切断・研究しよう!クラーケンマン!!
自分の右腕が12本のイカの巨大な触手化した時東誠人は、イカ化した その日の深夜に淀川大橋と十三大橋を渡って、天六地区にある自宅から十三東地区にある親友の経営する久保田医院へと人目を忍んで移動した。
「こりゃダメだな。時東、お前の細胞は、今、クラーケン大魔人の細胞に食われ、侵食されている。このままだとじきにお前の全身は、イカの怪物化する」
時東誠人のイカ化した右腕から採取した細胞を顕微鏡で見ながら白衣姿の久保田和也は、言った。
「なんとかしてくれよ。大学病院で教授になりかけていた程のインテリなんだろ、お前」
時東誠人は、黒い触診台の上に座って偉そうに親友の久保田に言った。
久保田和也は、父親の死去に伴い、地域医療の為、久保田医院を継いだが、それまでは、北大阪府立大学病院で最年少で教授になりかけていたエリート街道まっしぐらだった優秀な医師だ。そんな男が時東誠人の状態を診て、はっきりと言った。
「お手上げだ」と――。
「だいたい、どんなシチュエーションになれば、クラーケン大魔人の出産した卵なんて食うことになるんだ」
「腹が減ってたんだ。仕方がないだろう」
「前から変わった奴だとは、思っていたが、まさか、ここまで頭がイカれてる奴だとはな。学生の頃から、俺は、悪魔に取り憑かれているとかなんとか言ってたっけ」
久保田和也は、小・中・高、ずっと時東誠人とクラスが同じで今は、彼のかかりつけ医だ。
「あれは、本当に悪魔に取り憑かれてたから、そう言ってたんだ。今は、魂の多重債務者になることで、悪魔との契約が解除され」
「お前が悪魔に身体を開け渡さなかったから、人類の平和は、保たれている。だから、お前は、人類を救ったヒーローなんだろ?そーいう厨二病っぽいことばっか大人になってからも言い続けてるから、友達、俺しかいないんだろ」
「厨二病ではない!現に俺には、悪魔と契約していた頃に手に入れた魔導パワーと魔導ステップの固有スキルが……あったはずなんだが……」
「あったはずなんだが?」
「今まで身体に宿っていた魔導の力が今は、まるで感じんのだ。ここに来るまでに淀川大橋あたりで試したんだが、魔導ステップも魔導パワーもまるで使えなくなっていた」
「お前の言う魔導ステップと魔導パワーがなんなのかは、まるでわからんが、前にできていた事が今できないのは、身体がイカ化してきているのが、完全な理由だろうな」
「どういう理屈でそうなるのか、阿保な俺でもわかるように説明してくれ」
「お前の身体は、今、時東誠人から完全にクラーケン大魔人へと変わろうとしている。それは、つまり、時東誠人には、できてクラーケン大魔人には、できないことが、できなくなるということだ」
「それって、これから一生、魔導パワーも魔導ステップも使えないってことか?」
「それだけじゃなく、これから顔面も身体もあの気色の悪いクラーケン大魔人と同じになるってこと。下手したら、自我もクラーケン大魔人に乗っ取られて、なくなるかもな」
「なんとかしてくれ〜い」
「そんなライスのネタみたいな言われ方されてもな」
久保田和也は、そこで深刻な顔つきになり、
「一つだけ、お前が助かる方法がある」と言う。
「なんだよ、それ。方法があるなら、さっさとそれをしてくれよ」
「お前を助けるには、お前の……右腕を切断するしかない」
しばしの沈黙がふたりの間に流れる。
「今のところ、クラーケン大魔人の細胞がお前の細胞を侵食しているのは、右腕だけだ。だから、右腕を切断すれば、それ以上、侵食されずに助かるかもしれない」
「かもしれないって……切断した後は、どうするんだよ?出血多量で俺、死んじまうじゃねぇか」
「切断した箇所をバーナーで焼けば、出血しないから、たぶん、大丈夫だ」
時東誠人も深刻な顔つきになる。
「マジな話?」
「マジな話だ」
ふたりの間に再び、重い沈黙がしばし流れる。
「どうする?やるとしたら、大手術になる。ここでやるより、大病院に行った方が生存率が高いぞ」
「いや、お前に命、預けるよ。他に行ったって、化物扱いされるだけだ」
それに関しては、時東は、迷わなかった。
「わかった。奥から、チェーンソーとバーナーとか必要なもの取ってくる。血液型は、Oだよな」
「ああ」
時東誠人は、久保田和也が奥の部屋へと消えてから、
「まったく、怖いこと平気で言ってくれる奴が友達で俺は、幸せ者だよ」とつぶやく。
久保田和也による時東誠人の右腕切断手術は、難航し、一時間以上の時間を要した。
時東誠人のイカの12本の触手は、一本一本が成人男性の腕以上の太さ長さをしていて、自我があるようで切断しようとする久保田和也を邪魔した。
が、久保田和也は、それに麻酔を打つという冷静な対処をして、なんとか無事に一人で手術を完了させた。
バーナーで焼いた切断箇所から出血は診られなかったが、
「まだ予断の許せない状態だ。経過観察が必要だから、しばらく、俺の家に泊まっていけ」
「ああ」
久保田医院は、診療室の奥の部屋から久保田和也の実家の大屋敷に繋がっている構造になっている。
人目を忍ぶ患者を保護するには、うってつけの場所だった。
時東誠人は、久保田和也の好意に甘えて、その日、ぐっすり久保田和也の自室のベッドの上で眠った。
すると、翌朝、時東誠人の身体に思いもよらぬ変化が起きた。
切断したはずの腕が再生していたのだ。
しかも、イカの触手ではなく、成人男性の普通の腕に戻っていたのだ。
「これは、凄いぞ。今まで表の医療界で研究されることがなかったから、一般医師の俺は、知らなかったが、まさか、魔人の細胞にここまでの自己回復能力、再生力があるなんて」
久保田和也は、時東誠人の完全に再生し、元通りになった腕を見て、午前の診療もほっぽりだして、いたく興奮した。
「この魔人細胞を再生医療に活用したら、どうなるだろう?足や腕を事故で失った人に使ったら……いや、それどころか脊髄損傷もひょっとしたら、治せるかもしれない」
そんな常軌を逸した興奮模様を見せる久保田和也に時東誠人は、若干、引いていた。
「お前、マッドサイエンティストみたいだぞ。映画の後半で自滅するタイプの」
「ああ、確かにそうだな。確かにそうかもしれない……研究するのは、学会で発表して、ある程度の賛同を得てからの方が、いいだろう。その方が事がスムーズに進むだろうし」
「お前の研究のモルモットになるのは、俺は、ごめんだぜ。やるなら、俺の関係のないところでやってくれ。もう腕も戻って、なんともないようだし、俺は、行くぜ」
時東誠人は、そう言って、久保田医院の出口に向かう。
「行くって、いったい、どこに行くんだよ。研究材料。お前、無職でどうせ、予定なんてないだろーが。ここに残って日本医療の発展に貢献しろ」
「やだね。俺、今日、バイト初日なんだよ。遅刻するわけには、いかねーの。じゃあな」
時東誠人は、そう言って、本当に何事もなかったかのような面で久保田医院を出て行く。
「バイトと人類の進歩、どっちが大事だ!バカヤロー!」
久保田の叫びは、無駄に終わり。時東誠人は、去っていく。
時東誠人のはじめてのバイト先は、全国展開している三大コンビニチェーンの一つだった。
久保田医院を出てから時東誠人は、走ってバイト先に向かったが、魔導ステップを使えなくなったので、ちょっとだけ遅刻した。
幸い、バイト先の店長は、病欠していて、店長の奥さんが応対し、遅刻は、許してもらえた。
店長の奥さんが近づいてきて、時東誠人の身体をくんかくんかし、
「お盛んね〜。若いっていいわ〜」
という言葉を残して去っていったのは、謎だったが、時東誠人は、いちいちそんなことを気にする性格は、していない。
指導係の女子高生の隣に立ち、まずは、レジ打ちを任されることとなる。
「誠人さん、その歳までレジ打ちしたこと一度もないって、本当ですか?」
先輩店員である女子高生が親しげにズケズケと話しかけてくる。よだれを垂らしそうな大口を開けて。
「本当だよ」
時東誠人は、淡白に答える。
「今まで、どんなバイトをしてたんです?肉体労働系っすか?」
「いや、働いたことはない。今まで親のスネかじって生活してきたんだ。でも、俺の親も歳でな。病院通い始めたから、もう、こっちに金、まわせないって。だから、この歳でバイトデビューってわけ」
「グフフ、クズニートってやつだったんすか?興奮しますね〜。自堕落系おじって、ぶっちゃけ、わたしのタイプなんす」
変な笑い方をする少女だった。名札には、弥馬田グフ子と書かれている。
グフ子って、本名か? 時東誠人は、少女を不審に思った。
「誠人さんって、いい感じにイカ臭いですよね」
「え?」
時東誠人は、グフ子に言われて、あらためて自分の体臭をくんかくんかして確認してみる。すると、確かにほのかにスルメを焼いた時のような匂いが漂っていた。
これでは、まるで一人でナニかした時のようだ。イカ化した影響だろうか。そこまで考えが及ぶと店長の奥さんの言った言葉の意味が時東誠人にも、ようやく、わかる。
あのババア、きしょくわりぃ!! 時東誠人は、心の中で毒づいた。
「クズニートだったってことはぁ〜、誠人さんって当然、独身なわけですよね〜。グフフ。溜まりに溜まっているおじさんとコンビニで二人きりの女子高生。わたしは、これから、どうなってしまうのでそうか〜」
別にどうもせん。 と時東誠人は、思った。
弥馬田グフ子は、片目を前髪で隠したゲゲゲの鬼太郎のような変なセミロングの髪型をしており、髪色を紫にブリーチしており、不気味には見えても可愛くは、まるで見えない。
正直、時東誠人の守備範囲外というより許容範囲外の女性だった。
「この後、バイト終わりにわたしは、更衣室に連れ込まれ、無理矢理にピーされてしまうのだろうか〜。いや、誠人さんは、意気地なし系の童貞おじの気がするから、わたしがもっとリードしないとできないか〜。わたしが、わざと誠人さんの前で店の商品を万引きし、それを咎め、バラされたくなかったらと脅迫する誠人さん。誰もいない店内で万引き少女にわからせFAX!!グフフ。ダメですよ〜誠人さ〜ん。こんなところで童貞チピポをわたしの未経験マピコにぶっ込むなんて〜」
「いい加減にしろよ。俺は、君に何もしてないだろ!」
と言って、時東誠人がグフ子の方を向くとそこには、信じられない光景が広がっていた。
時東誠人の右腕がまた12本のイカの巨大な触手化し、弥馬田グフ子に襲いかかっていたのだ。
「なんじゃこりゃぁぁあ!!!」
「誠人さん、ダメ〜。そんなところ、まだ心の準備が〜。グフフ。アヘアヘアッヘァァァアヘ。クビ絞めファッピーでイッ……」
弥馬田グフ子は、イカの触手で全身を絞め上げられ、失神する。
「わっわっ、どうなってんの、これぇええ!!」
パニクった時東誠人の叫びが虚しくコンビニの店内に響く。客は、一人もいなかった。
「っていうことが、あったんだけど、大変だったぜ。グフ子に付いた吸盤をひとつずつ剥がしてよお。まだ、生きてたから、また、右腕が襲いかかる前に、急いでここまでとんずらかましてきたんだ。あのバイトは、もうクビ決定だよ」
久保田医院に戻ってきた時東誠人は、親友に包み隠さず、バイト先で起こった全てを報告した。
「おそらく、魔人細胞が宿敵である魔法少女に似通った年代の少女に反応して、覚醒し、またイカ化を促したんだろう」
時東の話から久保田和也は、そう推論を立てた。
「嘘だろ。冗談じゃねぇよ。十代女子なんて、この世の中にどんだけいると思ってるんだよ。いちいち女子に会う度、襲いかかる身体を止めてたら、とてもじゃねぇけど、保たねぇよ」
「お前自身が、なんとか魔人細胞をコントロールできるようになるしかないだろうな」
「なんとかって、どうやって?」
時東誠人は、久保田和也に医者としての意見を求めたが、
「わからん」
としか久保田和也は、答えられない。
「じゃっ、これだけでもなんとかしてくれよ、センセー。来る時は、雨がっぱで隠してなんとかなったけど、かなり、変な目で見られたぜ。これじゃ外もまともに歩けねぇ」
時東誠人は、イカの触手化した右腕を久保田和也に差し出す。
「また切断するしかないだろうな」
「えーー」
「他に方法がないだろう」
「またかよーー」
時東誠人は、渋々、右腕の切断手術を受けた。
すると、今度は、夜が明けるより早くに時東誠人の切断箇所から成人男性の右腕が生えてきた。
「再生スピードが上がっている?魔人細胞が時東の身体に適応してきているのか。時東、これ、やっぱり、再生医療に使えるかもしれんぞ」
久保田和也は、目を妖しく光らせ、再生した時東の腕をまじまじと見つめる。
「お前のマッドな研究には、俺は、付き合わねぇよ。じゃ、腕も治ったし、俺、帰んわ」
「おい、二度もタダで手術させといて、そりゃないだろ!」
と言う久保田を無視して時東は、普通に帰る。
とり残された久保田は、切断した12本のイカの巨大な触手を手に診療室の本棚を横にずらし、隠し扉を開け、研究室の中へと入る。
研究室には、巨大な水槽があり、その中には、緑色の液体があり、久保田が持っているのとは、別のもう一つのイカの12本の巨大な触手がブクブクと泡をたて、浮いていた。
「これだけの研究材料があって、研究しないバカがどこにいる」
久保田は、持っていた触手も水槽に入れる。
久保田和也は、こうやって時東誠人から切断した触手を保存していたのだ。
「大学病院を辞めなくちゃいけなくなった時は、絶望したが、巡り巡って運命は、俺をノーベル賞へと導く。まったく、俺は、いい友達を持ったよ、時東」
そう緑色の水槽に向かって、一人つぶやく久保田和也は、友には見せない表情を水槽に映していた。