはメリッサを馬鹿にしたり、挙句の果てには彼女の結い上げた髪を掴んで髪飾りをむしろうとした。流石にそれはやめさせて、両親とまだ家にいた長兄に言いつけた。当然ながら二人は3人に怒られていたのだが。
双子はぶんむくれた表情ででも、だって、と反省することはなかった。
今思えば、あの時から双子の性根は決まり切っていたのだろう。
『弟たちがすまない。大丈夫かい』
『平気です……。でも、やっぱり女で騎士を目指すのは間違いなのでしょうか』
『間違ってないよ、俺は君の夢を応援する』
しかし、それから彼女の顔をカストが切り裂き、テオドーロは贖罪の為に彼女の婚約者となった。
なぜそこで辺境伯への養子入りが決まったかというと、当時すでにアメリアとジラルドの婚約が内定していたからだ。彼らを影から支えるため、そしてメリッサもテオドーロも王都よりは辺境の方が暮らしやすいだろう。という理由の元テオドーロは辺境伯へ養子に入った。
だが、彼の誤算はメリッサは顔に傷を負ってもなお王女付きの護衛騎士を諦めていなかった事だった。
彼女は傷あとの残る顔のまま、鍛錬や勉学に励み始めた。彼女を傷物と揶揄するものはカスト達以外にもいたが、全員実力でねじ伏せていった。
『君は、諦めないのかい?』
何度目かのお茶会で、テオドーロは訊ねた。
メリッサは、トークハットから零れたヴェール越しでもはっきりとわかるぐらい、にっこりと笑う。
『諦めません』
『なぜ?』
『……笑わないで聞いて頂けますか?』
メリッサとアメリアが出会ったのはお互いに3歳の時だった。
そのとき、なぜかアメリアがメリッサをゆびさして。ねーね!と呼んだことがあったらしい。
メリッサはこのとき衝撃を受けたのだという。そしてテオドーロに言った。
『私は、守りたいのです。たった一度でも私を姉と呼んだ、アメリア殿下の事を』
その一度だけの出会いでメリッサの心は決まった。どんなに厳しい道だろうが関係ない。騎士になるのだと。
家族の誰もが心配してくれたが、メリッサの決意の固さに最終的には応援してくれることとなった。
そして、研鑽を続けた彼女は、無事に勝ち取ったのだ。
「ごめんなさい。すぐに辺境に行けなくて」
「構わないさ」
アメリアは卒業後数年は王族として外交公務を続けると公言している。
メリッサもそれについていく形で諸外国を周っていくだろう。そのために学園では外国語の勉強もしていた。顔に傷のある彼女を、周辺国の者達がどう思うか。テオドーロは心配しているが、メリッサは全く気にしてなさそうだった。
「けど。……少しは時間はあるだろう?」
「え?ええ。……テオ?」
小首をかしげるメリッサに笑いかけ、テオドーロはその唇を奪おうとして。
「おやおや、我が義弟は随分と恋人に甘いらしい」
はっと振り返ると。そこにはアメリアとジラルドが立っていた。
彼はニヤニヤとテオドーロを見つめており、アメリアも瞳を輝かせて二人を見ている。
学園では風紀を乱すわけにはいかないと余り恋人らしいことをしていなかった二人の行動を見ていたらしい。
「アメリア殿下。ご卒業おめでとうございます。
……一臣下として、お慶び申し上げます」
メリッサは淑女らしく優雅なカーテシーを披露する。
続いてテオドーロも挨拶を述べ、アメリアはふっと吐息を漏らした。
10年前の事を、思い出す。
『貴女のせいで私の誕生日パーティーが台無しよ!!責任取って!!』
メリッサが顔に傷を負い、大事を取って王城で治癒を受けていた時。
アメリアは彼女のいた部屋に押しかけてそう言い放ち、泣いた。
自分の誕生日が台無しになってしまった事だけが、彼女の心を占めていたのだ。
そのときのメリッサは困ったようにアメリアを見つめ、謝罪した。
……後日、部屋を警備していた騎士から報告が上がったのか、アメリアは王妃に呼ばれ。本当の事を知った。
『……本当は私が狙われていたの?』
『ええ。陛下も他の貴族もそう思っているわ』
『そんな。私……』
その後、王妃と共にもう一度メリッサの部屋に行き。アメリアは心の底から謝罪した。
メリッサの負った傷を、本来ならば自分が背負っていたかもしれない。
それを庇った彼女の事を慮ることが出来なかった、子供だった自分をアメリアは恥じた。
『顔を上げてください、アメリア殿下』
『メリッサ……』
『私は、平気です』
『そんな……そんなこと。だって顔に傷を』
『私は、殿下の護衛騎士を目指しています。この程度の傷、どうってことありません』
メリッサの言葉は真摯だった。でもアメリアは納得できなかった。
女の顔に傷がついて、それをどうという。そんなのあるわけがない。
自分を気遣っているのか。いや、違う。アメリアはわかってしまった。
『私は貴女を守れたのです。この傷は、私の誇りです』
そう言い切ったメリッサをみて。初めてアメリアは自分の立ち位置を自覚した。
この国の王女。人の上に立つ存在。それを守るためなら、命は惜しくない。
そういった人たちに守られて、自分は育っていく。これまでも、これからも。
メリッサの見舞いを終えたアメリアは、それまで苦手だった勉強を猛然とこなすようになった。
時には教師からですら勉強し過ぎだと止められてしまうくらいに、アメリアはあらゆる知識を吸収し始めたのだ。
彼女の献身に報いるには。彼女が庇ってよかったと思えるような王女にならなければならない。
ジラルドとの婚約が決まった後も、アメリアは勉強を欠かすことはなかった。
将来の辺境伯夫人として彼を支える、そのためにはいくら知識があっても足りない。
その上、メリッサも養子となったテオドーロと婚約したのだ。
『王女として、将来の義姉として。恥じないように』
「メリッサ・ヴェロッキオ」
「はい」
「……わたくしの騎士として。貴女には隣にいてほしいの」
「殿下……」
アメリアはにっこりと笑って、メリッサに抱き着いた。
彼女は驚いていたが、鍛えているのかその体が揺らぐことはなかった。
「おめでとうメリッサ。私の騎士」
その言葉に感極まったのか。メリッサの瞳から涙がこぼれたのだった。
カストとピエアの馬車がたどり着いたのは簡素な建物だった。ここで一泊し、更に目的の場所に行くのだという。しかし、二人は部屋ではなく地下に作られた牢獄にぶち込まれる。
「おい!何でここに入れるんだよ」
「そうよ、出しなさいよ」
「罪人を牢獄に入れるのは当然だろ?」
乾いた声が牢獄に響き渡る。そこに現れたのはアメリアとジラルドだった。
卒業パーティーにいた彼らがなぜここに?と思ったがよく見たら彼らの足元はおぼろげになっている。
「ああ。これは映像魔法だよ。近くにいる部下が持っている水晶で映像を飛ばしているんだ」
「折角だから。最後に見ておこうと思ったの。愚か者たちをね」
「俺は彼女の目を汚したくなかったんだが。……まぁ見世物にはちょうどいいか」
二人は鉄格子に食らいつき必死に王女に許しを請い始めた。
「アメリア様!俺達修道院なんかに行きたくないんです!!両親を説得してくれませんか」
「お願いします!!」
「チェーザリ侯爵がかわいそうだわ。末の子供たちがこんなゴミクズで」
アメリアの口から出た言葉に双子は固まった。
彼女は扇子で口元を隠していたが、目には侮蔑の色が宿っていた。
「ねぇ、そちらの貴方。確か私に自分を騎士にしてほしいと言ってきたわね」
「え?ええ。はい」
アメリアが学友たちと昼食を食べているときに、カストがずかずかとやってきてのたまったのだ。
自分を護衛騎士にしてほしいと。その理由がまたちゃんちゃらおかしいものだった。
『自分は顔がいいから、傍に置けば殿下の箔が付くと思うんです!』なんて。
その場の空気が凍り、控えていたアメリアの従者が力づくで彼を追い出した。
カストはその従者――女性だった――にも悪態をつき、しまいには足を蹴ってその場から逃げ出したという。
「そちらの妹さんは。確か俺に色目使ってきたな」
「あら。そうなの」
「鼻が曲がりそうなほどどぎつい香水を振りまいてね。君、本当に令嬢なのかい?」
ピエアは社交界に出てなかったのでジラルドの顔を全く知らなかった。
入学して早々、生徒会長である彼に一目ぼれし付きまとっていたのだ。
しかし、彼が辺境伯の息子であることを知りあっさりと彼から離れた。
そして彼と婚約をしているアメリアに対しても、一度だけ学友にこうつぶやいたことがある。
『ジラルド様って、顔は良いのにド田舎の方なのね。そこに嫁ぐアメリア様って。もしかして結構な変人なのかも』
……このような言動を繰り返す双子をなぜ野放しにしていたのか。
それは監視のためだ。万が一学園を退学し、野放しになれば何をするかわかったものでは無い。
勿論、常に彼らを監視するための者は配置されていた、教員や生徒の中にも監視の目を潜り込ませていた。
結果として、彼らは何も反省することなく。侯爵家の努力の甲斐もなく。判決は下った。
しかし、それを知らないのは当人たち。
「殿下!!」
「何かしら。罪人ども」
「罪人って……」
「罪人でしょ?私の騎士、メリッサを侮辱しておいて。
……それとも、私に刃を向けたこともお忘れなのかしら?」
「アメリア。もう行こうか」
「そうね」
ふっとアメリアの姿が消え、ジラルドが二人を見つめる。
ぞっとするほどの冷たい瞳だった。
「君たちがこれから行く修道院は、辺境にある。この国で最も戒律の厳しい場所だ。
逃げ出しても良いけど……その場合は君たちは処刑する。
じゃあ。せいぜい生き恥を晒しながら生きるがいい」
ジラルドの姿も消え。二人はがっくりと肩を落とす。
「…………のせいよ」
「あ?」
「お兄ちゃんのせいよ!!何もかも!!」
「はぁ!?もとはといえばお前が言い出した事じゃないか!!」
10年前。令息たちと話しているときにピエアが泣きべそをかきながらやってきたのだ。
王女様に意地悪された。とポロポロ涙をこぼす妹。カストは怒りにかられ、そして閃いた。
先ほどまで自慢していた短剣を使い、王女を懲らしめることにしたのだ
ちょっとだけ頬っぺたに傷をつける程度だし、転んでけがをしたことにすればいい。
そうやってピエアに誘導を頼んで。そして……。
「だって!!アメリアはあたしにティアラ貸してくれなかったんだもん!!」
「…………は?」
「すっごく綺麗だったから。あたしの方が似合うと思って貸してって頼んだのに!!
母からの借りものだから無理なんてすました顔で言ったのよ!!
だから罰を与えたかったのに!!お前のせいで台無しだよ!!」
「ふざけんな!!たかがティアラ如きで」
「それだけじゃないもん!!」
ピエアは堰を切ったかのようにその時の事を話し始めた。
アメリアの着ていたドレスがピエアよりも素敵だった。履いている靴も可愛かった。
王女だからって周りに人を侍らせたいばりんぼう。ピエアはずっとアメリアが憎らしかった。
『あたしの方が王女にふさわしいのに!!』
何の根拠もなく。ただ年が同じというだけ。
それだけで妹は王女を敵視し、それにカストは巻き込まれた。
いや、あの時だってカストが諭せば。短剣を持っていなければ。こんなことにはならなかった。
しかしカストは妹の言葉を聞いて瞬時に怒った挙句、一瞬だけこう思った。
『怪我をした王女を自分が助ければ、自分は注目されて騎士になれるかもしれない』
そうだ、そうなれば王家とつながりが出来て楽に騎士になれる。
上の兄二人みたいに勉強や鍛錬といった地道な作業は死ぬほどごめんだった。
騎士になれば親族からの小言からも解き放たれるし、王女からは尊敬の念を抱かれるだろう。
短絡的にカストはそう考え、あの事件を実行した。
「……メリッサのせいよ。あいつが庇わなければ。
というかあいつが生きてるせいよ。死ねばよかったのよ」
「そ。そうだ。あいつが死ねばよかったんだ」
顔に傷を負うという生き恥を晒して。無様に生きている女。
双子は自分たちの境遇がメリッサのせいだと結論付け。朝まで彼女への呪詛を喚いていた。
……二人は知る由もないのだが、もしそこでメリッサが死んでいたならば。
チェーザリ侯爵家は跡形もなく没落し、そして二人も成人するまで生きてはいなかっただろう。
彼女が生きて、前向きに生き続け。王女の護衛騎士として選ばれたからこそ、双子は修道院送りという温情を賜ったのだ。
……そのことを二人は気が付くこともなく、修道院へと送られた。
修道院に送られる前に。彼らは強盗に襲われた。命だけは、助けられた。
しかし、双子は強盗の放った炎魔法により顔の半分に火傷を負い、喉も傷がついてしまった。
修道院に到着した二人だったが当然ながら碌な治療を施されることはなかった。
火傷のせいでうまく喋れず、さぼってばかりの二人はすぐに修道院の仲間たちからつまはじきにされる。
「(なんで、なんで俺がこんな目に)」
「(あたしがなにしたっていうのよ)」
数年後、辺境伯の息子たちがそれぞれ結婚式を挙げたと聞いて、二人は発狂するのだった。
人物紹介
メリッサ
顔に十字の傷がある少女。傷に関しては目がやられなくて本当に良かった。と思っている。
騎士としてはスピードと手数で押していくタイプで、鎧を身に付けなければもっと早い。
テオドーロ
辺境伯次男(養子)。辺境騎士団に所属している。
メリッサの事を心の底から愛しており、故に慰謝料として彼女の元に行くことはすぐに決意できた。
アメリア
第三王女。他国の事に興味津々で、周辺国の語学に精通している。
いつかメリッサの傷を治せるようにと、今でも治癒魔法を使えるものを探している。
ジラルド
辺境伯長男。辺境は二つの国の国境に面しているため、交易と情報が入り込む要の地でもある。
アメリアの事は大切に思っており、どんな手を使ってでも彼女の願いをかなえたいという黒い思いも持っている。
ヴェロッキオ侯爵家
両親と長女夫妻。主である侯爵はメリッサが怪我を負った時家宝の剣を持ち出して双子を制裁しようとした。
メリッサ決意が固いので見守る体制をとっていたが、まさか本当に騎士になるとは思っていなかったらしい。
チェーザリ侯爵家
双子のやらかしのせいでとんでもない被害を被った家。
子供たちが全員出て行ったあと、可能な限り私財を整理し、領地でひっそりとした穏やかな生活を送ることとなった。
カストとピエア
顔がいい。それだけで増長した双子。ちなみに家族親戚縁者の誰にも顔の良さでちやほやされた記憶はほぼない。
なぜそこまで性格がねじ曲がったのか。もう持って生まれた何かが他の人間とは違ったのだろう。