第8話僕は幸村を好きなんかじゃっ。【信之】
僕は、幼いころから母上と父上と弟が大好きだった。周りの人も仲が良くて羨ましいと僕ら家族の事を褒めちぎっていた。
でも、僕が十五歳になったくらいの時から状況は変わる。
周りの人たちは幸村の事を天才だとか優秀だとかと褒めちぎるが僕の事は長男なのに次男より劣っているなんて……と陰口を叩くようになった。
僕は絶望した。何でこんなことを言うのだろうかと。
それでも、僕は弟が大好きだった。気にしないように頑張った。
ある日、僕らの周りによくいた人が言った。
「信之様が長男だと言うのに次男の幸村様ときたら、兄より優れていると褒められていい気になっているのでしょう。どうですか信之様、幸村様を暗殺しませんか」
僕は耳を疑った。彼は笑顔のまま、僕の愛しい弟を暗殺をしようと言ってきたのだ。
僕は幸村が大好きだ。でも、周りの人たちは僕の為にと幸村を暗殺しようと言ってくる。このままだと幸村が危ない。
いつか僕の許可なしに、あいつらが幸村を暗殺しようとするかもしれない。
だから、僕は幸村を嫌いなふりをしよう。周りの人に嫌っていると思わせれば、まず僕に話を持ってくるだろう。
幸村は千人に一人くらいの才能がある。僕のせいで大好きな弟を死なせはしない。
だから僕は、僕は幸村が僕より才能がある幸村がキライだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ」
僕は思うがままに走り、林の中心部へ入っていた。
『今まで黙っていてすみません。医者になるには男性になった方がいいと思ってこの不思議な力を使って男に変装してたんです。途中で話した方がいいとは思ったんですけど言い出しづらくて。
「くっ」
僕は歯を喰いしばる。
あいつは、あいつは騙していたんだ僕を。なのに何でこんなに胸が苦しくなる?彼は、いや彼女か。彼女は女なのに男だと性別を偽ってお館様に近づいたんだ。なら悪人に決まっている。
「……!」
そう俯きながら考えていると頬に冷たいものがわたって、思わず首を上げる。頬へ触ると少し湿っていて何が起きたのかよくわかった。
「何で……?」
何故僕は無意識にこんなことを?彼女の事を考えると憎悪しか湧かないのに。
ああ、そうか。憎悪が行き過ぎたんだ。嫌いな彼女の事を考えていたからか。これは嬉しい時や悲しい時以外でも流すんだな。
そう阿保らしいが真剣に考えていると「信之さーん」という声が聞こえた。
彼女だ。というか何故?
僕はお館様程ではないが、足は結構速いはずで、5分くらい後に彼女は来たはずなんだが。
いや、あの不可解な能力か。面倒だな本当に。
手を強く握ると、声が近づいた気がして足を後ろへと出す。しかし、すぐ僕は彼女に見つかってしまった。
「あっ、やっと見つけた」
彼女は僕を見るとホッとするように笑みを浮かべた。
それが気に食わなくて、僕は隠そうともせず嫌悪の顔を浮かべる。
「何の用だ。詐欺師が」
「さ、詐欺師」
そう言うと彼女は少し傷ついたようにその言葉を言った。
「……」
彼女は言葉を探すように押し黙っていたが、おそるおそると言う具合に聞いてきた。
「怒ってますか?騙したこと」
怒る……。分からない。
僕は彼女に怒っているのだろうか。確かに僕たちを騙したが、それは理由があったからで。いや、お館様を騙したんだ。それに理由があったとしても騙してはいけないはずだ。
「当たり前だ」
俺は、冷たく聞こえるようにと声を張った。
そう言うと彼女はうなだれながら、そうですよね……と眉を下げていた。そして思いつめたような顔をすると、顔を上げて僕の目をしっかりと見た。
「……明日で居なくなりますので、一日もいるのもあれですけど。これから先貴方の前に絶対姿を見せないようにします。だから、…いえ。でも、その前に教えて欲しいのです。信之さん貴方は、どうして自分に嘘を付くのですか?」
「……は?嘘?何だ?昨日と同じことを繰り返すつもりなのか?」
「そうなっちゃいますけど。……昨日から私には嘘に聞こえて仕方ないんです。幸村を嫌いだと言っていますけど、苦しそうで今にも泣きだしそうで。心の底から思っているようには思えないんです。幸村に向けるまなざしや笑みの柔らかさも本当だと思うんです。貴方は、本当は幸村の事が好きなんじゃないんですか?そして、嫌いだと自分自身にも暗示させないといけない事があったんじゃないんですか?」
僕が幸村を好き?いや、そんなはずはない。僕はあいつが憎くて。
こんなに苦しくなるのなら、あの時僕の気持ちを分からせようと教えないほうが良かった。
「違う、違う!僕はあいつを好きじゃ、僕はあいつを心の底から憎んでいる!」
僕は髪をクシャッとしながらそう言った。
彼女は、まだ信じていないような、でも何故か泣きそうな目をしていた。
「違います。まだ私にはそうには思えません。貴方は幸村が自分より優れているから嫌いなんですか?それとも他に理由が?」
僕は何故幸村が嫌いなのだろう。僕より優れているから?だけど、それ以外に理由があったかな。
「もしも、それしか見つけられないのなら、何故それだけで幸村の事を嫌いだと思うのですか?優秀な貴方の弟を誇らしく思いませんか?たったそれだけで嫌いだと断言できるのですか?」
言葉が紡がれていくうちに僕はだんだんと追い詰められていく。彼女は何考えたようなしぐさをした後、僕に近づきながら言う。
「貴方は、幸村を守るために幸村を嫌いになった、嫌いだと自分で思いこんだんじゃないですか?」
その言葉に僕は一瞬心臓が止まったような気がした。
僕は幸村を守るためにあいつを嫌いになった?
ドク。
そう考えると頭がひび割れるような痛みが僕を襲う。
「うぁぁぁぁぁぁぁ。違う!そう、違う!僕は、僕は幸村を好きなんかじゃ……。……?っ、…ぁぁぁぁぁぁ」
僕は頬に感じる感触に目を見開いた後、再来してきた痛みにもがく。
何故僕は幸村を嫌いなんだ?僕は幸村が嫌いなのか?僕は幸村を本当に嫌いだと思っているのだろうか?
「うわぁぁぁぁぁ」
チラリと彼女を見ると困惑しながら心配した目をしている。
「信之さん」
その声に前を見ると彼女が僕の手を掴んで立っている。
「貴方には素直になって欲しい。そう、私の力で出来るかは分からないけど。もしも、貴方が何かを怖がっているのならば、それを無くす為に私は自分の持っている力を駆使して努力する。私が近くにいるのは我慢してね。……だから、だから、……泣かないで。笑ってよ、信之」
彼女は僕の目元の水滴を指で拭ってから、僕に、少し苦しそうに笑いかけた。その瞬間、パキンという音がして、無くなっていた、封じてた記憶や感情が戻ってくる。
……ああ、そうか僕は__幸村が好きなんだ。
そう思うと、涙がボロボロと溢れ出てくる。
自覚してしまったからにはもう、嫌いだと思うことはできない。だけど、幸村に危険な人物はまだいる。どうすれば、どうすればいいっ?
「信之」
声がしたと思うと、僕はぎゅっと抱きしめられる。僕は突き放すことはなく手を彼女の背中へと手を震わせながら持っていき、問いかける。
「なあ、僕どうすればいい?もう自分の気持ちに嘘を付くことなんて出来ない。でも、まだ幸村の安全を脅かす存在がいる。しかも、権力が大きくて解雇することも出来ない。僕はどうすればいい?僕は幸村が脅かされているのを黙ってみることしか出来ないのかっ!?」
涙目になりながら僕は言う。
すると彼女は僕の髪を指で耳にかけたあと、僕を正面から見ていった。
「大丈夫。何も出来なかったあの時とは違う。いま信之は幸村を守ることができる。功績を立てて、その人達より何もかも強くなって、幸村のそばにいて。今の貴方には出来るから。大丈夫よ、貴方は自分の力で幸村を守ることが出来る」
彼女は言ったあと、花のように笑った。その言葉に僕は救われた気がした。
ずっと、何も出来なかった自分が憎かった。僕のせいで大好きな幸村を脅かす存在が出てきて、それでいて幸村を守ることが出来ない。悔しかった。
「僕は、幸村を守ることが出来るのか?」
一回聞いたはずだが、もう一度ちゃんと聞きたくて彼女に言う。彼女は愛しきものを見るような目で、「もちろん。貴方は幸村を自分の力で守ることが出来るわ」と微笑んだ。
そうなったのは嬉しい。そう言ってくれた、大丈夫と言ってくれた彼女にきちんと言いたい。でも僕は彼女に暴言を吐いてしまった、僕にそんなことを言う資格はあるのか。
「ごめ……ごめんっ。僕は君に暴言を吐いて、罵ってしまった。ごめんっ。なのに僕に優しくしてくれた貴方に許してもらうということはない。許さなくていい。ただ謝りたいんだ」
「ごめんっ」
彼女の声に僕は体を起こす。
「それで謝らなくてはいけなくなるのなら私こそ謝らなきゃだよ。私、騙してたんだよ。どっちが謝らなくちゃいけないかなんて言われたら私が謝らなくちゃだよ」
彼女は口をとがらせながら言う。
「……」
僕はどういったものかと、押し黙ったまま言葉が見つからない。
「貴方が謝る必要なんてない。貴方の暴言と私の騙したことでOKだよ」
「そんなことっ……」
彼女は暴言を吐かれたのに僕を救ってくれたんだ。OKにするわけにはいかないだろう。
「もう!信之、私がいいって言ってるんだから良いんだよ。それに、私信之に謝られたくないよ。前のことは考えない!」
ね?と彼女はウインクをして僕に言う。その姿に、僕は心がもう一度動かされ、胸の中が染まった。
彼女のようなタイプは見たことがない。人は、自分のことになるとおおらかになることなど、優しくすることなど出来ない。
でも彼女は暴言をはかれてもそれを根に持たず、僕と真剣に向き合おうと、救おうとしてくれた。救ってくれた。
ああそうか。胸が苦しくなったのは、彼女にああ言われて分かってくれたと嬉しかったのに、言ってくれた彼女を自分で否定したからだ。
_僕はこれから先彼女に深い感謝と憧れを持つだろう。そしてもしも彼女が危険に迫ったとき、僕のことを救ってくれた彼女をいかなる時であろうとも絶対に助けるだろう。
幸村や家族、お館様よりも憧れを持つなんて信じられない。
信之視点でした。相変わらず、口調が下手です。ツッコミがあれば、報告よろしくお願いします。