第3話幸村と戦ってみた
「ちょっと、起きてください」
「起きてくださーい!」
「ん……?」
私は声を上げて体を起こした。
二人を見ると、まだ寝間着姿のままだ。
「あれ?着替えなかったんですか?」
そう言うと、幸村は「はい!」と変わらずに声をあげ、信之は「誰のせいですか……」と呟いていた。
誰のせいなんですか?
私達はその後着物に着替え、朝食を食べた。
「うっ」
私は奇声を上げ、手を口に当てた。
す、すごい。なかなかに独特な味がする。不味いような美味しいような……これしか言いようがない。
そう思っていると、信玄はどうしたのかと聞いてきた。
「いえ……」
私は手をプルプルと震わせながらそう答えた。そう言うと皆はああというような納得した表情をした。
今、美味しすぎて感動したんだなってみんな思ったんだろうけど、違うからね!
「あ、そろそろ練習の時間だな」
信玄は私たちがちょうど食べ終わった時、そう言った。
「確かにそろそろですね」
「じゃあ、準備をしましょう!」
2人はそれぞれ言うと、支度室へ行った。私は二人を目で見送ろうとしていたら、幸村に腕をつかまれて連れていかれた。
そういえばそうだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「すごいです!似合ってます!」
強制的に支度室へ連れていかれて着替えさせられた私は、そう幸村から褒められていた。
褒められて悪い気分にはならない。気分上々である。
「ありがとう」
私はそう言い残し、時間がないからと先に行こうとする信之の後を追った。
訓練場につくと私は周りの、ガタイの良い武士たちにジッと見られた。
居心地が悪すぎる。
少し経つと信玄がやってきて、私の事をみんなに紹介した。
「皆、心配をかけたな。今日は、紹介したい人物がいる。まあ、皆も察しているだろうが」
信玄は私を、クイッと腕で引っ張り自分の体のすぐ隣に置いた。
近すぎないか?
「このものは、俺を病から救ってくれた大恩人だ。皆も丁重に扱うようにしろ」
「ご、ご紹介にあずかりました。氷室と申します。医者をやっております。えっと、よろしくお願いします」
私はそう言って、頭をペッコっと下げた。
昨日、すぐ帰っていればよかったかも。
武将たちの針のような厳しい視線が私に突き刺さっている。
13歳の小娘にそんな嫉妬のような敵意が明らかに含まれている視線を向けないでくれよ。一人、例外はいるが。
重い空気のまま、皆沈黙していると、一人の明らかに強そうな人が言葉を発した。
「氷室……といったな。若造よ。お主、戦えるのか?」
その心配はもちろんです。ですが、私には心配ご無用です。
「普通の人と比べたら、強い。くらいですかね。皆さん程では」
私は、正直に言って自信満々に答えたかったがそういうわけにはいかないので謙虚を装って言った。
そう言うと、さらに視線が厳しくなった気がした。
何で厳しくなる?武人の考えがよくわからなすぎる。
またもや沈黙の間が始まると、「あの!」と幸村が声を上げた。
沈黙を破ってくれてありがとう!幸村。
「実際に、見せてもらうのはいかがでしょうか?まあ、俺が見たいだけなんですが。」
幸村は目を輝かせて言い、頭をかく。
迫ってくる幸村に私は、「私はいいけどきっとすぐ私負けちゃうよ」と柔らかく拒否った。
「俺はどうでしょうか!?」
目を一層輝かせる幸村に、私は観念し、承諾した。
「あ、でも私そんなに強くないからお手柔らかでお願い」
「え、でも怪我をしても治すじゃないですか?」
そうクエスチョンマークを頭に浮かべる幸村に私は言った。
「そりゃあ治せるけど。痛いのは嫌だよ」
「……分かりました。怪我をさせないように気を付けます」
何でちょっとふてくされた?というか、この沈黙はなんだ。
少し思うところがあったが、とにかく早く始めたかったので私は口に出さないことにした。
そういえば、どうしよう。本来の実力でやるか、チートの力を使ってやるか。……うん。もちろんチートだね。
怪我したくない。本来の実力だったら私絶対大けがする。痛いのは嫌です。
「やるぞー……」
うーん。チートの力を使ったとしても私、心配なんだよな。よし!チートの力で私を、試合終了まで動かしてもらおう。
実力は、あの小説の主人公並みにしよう。そう思った瞬間、私の体は自分の意志で動かなくなる。
「開始!」
その合図とともに、私は動き出す。
幸村が、手に握りしめた刀を私に向かって振り下げてくる。しかし、遅い。その間に私は後ろへ移動し、驚いてこっちに振り向いている幸村の喉に刀を向ける。試合終了だ。
「しゅ、終了……」
私みたいな弱そうなやつがゴリ強の幸村に負けると思わなかったのだろう。審判も、ポカンとしている。
「さ、さすがです!」
幸村がそう言って私にキラキラした目を向ける。
「格闘の方もよろしくお願いします!」
「えっ」
そう言う幸村に私は驚きの声を上げる。
「嫌だ……」
そう言いかけた私だが、幸村の瞳の圧力に負け、やる事になった。まあ、主人公そっちも強いし大丈夫だろう。今は主人公を信じるのみ。
「か、開始!」
そう審判が言うと、幸村は足で地面を蹴って空中を飛ぶ。そして、私の顔面にパンチを喰らわせようとした。怖っ。
私の体はパンチを下へしゃがんでよけ、幸村の横を通り、後ろへ回る。そして、空ぶって前へ少し倒れた幸村の背中を押し、前へ倒す。
幸村の背中に馬乗りし、腕を背中で確保した。勝利である。
私が、自分の意志で動いたわけではないが、勝ち誇りたくなる。私は、そんなことを思いながら幸村の上に乗っかっている体を持ち上げる。
持ち上げた後、肩をガシッと掴まれた。
「す、凄いです!医者で、頭がいいうえに運動神経もいいなんて」
この幸村の迫ってくる感じまだ慣れないな。お前は、ツンデレキャラなのか純粋キャラなのか全然わからないのだが。人によって違うのか?
「別に私は勉強は普通だし、運動神経もどっちかというと悪いよ。」
そう言うと、皆が私を一斉に振り返った。
なんだ、その目は。絶対信じてないだろ。私、運動不足で引きニート志望だった奴だったんだぞ。そうプンスカしていると、おそるおそるといった具合に厳つい男の人が私に話しかけた。
「なあ、お前。冗談だよな……?」
「いえ、冗談じゃなくて事実ですけど」
私はその言葉に、首を傾げた。私は冗談を言う人間に見えるのだろうか。
「「「はぁ?」」」」
そう言うと、聞いてきた男の人だけでなく沢山の人が声を揃えて言った。
「お前なぁ。それで、普通か普通以下だったら俺たちは何だ!?小アリ程度か?」
男の人が私の肩を片手で掴み、溜息を吐いた。それに合わせて、他の人たちもやれやれと言わんばかりに首を振っている。
さっきからなんか失礼な気がするんだが。多少の失礼がこの時代は普通なのか?
私が頭を捻っていると「それはともかく」と男の人が言った。
「な」
そう言って笑顔を浮かべた。そう、笑顔だ。だが、黒いオーラがする。
武士って、どっちかというと純粋キャラの方で腹黒とかないと思っていたんだが。偏見だったんだろうか。
「ど、どういう意味でしょうか?」
私は少し押され気味になって答えた。そう言うと、皆はニヤリと笑った。
「そんなの決まっているじゃないか。お前、見たかんじもっと出来そうだろ。な、もったいぶらないで全部俺たちに見せてくれよ。な、いいだろ?」
「いいですけど……」
何か嫌だし。私の体が主人公の動きに合うのか。
……痩せるしいっか。私は考える事を放棄した。考えてもいい事ないしね。
そう考えて私は午前の時間全部使って、体術や剣術を見せた。1つやるたびに賛辞の言葉を言ってくるから気分が良い。
武田家臣色々すごい。信玄は幸せものだな。
私は屋敷で昼食を食べさせてもらった。やっぱりなんかすごい味だった。この時代の料理がそうなのか、武田家の料理がこうなのか。
他の家で食べたことないから分からない。
午後は、屋敷を回ってうろちょろしてた。武田家の屋敷凄い!屋敷の敷地内に川とか森がある。現実世界でそんなとこあったらどんだけお金持ちなんだって思うなぁ。
少し興味を持って森の中心部へ歩いていると、ヴィオレの髪にヴィスタリアの瞳を持った超絶イケメンの男の子がいた。長身長で、ミステリアスな雰囲気を纏っている。最高だな!
「貴方は?」
男の子の方へ歩いていたら男の子がこちらの方へ振り向き、言った。
顔面偏差値高くてイケボだなんて……。神かよ!取り合えず答えよ。
「医者で、氷室と申します。貴方は?」
「俺は……」
彼は視線を落とし言いにくそうに言葉を引っ掛ける。
「別に言いたくないのなら言わなくて結構ですよ」
私はそう言った。人には事情がありますから。例えば、抜忍とか。私は、流れでその男の人のステータスを見た。
あれ?流れで見てるけど名前分かっちゃうから見たらダメなのでは?
私は、開いた後でそう思った。まあ、後の祭りだけど。後の祭りなので見てみた。気になったからじゃないよ。
「や、山本勘助!?」
え。山本勘助って確か1561年の川中島の戦いの、第4回の戦いで死んだはずじゃあ?あれぇ?
私は首を傾げて、クエスチョンマークを頭の上に浮かばせた。
「死んだよ」
私の問いに答えるように誰かが言った。後ろへ勢いよく振り向くと男の子が、瞳に影をみせて口で弧を描いていた。
なんだろう。すっごく怖い。
私は、意識を別のものへ向けようとステータスの画面に(山本勘助)と書かれている事に気づいた。()って何よ。前世が山本勘助ってこと?
それとも、山本勘助が転生をしてなったってこと?不可解だわ。あれ?これどっちも意味は一緒だわ。
「まあ転生かな」
勘助は無表情になって言った。
「心を読む力でもあるの?」
私はそう勘助に聞いた。それに似ている力がある事は確定だから直接聞いた方が早いと思ったからだ。
「あるよ」
やっぱり。うーむ。詳しく聞きたいんだが、教えてくれるかな?
「嫌だね」
まあそんな気がしてた。どうしよっかなぁ。……あ。
「ねえ。勘助。私は?」
「え?」
私の言葉に、勘助は意味が分からないという顔をした。
ちょっと顔がピンクになっている。何で?
「えっとねえ。私もそういう事話すから教えてくれってこと」
私は無邪気な笑みを浮かべて言った。勘助は少し考えているようなしぐさを見せたが、結局首を縦へと振った。やった。
「俺は……」