第1話 憧れの始まり
楽しんで頂ければ幸いです。
俺が転生者だと理解したのは、生まれてから数年後の事だった。見たことの無いはずの景色。今の自分とは違う姿の自分。知らない名前。身に覚えの無い家族の姿。知らない街並み。何故こんな記憶が自分の中にあるのか混乱した。
言葉が話せるようになった時、俺はこの事を両親に打ち明けた。しかし2人は笑って『悪い夢でも見たのだろう』と言うばかりだった。結局、信じて貰えないと分かった俺はこの話題を口にすることを止めた。
それから俺は、『数十年』を掛けて成長した。立派な『ドラゴン』になるために。
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人が安易に足を踏み入れる事が出来ない霊峰の頂き。雲さえも突き抜けるその高さから、『神々の住まう山』と言われるその山の頂きに、俺達『竜族』の集落は存在している。
ここに住まう竜の数は大凡100匹前後。皆がそれぞれの家族と共に洞窟などで暮している。俺の名前は『バーン』。生まれも育ちもこの集落の、若い竜だ。
竜の寿命は大凡2万年と言われている。俺はまだ生まれて200歳の子供だ。大人のドラゴンと呼ばれるようになるには、大体5000歳になってからだ。それまでは、300だろうが1000だろうが、大体周りから子供扱いされる。
ただ、俺が周りの皆と違う事があった。それは、『前世』がある事だった。でも俺自身はそれを良く覚えて居ない。自分が人間の男だった事。大まかな家族構成や自分の歩んできた人生の道筋。自分が、何が好きだったのか、とか。見た事も無い大きな鉄の建物、ビルが立ち並び、その足下を人と不思議な箱形の物体、車が行き交っている。
自分の記憶のはずなのに、どこか他人事な俺の前世の記憶。これじゃあもはや記憶というより知識だった。だから俺は、『こんな世界もあるんだ』、と言う程度にしか思って居なかった。
何故俺に前世の記憶があるのか、今でもさっぱり分からない。そして分からないから、とりあえず考えるのはやめた。
今の俺はドラゴンの子供、バーンだ。それ以上でもそれ以下でも無い。それに俺には夢があった。
俺の前世の記憶の中で、一つだけ興味を持った事があった。それがライトノベル、ラノベと呼ばれた本だった。
様々な登場人物が、様々な世界を様々な仲間と共に旅する物語。そしてその中には今俺が住んでいるような世界の物語もあった。剣と魔法と冒険、危険に満ちた世界の物語が。その記憶を理解した時、俺は集落の『外の世界』に憧れた。
閉鎖的な空間である集落では、ドラゴン以外の種族と接する機会は無い。子供である俺達には外に出る事は許されていない。理由としては、ドラゴンの鱗や爪、肉などが人間達にとって垂涎の代物なんだとか。だからまだ弱い子供のドラゴンが人里に降りれば、瞬く間に狙われて狩られてしまうかもしれないと、大人のドラゴンたちは危惧しているのだ。
そのため、子供のドラゴンはある程度成長すると親や兄弟、或いは親によって推薦された人物から戦闘訓練を受ける。その訓練は多岐にわたる。飛行する訓練。爪や足、尻尾を使っての近接格闘戦。口からブレスを吐く練習。更に魔法まで。文字通り、何でも出来るように鍛えられる。
幸い俺は、物覚えが良い方だったのか、どれもある程度、そつなくこなすことが出来た。まぁ周りには、格闘戦が滅法強い奴だったり。速さにこだわりを持つ奴だったり。魔法が異様に得意な奴とか。色々居たけど。
そんな中で俺は、外の世界への憧れを抱きながら、日々特訓に明け暮れた。
そして、俺がこの世界に生を受けて300と12年が経過したある日。
「バーン、お前は十分に強くなった。今のお前ならば、人間や魔物程度に後れは取らないだろう」
俺の家でもある洞窟の中で、俺は父さんと母さん、そして兄弟達を前にしていた。ちなみに俺達ドラゴンは独自の言語で話す。まぁ俺は前世が日本という国で暮していたせいか、日本語というもので物事を考えるようになっていた。おかげで今は日本語とドラゴンの言葉の両方が使える。まぁ、この日本語がどこで役立つんだ、って話だけど。
まぁそれは置いておいて。
「ありがとう、父さん」
「うむ。さて、では改めてお前に問おう。我ら竜族の掟において。親や兄弟から十分に強いと認められた者は集落の外へと出て行く権利を得る。バーン、お前に与えられた道は大まかに分けて二つ。集落を出て外の世界へ行き、見聞を広めてくるか。或いはこの集落に残り、家族や同胞のために働くか。お前はどちらを選ぶ?」
「そんなの決まってるよ。俺は外の世界へ行くよ、父さんっ!」
「……そうか。外の世界へ行くと言うのだな?」
「あぁっ!外の世界を見て、聞いて、感じて、見聞を広めてくるよっ!俺、冒険がしてみたいんだっ!」
それが俺の夢だった。前世の記憶の中にあった小説の物語のように、冒険がしてみたい。知らない世界を知りたい。
「それがお前の夢だというのなら、父さん達は止めん。だがバーンよ。外の世界には危険が付きまとう事を、ゆめゆめ忘れるで無いぞ?」
「うん。分かってるよ父さん」
「バーン」
そこに、母さんが心配そうな表情で歩み寄ってくる。
「もし辛い事があったら、いつでも戻ってくるのよ?」
「うん。ありがとう母さん」
「「バーン兄ちゃんっ!」」
母さんに続いて、俺の弟たちも近づいてきて俺に鼻先を擦りつける。
「絶対、絶対帰ってくるよね?ねっ!」
「あぁ。もちろんだ。いろんな土産話持って帰ってくるから。母さんと父さんの事、頼んだぞ?」
「「うんっ!」」
弟竜たちが、潤んだ瞳で俺を見上げている。俺は弟たちの頭を優しく撫でると父さんの方へと向き直った。
「それじゃあ、父さん。行ってきます」
「うむ。お前の旅の安全と、武運を祈る。必ず、戻ってくるのだぞ?」
「はいっ!」
俺は元気よく返事を返すと、踵を返して洞窟の外へと向かう。そして外に出ると、折りたたんでいた背中の翼を広げた。翼を羽ばたかせ、俺は宙を舞う。飛び上がり、集落の外へと向かう。子供の頃は、それ以上先へ行くことを禁じられていた壁を越えて。雲海の上へと出る。
この分厚い雲の下には、俺の知らない世界がある。そう思うとわくわくしてくる。どんな世界が広がっているのだろう。どんな冒険が待っているのだろう。
緊張と興奮、いろいろな感情が混ざり合い、鼓動が早くなる。それでも俺は、期待に胸を膨らませながら、雲海へと飛び込んだ。
その先に広がる世界。そこに待つ冒険を夢見て。
これは、世界最強の種族である一匹のドラゴンが、常識外れな力を振るい、時に人を助け、時に危険と戦い、時にやらかしながら世界を冒険する物語である。
第1話 END
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