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恋の原点

作者: ポン酢

僕は恋愛小説を書いている。

でも恋愛小説家じゃない。


僕は本来はSF小説を書くのが得意なのだ。


しかし話を書いて食べていくとなると、これじゃなきゃ書かないなんて事は言っていられない。

そんな事が言えるのはベストセラー作家みたいな大御所だ。

ちょっとしたコラムや雑誌の片隅にある連載小説などの仕事を必死にもらって食いつないでいる僕に選択権なんかない。


「あ~!!わからない……何だ?!何がいいんだ?!」


しかし得意じゃない事は行き詰まりやすい。

特に恋愛なんて繊細な感情の動きは、それを経験していてこそ文章として綴れ、共感してもらえるのだ。


自慢じゃないが、僕は恋愛なんて殆ど経験がない。


あったって、ただ遠くから、気持ち悪がられないくらいの遠くから、そっと想い人を眺めていたようなそんな感情ばかりだ。

努力した事がないわけじゃない。

でも僕は相手の眼中にも入れてもらえなかったし、ただキープされていいように相手の都合のいい位置に置かれ、本命が振り向いたらパッと捨てられるような、そんな経験しかした事がない。

お互いの気持ちが奇跡的に向き合った事もある。

でも、恋愛というのは本人たちの気持ちだけで成り立つものじゃない。

家庭事情や仕事の事情。

そんなすれ違いによって「タイミングが合わない」と言う事が起こり得るのだ。

そして何か一つの「タイミング」を逃がすと、どんどんその「ズレ」はお互いの「タイミング」をずらしていく。

そしてぽんっと違う「タイミング」があってしまったりして、全て無かった事になってしまうのだ。


恋愛は、選択とタイミングだ。


ここぞというタイミングに、究極の選択が起こる。

どちらかを選べば、片方はもう、二度と手に入らない。


その選択をする時、どうしてだかそれがわかる。

多分、これでどちらかが駄目になるのだと……。


僕は、あの時の選択に後悔していない。


ただたまに、あの時、もう一つを選んでいたら、僕には違う人生があったのかなと思う事がある。

それでも僕は、あの時の選択に後悔していない。

その結果を知っていたとしても、何度やり直そうと、きっと僕はその選択をするだろう。


玄関のチャイムが鳴る。

僕はハッとして顔を上げた。


「マズい!!もうこんな時間!!」


慌ててできるだけ体裁を整え、ドアに向かった。

開いたドアの向こうには、笑顔の女性が立っていた。


「こんにちは!いつもありがとうございます!家事代行サービスの豊永です!!」


「い、いつもすみません……。」


笑顔が眩しくて、僕は狼狽えた。

僕には家事能力がない。

特に執筆を始めてしまうと、必要最低限以下の事しかできなくなってしまう。

そうすると家の中はゴミ屋敷だし、執筆の効率も悪くなってしまう。

そこでたまに家事代行サービスを頼むようにしている。

僕はルーティンに頼んでいる訳ではないのだが、この辺の担当が豊永さんのようで、だいたいは彼女が来る。


「どうですか?お仕事は順調ですか?!」


「え……ええ、まぁ……。お陰様で……。」


ぼそぼそと話しながら、家の中に案内する。

家事代行を頼むくらいだからおわかりだろうが、散らかった部屋だ。

女性を上げるには恥ずかしいばかりで、僕はいつも小さくなってしまう。


「ではいつも通り、基本プランの三時間、よろしくお願いします!!」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


彼女は作業制服の上にエプロンをつけると、まずはとばかりに洗濯に向かった。

流石に下着は申し訳ないのと恥ずかしいので分けてあるが、それ以外は洗濯して干してもらう。

分別して洗濯機を回し始めた彼女は仕事部屋である寝室いがいの掃除を始める。

僕は邪魔にならないように寝室に戻り、パソコンに向かった。


「……………………。」


仕事とはいえ、こんな引きこもりみたいな男の家事代行をさせてしまっている豊永さん。

女性なので怖くて歳は聞いていないが、そこまで離れている感じではない。

僕よりいくつか上か下か、もしくは同い年ぐらいだろう。

テキパキと三時間で洗濯と掃除をしてくれる。

ゴミも分別してまとめて置いてくれるので、豊永さんが来てくれた後は、僕は指定の曜日に出すだけで済む。

僕は書きかけの恋愛小説を開いたまま、彼女の立てる掃除機や洗い物の音を聞いていた。


「……何か、お礼がしたいなぁ……。」


ふと、そんな事を思う。

しかし僕は恋愛小説を書くのにも悩むほど、恋愛経験が少ない。

だから女性への対応が今ひとつよくわからない。


「いやでも……お礼と言ったら、甘い物だよな??」


Web画面を開き、「お礼 女性」と入れ検索する。

出てきた記事を読み漁る。


そうか、今、こういうモノが流行ってるのか……。

へぇ~、おもしろ~。

でもやっぱり定番の老舗菓子の方が当たり外れがないよなぁ……。

洋菓子と和菓子だと、どっちが好きだろう……??

あ、でもリラックスグッズも良いかなぁ??

いや!入浴剤とかだといかがわしい目で見てるのかと思われてしまうかもしれない……。

ハンドクリーム……なるほど……掃除や洗い物で手荒れするもんな……。

ん~、でも……匂いに好き嫌いがあるものなのか……。

手荒れの程度によっては、市販のハンドクリームはNG……。

そうだよなぁ……敏感肌とか人によるもんなぁ……。

なら当たり障りなくハンカチとかハンドタオルとか……。

え?!ハンカチを贈るのは手切れの意味があり、別れたいという意味になる?!

いやいやいやいや!!

お礼がしたいんであって!お別れという意味はないから!!


「……あの~、楠田さん??」


「ひゃいっ?!」


突然声をかけられ、僕は飛び上がるほど驚いた。

椅子から立ち上がり何故かモニター画面を隠すように立つ。

それをドアから顔を覗かせた豊永さんが申し訳なさそうに見ている。


「すみません……何度かお声がけしたんですけど……。」


「いえ!こちらこそ!それで……??」


「はい、よろしければ、シーツなども洗いますがどうしますか?」


「……あ、あ~。なら、お願いします。」


「こちらで外しますか?」


「いえ、外して今、持っていきます。」


「わかりました。集中していらしたのに申し訳ないです。」


「いえ、こちらこそ、気を回して下さってありがとうございます……。」


僕は急いでベッドからシーツを外して持って行った。

そしてパソコン画面を見つめる。


そう言えば、誰かの為に何かしたくて夢中になって何かを調べたのは久しぶりだった。

たくさん見て回ったそのお礼の品の数々を見て、僕は少しだけ笑ってしまった。


ああ、そうだ、忘れていた。


恋なんて特別なものじゃない。

誰かの為に純粋に何かしたいって思える気持ち。

その人の為に時間も忘れて夢中になる気持ち。


僕は行き詰まっていた原稿を開いた。

読み直しながら手直ししていく。


そしてそこから、僕の指は素直に言葉を紡いでいった。

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