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プロジェクト

 西暦2300年。


 人類は新たな生き方を模索していた。急激に減少した人口を補填すべく始まった新世代オートマタ普及計画。それは人々の生活をより豊かにする動きの一環であり、なり手のない仕事や雑務を一切合切オートマタに任せ、人はその恩恵にあずかるというものだ。


 オートマタは平たく言えばロボットである。ただし、彼らは思考する能力を有し、行動に対する決定を自ら下すことができた。AIと呼ばれる人工知能が発達した結果、新世代オートマタは人間を補助する役目を能動的にこなすことが可能となっている。


 これまでもオートマタは各分野で活躍しており、総人口を遥かに超える数が起動していた。けれど、その大部分が自己解決できるとは言い難く、予期せぬ事態への対応は褒められたものではない。プログラムされたルーティンに蓄積経験値を上手く反映できなかったのだ。


 さりとて、それは当初の予定通りでもあった。人工知能が必要以上の行動をしないようにとの制限が加えられていたからである。


 歯止めのかからぬ人口減少にオートマタは新たな次元へと進化していく。新世代オートマタ開発は潤沢な予算を計上されて始まった国家プロジェクトに他ならない。


 新世代化の動きは何も日本だけの話ではなかった。世界中が同じような状況に陥り、停滞していたのだ。人類にとって既にオートマタは必要不可欠。この百年間を振り返っても、オートマタは確実に人類を助けてきたし、彼らに生活を委ねる抵抗感は人々から失われていた。


「貴志、ここにいたんだ……。所長が呼んでたけど?」

「マジかよ? 俺なんかやったかなぁ……」


 貴志と呼ばれたのは国立オートマタ研究所(NAL)の研究員である桐島貴志きりしまたかしだ。厳密に言うと彼はまだ大学院生であったものの、実力を評価された若き研究者の一人である。


「里乃、用件を聞いてきてくれよ……」

「やだよ。どうせ手抜きが見つかったんじゃないの?」


 貴志の頼みをばっさりと斬り捨てたのは松浦里乃まつうらりの。貴志とは幼馴染みであり、彼女もまたNALの一員。ショートカットがよく似合う活発な女性である。


 NALはまだ若い組織だ。従来あった人工知能開発機構から派生した研究施設であり、若く優秀な研究員を大勢抱えている。


「まいったなぁ……」


「ほら、早く行く! 部屋の前まではついて行ってあげるからさ! それでこれが呼び出し通知よ。貴志のパーソナルチップが容量不足だって、私に送られてきたの。圧縮をして一応は転送できたけど、必要のないデータくらいは整理しときなさいよね」


 研究所は瀬戸内の人工島にある。直線距離にして約20kmという割と大きな島だ。ただ施設拡張を見込んで埋め立てられたサイズであり、現時点で敷地の三分の一近くが未使用のままである。


 現在稼働しているのはオートマタ開発施設と最先端医療研究チームの施設のみ。全ての区画に地下施設や建物が整備されていたけれど、今はまだバイオテクノロジー研究や宇宙工学研究所の拠点移設計画があるだけだ。


 巨大な人工島は研究島と呼ばれている。かといって島内には学校から病院、商業施設までもが存在し、研究者たちは不自由を感じない。街としての機能を研究島は有しており、研究に没頭できる環境が整っていた。


「んん? あそこにいるのってML科の人じゃない?」

「珍しいな……。また面倒事を押し付けられそうな気がする……」


 ML科は貴志たちのDL科と同じ所属であるが、異なる棟で研究している。ただの挨拶に訪れるわけもなく、彼らが現れる理由は背後にある巨大なプロジェクトを容易に想像できた。


「さあ、貴志! 心して怒られてきなさい!」


 所長室の前まで来て里乃の一言。貴志は陰鬱な表情をしていたけれど、上司命令であれば致し方なし。IDチェック後に失礼しますと声をかけた。


「ああ、すまないね……」


 堂元所長は小さく笑ってから、ソファに腰掛けるよう指示を出す。どうやら懸念しいていた小言ではないらしい。堂元は貴志のパーソナルチップへと接続し、データを送信している。


「まずは目を通してくれ。そして前向きに考えて欲しい……」


 貴志は言われた通りにデータを確認。自身のパーソナルチップにアクセスする。


 日本国においてパーソナルチップは義務化されていた。生まれて三年以内の手術が法律で定められており、現在では全国民が取り付け義務を果たしている。


 パーソナルチップが社会に根付いてから一世紀が過ぎ、もう既に装着を拒否する者はいなくなった。個人管理とは聞こえが悪かったけれど、受ける恩恵の方が遥かに大きく、それは拒絶する理由とならなかったのだ。


 チップとは名ばかりであり、パーソナルチップの多機能ぶりは人々の生活を一変させている。首元に取り付けられたチップは装着者の大脳と相互にアクセスし、データの遣り取りから、一時的な記憶の保持、ギア的な操作を必要としない外部端末への接続が可能となったのだ。またチップは送電波により遠隔充電される仕組みであり、半永久的に動作し続ける。日本国内は元より、世界中のどこにいようと衛星軌道上に打ち上げられた数多のソーラーチャージャーによって有無を言わせず充電されてしまう。


 たとえ装着者が失われようともパーソナルチップは電波を発信し続けるため、災害時の救助や事故、事件においても絶大な効果を発揮した。加えて電子機器は思考するだけで操作可能。今までに大きな問題もなく普及したのは装着デメリットが少なかったからに他ならない。


 プライバシー保護の問題は依然として協議されているものの、既に生活へ入り込んでいるパーソナルチップを今更捨てようとはしないだろう。単なる個人IDでは片付けられない価値を付加したことこそ、時代を大きく動かした一因に違いなかった。


「これは……?」


 貴志は絶句していた。

 受け取ったのは辞令的なデータ。しかし、内部の配置換えといった簡単なものではなく、瞬時に了承し難い内容を含んでいる。


「桐島君、それは異動通知だ。驚くのは無理もないが、冗談で通達しているのではない。これより始まる計画は失敗が許されない国家プロジェクトだ。我々が求めるのは優秀な人材のみ。だが、その条件をクリアし、君はプロジェクトリーダーに選ばれている……」


 異動命令書には異動日時と異動部署について書かれているだけだ。資料が何も添付されていないのは本当に急なプロジェクトであったからだろう。


「いや、どうして俺なんです? NALには優秀な人材が豊富にいるでしょう?」


 疑問は尽きない。たとえ技量を評価されたとしても、貴志はまだ学生である。古株を押しのけてまでプロジェクトリーダーに任命される覚えはない。


「正直に人材は不足している。この計画は前倒しとなった上、稼働予定のAIを製造したアメリカから一方的な通達を受けてしまったのだ。彼らは納品までしか請け負わないという。つまるところ運用システムは現地スタッフに委ねられることになった。ひいては運用統轄委員会なるものが組織され、彼ら主導のシステム開発チームが発足している。当然のことNALからも大勢の研究者が委員会に引き抜かれてしまったのだよ……」


 概要は新型のAIを運用可能な状態にすること。メインとなるAIは先進八カ国が出資し、アメリカが主導となり開発したらしい。世界中に十台が先行導入されるようだが、運用システムは現地スタッフに委ねられている。


「我々とて経験ある優秀な人員を確保していたのだが、導入予定が早まったことに加え、当初の予定になかった運用システムに人員を割かねばならなくなった。また政府の意向によって実質的な運用開始日が来年四月に決定したことも、君に白羽の矢が立てられた理由である」


 世界的なプロジェクトであるため、日本だけが運用開始を遅らせるわけにはならなかったらしい。


 貴志は完全に割を食った形である。けれど、前向きに捉えてもいた。これは明確なチャンス。研究者として高みを目指すのなら、通って然るべき道だ。


「セキュリティシステムですか……?」


 ただ貴志は抜擢されたことよりも、業務内容を気にしている。というのも現在の所属はセキュリティ関連ではない。AIの思考研究部門であり、辞令内容とかけ離れていた。


 あらゆるものがネットワーク化した現在において、セキュリティシステムが果たす役割は年々大きくなる一方だ。ただし、好んでセキュリティ技術者を目指す者は少ない。休みが少ないだけでなく、ミスによっては莫大な訴訟を抱えることになるからだ。特にパーソナルチップが一般化してからはネットワーク上にあるデータや情報だけでなく、個人の記憶情報までもが盗まれてしまう時代となっていたのだから。


「新システムが搬入されるのは来週だ。従って君がメインプログラム開発に関わることはない。しかし、導入後のセキュリティは別の話。配備国が責任を持って守らねばならん。他国よりも強固なセキュリティシステムを敷くために、我が国は新進気鋭の研究者を揃えることにした。たとえ現在は専門としていなくとも、その筋にいる腕の立つプログラマーを選ぼうとのことである。その中で君は栄えあるリーダーに選ばれたのだ……」


 貴志のDL科はAIの思考学習に関する研究を主としている。よって選ばれた理由に心当たりはない。DL科に雇われてからは大した実績を残していなかったし、セキュリティ関連は院生になる前までしか経験がなかったからだ。


「君の本領はセキュリティ研究だろう? 大学での成績を我々は考慮した。君はこのプロジェクトで大きく高く羽ばたくべきだ。我々NALは桐島君の活躍を疑っていない……」


 AIの運用システム開発は委員会に委ねられた。しかし、NALが請け負っていたセキュリティシステムについては、引き続きNALが担当するらしい。多くの人材を出向させてしまった煽りとして、貴志はリーダーに任命されてしまったようだ。


「二年のブランクがありますけど……?」


 貴志は高校から大学を通してダイブハッカー対策プログラムを専攻していた。しかし、院生になってからはラーニングセンターに指名され、本来とは異なる研究に従事している。


 ちょうど二年のブランク。それが尻込みする理由となるのは判然としていたけれど、同時にやってみたいと考えてもいた。


「アサインに至ったのはセンター長の強い推薦と大学時の成績や論文が評価されてのことだ。特に全国一位となった模擬ハッキング試験が決定的だった。学生の大会とはいえ、他の追随を許さぬ圧巻の判定結果は我々の迷いを断ち切っている。桐島君ならば任せられると選定員全員が判断した。若すぎる嫌いもあったのだが、十分な知識と類を見ない発想力が評価されたのだ。加えて卒論も君の評価が上がった理由である……」


 評価は研究者冥利に尽きた。DL科での研究も慣れてきたところだが、やはり専門としていた分野には未練がある。


「俺はまだ院生です。本当に構わないのでしょうか……?」


 やるとすれば全身全霊を捧げ、死力を尽くすつもりであるが、本当に自分で良いのかという疑問が残ってしまう。NALから飛び出すことはなくとも、それは国家プロジェクトだ。生半可な気持ちで受諾できるような仕事ではない。


「選ばれたのだぞ? 胸を張って挑みたまえ。とはいえ、これは世界的プロジェクトである。万が一にも失敗は許されない。万全を期して従事して欲しい……」


 プロジェクトの大きさに貴志は気後れしていたけれど、元よりそれは専門分野だ。あとは腹を括るのみ。やってやろうじゃないかと意気込んでいた。


「了解しました。リーダーってことは好きにして良いのですか?」


「システムについては君に一任される。また研究室も君の好きにして構わない。しかし、研究班に大人数は用意できん。今回はどの部門も人材不足なんだ。AIが人数分用意されるけれど、班員の数は期待しないでくれ。どうしても補充が必要であるならば本部と掛け合って欲しい。委員会側のシステム開発に目処がつけば、検討してくれるようだ……」


 プロジェクトは政府が新規に立ち上げたという運用統轄委員会なる組織が中心となっている。運用ありきである現状において、NAL主導のセキュリティシステムは後回しにされている模様だ。人員は限られていたものの、一応は厳選されているらしく、いずれも精鋭揃いだという。


 想像するに委員会側のシステム開発に携わるメンバー待ち。貴志は完成まで期待されているような気がしなかった。要は委員会に出向しているベテランたちが戻ってくるまでの息継ぎにすぎないのだと。


 だとすれば難しく考える必要はなかった。貴志は受諾するだけである。持てる力を存分に発揮するだけだ。


「引き継ぎは今週中に済ませておいてくれ。詳細は追って連絡する。プロジェクトは来週早々にも開始される予定であるから、そのつもりでいて欲しい……」


 堂元所長は有無を言わせず話を終わらせる。内容の詳しい説明はなく、資料も後日送付するとのこと。急場凌ぎであるのは明らかだった。


 青天の霹靂ともいうべき辞令であったけれど、貴志は負担に感じていない。現在の所属は堂元が話すように専門外だ。新たな経験値を得られたのは確かだが、苦労ばかりであって楽しめたとは言い難い。仮にプロジェクトでの功績を認められたならば、以降は得意分野での仕事を任せられるはずだ。


 来週から始まるというプロジェクト。それは降って沸いた好機に違いない。貴志は腕を撫してそのときを待とうと思った。

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