解析後の謎
研究島の一日は長い。ハードウェア開発部門が昼夜を問わず稼働しているものだから、島内の店舗は大部分が終日営業である。
研究所を後にした貴志はスーパーで買い物を済ませた。まだ午前中であったけれど、妙な疲れが残っている。昼と夜の食事を纏めて購入し、自宅マンションへと戻っていく。
ソファに座り込みもう一度考えてみた。昨日からの出来事を全て……。
「俺の記憶は書き換えられている? オートマタみたいなことがあるんだろうか? パーソナルチップがハッキングされたなんてことは……?」
どう考えても奇妙な現実だった。記憶が改変されたとしか思えない。松浦里乃が存在したのは昨日のことであり、勘違いするほど古い記憶とは違う。
「俺には咲良の記憶がない。けれど、全員が彼女を知っているんだ……」
咲良を知らないのは貴志だけだ。知らないという話に全員が困惑していた。
「本当に俺がおかしくなっただけなのか……?」
何度目かの長い息を吐く。全員が貴志を心配していた。如何に強靱な精神力をもっていたとしても、心を病まずにはいられない。
「確か昨日のデータが……」
貴志はパーソナルチップにアクセス。そういえば幻の如く消えた里乃にパーソナルチップの容量不足を指摘されていた。その事実ですら夢であった可能性もあるけれど、貴志はメッセージを確認してみる。
昨日付のアーカイブは記憶の通りなら二つだけのはず。一つは堂元所長であり、残る一つの差出人は転送をした松浦里乃に他ならない。
パーソナルチップ内を即座に確認。不安一杯であったけれど、貴志はその結果に安堵している。遂に記憶と現実が一致した。確かに昨日付のアーカイブは二つであり、その内容も貴志の記憶と合致していたのだ。
【差出人・松浦里乃】
ゴクリと唾を呑んだ。横になりながらライブラリーへとアクセスしていた貴志だが、見つけた痕跡に思わず飛び起きてしまう。
誰もが知らないと言っていた里乃のメッセージ。貴志は動かぬ証拠を発見していた。
「解析してみよう……」
中身は堂元所長の呼び出し通知に違いないだろう。確かに里乃はそう言ったのだ。中には訪問可能時間が記されているはず。
貴志はオーセンティケーションナンバー【AN】を確認。受信時点で差出人は里乃で確定していたけれど、念のため貴志はそのナンバーを再検索してみる。
検索はものの数秒で完了。ただし、貴志は顔を振る。予想外の結果に寒気すら覚えてしまう。
「何だよ……これ……?」
オーセンティケーションナンバーは生まれてから死ぬまで同じだ。それはパーソナルチップに記録されるもので、文字通り個人認証に使用されている。詰まるところ、松浦里乃のANは松浦里乃であり、仮に彼女が死亡したとしても、死後一世紀は松浦里乃を特定するANとなるのだ。
息を呑むだけの貴志。本当に脳の異常を疑ってしまう。検索に合致したANは考えられないものであった……。
【該当AN・高山 咲良――――】