第4話俺のせいでこんなことに【勘助】
ギャー。逃げろー。
そう周りの兵士たちが叫ぶ。
何でこんなことになったんだ。いや、そんなの分かりきってる。俺が上杉謙信にキツツキ戦法を見破られたからだ。言い訳かもしれないけど、俺は、こんなことにはしたくなかった。そりゃあ、そうか。
元々川中島は越後と信濃を結ぶ交通の要所で、肥沃な豊かな土地だったから信玄様と上杉謙信はこの地を巡って長い間争ってきた。お館様は領地を7倍に拡大し、北信濃を治めていた「村上義清」を追い出した。
上杉謙信は義理堅く、他国からの援軍要請に幾度となく出兵している。今回も、義清や自分と親戚関係にある北信濃の豪族から助けを求められて戦いに介入した。
謙信は将軍から上洛を促されるようになった。また、関東に勢力を伸ばす北条氏康に破れて越後に追いやられていた関東管領・上杉憲政によって、上杉氏の家督と関東管領職の譲渡を申し出られていたから将軍の許しを得る目的で上洛を果たして関東管領に任命され、大義名分を得た謙信は北条氏康との対立が強まっていった。
1560年に「桶狭間の戦い」が起こり、北条氏の勢力がやや弱まる。この好機を逃さず出陣した謙信に、関東の多くの大名が味方に付き、10万もの兵が集結した。
何で謙信にこんなにも味方が付くんだろうか。ちょっと不満だ。
謙信率いる大軍は、武蔵から鎌倉まで進軍し、次々と城を攻略。ついに氏康の籠城する小田原城を包囲するが、「難攻不落」と言われる城の包囲は1ヵ月以上に及ぶ。
そこへ謙信の関東出兵の隙を突いて俺たちは、北信濃に侵攻した。
謙信はこのまま放置すれば、本拠地・越後まで侵攻を許してしまうかもしれないと考えたんだろう。小田原城から撤退した。
まあ、こんな風に俺たちに謀略を仕掛けられ妨害されたことで、謙信は怒りが頂点に達したらしい。謙信は、関東平定のためには俺たちに決定打を与えて北信濃への侵攻をあきらめさせねばと決意したんだろう。
俺たちは北信濃に新しく海津城を築城し、それを拠点に勢力を伸ばしていた。
謙信は1万3,000の兵を率いて、海津城の向かいにある妻女山に布陣した。俺たちは、2万の大軍を率いていて、数では謙信に勝っていた。だけど御屋形様は慎重だった。
しばらくにらみ合った後、俺たち家臣に進言されて、ついにお館様は決戦を決意した。
この戦い、どうなるのかな。まだ誰にも分からない。しかし、相手は軍神上杉謙信だ。油断の隙も見せては駄目だ。
1561年9月9日、俺はお館様に「啄木鳥戦法」を提案をした。お館様は、いい作戦だと言ってくれた。
ちょっと嬉しい。
俺の提案で、兵を2手に分け、お館様率いる本隊8,000は八幡原に布陣し、本隊より規模の大きな別働隊12,000を妻女山へ向かわせた。山にいる上杉軍をつついて平野に追い込み、そこを待ち伏せて勝つという作戦だ。
作戦で勝てるかどうか。そこが大事だ。
俺は明日に備えるために早めに寝た。
翌朝、深い霧が晴れて、目の前に謙信の軍が現れた。俺はがく然とした。当たり前か。頭を絞って考えた策だったのに。一体何がいけなかったのかな。
そう考えている時間もなく、上杉の攻撃が始まった。
俺たちは劣勢となった。目の前で、俺たち武田軍の兵士と上杉軍の兵士が戦っている。どこを見ても戦っている。なのに俺だけ。
策をお館様に進言して、謙信に作戦を見破られたというのに。自分のせいなのに。自分がふがいなくて仕方がない。……俺はこのままでいいの?
いや、いいはずがない!俺は、お館様に拾ってもらった身。そして、俺は軍師だが武士でもある。だから、……俺は戦場で死ぬ。
決意をした俺は早かった。
座り込んでいる体を上げ、刀を鞘から出し、兵士のもとへと走った。俺は、最初は自ら切りに掛かっていたが相手が俺の正体に気づき、あっちからかかってくるようになった。
「おい!あいつだぞ」
「かかれー!」
攻撃を全部防ぐことは出来ないけど、別にいい。お館様に、少しでも兵が向かないのであれば。
体が痛い。腹からドクドクと血が出ている。鎧にも多くの切れ込みが入っていて素肌が見え隠れしている。これはもう死ぬだろう。それでも俺は――。
力が抜けて、俺は後ろへと倒れる。兵士どもが俺に向けて刀を下ろす。
上杉軍の功績になるのは癪だけど、時間を稼ぐことは出来た。俺は、ここで死ぬ。
お館様――今まで、ありがとうございました。もっとお館様を支えたかった。もっと、っ。……死なないでくださいね。俺は貴方が命なんですから。
俺は、目を閉じた。
ザシュッ。
「取ったぞー!」
「山本勘助死亡確認。新たなる生を授けます」
この声は一体?
「おい!起きろよ天王寺!」
俺は、誰かの声にハッとして目を開け、身体を起こす。
あれ?体が痛くない。首がついている。天王寺。初めて聞く名前だ。
前には誰かが立っていた。
「お前誰?」
「は?」
思わず聞くと、男は呆れたような声を出した。
(こいつ、頭を打った拍子にあほになったのか?)
な、何だ?この声は。この男の声か?
「俺、別にあほになってないと思うが」
そう言うと、男は少し戸惑ったような表情を見せた。そして、「俺声出してたかな?」と言った。
どういう事?
さっきの声は前の男が発していたものでは無かったのか。俺が下へ向くと、水たまりがあるのを見つけた。その水たまりには、ヴィオレの髪にヴィスタリアの瞳を持った顔が整っている男の子が居た。
……?俺の髪の毛はこげ茶で、黒色の瞳だった気がするんだけど。それに、普通の人と比べたら整っていたけど、こんなにもきれいに整ってなかった。誰だこいつ?
俺は首を傾げる。
(天王寺、何やってるんだ?自分の顔を見て首を傾げるなんて)
天王寺?
「天王寺って誰?」
「はぁ?お前、本当に大丈夫か。天王寺ってお前の名前だぞ。というかお前なんでさっきから俺の考えている事分かるんだ?」
男の言葉に俺は、固まる。
俺の名前は、山本勘助だ。天王寺ではない。俺は状況の把握をしようと、あちこちに回って年代や場所、この体の持ち主の事などを確認をした。
すると、分かったことがあった。
俺は、今は山本勘助ではない。いや、精神はそうだけど。俺は、この体に生まれ変わったらしい。この体の持ち主の名前は、天王寺涼。なんとも涼やかな名前だな。
そして、今は1572年の8月。結構時がたっている。この体的には今、16歳だ。年齢が違いすぎて、実感が全くわかない。
最後に、俺は超能力のような力を手に入れた。何て呼べばいいか分からない。だが、相手の心の声が聞こえる力だ。
この力は、正直言って要らない。聞きたいことを聞けるけど、聞きたくなくとも聞こえるから辛い。良い事もあるけど、俺は予測する事ができるから意味がない。俺にとっては外れの能力だ。
だけど、お館様にまた仕える事が出来ているのは嬉しい。そこは感謝だ。
そういえば、今の俺は兵士で、前は軍師として動いていたから一般兵よりは強いが、そんなに強くはなれなかった。
やっぱり俺には軍師が合うのかな。しかし、今の上官がスパルタ過ぎて辛い。
「はぁ」
今日は敷地内にある森に行った。そこで、ぼんやりとして時間が過ぎるのを待っていたらガサッと音がした。
全く気付かなかった。
俺は、音がした方に、振り向いて言った。
「貴方は?」
振り向くと、艶のある黒髪と黒瞳を持った容姿の整った16歳くらいの男がいた。