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第18話俺の誓い【信玄】

武田信玄。



『甲斐の虎』と呼ばれる、大名の名だ。

戦をするが、好きというわけではない。だが、そうして武田軍が世に名を響かせる事が出来たら、他家から攻め込まれることは無く、民に負担をかけることが無くなると考えたのだ。



俺には、大事にしていることがある。

1つ目は人だ。

どれほど立派な城や石垣を築いても、最終的に国を支えるのは人である。

2つ目は、家臣の話を聞き、その人材を見極め重用していくことだ。

噂や見た目は関係なく、能力で決める。

何でも進言できるような意見しやすい環境を整えて、成果を上げた家臣にはすぐに報酬で応え、大きな失敗をしても新たなチャンスを与える。家臣の話は、参考になるから下手なプライドは持たないことにしている。

3つ目は、民。そして領地だ。

俺は、これらを絶対に死ぬまで守り通す。国を豊かにして、民を幸せにしてみせる。

そう、誓ったから。


◇   ◇   ◇   ◇   ◇


12歳の頃、俺は城を抜け出し林を行く先もなく歩いていた。

「はぁ……疲れた……。ったく、俺武田家嫡男なのになんであんなにしごかれなきゃいけないんだ。あいつ、俺が誰だか絶対分かってないだろ」

そうブツブツと家庭教師の不満を言っていたら、いつの間にか丘の上に立っていた。

「ここ来んの初めてかもな」

俺は、足を動かし前に進む。



「どんな景色……!」

顔を向けた先には、青々しい大きな山に、山の手前にある湖が見える。湖の周囲からは、民達の楽しそうで明るい声が聞こえ、満面の笑みもあちこちで見かける。

ふと耳に入ったのは、里の子供たちの屈託のない笑い声。

傍らでは、老夫婦が顔を寄せ合い、たわいのない話に花を咲かせている。

若い夫婦は、生まれたばかりの赤子をあやし、その小さな命を慈しむような眼差しを向けていた。そこには、日々の労働の厳しさや、先の見えない戦乱の影など微塵もなく、ただ、「生きていることの喜び」が、音となって、光となって、溢れ出ているようだった。



それだけだ。真昼間だから美しくもない。もっと、美しいと称えられる場所を見たことがある。父上に見せたら、これのどこが良いのだとすぐ踵を返すだろう。

なのに、俺はその景色から目を離せない。

それまで、領民とはただ治めるべき存在、あるいは戦のための糧としか教わってこなかった俺の胸に、その光景は稲妻のように突き刺さった。



そして、明るく幸せな民達の声に……泣きそうだった。戦好きの父上のせいでこの声が悲鳴に変わるのかと思うと、胸が痛む。

この光景を守りたい、そう願う。

守る、そう誓う。

手のひらを握りしめると、熱い鼓動が響いているのを感じた。

俺は、この景色を守ってみせる。民が幸せに笑っていられるような国に、この国をしてみせる。国を豊かにする。民達が自分の住んでいる国は最高だって、胸を張れるために。



絶対……!


◇   ◇   ◇   ◇   ◇


1541年6月、俺は重臣の板垣信方や甘利虎泰、飯富虎昌らと一緒に父上を駿河へ追放し、武田家の第19代目の家督を相続した。

そのせいで、周りから色々と言われるが、父上の戦好きのせいで民達が苦しむよりはよっぽど良いと思う。



1542年では、諏訪を侵略し把握した。

そして、1547年に分国法である『甲州法度之次第』を定めた。これによって、東信地方も武田家の支配下に入り、北信地方を除き信濃をほぼ平定することが出来た。



1561年8月、上杉謙信と戦った。

上杉謙信との対決では最大規模だ。この戦いで、弟である信繁をはじめとして重臣室住虎光、勘助、三枝守直ら有力家臣を失い、俺も負傷してしまった。

大きな損失だった。

死んでしまったことを考えると、胸が痛む。だが、民達や家臣の前で泣くわけにはいかない。俺は、大将なのだから。自分の行動のせいで、動揺が走ってしまうのはいけない。

そう分かっていても、1人になったときは泣いてしまった。

他の奴がそうではないという訳では無いが、勘助が、友人が亡くなってしまったことは辛かった。また会いたいと思ってしまった。無理だと分かっていても。



誓いを立てた日から、30年は経った。

俺は、信長領を攻めようとしていたが、持病により吐血するなどの症状を起こし、武田領に引き返すことになる。

全く、これからというのに。ああ、無念だ。

この病気が治る可能性は1%未満だろう。しかし、諦めるわけにはいけない。

躑躅ヶ崎館に戻り、俺は真田家長男真田信之に領内で名は売れていないが腕の良い信頼できる医者を連れてくるよう言った。居るはず無いと胸の何処かで思っていたが、驚いたことに一人いるらしい。聞いた話によると、男でもうっとりするほどの美青年で、お金を取らないらしい。しかも、2日前から医者をやり始めたそうだ。

俺を試してみろ、そう言われている様だ。

「連れてこい」

賭けてみようじゃないか。その男に。



しばらく経ち、戸が開き光が部屋の中に差し込んでくる。

誰かがおそるおそる俺に向かって歩き出したが、暗闇の為俺がどこにいるか認識していないようだ。そして、俺に足を引っ掛け倒れ込んできた。

彼が顔を上げると、忍びにより部屋の灯がつき、部屋が明るくなった。男はホッとしたような表情を見せ、状況を理解すると勢いよく飛び上がり正座になった。

「す、すみません!わざとではなかったとはいえ倒れこんでしまい――」

彼は、俺の顔を見ると顔からみるみる血の気が引いていく。

「えっと……」

彼は目を泳がせ、困惑した様子を見せる。

彼は、何か色々と考えていたが、ハッとしてその場にひれ伏した。

「またもや、申し訳ありません。まさか信玄様だったとは」

土下座を2回連続でされるのは初めてだ。

こいつ、医者なんだよな?医者が土下座をそう簡単にする筈はないと思うのだが。

疑問に思ったが、「顔をあげろ」と言い、彼に頭を上げさせる。

「お前はどんな病でも治すと噂されている例の医者か?」

「あ、はい」

彼は拍子抜けしたような声を返す。

「俺の病はどうだ?」

単刀直入に俺は聞く。

「どう?とはどういう意味でしょうか」

「俺の病は治るかということだ。」

そう言うと、なるほどというように彼は手をポンともう1つの手に置く。

「ああ、そういうことですか。もちろん治りますよ」

「本当か!治してくれたのならどんな願いも叶えて見せよう」

その答えに俺は歓喜する。

民達の為にもっと動くことができる。

「もちろん治して見せます。あと、えっと、お言葉に甘えさせて願いを聞いてもらってもいいですか?」

「何だ?」

俺は聞く。

恩人になるのだから、出来ることはしよう。

「戦をこの年から7年間戦をしないで欲しいのです。もちろん一揆や他国からの戦はしょうがないですが」

そう思ったが、彼の答えに俺は顔をゆがませる。

「7年か。少し長いな。しかし、そんなことをしてお前に何の得がある?怪我人が減って医者の仕事がなくなるばかりでいい事どころか損なことばかりではないか」

彼の言葉の真意が分からず、俺はそう言う。



「もしそうだとしても、です。この国の兵は強いです。戦をしたらこちらの兵の被害がほとんど出ずに勝つでしょう。しかし、相手側は?多くの負傷者や死人が出るでしょう。負傷するのは最悪いいんです。でも、死ぬのは見過ごせません。戦が頻繁に起こるような時代になってきてから、人は、だんだんと死ぬ人の事を考えないようになってきました。死人が多いとか少ないは関係ありません!たった一人だとしても死なせてはいけません。命は大切なんです。1回死んでしまったら生き返る事はできません。敵だとしても命が失われるのはダメな事です。だから、……です」

彼は、俺をまっすぐ見つめる。

……驚いた。

自分の利得より他人の命を優先させるのか。まだ10代なのに、賢者のような考えをする。



「考えは分かった。だが、7年というのは少し長い。3年くらいだったらギリギリいけるが」

正直3年も戦をできないのはきついが、これくらいは妥協しよう。

「さ、3年!?……3年はちょっと。何か7年を承諾してくれるようなことはありませんか?」

7年を承諾しても良いこと……。

俺は考え込む。

俺が戦をするのは民たちの為。家臣に手柄を立ててやるため。

やっぱりな……。

俺は、断ろうと思い、彼の顔を見た。そして、気づく。

んん?こいつなかなかの美青年だな。

信之の情報で分かっていたが、そう思ってしまう。

雪のような白い透き通った肌に、少しでも力を入れたら折れてしまいそうな細い手足。艶があり、さらさらな空色の髪の毛と、気を保たないと吸い込まれてしまいそうな瞳。そして、ちゃんと食べているのか不安になるくらいの細い腰。

女化したら、絶対妻にする。

こんな美青年と話していたというのに、俺は冷静でいれたのか。病気のおかげかもしれないな。

……良いことを考えた。

思いつくのと同時に、口角が上がる。



「俺の恋人になれ」

彼は何を言っているのかわからないというような表情を見せる。どうやら、そういう関係とは離れた世界に居たらしい。

「いや~恋人って聞こえてしまいました。私、耳が悪くなったみたいですね。何ででしょうか」

「いや、そうだが」

そう言うと、彼は嘘だろと悶絶する。

「え、いや、あの。私男ですよ?」

「知ってる」

「えっと、恋人と言いますがまず位が違いますし、私は信玄様にふさわしくは……」

彼は理由を付けて断ろうとするが、すぐさまバッサリ意見を切り捨てる。

「それくらい大丈夫だろ。位なんて気にしなくていい。どうしてもと言うのならば、侍大将にさせるが」

嫌そうな顔をされる。

「いえ、そこまでやってもらうのは。それに私恋人になるのは少しご遠慮させていただく……」

「何でだ?」

彼の言葉を全く理解できず、そう聞く。

武田家はけっこう栄えている。名のある大名の恋人は何かに困ることはないだろう。自ら拒否する男なんて彼以外居ないはずだ。

「何で、ですか」

彼は顔を引きつらせ、俺の言葉を繰り返す。

「えっと、私同性愛は別に否定はしないんですけど自分となるとちょっとでして。それに、私は信玄様の恋人になることではない、別のやらなければいけない事がありますので」

俺を見る彼の眼は、相変わらず綺麗だった。

だが。

「そうか。理由は分かった。だが、こちらも譲る気は無い」

「そっ、そんなぁ」

彼は反論の声を上げる。

ん?反応が女みたいだな。だが、女だったら拒否したことはもっと疑問となる。

「お願いします」

「ダメだ」

「それ以外だったら何でもしますから」

「いやだ」

「本当に!」

「断る」

彼は俺が譲る気がないと理解して、不満そうに俺を見る。

本当に、不思議な奴だ。恋人になることを拒否し、超がつく程の美青年であり。だが、難関ほど手に入れたく……?……視界が……。

段々と意識が遠のいていく。

ここで死ぬ訳には……


バタッ。

ちなみに、信玄は視力や聴覚といった五感が超人的に優れてます。

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