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第2話 めちゃくちゃ怪しいおじさんと出会う

 これはゼファーが金髪アフロ頭なおっさんの大事な金玉を蹴り上げる数時間前のこと。


 孤児院の屋根裏部屋で目覚めたゼファーは粗末な洗面台で顔を洗う。

 薄汚れた鏡に映っているのは、やさぐれて目つきが悪い童顔。そのパーツの中で一番目立つものと言ったら当然、世間では魔眼と悪名高い模様。苔色をした右目の中心で、金色のリングがキラキラと怪しげな輝きを放っていた。


 その金色と相反して、ゼファーの髪は美しい銀の長髪。自分で雑に切ったため前髪や毛先は不揃いで、長さはまちまち。ちょうど目元を隠すように右目にかかっているおかげか、魔眼の怪しげな輝きは幾分か抑えられているようであった。

 また銀の長髪は腰の辺りまで伸び放題。きっと髪を切るお金を貰えてないのだろう。お手入れなども一切されておらず、一流の美容師などがこの惨状を見れば、悲鳴をあげること間違いなしの荒れ様であった。


 ゼファーがその長すぎる銀髪を雑に縛っておさげにすると、上半身裸の貧相な体が露になる。

 その全身は十三歳にしては小柄で華奢。おおよそ身長は140cmくらいで、平均身長が100cm前後の純粋な小人族(ピースリングス)と比べると十分大きい部類ではある。きっとハーフの影響が出ているのだろう。


 それから、軽く埃を払って使い古されたボロボロの衣服に腕を通す。

 非常にみすぼらしい恰好ではあるものの、雑に縛られた無造作ヘアーがいい味を出しているおかげで、ビンテージファッションという感じでややオシャレに仕上がっていた。元々持っていた素材の良さが起こした奇跡かもしれない。


「えっとお……今日で十三歳だろ~? ん~? あってるよなあ~?」


 ゼファーは指を折って数を確かめながら、独り言を呟いていた。


「ま、いっか。今日で孤児院追い出されるってこたぁ……多分十三歳ってことだろ、うん」


 というのも、十三歳になると孤児院を出て行かなければならないルールがあるのだ。これは孤児全員が課される平等なルールのため、別にゼファーだけが不利益を被るわけではない。


「あれは確か……前にここを脱走した時だったっけ? たまたまたどり着いた冒険者ギルドで、受付嬢のお姉さんに十三歳にならないと冒険者になれねーって言われたんだよな……」


 それは今から六年前の出来事。孤児院の運営者や管理者がごっそりと変わったのを契機に、ゼファーは小人族(ピースリングス)だからと色々な不条理を強いられた。


 その影響は衣食住の全てに影響を及ぼした。


 暖かい食事とベッドがあった生活から一転、まず自分のベッドと居場所がなくなり、屋根裏が唯一の居場所となった。次は食事すら出なくなったので食糧庫に忍び込んで、冷えた飯を漁るように。最後は服や備品が支給されなくなったので、それらを孤児院内のあちこちから拝借する借り暮らし生活へと突入。

 ただそうはいっても、まだ友達の助けもあったので多少辛くてもゼファーはやっていけていた。

 しかし、大人たちが子供に差別意識を刷り込んだことで、ゼファー周りの人間関係は一変。日に日に一人ずつゼファーから離れていく友達たち。


 ゼファーが完全に孤立するまでそんなに時間は掛からなかった。


 これらの理不尽と不条理がわずか七歳の少年に与えられたのだ。ゼファーが孤児院での生活に耐えきれず、脱走するのはごく自然な摂理と言えよう。

 結局は孤児院の大人たちに捕まって、すぐに屋根裏部屋に戻されてしまうのだが。


 しかしその際に、十三歳になれば冒険者になれるという情報を入手。冒険者になるという明確な目標を得たことで、同時に希望も見いだせた。

 ただ余計な情報として、孤児院の大人たちがゼファーを連れ戻した理由が領主からの補助金目当てという裏事情も知ってしまうものの、それは逆にゼファーの中で怒りという形で原動力へと変換されることになった。


 こうして希望と原動力を手に入れたからこそ、今まで耐え忍べてこれたのだ。


「これでようやっと、俺も冒険者の仲間入りっつーことか……」


 これまではいない者として透明人間扱いされて、屋根裏部屋で一人寂しく生きる日々だった。惨めな思いをするのは果たして今日で終わりなのか。それともこれからも惨めなのは変わらないのか、全てはゼファー次第。

 今のところは未来や可能性に溢れているものの、今ゼファーが置かれている状況は最悪の一歩手前。到底浮かれていられる訳はないはずなのだが……、


「ハァーッハッハアー! ついに俺は自由の身だあ!!」


 といった具合で、当の本人はもろ手を挙げて楽観主義丸出しであった。


 もしかすると、辛く苦しいことばかりの生活の中で何かが壊れて、目の前のことしか考えられなくなったのかもしれない。

 この調子ではついつい楽な方に流されて悪い誘惑に乗ってしまったり、分不相応な夢を見てしまって身を破滅させてしまったりと、ほぼ高確率で不幸まっしぐらなのは間違いない。


「冒険者になってバンバン稼げりゃあ……キレーなお姉さんとほかほかなうまい飯一緒に食えて、キレーなお姉さんとフカフカのベッドで一緒に寝れて。んで、キレーなお姉さんと手ェ繋いでデートとかも出来るんだろうなあ。ハハッ、夢が広がるぜえー」


 バカ丸出しでお気楽に夢を語るゼファーであったが実際のところ、彼の未来はお先真っ暗の破滅一歩手前であった。なぜかというと、その答えは至ってシンプル――無職で宿無し確定だからである。今のところはだが。


 本来ならばどこか働き口を見つけて卒院するのが慣習となっている。

 しかし、彼の場合はずっと透明人間でいない者として扱われているので、そもそも働き口を探すという話以前の問題であった。一応、卒院の期日までに行く当てが決まらない場合は、一定期間の猶予を設けるルールがあるのだが、それを邪魔者のゼファーにわざわざ伝えるわけもなく。

 ちなみに、どうやって卒院の日時をゼファーに伝えたかというと、十三歳になった日限定で透明人間扱いをやめただけ。次の日からまた透明人間扱いという仕打ちである。


 そこまでしてでも、孤児院の運営者はゼファーを、いや小人族(ピースリングス)を追い出したかったらしい。


 そうした血による差別の結果、ゼファーは行く当てがないまま卒院するはめになってしまったのだ。

 彼としては冒険者以外の道は一切視界に入っていないようだが、果たして自分の未来を冒険者一本に全賭けして上手くいくものだろうか。またそれがどれほど危うい事なのかは、きっと彼のお粗末な脳みそは気づかない。


 だからこそ――あんなざまになってしまうわけだが……。


 ゼファーがチラリと部屋の隅に目をやると、身辺整理が終わった荷物があった。

 だが、その量はかなり少ない。これは彼が孤児院の大人たちからいない者扱いの透明人間として冷遇されている証でもある。


 だからといって一文無しというわけではなく、多少のお金はあるようで、


「脱走以来の外だもんなあ~、どっかで温かくてうまい飯食いてーなあ……」


 と食欲に流されそうになりつつも、それを跳ね除けて今の自分がやらなきゃいけないことを再確認する。


「けど、まずは冒険者ギルドで冒険者になんねーとなあ!!」


 いくらゼファーが楽観主義者とはいえ、最低限の判断力はしっかりと残っているようだった。


 それから意気揚々と屋根裏部屋から出て階段を降りると、何故か表口には向かわず裏口へと歩を進める。


 実は今日、卒院するのはゼファーだけじゃない。進路が決定済みの他の子供たちは皆、表口で立派な卒院式で見送られているのだ。透明人間扱いで邪魔ものなゼファーがそこに混じるなど断じて許されるわけがない。

 だから、ゼファーは裏口からこそこそと出て行くしかなかったはずだが、何故か裏口の扉の前で立ち止まっていた。


「……あん? そういや、今の俺ってここじゃ透明人間なんだよなあ? つーこたァよお……ククク、いいコト閃いちまったぜ」


 そう言うと突然、踵を返して表口へと向かうゼファー。

 途中でキッチンから卵を両手に持てるだけ拝借し、ニコニコとイタズラな笑みを浮かべながら表口へと歩を進める。


(どーせアイツらとはこれっきりなんだ。最後くらい、派手にぶちかましてやっかッ……!?)


 ゼファーが脚で思いっきり玄関扉をぶち開けると、孤児院の入り口前には数人の子供と孤児院を運営する偉い大人たちが並んでいた。


「なッ!? おい、どうしてこいつがここにいるんだッ!?? お前がちゃんと伝えたはずじゃなかったのか!」

「おッ俺は確実に伝えました! アイツが勝手しただけで俺は知りません!」

「はぁ~最後にとんでもないことをしたね、君は。ほら、怒られないうちにさっさと裏口へと行きなさい」


 突然、表口にゼファーが現れたことで現場の大人たちは大混乱。偉そうなお爺さんが怒り、中年のくたびれたおっさんが自分は悪くないと主張し、壮年の優男がシッシと追い払おうとしていた。


 そんな悪い大人たちに、仰々しく一礼してゼファーは言う。


「なげー間、クソお世話になったからよお……俺からのささやかなお返しだぜえ――」


 今までの鬱憤を込めて、両手に持った卵を大人たちの顔面目掛けてぶん投げる。捨て台詞も添えて。


「――くたばりやがれ、このクソジジイ共ッ!!!」

「なぁッ!??」

「うわッ!!」

「うぉッ!」


 大人たちはとっさに腕を盾にするが、間に合わず卵が次々と顔面に命中。いくつか逸れた卵が地面を汚すものの、ゼファーは見事、一矢報いることに成功した。


「ハアァーーハッハァーッ!!」


 大笑いしながら、すぐさま脱兎の勢いで逃走を図るゼファー。


 それを大人たちが追いかけようとするも全員がすってんころりん。

 地面に落ちた卵のヌルヌルのせいで派手に転んでいた。


「こんのックソガキがぁ~ッ!? 戻ってこんかぁ~いッ!!!」


 一番、激高しているのは年配のお爺さんだった。

 きっと彼が主導で小人族(ピースリングス)であるゼファーを迫害していたのだろう。最後の最後にやり返されて、きっとはらわたが煮えくり返っているに違いない。


 他の大人たちはというとやれやれといった表情で、そこまで怒りは湧いてないようだった。もしかすると、あまりゼファーの差別に乗り気じゃなかったのかもしれない。


「戻るかよバァ~カッ!! 次会う時はきっとクソジジイの葬式の時だぜ、じゃぁ~な!!」


 そう言い返しながら、背中越しに両手で中指を立て煽ることも忘れない。ゼファーは負けず嫌いなのだ。


 こうして無事、ド派手に気持ちよく孤児院を卒院したのだった。




   §    §    §




「はぁ……ふぅ……流石にここまで逃げりゃ大丈夫だろ」


 金玉のおっさんこと、ボルゴル・デーンにさよならした後、俺は遠くの橋から回り込む奴や小舟で追ってくる奴を警戒して、ずっと走り続けていた。

 しかし、すでに体力は限界ギリギリ。隠れながら休めそうな場所を探して、すぐ近くの細い裏道に入り込むと、壁に背をついてズルズルと座り込む。


「はあぁ~流石に疲れたぜえ……しっかし、これからどうすっかなあー」


 威勢よくド派手に卒院したものの、冒険者にはなれず、荷物持ちにすらなる資格もない。金を稼げなければ生きていけないし、そもそもこのシャリオンから出ることさえ叶わない。


 つまり、俺が置かれた現在の状況はほぼ詰みの状態だった。


(あーそっか、そういうことか。冒険者になった孤児が無茶して死ぬっつー悪循環のワケ。何か少しだけわかった気がする――皆、このデッケー鳥かごから抜け出そうとしたかったんだなあ……)


 もはや地上で生きていくことすら不可能に思えて、スラム街――このシャリオンの地下にある氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】の第一層の外れにあるという――で惨めな人生を送るしかないのかもしれない。


(せっかく外に出れたっつーのに……いきなり不条理なルールにはじかれて、くだらねー偏見と勝手な思い込みで、よくわかんねー内に悪者扱いされる。なんだよコレ? はあーマジ面倒くせー! 世界って面倒くせー! 俺よりずっと頭のいい大人がいっぱい居てこのざまかよ。はあ~……意外と世界にゃ、アホがわんさか溢れてんだなあー)


 といった具合に現実逃避をしていると、知らないおじさんがこちらに歩いてきていた。


 とっさに俺が警戒して立ち上がると、おじさんが両手を上げて敵意がないことを意思表示する。


「待った待った、そう警戒するな。俺は怪しいおじさんじゃない。追っ手とは関係ねえし、捕まえに来たわけでもねえ。ただ、俺もあの場には居てな? あの様子だと相当、冒険者になりたかったみてえだな?」

「そりゃーだって、冒険者になれりゃあ……キレーなお姉さんとほかほかなうまい飯食い放題だし、キレーなお姉さんとフカフカのベッドで一緒に寝れるし……キレーなお姉さんと手ェ繋いでデートできんだぜ!? そんなの――最高の生き方じゃんかよお!??」

「……くっくっく、はっはっは。何とも頭あっぱれな少年だな、気に入ったぞ」


 そう言うと、おじさんは俺に目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「俺についてこい。そうすりゃ……憧れの冒険者になれるぞ? どうだ?」


 俺は疑いの眼差しでおじさんを観察する。

 あの場にいたということは酒を飲んでいてもおかしくないが、特に顔は赤くなくお酒の匂いも漂わせていない。となると、昼間から酒を飲む不真面目なタイプの人間ではなさそうだ。


 ただ金のために俺を騙して、奴らのところに連れて行く可能性はゼロではない。それに孤児院の大人たちがよく、知らない大人について行っちゃいけないと子供たちに言い聞かせていたのを思い出す。


「あーでもなー。俺ァ、おじさんのことなんも知らねーし……知らない大人について行っちゃダメって言われてたもんなあー?」

「いいのか? こんなチャンス、二度と来ないかもしれねえぞ?」

「うッ……で、でもさあ――」


 その瞬間、ぐぅと派手にお腹の音が鳴り響いた。


「――あッ!」

「なんだ少年、腹減ってんのか?」

「ま、まあ……減ってると言われれば、減ってる」

「そうか、そういや昼飯時だしな……だったら丁度いい、冒険者云々の話は飯でも食いながらしようじゃねえか――あぁ、金は気にするな。俺が全部おごってやる」

「えっ……マジ?」


 俺の直感は危険信号を発信していた――このおじさん、ちょっと怪しいかもと。


 ただ、ほぼ一文無しな今の俺が温かくて旨い飯にありつくには、他人の財布を当てにするしかないのも事実。それに空腹のままだと体力は確実に持たないだろう。そうなれば結局、捕まるという結末は同じかもしれない。

 だったら、温かくて旨い飯を食ってから捕まった方がマシか?


 警戒心と食欲の狭間でどちらを選択するかで、激しく思い悩む。


「う~ん、う~~~ん……どうすっかなあ」

「おいおい、そんなにめちゃくちゃ怪しんだ顔するなよ」


 どうやら、眉間にしわを寄せて悩む俺の顔は怪しんでいるように見えたらしい。


「俺はただ恵まれない子供を放っておけない性分の……優しいおじさんだぞ? ニコッ」


 このちょっと怪しいおじさんは確実に不器用だ。

 だって、精一杯の笑顔が不格好で不気味だもん。


(いや顔怖ッ……っていうかこのおじさん、絶対に子供が苦手な人じゃん)


 前言撤回。このおじさんはちょっとどころじゃなく、めちゃくちゃ怪しいおじさんかもしれない。


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