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アンチ幼馴染!

作者: 虎太郎


「新アニメの『ラブライ』見た? あっ、てか知ってる?」

「最近話題になってるやつだろ? 名前だけ知ってる」

「あー、原作漫画は見てる。面白いよな」

「まじおもろいよなぁ、俺ヒロインが好きでさぁ マジかわいいんだよ! 司もそう思うよな!」


『ラブライ』は今季アニメになっている少年漫画だ。

 妖魔と人の戦いを描いた作品で、美しい伏線回収とまっすぐで愚直な主人公が人気の作品だ。


「俺はあんま好きなキャラじゃないけど」

「好き嫌い分かれる系のヒロインか」

「えー、どこがダメなんだよ」

「だって、幼馴染じゃん」


「「は?」」


 俺の発言に、友人の有馬と中山がポカンとする。


「いや、だって、幼馴染ってだけで、なんか距離近いし」

「幼馴染だから、距離近くて当然だろ」

「昔のこと引き合いに出すし」

「幼馴染だからな」

「負ヒロイン面するし」

「新しいヒロインに、負け気味なことは言うな!」


「とにかく、幼馴染というのが無理」

「……難儀だな」

「なんだよー、そんな理由ありかよー」


 納得したように有馬は苦笑した。しかし中山は、お気に入りのヒロインを理不尽な理由でけなされたことに納得がいってないらしく、口をとがらせ文句を述べた。


 幼馴染、それは「幼い頃から仲が良い人、あるいは物心ついたときからの顔馴染みなどを意味する表現。(実用日本語表現辞典)」

 その定義で行くなら、俺、馬庭 司には幼馴染がいる。


 宇佐見奈緒。年齢は一つ上の17歳。幼い頃、使う公園が一緒だった。保育所も小学校も一緒。小学校から同じバスケクラブ。

 奈緒は快活な少女で、幼少期は女の子たちより男の子と泥まみれになって遊ぶような子供だった。高校になってからは、その明るい性格を残したまま女性らしくなった。


 そして俺らにはもう一人幼馴染がいる。

 犬養彰吾。年齢は奈緒と同じ17歳。奈緒と彰吾は家が隣同士。俺はその500メートル先。宇佐見家と犬養家は家ぐるみの付き合い。俺の家はそこまで仲良くない。保育所も小学(以下略)。

 彰吾は運動神経抜群で成績優秀な青年。男の俺から見てもカッコイイ男で、その優秀さに嫌味が無い。


 だが俺たちは、3人まとめて幼馴染という感じはなく、幼馴染(本物)と幼馴染(仮)又はハンバーグと付け合わせの野菜みたいなものだ。

 奈緒と彰吾の修学旅行の思い出話、家族同士での海水浴やBBQの話に俺はいない。


 俺が顔を上げると、ちょうど奈緒と彰吾が廊下の端で話していた。何となくその様子をジッと見ていると、2人がこちらに気付き、手を振ってきた。

 俺は、スッと頭を下げる。


「知り合い?」

「……バスケ部の先輩」


 いつからか幼馴染と紹介できなくなっていた。


×   ×   ×


 幼馴染(本物)に属性が追加されたのはとある夏のことであった。


「奈緒と付き合うことになった」


 バスケ部の部室で、彰吾が小声で照れながら俺に報告してきた。


「お、おめでとうございます?」

「ありがと」

「え、いつから?」

「先週の最後の祭りから、告白されて」


 幼馴染、祭り、告白、花火。幼馴染恋愛モノの告白基本集その3みたいなコンボだ。


「ずっと、友達だったから、あんま想像ついてないけどね。……司にはちゃんと言っときたくて」


 そう言うと、彰吾は花がほころぶように笑った。素直にイケメンだなぁと思う。

 2人がいい感じだということは、それこそ5歳の時から分かっていた。今更ながらに告げられたその報告に、呆れさえ感じる。


「あーでも、気にせず話しかけて来いよ」

「ハイ」


 そうは言ったものの、気まずいものは気まずい。

 2人と高校までの道はほぼ同じだ。部活も同じバスケ部。そのため、いちゃつく2人と下校が重なることも少なくない。

 そして2人は、俺のことを”仲のいい”幼馴染だと思っている。


「つーちゃん!」

「司も、一緒に帰ろうぜ」


(声かけてくんなよ……)

「オツカレサマデース」


 俺はどこまで行っても、幼馴染(仮)なのである。


×   ×   ×


「それはそれとして、この負ヒロイン面はどーかと思うけど」


 スマホの中の『ラブライ』の幼馴染ヒロインが、主人公に悪態をつく。

 俺はその様子を薄目で眺める。ネットでもこの幼馴染ヒロインは賛否両論だ。

 危険な任務に挑む主人公を、泣いて止めようとする。ぐしゃぐしゃになって泣く様子を、健気ととらえる人もいれば、かまってちゃんととらえる人もいる。俺は後者だ。

「世界なんてどうでもいい。私はアンタに生きていて欲しいの」


 それに対し、新ヒロインは主人公の師匠の娘で、共に戦うことを決める。

 幼馴染ヒロインに気遣いも見せ、主人公をまっすぐ支える。

「私も共に戦います! ……仲間でしょ?」


「やっぱ、新しく出てきた子の方が強いし、健気だし、かわいいよなぁ」


 心のどこかで、自分のどうにもならない幼馴染へのコンプレックスを、漫画のキャラ相手に八つ当たりしていることに気付いている。

 それでも幼馴染は悪なのだ。自分が特別だと思っている奴が一番厄介だ。


×   ×   ×


 事件が起きたのは、秋になったある日のことだった。


「暗くなるのだいぶ早くなったなー」


 学校帰りにある小さな公園に人影があった。ぼろくなったブランコが音を立てて揺れている。


「宇佐見先輩?」

「……つーちゃん」


 顔を上げた奈緒の目は真っ赤に染まっていた。手もグッと握りこんでいる。


 おいておくわけにもいかず、俺は公園の中に入っていく。

 近づいた奈緒は鼻をスンスン鳴らして、泣き止もうとしていた。

 俺が隣まで近づくと、奈緒はぼそぼそと、泣いていた理由を語り始める。


「彰吾と喧嘩したんだ」

「いつも仲いいのに、珍しいっすね…… なんでまた?」

「……恋人になったから、あんま他の女の子と過度に仲良くしないでほしいって言っちゃって」

「あー」


 犬養彰吾は女心に疎いタイプだ。誰にでも優しく、朗らかな性格。そこが魅力でもあるが、彼女としては面白くないだろう。


「言っちゃったときに『言っちゃったー』って思ったけどさ、彰吾、悪びれもせず『ちょっと難しいかもなぁ』って、あの朴念仁!」

「はは、彰吾さんその手の配慮苦手っすよね」

「そんなの私だって幼馴染だし、わかってるもん」


(幼馴染だからわかる、ね)


 俺は頭をかきながら、奈緒を眺める。

 憤慨する奈緒の様子は、先ほどの痛々しさが薄れて、いつもの調子に戻っていた。


「何であんなこと言っちゃったかな」

「……まあ、早めに謝るのが丸いんじゃないですか? でも、どうしてそう思ったのかその理由をちゃんと言わないと、朴念仁は理解してくれないですからね」

「……うん」


 奈緒は不服そうに頷いた。

 まあ、どうせ、上手くいくだろう。少女漫画でも、喧嘩のターンは必ずある。

 俺は本気でそう思っていた。


×   ×   ×


「フラれた」

「わ、別れたってことですか?」

「うん」


 奈緒と彰吾の喧嘩報告を聞いた3日後、同じ公園で俺と奈緒はブランコを漕いでいた。


(これは、いったん別れて、新ヒロイン迎えて大学生編のパターンだったか⁉)


「『やっぱり、幼馴染としか思えない。奈緒の思う恋人にはなれないと思う』って」

「え、あの事なかれ主義の彰吾さんが、そんな直接的なこと言ったんですか⁉」

「私もびっくりした。なんやかんや言って、すり合わせながらやっていけると思ってたんだけど」


 奈緒は泣いてこそなかったが、その声は震えていた。


「彰吾いつもは優しいし、機嫌が悪い時なんて数えるぐらいしか見たことなかったのに、さっきはめっちゃ機嫌悪くてさ。……私、嫌われちゃったかも」


(……ここで俺が告白したらどうなるんだろう)


 馬庭司の初恋は、宇佐見奈緒だ。だからこそ、幼馴染(仮)の状況にコンプレックスを抱えていた。

 今の俺が、奈緒のことが恋愛的な意味で好きだとかそういうことではないと思う。でも俺は、奈緒の理想の彼氏になれる。そうしたら、少年の時の俺はーー


「な、……宇佐見先輩はどうしたいんすか」

「?」

「別れたくない? それとも別れて、見返してやりたい?」

「……別れたくない」

「じゃあーー」

「でも!」


 奈緒は顔を真っ赤にして、手を握りこんでいた。


「でも、結局彰吾が私のこと女としてみてないのが分かっちゃったから。……みじめじゃん。結局さ特別な存在だと思っていたのは私だけじゃん。他の女友達とおんなじぐらいの存在ってことじゃないの?」


 俺が知っている明るい奈緒はそこにおらず、失恋に心を痛めている女がいた。

 幼馴染の重さは人によって違う。彰吾からしたら、”小さいころからの友人”というだけなのだろう。


「話聞いてくれてありがとう。……帰るね」

「もう暗いし、送りますよ」

「いいよ、すぐそこだし。知ってるでしょ?」


 結局俺は何も言わず、公園の入り口で奈緒を見送った。


「はーー」

(ここで、告白してたら幼馴染(本物)に成れたのか? 小さい頃の俺の寂しさは報われたのか?)



 その深夜、俺は更新された「ラブライ」を読み始めた。

 そこでは、幼馴染ヒロインが主人公に告白し、カップリングが成立した。晴れ晴れとした顔で、新ヒロインが祝福する。


「ぜ、全然そんな流れじゃなかったじゃん!」


 幼馴染ヒロインって、負ける運命にあるはずじゃないか。なんでこいつは幸せそうなんだ。主人公に文句を言って、泣いてただけなのに。


 それなら、同じ幼馴染の奈緒と彰吾が上手くいってもよかったじゃないかーー

 もちろんここから、復縁大学生編があるかもしれない。それでも奈緒と彰吾の思いの熱量差は、小さい頃の思い出を色褪せさせる。

 結局、幼馴染が特別なのは物語の中だけなのか。  


「やっぱ、幼馴染なんてクソ!」


 俺はスマホの電源を落とし、ベッドにダイブする。外から鈴虫の鳴く声がした。

読んでいただきありがとうございました。

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