ヴィラン誕生!もう一人のクラーケンマン!!
右腕の二度目の切断から一週間後の深夜、時東誠人は、親友の久保田和也に梅田側じゃなく、十三側の淀川の堤防に隣接する名も無き小さな細い公園に呼び出されていた。
目の前には、淀川が氾濫したら、真っ先に沈むであろうマンション達が並んでいる。
「こんなところに呼び出して、何しようってんだよ。久保田」
「決まってんだろ。特訓だよ、特訓!」
「は?なんの?」
「お前のイカ化した時の身体をコントロールする為の特訓だよ」
「なんで、そんなことせにゃならん。俺は、もう二度とイカ化する気は、ないぞ」
「お前、これからの人生、ずっと十代女子から逃げて暮らしていく気か?」
「ゔっ……」
久保田に痛いところを突かれた時東。この一週間、元からそんなに出歩く方ではなかったが、十代女子と出会うのを避ける為、日の当たる時間帯は、自宅から出ていない。コンビニも女性店員だけだと不安で利用できず、わざわざ遠出して男性店員だけのコンビニを選んで利用している始末だ。すでに生活に支障が出ている。
すべては、そうしないとイカ化してしまう身体の為だ。
「お前がイカ化する身体を完璧にコントロールできるようになって、身体のイカ化する、しないを自在に操作できれば、もう十代女子から逃げずに済むんだ。すべての問題は、それでクリアになる。だから、俺の実験に付き合え」
「今、実験つったか。久保田」
「言ってないよ」
「テメェの本音は、それだな。このマッドサイエンティスト!俺の身体を使って実験する気、満々満太郎だな!」
唾を飛ばして激昂する時東に久保田は、
「隙あり!」と
スプレーを吹きかける。
すると、時東誠人の右腕は、みるみるうちに、またイカの触手化してしまった。
「な、な、なっ何をしただーっっ!!テメー!!」
「フハハハ!十代女子のフェロモンの凝縮スプレーだ!やはり、俺の説は、正しかった!お前の身体は、十代女子に反応してイカ男化するのだ!」
「お前、十代女子のフェロモンなんてどこで手に入れたんだ?」
時東誠人は、イカの触手化したうねる右腕を苦悶の表情で抑えながら、久保田和也に訊いた。
「フハハハ!女子高生から3万で買ったのだ!」
久保田は、誇らしげに堂々と言ってのけた。
「こいつ、犯罪臭しかしねぇ!」
時東は、親友にはじめて恐怖した。
「イカ化した右腕は、自分では切断できまい。さぁ、観念しろ、友よ。お前は、俺の実験に付き合うしかないのだ」
「お前、本当に久保田和也か?」
「俺の人格の変化など些事だ。医学の発展は、すべてに優先される。人類の未来の為、犠牲になれ、友よ」
「俺、今から何されるの?」
時東誠人は、不安で仕方がなかったが、久保田和也が時東誠人に課題として与えた最初の実験は、
「さぁ、登れ!アメコミのあのヒーローのように!」
マンションの外壁を登ることだった。
「あの、久保田くん、この実験にいったい、なんの意味が?」
「俺が計算した結果、理論上、クラーケン大魔人の触手の吸盤の力なら、その右腕の12本だけでお前の全体重を支えて壁をよじ登れるはずなんだ。今回は、まず、その力の確認作業を行う」
「よくわからんが、とにかく登りゃいいんだな」
時東誠人は、右腕の12本の触手をマンションの外壁に這わせ、吸盤を接着させた。
久保田に言われたとおりに力を込め、外壁を登ろうと吸盤で接着したままの触手を引き寄せると時東の身体は、一瞬、浮いたが、バリバリと音を立てて、接着したマンションの外壁の方が剥がれてしまう。
時東誠人は、すとんと地面に着地する。
見上げると、マンションは、剥がれた外壁の分、穴が空き、一部屋の中が外から丸見えになっていた。
その一部屋というのが、バスルームで女性がシャワーを浴びている真っ最中だった。
裸の女性は、何が起きたのか理解できないまま、外にいる時東と久保田と目が合う。
「きゃーーっ!!」
という女性の甲高い叫び声が深夜の堤防沿いに響き渡る。
「逃げろーー!!」
と言って久保田が先に駆け出す。
「なに、このアメリカンな展開」
と時東が後を追う。
二人は、堤防沿いを十三方面から西中島方面へと走って逃げた。
「俺が計算していたよりも吸盤と触手の力が強かったようだ」
運動不足の久保田は、肩で息をしながら、言った。
「どうにか、その巨大な力を調節できるようになる必要があるな。このままじゃ、ただの歩く生物兵器だ。おし、実験その2を始めよう」
「えー、まだ、やんのかよー」
実験その2は、力の調節、コントロール。触手で街灯にぶら下がり、他の触手で次の街灯を掴み、飛び移る。
簡単なように思えたが、結果、時東は、最初に掴んだ方の街灯を吸盤がくっついて、離せず、次の街灯も別の触手で掴んでいた為、ブランコのようになり、宙ぶらりんになった。
思っていた以上に触手は、長く伸びた。
「吸盤の離脱着ぐらい自由にできんのか。自分の吸盤だろ?」
久保田は、宙ぶらりんになった時東の下から上を見上げて言った。
「すみませんねー。人生で吸盤があった時期が短いもんで」
時東は、やけくそになっていた。吸盤が2本の街灯から離れず、吊るされたまま、地面に降りられないのだ。
そんな状況でサイレンを鳴らして一台のパトカーがやってきて二人の近くで止まる。
中から、防弾チョッキに防弾ヘルメット、暗視ゴーグルで手に銃を構えた二人の男が降りてくる。
「我々は、北大阪府警預り魔人対策課の堂前と」
「同じく本郷だ」
「通報されたイカの魔人というのは、お前らだな?」
「貴様らに黙秘権はない。人権もない。我々には、貴様らを即射殺する権利がある。抵抗せず、投降しろ」
二人の魔人対策課の男は、有無を言わさぬ表情で時東達に銃口を向け、じりじりと近づいてくる。
「どうしよう!警察、来ちゃったよ!」
「落ち着け」
と言う久保田の言葉もろくに耳に入らず、時東は、テンパった。
宙吊り状態の自分をなんとかしようと二本の街灯を力任せに引っこ抜くと、吸盤で接着したままのその街灯をおもいきり、地面へと叩きつけた。マンションの外壁の時は、そうやって粉々にし、触手から離したのだ。
しかし、街灯は、マンションの外壁よりも柔らかく、歪曲するだけで、すぐには、粉々にならない。
結果、地面に着地した時東は、混乱のままに街灯がバラバラになって、自らの触手から離れるまで、何度も地面に叩きつけてしまう。
しなる触手で行ったそれは、遠心力も相まって、充分な攻撃力を持っていた。
元々、狙った攻撃ではないから、魔人対策課の堂前と本郷に直撃は、しなかったものの、彼らを後退させるのには、また充分であった。
「メーデー、メーデー。イカの魔人の新種に苦戦中。至急、応援、求む」
しかし、彼らは、正義の人。ひるんだのは、その瞬間だけで、すぐに銃口を向け、もとの態勢に戻る。
「わぁああぁああ!!」
混乱の続いている時東は、触手で久保田和也を担ぎ、無茶苦茶な動きで逃げ出した。
逃げ出す方向にある街灯やら目につく物すべてを触手で手に取り、それを起点に力任せに身体を前方に飛ばす。
掴んだものが吸盤で離れず、バネのように後ろに引っ張るのを無視し、さらに別の触手で前方にある物を掴む。それを起点に前へ前へと跳んでいく。前へ進んだ勢いで、後ろへ自分を引っ張る物は、そのまま、後ろへ飛ばし、放り投げる。
放り投げるのに失敗して、物が吸盤に引っ付いたままでも、かまわず、その触手で前方を掴む。
久保田和也を掴んでいる以外の残りの11本全ての触手でそれをやる。
前へ前へ身体を飛ばし、後ろに引っ張るものは、すべて構わず、そのままの遠心力で後ろへ飛ばす。くっついたままの物は、無視して、さらに前方の物を掴むので、触手の掴んでいる物の大きさは、増大し、それも無視して進むので、進んだ先にも進んだ後にも破壊をもたらす。
クラーケンマン時東誠人の通った場所すべてが、嵐の通ったようになる。
それでも魔人対策課の堂前と本郷は、クラーケンマンを見失わず、追跡を続けていた。前方から飛んでくる、クラーケンマンが投げ飛ばしたもの全てを避けながら、銃撃を始めていた。
放り投げられてくる物に当たって、クラーケンマンに着弾はしていないが、二人の放った銃弾が直撃するのは、時間の問題だった。
「おい、時東。聞こえるか」
「ああ」
「正気か?」
「ああ」
時東は、久保田の問いかけに応答できるほど冷静さを取り戻していた。人は、ずっとは、混乱し続けられない。
でたらめな逃げ方をしていた時東にも自分が何をやっているのか、今が見え始め、しっかりと把握できてしまえていた。
なんだか、俺、本物のモンスターみたいなことしてんな。
とぼんやり思えてしまうほどに。
身も心も自分は、クラーケン大魔人になってしまったというのか。
時東誠人は、今まさに自分を見損なうところであった。
自分は、こんなものだったのか。この程度の。
「馬鹿だなぁ。俺なんて置いていきゃあいいのに」
と友に言われて、はっと気付く。
そうだ。自分は、友達を置いて逃げるという最低なことは、しなかったじゃないか。
混乱状態に陥っても、ともだちを見捨てなかった。
それだけで時東は、自分を見損なわずに済んだ。それだけが、よりどころになったと言い変えてもいい。
「おい、友よ。この状況を打開するとっておきの方法があるぜ」
「どんな?」
時東誠人は、高速で逃亡を続けながら訊いた。
「実験その3だ」
言って久保田は、黒い液体の入った注射器を見せてきた。
「マッドサイエンティストめ」
時東には、友が悪魔のように見えた。さっき、自分のこころを救ったばかりの友が。
「それを打つと俺は、どうなる?」
半場、やけくそになりそうな自分を打ち消して、時東は、訊ねた。
「イカ墨を吐けるようになる。これは、クラーケン大魔人にもできなかったことだ。クラーケン大魔人の遺伝子プログラム、DNAにない能力をお前のDNA情報に組み合わさるように作った特注品だ。名付けてインテリジェンスデザイン薬。この薬液には、ゲノム編集の技術がな」
「待て待て待て。ウェイトウェイト。訊いた俺が馬鹿だったのか?俺が馬鹿だから、聞いてもわからんのか?この状況でイカ墨、吐けて、なんになる?」
「イカ墨を吐ければ、あの警官二人を殺さずに制せる。イカ墨、目くらましにうってつけとは、思わないか?」
ニンマリ顔を時東に向ける久保田。
「そんなに上手くいくか?だいたいイカ墨、吐くつったって、どこから出すんだよ。口からか?とてもじゃないけど、あの二人のところまで届かねぇよ」
「そのへんは、大丈夫だ。お前、今、口、二つあるから」
「え?」
「切断したお前のイカ化した右腕を調べてわかったんだ。触手の根元に大きな口があるって。イカ墨は、そこから発射できるように薬液をデザインしている」
「え?俺、マジで今、口が二つあるワケ?」
「マジで今、口が二つあるワケ」
「気持ちわりー、マジ、吐きそうなんだけど」
「吐くなら、注射、打ってから、イカ墨、吐けい」
そう言って、久保田は、ふつうに了解を得ずに黒い液体の入った注射を時東のイカ化した右腕の触手に刺した。
「うん、お前、そういう奴だよね」
時東は、目を細めて、左手でふつうに久保田を殴った。
「うん、お前もそういう奴だよね」
「で、イカ墨、吐くって、どうすりゃいいの?やり方は?人生でイカ墨、吐いたことないんですけど」
「いや、作った俺もわからんけど。とりあえず、触手の根元に口あるから。根元に力、入れてミソ」
「こうか?」
―ぶちゅんっ!―
時東の前方が人一人分ぐらい黒く染まる。
「ああ、すげぇけど、これ、やっぱ無理だわ。だって、あの二人にイカ墨かける為に触手うしろに向けたら、俺、フツーに止まっちゃうし、止まったら、銃でBANされて、フツーに御臨終やん」
「上に逃げたら、ええやん」
「え?」
「銃弾、届かんぐらい高く跳んで、上からイカ墨かけたったら、ええやん。お前の触手の筋力なら、できると思うよ」
時東は、久保田の提案を受け入れた。
11本の触手の吸盤の付いてない箇所を地面に叩きつけるようにして、おもいっきり上へと跳ね上がる。
すると、時東誠人の身体は、久保田和也を担いだ状態で六階建てのマンションの屋上の高さを悠々と跳び越した。
「今だ!」
「うらららららぁ!!」
久保田の合図で時東は、触手の根元に力を入れ、所構わず、下に向けて、イカ墨を連射する。
下からは、魔人対策課の二人が銃で放った弾丸が飛んでくる。
イカ墨弾は、次々とアスファルトの地面へと着弾し、そこらじゅうに飛び散る。
魔人対策課の二人には、直撃はしなかったが、地面に当たって、勢いよく跳ね返ったイカ墨に魔人対策課の二人のうち本郷の方が吹っ飛ばされ、パトカーのフロントガラスに衝突する。
堂前は、それを見て、唖然と固まる。
「おいおい、殺さずに制圧できるんじゃなかったのかよ」
地面に触手で着地した時東は、イカ墨弾のあまりの威力にショックを受けた。
「まぁ、水にも水圧があるしな……発射の威力によるものだろう。この場合、イカ墨圧か……それより、ヤバい。俺、撃たれたみたいだ」
「え?」
時東が見ると、いつの間にか久保田の白衣に拳の大きさ程、血が広がっていた。
「時東、俺を置いて、逃げろ」
「馬鹿野郎!そんなこと、できるか!」
「パトカーまで吹っ飛ばされた方の警官は、しばらく動けないだろう。お前を追っている警官は、一人になった。俺は、見ず知らずのイカの魔人に無理矢理、連れ去られたことにする。警官は、ケガを負わせた一般市民を放っては、お前を追えないはずだ」
「馬鹿野郎。そんなことして、逃げれても、お前が死んだら、意味ないだろう」
「大丈夫だ。警官が救急車を呼ぶはずだし、お前の魔人細胞のうち再生細胞のみを培養して作った即効回復薬液がここにある」
そう言って、久保田は、時東に緑色の液体の入った注射器を見せた。
「これを使えば、銃で受けた傷ぐらい、すぐに治るはずだ。お前の右腕が再生した魔人細胞を使っているからな。大丈夫だ。お前みたいにイカ化は、しない。はずだ。まだ試作品だが」
「本当に再生するなら、お前を置いていかなくても、いいはずだ」
「それだとお前が逃げ切れない。もっと大勢、警官が来て、写真か映像でも撮られて、全国指名手配されたら、シャレにならない。この国の魔人に対する法律は、ヤバ過ぎる。下手したら、お前、解剖されるぞ」
「うん。じゃっ、やっぱ俺、お前、置いて逃げるわ」
「……うん、それでいいんだけどね。上手く逃げ切れよ」
「あとで、かならず迎えにくっから」
「うん、もう、そういうのいいから、早く行けよ」
時東誠人は、久保田和也を置いて、12本の触手を地面に叩きつけ、その反動で天高く飛翔し、逃げた。
久保田和也は、それを見送ると、緑色の薬液の入った注射を自らの左腕に打った。
そして、気絶する。
堂前は、久保田に近づき、手錠をかける。
「容疑者の一人を確保」
と無線に向かって言う。
久保田和也は、警察病院のベッドの上で目を覚ます。
上体を起こすとベッド脇の点滴のすぐ隣に女性の看護師がいた。
「お目覚めになりました?」
久保田和也は、自らが銃で撃たれた辺りをまさぐる。傷は、塞がっていた。というより撃たれた跡がまるでない。
「実験その4は、成功か」
「ん?なんですか?」
看護師は、呟いた久保田和也を不思議そうに見ている。
「オホホホ〜」
という男の気持ち悪い笑い声が響く。
しかし、白い部屋には、久保田和也と看護師の二人しかいない。
「どうかしましたか?」
辺りをキョロキョロと見回す久保田に看護師は、心配そうに訊いた。
「今、何か笑い声のようなものが聞こえなかったか?」
「笑い声?」
看護師は、まるで久保田がなんのことを言っているのか、わからないという表情をした。
久保田の顔が段々と青ざめていく。
「まさか」
「そのまさかよ。オホホホ〜。あんたの脳と身体は、このクラーケン大魔人ラブリーが乗っ取らせていただきマスター」
久保田は、自らの手をグーパーグーパーするのを繰り返し、自分の思う通りに身体が動くのを確認する。
「お腹が減ってきたわね〜。何か食べようかしら。人間の女でも」
「あんた、逃げろ!」
と久保田和也が看護師に伝える前に看護師は、久保田和也のイカ魔人の12本の触手化した左腕に襲われていた。
看護師は、触手に口を塞がれ、叫ぶ間すら与えられなかった。
そして、触手の根元にある大きな口に飲み込まれて、ムシャムシャと咀嚼音を立てて、食べられた。
「オェッオッオェッオッ」
その間、久保田和也にできるのは、胃から這い上がって来る酸っぱい液体にえづきながら、精一杯の抵抗感を出すことだけだった。
「キャーー!!」
と叫び声を上げた久保田和也の病室にたまたま通りかかった別の女性の看護師の頭部を触手は、右に薙ぐことで簡単に粉々に弾き飛ばす。
叫び声に駆けつけた警官達も触手は、次々とぶん回し、肉塊へと変えていった。
病院内を這い回り、次々と虐殺を続ける触手に対して久保田和也は、最初こそ、「やめてくれ!」「なんでこんな事を!」「なんなんだ、これは!」と泣き叫んでいたが、途中で何も言わなくなり、最後には、笑っていた。
「なんだ、俺、無敵じゃないか……アハ……アハハハハハハハハハ!!!」
彼の心は、壊れてしまった。
ヴィランの誕生である。




