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タイムリープ

 徐々に映像は薄くなっていった。溶けるようにして消えていく。恐らく明晰夢はこれで終わりなのだろう。しばらく待ったとして次なる映像が始まるとも思えない。


 咲良はゆっくりと目を見開く。時間にして三十分あまり。仮眠的に休んだからだろうか。酷くなっていた頭痛は治まりつつある。


「あの映像……」


 不安に駆られて仕方がない。内容もさることながら、ずっと見ていた後ろ姿が自分であったこと。現場を取り仕切るような自分には違和感すら覚える。


「確か柳さんが五年前って言ってた……」


 今から五年後だとすれば話は繋がる。長い髪をした自分もそうだし、バルティックシー・ウォーという未知なる世界大戦だって起こり得る可能性を含む。これから始まろうとする事象であるのなら、今は知らなくても当然である。


「予知夢って本当にあるのかな?」


 最終的な問題は一連の夢を信じられるかどうか。その一点に絞られる。だが、夢に沿って行動するには割と大がかりに動く必要があった。


「貴志に相談してみよう……」


 事前に伝えることで、変えられる未来があるかもしれない。予知夢に関しては半信半疑であったけれど、貴志が捕らえられる未来なんて咲良には許容できなかった。


 しばらくすると研究所の扉が開く音が聞こえた。どうやら貴志が本部から戻ってきたらしい。


「よし、良いタイミングね……」


 自室を飛び出し、咲良は貴志のいるフロアへと向かう。

 既に柳と須々木はお土産だという肉まんに囓りついていた。


「咲良も食べろよ。割といけるぞ?」


 五年後に捕まるとも知らず暢気な笑顔だ。小さく溜め息を漏らす咲良だが、癒やされてもいる。悩んでいるのが馬鹿らしくなるほど、彼の笑顔は普段通りに眩しかった。


「貴志、ちょっと良い?」


 肉まんは相談のあとだ。美味しそうな匂いに後ろ髪を引かれていたけれど、咲良は悩み事を優先している。


 自身の研究室へと貴志を引っ張っていく。柳たちには不審がられたに違いないが、咲良は気にしていない。それより一刻も早く不安を解消したかった。


「何だよ、咲良……」


 疑問に感じたのは柳たちだけではなかったらしい。貴志もまた強引に連れ出した咲良を不思議に思っている。


「実はさっき白昼夢を見たのよ……」


 唐突に切り出されたのは思わず眉を顰めるような話。かつても聞いた明晰夢ではなく、今度は白昼夢であるという。


「白昼夢だって? どういうことだ?」


 突拍子もない話だ。貴志は聞き返さずにいられない。明晰夢でもどうかと感じるのに、白昼夢とは咲良の妄想が加速しているとしか思えなかった。


「作業をしていたら、明晰夢的な映像が頭に流れ込んできたのよ。いつものように頭痛がして、内容もいつもの夢と変わらなかったわ……」


 咲良が不安がるポイントは夢の共通点だろう。如何に臨場感のある夢であったとしても、内容が繋がっていなければ不安は軽減されたはず。五年後の惨事を伝える一貫したストーリーは咲良を動揺させてしまうのだ。


「内容は以前のものよりも古い。バルティックシー・ウォーが終結した直ぐ後のこと。夢は今より五年後の話だった……」


 以前に聞いた夢の話。確かその夢には貴志の名前が出てきたはず。しかし、夢の貴志はなぜか囚われの身であり、長い髪の女が何者かと戦っていたとかどうとか……。


「現実との関連性は……?」


 咲良の夢は的確に長い髪の咲良を言い当てていたけれど、正直なところ貴志はまだ懐疑的だった。


 登場人物の顔がはっきりとせず、名前も分からないとくれば信憑性は下がってしまう。名前が出てきた唯一の人物も貴志だけなのだ。しかも彼は囚われの身であって、一度として本編には登場していない。


「五年後もあたしたちは変わらずに研究していたわ。その頃もエクソスケルトン班であるかは定かでないけれど、柳さんや須々木さんも存在した。でもまあ、須々木さんは異動になったみたいだけど……」


 貴志の疑念に気付いたかのように、夢は現実に近付く。柳や須々木の登場はその内容に現実感を与えている。


「柳さんと須々木さん? 俺にはこの急造チームが五年後も存続しているとは思えないんだけどな……」


 現実問題として、急遽編成されたエクソスケルトン班がセキュリティシステム構築後も存在し続けるのは可能性として低い。あるとすれば高評価を得た貴志が室長として新しい研究室の立ち上げを許された場合であろう。


「でも、みんないたのよ! 松浦とかいう新しい人もいたわ! それに須々木さんだって合流する予定だったもの!」


 以前に聞いていた夢よりも遥かに内容があった。意味の分からぬ出来事が羅列するだけではなく、登場人物や年代がはっきりとしている。


「非常事態になって須々木さんを呼びに行ってた! 五年後もあたしたちは勢揃いすることになるのよ!」


 断固として予知夢であると訴えるも、貴志が持つオカルト話という認識は拭えない。現実に近付いたとはいえ、やはりそれは非科学的。悪夢を見た咲良が混乱しているだけだと思われてしまう。


「非常事態って何だよ?」


「オートマタが反乱を起こしたの! 貴志はオートマタに拘束され、首相官邸や警視庁も襲撃を受けたわ!」


 夢らしいとんでもない展開である。それは現実にあり得ないこと。百歩譲ってエクソスケルトン班が存続していても、オートマタの反乱だけは起きるはずがない。


「そんな馬鹿な話があるか? オートマタは絶対に人を攻撃できない……」

「それが可能なのよ! ブレインが命令さえすれば!」


 昨日までなら馬鹿馬鹿しいと切り捨てていただろう。ブレインの名が出てこようが貴志には響かなかったはず。オートマタが反旗を翻すなんて話は信じられるはずもないのだ。


 しかし、貴志は息を呑んでいた。妄言にも似た咲良の話に。先ほど聞いたばかりの台詞が彼を困惑させていた……。


『この先にブレインは暴走します――――』


 胸騒ぎがしてならない。長い髪の咲良が告げた未来と、語られる夢の内容はリンクしていた。嫌な汗が身体中から噴き出す。貴志はどうにも平常心を保てそうになかった。


 一方で咲良は五年後の世界を疑わない。夢というにはリアルすぎる感覚や、現在の状況を延長したような内容に、咲良は否定できる理由を見つけられなかった。


「五年後のあたしも現場にいたんだって! 貴志がいなくなった研究所で指示していたのはあたしだった!」


 咲良は畳み掛ける。知り得た情報の共有というよりは説得するために。問題の根幹にいたはずの貴志に気付いてもらうためだけに。


「白衣を着た長い髪の女は、五年後のあたしだったのよ!!」


 機関銃のように撃ち込まれていた夢の内容。決定的に響いたのは最後の台詞だった。

 心の奥深いところに突き刺さった気がする。その言葉は残響的に脳裏へと反射して、強く刻み込まれていく。それはあらゆるシナプスを刺激し、貴志の記憶を明確にしていた。


「あの咲良さんが……五年後の咲良だって?」


 長い髪の咲良は五年後からやって来た未来人。それこそオカルト的な話であったのに、貴志は否定しきれない。何しろ彼は同じような妄想をしたばかりだ。


 まるで未来を見てきたかのような情報の早さや、本物の完成よりも早く手渡されたソース。何より彼女はそっくりだ。名前の一致もさることながら、双子と言えるほど咲良に似ており、彼女はANまで同じである。仮に五年後からやって来たというのなら、若干大人びた感じも納得がいく。


「彼女はタイムリープをして、現在に来たというのか……?」


 同じ世界に彼女は間違いなく存在していた。仮に同一人物だとすれば、彼女は未来からやって来たことになる。しかしながら、たった五年でそのような技術が確立するとは思えない。


「分からない……。でも、その可能性は否定できないでしょ……?」


 咲良が話す通りでもあった。残された五年という期間は短かったけれど、イノベーションとはある日突然に歩みを早めるものだ。一つの発見により、様々な方面へと発展していく可能性を秘めているはず。


「確かに彼女は知りすぎている……。未来人だと仮定すれば疑問は解消するだろう。彼女に関わる事象は全てがおかしい。未来からやって来たと仮定しなければ説明不可能なほどに……」


 信じられない話ではあったけれど、未来人であると仮定した方が適切であるように思う。凄腕のダイブハッカーであったり、名うてのスパイじゃないかとも考えたが、三ヶ月も時を遡るなんて不可能だ。三ヶ月前の時点で未完成だったアシストAIのソースを所持していたことこそ、彼女が未来人であるという根拠に他ならない。


「それ以外に分かったことはあるか?」


 遂に話が動き出す。貴志は前向きに話を聞こうとしている。もしも咲良の見た明晰夢が的確に未来を捉えていたならば、知っておいて損はない。


「だから貴志を呼んだのよ……。今度の夢は長かったから……」


 咲良は五年後を見てきた。あの夢は未来人の咲良によって視聴させられたものだと咲良は信じている。


「やはりバルティックシー・ウォーは勃発する。世界大戦って言われていたけど、意外と早くに終息したみたい。でも、その直ぐあとにオートマタの反乱が起きた……」


 咲良は順追って説明していく。先ほどの映像を思い出しながら……。


「貴志は最初の騒動で捕まった。本部に行っていたらしいわ。柳さんにリーダーって呼ばれていたから、あたしたちはまだチームメンバーのはずよ。かといってブレイン関係の仕事はしていなかったけど……」


 五年も過ぎているのだし、当然のことブレインに関する仕事は終わっているはず。今の時点でも半年以内の運用開始は決定していることだ。


「貴志は捕まったけど、殺されてはいないの。だけど、貴志が捕らえられたことで、あたしたちはキーを失いブレインに介入できなくなっていた。だから、アクセスを諦めて主装置を奪還する作戦に切り替えていたわ。その機材を作るためか、技工班を集めたりして作戦を練っていたの」


 夢は現実に限りなく接近していた。

 咲良の説明には絶句するしかない。まだ誰にも話していないプランを咲良が口にしたからだ。それは未完成であり、本部への報告すらしていないこと。修正プログラムの最後を締めくくるものが未来に影響を与えていた。


 ゴクリと唾を飲み、貴志が聞く。半ば正解であると分かっていたけれど、貴志には答え合わせが必要だった。長い髪の咲良が急かしていたそれであるのかどうか。


「それはアクセスキーのせいか……?」


 まだ作成途中であり、完成はしていない。

 想像しているのは使用者を限定したセキュリティキーである。


 万が一との想定で作られるアクセスキー。構想では貴志が責任を持って管理するつもりである。仮に他者が何らかの形でキーを入手したとしても、貴志の意識領域にパスが繋がれたままであれば、使用できないようにする予定だ。


 またアクセスキーはアシストAI側のセキュリティを突破して初めて有効となる。定められた手順を踏み条件を満たしたアクセスキーはブレインとアシストAIの相互認証を促し、互いが認証し終えるとブレイン側のポートを開く。フルアクセスが許可されたそれは主装置と同等の権限をブレインに対して行使できた。


「そのアクセスキーが問題となっていたわ。五年後のあたしにはアクセスキーの在り処が分からなかったの……」


 無力を痛感するような表情。さりとて咲良にはどうしようもなかった。彼女はただの傍観者であり、夢を見ていただけ。為す術なく見守るしかできなかったはず。


「やはりそうか……」


 貴志は何か責任を感じている。事態の収拾に未来からタイムリープしてくるなんて相当なことだ。これから完成させようというプログラムが与えた悪影響を想像せずにはいられない。


「貴志、あたしに教えて欲しい。貴志が作ろうとしているアクセスキーについて……」


 咲良もまた心を痛めていた。今を生きる自分たちのせいで未来は苦労している。自分がアクセスキーについて知ってさえいれば、問題は容易く解決したはずだ。


「駄目だ。それは教えられない……」


 ところが、貴志は断ってしまう。サブリーダーでもある咲良だというのに、彼女の要請を拒んでいた。


「どうして!? あたしが知っていたら簡単な話なのに!?」

「悪いが諦めてくれ。誰にも教えるつもりはない……」


 大きく首を振る貴志に咲良は顔を顰める。

 自分であれば教えてもらえるだろうと考えていた。貴志としても未来に悪影響を及ぼすなんて本意ではないはず。現在を生きる咲良と貴志には未来を変える手段があったはずなのに。


「未来は変えちゃ駄目だ……。仮にそれよりも酷い未来が待っていたらどうする?」


 追加的な貴志の話に咲良は息を呑んだ。

 過去を改変するとタイムパラドックスが生じる。夢にあった未来よりも切羽詰まった状況は考えられなくとも、その可能性は誰にも否定できない。


「かといって、あたしには見て見ぬフリができない。あの様子だと直ぐに日本中がオートマタに占拠されてしまうわ!」


 オートマタは既に国民の何倍も稼働している。全てのタスクが実行されてしまえば、人類は巨大な軍勢と戦うことを強いられてしまう。


「それは気にするな。現在の咲良が考える問題じゃない……」

「貴志! どうしてそんなこというの!?」


 語気を荒らげる咲良。協力的でない貴志にストレスを溜め込む。未来に対して影響力を持つ者は貴志しかいないというのに。


 小さく息を吐いたのは貴志だ。彼だって心苦しく考えていたのは紛れもない事実である。しかし、動くべきではない明確な理由を彼は持っていた。


「既に五年後の咲良が動いている。だから、お前は邪魔をするな。彼女がお前の助けを求めているのなら、とっくの昔に接触しているだろう……」


 貴志の前には二度現れている。通信を含めると三回だ。対して咲良への接触はゼロ。その意味合いはパラドックス的な問題を含むのか、或いは必要としていないのか。


 貴志が考えるに後者だった。タイムリープが可能であれば、実に簡単な問題である。アクセスキーについて聞き出し、元の時間軸へと戻るだけなのだ。


「彼女は俺の口から聞き出すつもりだろう。彼女はアクセスキーの完成を急かしていたし。それに俺は彼女になら伝えても良いと考えている……」


 なぜか釈然としないのは咲良だ。五年後とはいえ自分である。貴志の言い分も理解できるけれど、彼女が良くて自分が駄目だなんて何だか悲しくなってしまう。


「ふーん、五年後のあたしが良かったんだ?」


「お前、自分に嫉妬してどうする! よく考えてみろ? この時間軸に現れる彼女はアクセスキーについて知らないんだ。今のお前が知っていたら矛盾が生じてしまう……」


 それは咲良も分かっている。ただ少し拗ねてみたくなっただけだ。本心はあの未来を救うことにある。よってそれ以上の文句は並べなかった。


「なら貴志は早く完成させてよ。あたしは気が気じゃないんだから……」


「それは分かってる。ただ俺は未来に沿ったものを作らねばならない。少しでも間違えたのなら、そのアクセスキーは意味を失う。だから俺は焦ることなく、思うがままに作る予定だ。余計な感情を込めすぎないように……」


 五年後の咲良が接触を繰り返さない理由はそんなところだろう。彼女は新しいものを作ってもらうために時間遡行をしているわけではない。


「そうかもしれない。じゃあ、あたしは貴志を信用する。きっと未来を救ってくれるって信じてるから……」


「ああ、任せておけ。辛いだろうが、この件に咲良は首を突っ込むな。あるがままの未来を受け入れろ……」


 釘を刺された咲良。だが、納得もしていた。貴志が話したように、彼女は五年後の咲良と会ったことがない。つまりは関与すべきキャストに含まれていないからであり、未来への介入から遠ざけたいという思惑まで感じ取れた。


 少しふて腐れた感じの咲良であるが、何も言わずに部屋を出て行く……。

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