第24話井伊の赤鬼は私を信じない
「お願いします。私に政治の手伝いをさせてください」
私の言葉に家康は驚いた様子もなく、ただ静かに私を見つめていた。その瞳には、疑いの色だけでなく、好奇心が宿っているように見える。
乙女ゲームでこういうキャラクターよく居るわよね。
「ほう。そなた、徳川家臣でもない身で、私に何ができるというのだ?」
家康の言葉に、隣にいた直政が小さく「は?」と呟いたのが聞こえた。駄目だと言わない家康に驚いたのだろう。
直政はまだ、私を怪しい者だとしか思っていない。まあ、当然である。私も同じ立場だったのであれば疑うだろう。
「私のこの不思議な力を使えば、死亡者や飢餓者を減らすことが出来るはずです。これはこの国の為という訳ではなく、自分の信念に従っているだけではありますけど。どうですか?私から食料などは出しますよ?悪い話ではないと思うのですが」
私の言葉に、家康は再び口角を少し上げた。その笑みは、私を試しているようでもあり、私の心の内を探ろうとしているようでもあった。
「……面白い。よかろう。だが、いきなり徳川領全体を任せるわけにはいかぬ。直政、そなたに任せる」
「はっ!」
家康がそう言うと、直政は迷うことなく平伏した。彼は、主君の命令には絶対に従うのだろう。
絶対的忠誠。家康は幸せ者だ。家臣に恵まれている。
「直政、そなたはまず、三方ヶ原の戦で最も被害が甚大であった遠州の村に知花を連れて行け。そして、知花に村の立て直しを任せてみよ。ただし、そなたは彼女を監視し、その能力が真に徳川のためになるか見極めるのだ」
「御意」
直政の返答に、家康は満足そうに頷いた。
それよりも、なんとなく思っては居たが、……話が微妙にズレている気がする。私は、死んでしまう人を少なくする為に政治の手伝いをさせてほしいと言ったのだが、彼らはそのままの意味で捉えたらしい。言い方が悪かったと思う。しかし、ここで訂正するのもあれなので、そのままにしておこう。
家康との話が終わり部屋を出ると、直政は馬に乗せる為、再び私を抱き上げた。そのお姫様抱っこは、警戒心の強い彼の性格とは裏腹に、驚くほどに丁寧だった。その行動に、胸が少しだけときめく。
馬に乗せられた私は、直政に礼を言う。
「ありがとうございます。これからお世話になります、直政様」
「……ああ」
直政は、そっけなく返事をするだけだった。私を信用していないこともあるだろうが、まず直政の性格がこうなのだろう。警戒心はすごいあるが、信用していない割には少ない。
「あの、タメ口で話していいでしょうか?」
「タメ口とは何だ」
分かるわけ無かったと、反省する。
「えっと、砕けた話し方……です」
タメ口を説明することはなかなか無い為、説明が難しかった。分かっていたつもりでも、説明できるほどには分かっていないことは多々ある。この場合がそうだ。説明出来るくらいには、言葉を理解しておくようにしたい。
作文でお題に出そうなことを考えている私の言葉に、直政は驚いたように目を丸くした。
「何故、私に馴れ馴れしく話しかけようとするのだ。お前のような得体のしれない者が、この私に……」
「え、ダメですか?人に敬語使うと疲れるんですけど」
私の言葉に、直政は言葉を失った。
「お前……本当に、変わった奴だな」
そう呟く彼の声は、馬に乗っていた時よりも少しだけ優しい響きを帯びているように感じた。
性格を好きでないと言ったが、ちょっと好きになった。おそらくだが、根は優しいのだろう。史実でも、優しいと思われるような行動をしていた。
「変わった奴、ですか。私、初めて言われました。直政様の基準でいくと、変わった奴はどこにでも居ることになりますよ。……あと、信じてくれてないみたいですけど、死んでしまう人を少なくしたいのは本当です」
私の真剣な言葉に、直政は何も言わなかった。ただ、遠くの景色を静かに見つめる彼の横顔は、少しだけ、柔和な表情になっていたように見えた。
「それで、タメ口オッケーですか?駄目ですか?」
そう急かすと、呆れたように私を見てくる。確かに良い雰囲気だったが、口調問題が先だ。
「駄目だ」
「あぁーそんなー」
芝居がかった返答に、直政の口角が一瞬だけ、微かに上がったように見えた。
直政も馬に乗ろうとするが、服を掴んで引き止める。
「ちょっと待ってください」
「何だ。時間がなくなるぞ」
この間に人が亡くなってしまうのは嫌だが、移動できなければ助けることも出来ない。
ここで確認だ。私は現代日本に住んでいた。そう、馬に乗ったことなんて1,2回しか無いのである。
「私、馬で移動できません!無理です!」
初めてなのに使いこなせなんて、無理に決まってる。この世界でも、馬に乗って移動できる人はこの年ではほとんど居ないだろう。居るとしたら、なぜ使えるのか聞いてみたい。
「じゃあ使えるようになれ」
「え、酷」
そりゃあ使えるようになりたいが、そう簡単に出来るはずがない。1日もかからずに出来るようになれだなんて無理ゲーである。
「1日もかからないでなんて無理です」
横に首を振る。
しかし、「大丈夫だろう」と意見を無視される。
大丈夫だろうとはどういうことだろうか。直政も乗れなかった時期があったはずなのに、大丈夫だろうとはおかしすぎる。記憶がないのだろうか?それとも、直政はすぐにコツを掴んで1日もかからず乗ることが出来ていたのだろうか。
「大丈夫じゃないです。無理です!お願いします、さっきみたいに直政様と一緒に乗せてください!」
「2人乗りは危険だ」
2人乗りが危険なことくらい私だって分かっている。自転車と同じようなことだ。
2人乗りは馬への負担が大きく、脚を痛めたり、最悪の場合は怪我をさせてしまうリスクが有る。更に、バランスを崩しやすく、落馬する可能性があり、機動力も低下する。
「バランスを取るのは得意ですし、私体重軽いですから!」
しつこく迫る私に、渋々とだが、直政は頷いた。
「ありがとうございます!」
やった!と喜ぶ私に、直政は疑いと動揺の眼を向ける。しかし、こんな事を話している間に5分も過ぎてしまった。
直政は私を自分の馬に乗り直させ、自分も馬に飛び乗った。
「行くぞ」
周りにいる7名程度の護衛達に、彼は言い放った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬を直政に走らせてもらっている間、私は直政に質問ぜめをしていた。
「直政様って誕生日いつですか?私は3月23日です」
「……3月4日だ」
3月24日に直政は死んでしまったから、誕生日の20日後に彼は死んでしまったということとなる。誕生日当日でないだけマシかもしれない。
よくよく考えてみれば、彼の死亡日が、私の誕生日の次の日ということとなる。少し気まずい。
「じゃあ、好きな人いますか?」
そう質問すると、場に雷が走ったようになる。この質問は地雷だったのかもしれない。
後ろに直政は居るので顔が見えず、キレられないかと少しドキドキしていると、「……ない」という呟きが後ろから聞こえた。
「直政様?」
「……好きな人は、居ない」
少し照れたような声に、初恋もまだなのかと瞬時に理解する。
「へー、そうなんですね」
「っ!なんだ、悪いか」
「いーえ、ただ意外だっただけです」
「お前……!」
怒りと恥が含んだ声に、フフと私は笑う。
からかってしまったのは悪いが、意外だったのは本当だ。モテモテの直政であれば、初恋は済ましたのだろうと勝手に思っていた。
「というか、馬に乗っているだけでこんなに疲れるんですね。武士って本当に凄いですね」
「慣れれば問題無い」
全く疲れていない直政の言葉には説得力がある。護衛の人達も、彼の言葉にウンウンと頷いていた。
私も慣れたいのはやまやまなのだが、機会がなかったのでしょうがない。
その日の夜、私達は街道から外れた森で野宿することになった。昨日も野宿したのでそこまで抵抗はない。
護衛たちが手際よく焚き火を起こし、直政は私に毛布を差し出す。
普通に優しい。
彼は焚き火の番をしながら静かに言った。
「お前の言う通り、俺はお前を信用していない。お前の力もまだ疑っている。……だから、俺を信じさせてみろ」
無表情だが、彼の本心がこもったであろう言葉に私は返す。
「喜んで」
翌日、遠州に行くまでに通る雑木林で盗賊たちに遭遇した。騎乗することは林の中では不利となるからと護衛の人たちが馬から降りようとするところを、私は制止する。
「あの、大丈夫ですよ。別に戦わなくても」
怪訝な顔をした彼らに、見せたほうが早いと私は唱える。
「強制睡眠」
その途端、盗賊たちは膝から地面へ崩れ落ち、すやすやと眠りだす。その光景に、私以外は悶絶した。
「ど、どうなってるんだ」
「私の不思議な力です。さあ、先に進みましょう」
彼らは動揺しながらも動き出した。
後ろに居る直政は、私が力を披露してからずっと無言で、どうしたのだろうかと心配になる。私の能力に危険を覚えたのかも知れないが、それは屋敷で見せたときに感じてもおかしくない。直政がぼーっとしているなんてありえないので、なにか考えているのだろうが……全く分からない。
声を掛けるか迷っていると、意外なことに彼から話しかけてきた。
「何故戦わなかった?」
「え?」
盗賊たちと戦わず、魔法で強制的に眠らさせたことを責めているのだろうか。
「魔法を使って完膚なきまでにぶちのめせば、私の信用を得られたかも知れない。だが、お前はそうしなかった」
加えられた彼の言葉に、そういうことかと納得する。が、よく分からない部分もあった。
「確かに、力に関しては信用を得られると思いますけど、私のことは信用してもらえないでしょう?それに……、私は病気や怪我で死んでしまう人を少なくする為に出来るだけこの力を使いたいんです。盗賊でも人ですから、戦わない選択肢があるのならそれを選びますよ」
「お前は……………不思議な奴だな」
暖かい声色で、彼は返す。警戒心がゆるくなったと思えて、頬が緩んだ。




