Multiverse
勤務が明け、咲良は自宅へと戻っていた。
仕事帰りに買ったお弁当で夕食を済ませ、既にシャワーも終えている。いつもならビールを片手にネットワークダイブをしたり、テレビ放送を脳内に流したりするのだが、本日の彼女は残業しているかのように端末の前へと腰掛けていた。
「ちゃんと思い出そう。糸口が見つかるかもしれない……」
昼間に貴志に打ち明けてから、もう悩むのは止めた。かといって咲良はまだ夢を疑っている。奇妙なあの夢が予知夢なのではないかと……。
「確か部屋には長い髪の女がいた。彼女が現場を取り仕切っていたはず……」
夢の内容を細かに思い出していく。間違いなくそこに自分はいなかった。リーダーらしき長い髪をした女の背後から眺めているような視点。部屋全体が見渡せる感じだったと記憶している。
◇ ◇ ◇
『オートマタの反乱は世界規模で起こっていますね。全ての反乱はバルティックシー・ウォーの終結時期と同期しています。原因は定かでありませんけれど、ブレインが主導しているのは間違いないでしょう……』
夢の始まりはバルト海沿岸で勃発した世界大戦に関する話だった。細々したところは覚えていなかったけれど、ブレインなるものが戦争に乗じて世界的な反乱を起こしたという話を長々としていたはず。
『世界大戦の次はオートマタの反乱だなんて……。それで他はどのような対応をしているの? このままでは人類の文明は終わりを告げるわよ?』
『中国はミサイル攻撃を検討していたようです。ただし、もう既に中国国防省の通信は途絶えており、事実確認はできません』
世界規模で起こった反乱だったらしい。どの国家も手を焼いているらしく、対応は後手に回っているみたいだ。
『速やかに回線を封鎖してください。以降は見つからないよう行動しましょう。恐らくは世界中が同じような状況でしょうし……』
嘆息する長い髪の女。彼女は世界情勢を憂えている。客観的に眺めているだけの咲良にも彼女の正義感が伝わった。
『やはりマルチバース計画を実行してはいかがですか? キーがなければ私たちにはどうしようもできません。世界は彼以外に救えないでしょうし……』
『検討はします。けれど、それは作戦が失敗した場合です。今は時間との勝負ですから』
長い髪の女は確かに提案を受けていた。
マルチバース計画。それが一体どういったものか咲良には分からなかった。従って流し見るようにしていただけであり、彼女は詳細を記憶していない。
『日本は……。いえ、人類は危機に瀕しています……。あらゆる手段を講じて戦わなければならない。ブレインの好きにはさせられないわ……』
巨大モニターの明かりによって逆光となっていたけれど、部屋にいた三人の研究者は間違いなく頷いていたと思う。
『きっと未来は変えられる。我々は予想できる未来に向かうほど愚かではないはず。皆様、力を貸してください。輝ける未来のために……』
◇ ◇ ◇
ここで目が覚めたはず。訳も分からず呆然としていたのを覚えている。
記憶を掘り返してみても、やはり冗談であるとしか思えなかった。ブレインという名が出てこなければ、こんなにも悩まなかったはずなのに。
「夢にしてはリアルすぎるよね……。明晰夢であったとしても、もっとぼやけているはず。現実感のあるこの夢は一体何だっていうのだろう……」
人類が危機にあるなんて考えたくもない。けれど、仮にこの夢が現実であるのなら、それは辿り着くべきでない未来。回避して然るべきだろう。
「駄目だ……。あの場面だけじゃ何も分からないよ……」
夢に見たシーンは小部屋での会話だけ。しかも、大部分を忘れているのだから、手がかりなんて掴めるはずもない。
長い息を吐きつつも目一杯に頭を働かせて、もう一度だけ咲良は夢を思い出していく。
同じような場面。変わらぬ会話を経て、彼女はふと気付いた。
「そういえばマルチバース計画だっけ? 何か聞いたことがあるような気もする……」
それは聞き慣れない単語だった。手がかりになるかもと咲良は検索を始めている。
「多元宇宙論……?」
それは理論物理学の仮説であるようだ。唯一の宇宙に対する多元宇宙。この宇宙が唯一の宇宙ではなく、数多存在する宇宙の一つだという仮説である。
「どんな計画が始まるってのよ?」
咲良は検索を続けるも、それ以上はヒットしなかった。想像するに途轍もない計画のようであるが、秘密裏に計画されたのか情報は少しも存在していない。
「あたしが夢の中で無意識にこんな言葉を思いつくかしら?」
どれだけ考えようと、昨日の夢は一般的なそれを凌駕していた。知らない単語が多すぎる。無意識に思いつくような内容ではない。
今日何度目かの溜め息を吐く。咲良はモニターを眺めたまま首を振った。
昼間に禁酒を決め込んだはずが、気分転換にと冷蔵庫へ向かっている。
モニターには検索に使用したワードが残ったままだ……。
【Multiverse――――】
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